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HEART Of STEEL  作者: ブッチ
第一章 業火の一振り
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事後報告~再びもう一つの日常へ~

五話目です。戦闘シーンに関してはもう少し先になると思います。

「で?これで報告は全部かしら?」

「「その通りですチーフ殿」」



 気怠るげながらも、確かな風格を持った女性の声に対し、ケビンとハロルドは、彼等には不似合いな敬語を使って答える。

 今、二人の目の前には専用のデスクに座っている一人の女性がいた。

 三十歳前後のその女性は、金髪の髪を背中にかかるぐらいに伸ばしてあり、その容姿は、表情こそ気怠るげだが、ただ単に美しいだけでは無く、ある種の気高さを纏っていた。黒いスーツを着ており、それは部屋のレイアウトともマッチして、一種の妖艶ささえ醸し出していた。ただ、唯一彼女に足りない物があった。常人なら誰もが生まれつき持つ箇所…、左腕が本来あるべき場所には、なにも通されていないスーツの左袖があるだけだった。

 今、二人をフロアチーフ専用のデスクに呼び出した女性こそが、彼等、地下三階のイージス職員全ての上司であるフロアチーフ、シルヴィア・ヴァレンタイン、その人であった。


「それにしても、運が良かったわね、あなた達。データを確認させてもらったけど、よく生き残れたとしか言い様がないわ」

「それにしては、不機嫌そうですね、チーフ」


 ハロルドは送られる賞賛の言葉とは裏腹に不機嫌そうなシルヴィアに恐る恐る、言葉を返す。


「本音を言えば、あなた達の間抜け振りに嫌気が差してんのよ。……おい、クソガキ、こっち向け」


 ハロルドの言葉を受けて、気怠るそうだった、表情が不機嫌なものへと変わる。思わず目線を逸らしたケビンに、恐喝まがいの言葉を発するシルヴィア。


「活動停止寸前まで追い込んでおいて、撤退して相手に回復の機会を与えた挙句、スクラップ同然の機体に負けるなんて、ホントに、アナタ達、なに考えてるの、としか言い様が無いでしょう?そりゃぁ、不機嫌にもなるわよ」

「はぁ…。その…、現状ではあれが最善かなぁ~、と…」

「まったく、あそこであの機体を潰していれば、私の株も上がった、っていうのにあろうことか、お笑いものの判断ミスをかました上に、あの状況で返り討ちにされて、帰ってこられたんじゃ、いい恥さらしなワケよ。そこんとこ、理解してる?」

「はい…。それはもう、痛いぐらい…」

「…ハァ…。もういいわ。過ぎたことをグダグダぬかしても、あんた達が失態を晒した事実は変わらないし。このくらいで、許すわ」

「ありがとうございます。ところで……」



 ケビンの普段からは考えられない程、弱腰の態度をシルヴィアはつまらなそうに見ていたが、やがて、呆れたように息を吐きながら、若干ながら不機嫌さの薄れた表情で二人を許す。すると、ケビンが切り出しにくそうに話始める。


「機体の修理費の方は…?」


 ケビンの発した言葉に、再び不機嫌な表情が戻るシルヴィア。ハロルドが危険を察知して、行動を始める前に不機嫌さを増した声がシルヴィアの口から発せられる。


「アナタ達、自分達の立場を正確に理解してるのかしら?」

「…ハイ?」

「アナタ達はね、私の面の上に糞をひり出したようなもんなのよ、解る?これなら正直言って、華々しく死んでくれた方が、マシだった訳よ」

「ハ…ハイ……」


 視線で人を殺しかねない目をしながら、その表情には笑顔が張り付いている、シルヴィアの尋常では無い形相に、思わず引きつった笑みを浮かべるケビン。

 それを見て遂には笑顔ですら無くなる、シルヴィア。彼女は不満感と言うにはあまりにも壮絶な表情のまま、話を続ける。


「そんな事をしときながら、アンタ達は私に修理費用を出させようとしてる。そんな、暴挙が許されると本気で考えてるのかしら、アナタ達は?上司である、私に向かって?」

「いえ…、あの…、すいません……」


 そのあまりの剣幕に思わず曖昧な返事をするケビン。その横では、自分に矛先が向かないように、必死に存在感を消す作業に努めるハロルドの姿があった。

 シルヴィアは二人に、もはや侮蔑が篭っていても可笑しく無い視線をぶつけると、二人にとって衝撃といっても、差し支えの無い言葉を発した。


「まぁ、機体の修理についてはもう手を打ってあるのだけどね」

「「………へ?」」


 シルヴィアの予想外の言葉に思わず間抜けな声を出す、ケビンとハロルド。


「正確には手を打たれたんだけどね。あるクソ野郎が勝手に手配したわけよ。私になんの報告もせずに」

「はぁ…。それはご親切な方がいたもんで」


 そう呟いたハロルドを、シルヴィアの、今までで、最も不機嫌そうな視線が貫く。


「オイ、私はなぁ、その新切な御仁とやらをクソ野郎と言ったんだ。その禿げ上がった頭でも、それがどういう意味かぐらい、考えつくと思ったんだが、それは私の見込み違いか?」

「えっと、その、厄介な人物という訳ですか…?」


 思わぬ地雷を踏んでしまった事を、後悔しながらも、恐る恐る自分の考えを口に出す、ハロルド。それに対しシルヴィアは、まるでなにかを催促するかの様に、人差し指で机を、コツコツと叩きながら、より一層、不機嫌さの篭った声音で話しを続ける。


「厄介というよりは、嫌いな人物ね。いつかは殺してやりたいと思ってるぐらいにはね」

「はぁ…、それは、心中、お察しします…」


 ケビンの、恐らくは気遣いであろう言葉を聞いたシルヴィアは、机を叩くのを止め、殺気が篭っていても何らおかしくない視線で、ケビンを見据える。


「あ…あの…、チーフ…?」

「オイ」


 その無言の圧力に思わず、弱気な声を上げたケビンに、今までで最も短いながらも、最も感情の篭っている声で話しかける、シルヴィア。


「誰のせいで私はそのクソッタレに借りを作るような羽目になったと思ってるんだ?お前は?」

「えっと…、それは…、その…」

「いいか?私はな、お前たちの失態のせいで、恥をかくのは別に構わないんだよ。それは、部下を持つ人間にとっては、古今東西、変わらない一種の理みたいなものだからね。ただ、そのクソッタレに、借りを作る羽目になった、って事が私は一等、気に食わない訳よ。その上、その原因となった奴は、アホ面晒しながら、「心中、お察しします。」とかほざいた日には、そりゃあ虫唾が走るわけよ。そこの所、理解できるかしら?」

「そ、それはもう!」

「じゃあ、今、アナタ達が私に対して言うべき言葉は?」

「「申し訳、御座いませんでした!」」


 シルヴィアから発せられる圧力に、二人は声を揃えて謝罪の言葉を発する。そんな二人をシルヴィアは無言で見つめると、手を振って部屋から出て行くように促した。


「「失礼いたしました!」」


 二人は再び声を揃えて言うと、シルヴィアの部屋から退室した。そしてシルヴィアの部屋が見えない位置に来ると、盛大に安堵の溜息をついた。



「クソッ!あのアマ、生きて帰ってきたんだから、労いの言葉の一つでもかけられねぇのかよ!」

「一応、最初の方に言ってた気がするけどな」


 二人が地下三階から地上に戻った時、すでに周囲には夜の帳が下りていた。

 反政府組織と思われるG・Sとの戦闘の後、二人は駆けつけた増援によって救助されたのだが、二人とも機体の移動に関わるパーツを破壊されていた為、すぐに帰還することができず、専用の牽引用の車両が来るまで待機する必要があったのだ。救援用の車両も来ていたのだが、ここまで共に戦った機体を放り出して帰るのもなにやら後味が悪いし、このまま急いで帰った所で待っているのは全チーフの中でも最も恐ろしいと噂される自分の上司への報告ぐらいしかやることが無いので、周囲の安全が完璧ではないにしろ確保された、という事実と襲い掛かる強大な疲労から、その場で待機するという選択をしたのだった。

二人は救援用の車両にあった食料を食べながら、今回の作戦を語り合い、そのまま、牽引用の車両に乗って帰還したのだ。

 そのとき、すでに時刻は午後の十時を示しており、もうさすがに呼び出すような事は無いだろうと安心した矢先、シルヴィアから部屋に来るように、との辞令が下され、今に至るというわけである。


「つーか、あのアマ、どう考えても作戦じゃなくて、その謎のクソッタレとやらに借しを作ったことにブチギレてんじゃねえか!」

「それも最後の方にちょろっと漏らしてたけどな。しかし、それにしても、あの人がそこまで嫌がる人物っていうと、いったいどんな野郎なんだろうな?」

「しるかよ。どうせ命知らずにも、昔に口説きに来た男とかじゃねぇの?」

「そりゃあ、お前の……ってハァ!?もうこんな時間かよ!」


 ハロルドがケビンの言葉に適当に返事を返しながら腕時計を見ると、時刻は午前一時を指していた。


「なんだと!?クソッ、ふざけやがって!ハロルド、テメェのせいだぞ!お前が余計な事言わなきゃ今頃、酒飲んで、ベッドメイクでもしてるっていうのによぉ!」

「ハァ!?ふざけんなよ、このノータリン野郎!テメェこそ、馬鹿丸出しの発言しやがって!学生時代(スクールライフ)からやり直しやがれ、この大ボケ野郎!」

「ンだと、テメェ、その禿げ散らかした頭カチ割るぞ、このボケナス!」


 道のど真ん中で声を上げて言い争いを始める、二人。このとき、深夜ということもあり、誰も出歩いていないのは彼等にとって幸運な事だっただろう。なぜなら、下手したら通報されても不思議では無い音量で怒鳴りあっていたのだから。


「………やめよう。虚しくなってきた……」

「…………そうだな」

「帰るか…」

「…あぁ」


 二人は少しの間、醜い言葉の応酬を繰り広げた後、どこかもの哀しげに呟くと、互いに帰路についたのであった。

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