Destory zone
十数日前、亡霊と謳われたG・Sと、それを操る前時代の存在との戦いで多くの血と生を吸い取った、その内部にエリア51を内包する都市跡。あの戦いの後、イージス情報参謀部の中で必要警戒地域に指定され、便宜上“サルガッソ”と名付けられたこの場所に再び、ブースターを轟かせて移動するG・Sの影があった。
数は五機で一組が五つ。どの組も、四機の青い塗装に、政府軍の中でも精鋭部隊である“レオ・プライド”の証となる金色の獅子と剣を右肩に描いた機体と、塗装もエンブレムも他の四機とは違う一機で構成されていた。
その五組の内の一つに、深緑の塗装の軽量装甲を有する高機動近接戦闘型のG・Sが存在した。
「…随分と静かだな」
その機体のコックピットで、計器とモニター等に囲まれながら、操縦者であるケビン・カーティスは独りごちると、その辺のスーパーでまとめ売りしていた安物のチョコレートバーを齧る。
「おい、イージス職員さんよ。何食ってるのか知らねぇが、飯食う暇があるたぁ、大した余裕ぶりだな?」
その際の咀嚼音を敏感に聞き取ったのか、ケビンに同行しているレオ・プライドの内の一人が、吐き捨てるような、挑発の意図丸解りの声で話し掛けてくる。
「すいません、緊張してしまったもので」
「ハッ!笑わせんなよ。いつもこの糞みてぇな場所で、殺し合いやってる癖によ」
それに対し、ケビンは物腰柔らかな態度で応対するが、無線を繋いできた男は態度を全く改めずに、挑発じみた言葉を吐き続ける。
「止めろ!作戦中だぞ、私語は慎め!」
「…了解」
「了解」
だが、そんな彼も隊長からの言葉には逆らえないようで、素直に返事をして口を噤む。
ケビンも同じように返事を返すと、少し待って男からの通信が切れていることを確認してから、チョコレートバーを一齧りして四日前のことを思い浮かべる。乃ち、嘗ての上司だったハンスと話し、その後今回の作戦のブリーフィングが行われた、四日前のことを。
ケビンが情報参謀部用のブリーフィングルームのドアを開けた時には、既に空席は一つしかなかった。
「遅かったな、カーティス。まさか、集合時間までに到着すれば大丈夫とかいう、阿呆丸出しな考え方をしていたんじゃ、あるまいな?」
「すいません、部長。移動に必要な時間の計算をミスしていました」
扉を開けたケビンに間髪入れずに飛んできたアーチボルトの叱責に、ケビンは素直に謝罪の言葉と嘘の理由を説明する。
本当の理由はハンスに呼ばれ、酒(といっても、ケビンはコーラだったが)と話しを交わしていたからなのだが、それをそのまま話せば責任をハンスに押し付けることになってしまう。恐らくハンスはそんなことは気にはしないだろうが、それは流石に部下であるケビンとしては気が引けるし、礼を失する。故に、嘘の報告をしたのだった。もっとも、ハンスが情報参謀部に連絡を入れてケビンを呼び出したことを考えると、既にアーチボルト辺りに、今回のケビンとの酒盛りのことを話していた可能性は充分にあったが。
「分かった。では、座れ」
「はい。申し訳ありませんでした」
アーチボルトは、ケビンの言葉を聞くと特に他には何も語らずに、席に着くように促す。
ケビンはそれに頷くと、若手の情報参謀部員が失笑を漏らし、アーチボルトがそれを睨みつけて黙らせるという光景の中を歩いて、ひとつだけ空いた席に座る。
「では、これより“オペレーション・アンサングヒーロー、対襲撃勢力攻撃作戦”の概要を説明する。」
アーチボルトは全員が席に着き、静寂を保ったのを確認してからマイクを通してそう告げると、手元の端末を操作して部屋の前方に設置された大型モニターに映像を映し出す。
「事の始まりは、本日早朝にイージスに対して匿名の告発文が送られたことだ。内容は先の襲撃勢力がエリア51に潜伏しているというものだった」
アーチボルトの言葉を聞いた若手の情報参謀部員の中からどよめきが起こる。その一方で古参の情報参謀部員等が静寂を保ったままだったのは、彼等の間の経験の差故か。
「我々はこの告発文の真偽を確かめるべく、エリア51に設置した監視装置の内容を確認、その結果監視装置に細工が施されていたことを発見した。よって、我々はこの告発文を最低限信用する価値のあるものと認定し、エリア51の調査、そして襲撃勢力を確認した折には捕縛、最悪それの殲滅を行うものである」
アーチボルトはそこまで言うと一旦言葉を切り、室内の全員が発言の意味を完全に呑み込めるまで一秒程時間を与えてから、話を再開する。
「だが、ここで問題が発生した。それは、政府軍にも同じ内容の告発文が届いていたということだ」
アーチボルトは端末を操作して映像を切り替える。モニターには、髪こそ真っ白に染まっているものの衰えぬ精悍さを両の眼に秘めた老人の顔と、レオ・プライドのものを含めたいくつかのエンブレムが映し出された。
「この告発文を入手した政府軍は先程、政府軍総司令官マーチ・アルタイトを代表にして話し合いをを申し入れ、いくつかの要求を持ち出してきた。乃ち、イージスによる告発文の真偽の確認及び、それが信用に値する者だった場合、イージス監視の下、政府軍の襲撃勢力に対する攻撃作戦の決行を許可することの二つだ」
アーチボルトの言葉を受けて、今度は若手の情報参謀部員だけでなく、古参の情報参謀部員の一部からもどよめきが起こる。
それもその筈。この要求の意味する所は、「我々にこの件の主導権を譲り渡せ」ということなのだから。
本来なら、この様な要求がきたところで素直に首を楯に振ることは決してない。というのも、イージスと政府軍の管轄は条約で、イージスがコロニーの外部とコロニー内の敷地内、政府軍がそれ以外のコロニーの内部と厳格に決められている。もしこれを破り、さらにそれが露見するようなことになれば、どちら側が破ったにしても非難が集中することは避けられず、最低でもトップの首がすげ変わる事態になる。
故に、普通ならこのような政府軍の要求は条約を楯に拒絶出来る。だが、今回は勝手が違った。
「この要求に関してだが、我々は“吞む”という答えを出した。理由は察していると思うが、一つは先の襲撃事件で我々の発言力が弱まっていること。もう一つは戦場が市街地にまで及んでいる為、政府軍にもこの件に関与する資格がある、と考慮出来ることだ」
政府軍の管轄はイージスの敷地を除いたコロニー全域。つまり襲撃勢力は逃走の際に政府軍の管轄地域を通っていることになり、はっきり言ってかなりグレーな代物だが、政府軍にも襲撃勢力に対しての調査権は存在するといえた。といっても、それは非常に曖昧なものであるので、力技で許可しないという選択肢も可能である。だが、そこで足を引っ張るのが先の襲撃事件によって引き起こされたイージスの権威の低下である。
襲撃事件の折、イージスは大きな過ちを犯し、結果として襲撃勢力に完敗した。相手を圧倒する頭数を揃えておきながら、一人の捕縛者も出せなかったこと。中枢に意図も簡単に侵入されたばかりか、偽物のイージス職員を見破ることが出来なかったこと。あの一夜に犯した過ちは、政府軍の要求をイージスに吞ませるには充分だった。
「その為、我々は政府軍の要求を呑む方針で決定した。だが、無論ただ向こうのやりたいようにやらせる気は無い」
アーチボルトはそう宣言すると、モニターに映し出されている映像を変化させる。
「この作戦にはイージス側の戦力の投入も、バックアップ的なものではあるが決定されている。よって、我々がこの投入戦力として作戦に参加、戦況を操作して政府軍の戦力を殲滅し、主導権を取り戻す」
老人の顔写真とエンブレムが画面の下に引っ込み、代わりにサルガッソの三次元マップと、青い点が四つと赤い点が一つ、固まってモニター上に現れる。
「政府軍の申し入れの際に、大まかな作戦内容を決定した。完全な決定ではないが、基本的に今から説明する原型を崩さない作戦を立案するよう、話し合いでは尽力する。まず戦力だが、政府軍のG・S四機にイージスのG・S一機でチームを作る。これを何チームか…恐らく5か4チーム程作り、偵察隊とする」
アーチボルトはそう告げると、端末を操作してモニターの下方に引っ込んだエンブレムを、三次元マップの右上に目立つように表示する。
「この作戦に投入されるであろう政府軍の戦力だが、偵察という作戦の性質、そして政府軍のこの作戦に掛ける意気込みから考えても、特殊部隊クラスが出てくるものと考えられる。政府軍と行動を共にするメンバーは後に発表するが、選ばれたものは心してかかるように」
『Sir』
アーチボルトの言葉に続いて、室内の人間全員から、声こそ大きくないものの確かな存在感を伴った声が上がる。アーチボルトはそれを聞くと、無感動に一回頷いてから話を再開させる。
「その他の配置は、サルガッソから50km離れた位置にバックアップのイージス戦力を配置。編成はG・Sと輸送用高速ヘリ及び、爆撃ヘリを予定している。この戦力が、今回の作戦における“我々”の主力だ」
アーチボルトの言葉のから一拍遅れて、サルガッソから離れた位置にイージスのエンブレムが表示される。
アーチボルトはそこで再び言葉を切ってから、本番とも言える“イージス”の作戦の説明を開始する。
「では、一通り“政府軍”の作戦の説明が終了したところで、“我々”の作戦の概要を説明する。これも後の政府軍との話し合いの内容によっては修正が入ることが予定される。が、よっぽど大きな作戦の変更がない限りは、今から説明する作戦をベースとした作戦を展開する予定だ」
アーチボルトの言葉に反応して、室内の空気がより引き締まる。
「作戦はシンプルだ。まず、作戦開始時刻の少し前に我々で監視装置を操作し、襲撃勢力にこちらが攻撃を仕掛けようとしていることを悟らせ、待ち伏せの体勢を作らせる。そして、先行する偵察隊を待ち伏せ攻撃に晒して殲滅させ、バックアップとして用意された戦力を投入して襲撃勢力を攻撃する流れだ。なお、襲撃勢力による待ち伏せ攻撃を完璧な形で成功させる為に、リリス型の対政府軍用ジャミング装置を、偵察隊に同行するメンバーの機体に搭載する。同行するメンバーは待ち伏せ攻撃の開始と同時にジャミング装置を発動させ、政府軍の無線及びレーダーを遮断するように」
アーチボルトはそこまで話すと、三度言葉を切って沈黙を貫き、室内に座る面々を見据える。その両の眼に捉えられている面々からは、疑問の意を述べる手は上がらず、ましてやどよめきの一つも起きなかった。彼等は既に気付いていたのだ。この作戦が本当に欲している犠牲は誰なのかを。
「…それでは、これから偵察隊に同行する予定のメンバーを発表する。正確なチームの数は決定していない為、候補は十人まで上げる。ではいくぞ。まず一人目、コレット・プレイネス。二人目、イ・ファングル。三人目、クック・ドータネス。四人目、ブルズアイ・ハオークス。五人目…」
五人目として記されていた名前を、アーチボルトは他の四人の時と何ら変わり無く、一気に呼び上げた。
「ケビン・カーティス」
「はい」
呼ばれた名前に反応し、短く返事をして立ち上がる、ケビン。その表情からは恐怖も不安も読み取れなかった。それどころか、それ以外の一切の感情すら浮かび上がってはいなかった。
「…六人目、フレイリー・クラーク」
アーチボルトは、そんなケビンに一瞬だけ視線を向けると、再び手元に視線を落として名前の読み上げに戻る。そして十名全てを読み上げ終わると、室内で唯一立ち上がっている十名の人間に視線を向けながら、口を動かした。
「作戦の概要を正しく理解しているものなら分かるだろうが、偵察隊に同行するメンバーで生き残る可能性は殆ど無い。だから、私は指揮を執る者として諸君等に一つ質問をしなければならない」
アーチボルトはもう一度十人の顔を見渡してから、言った。
「遺言は考えてあるか?まだなら、早く考えておいた方がいい」
それは、明確な死刑宣告だった。
だが、その言葉に対して、見っとも無く喚き散らす者は誰一人として居なかった。何故なら、彼等は…いや、ここに居る全員が、とうの昔に任務に殺されることを人生の終着点に定めた人間だからだ。
「作戦決行日は、政府軍に報告を入れる翌日以降になる。いつでも出撃出来るように準備を整えておけ」
『Sir!』
承諾の意を示すその一言を合図に、モニターの画面が消えた。
「それにしても…静かだな…」
四日前の回想に耽っていたケビンを現実に引き戻したのは、無線から流れ出た、先程絡んできた男の声だった。
その言葉だけ聞けば独り言ともとれる言葉だったが、敵地のど真ん中に居る状況を考えれば、恐らく緊張から来る、会話への欲求に促されての発言なのだろう。
「そうですね。多分、気付かれていないのではないのでしょうか?」
「…お前に意見は求めてねぇ」
それに乗っかったケビンだったが、返ってきたのは素っ気の無い返事だけだった。ケビンはその言葉に苦笑しつつ、チョコレートバーを齧る。
「…一つ、聞かせろよ」
「何ですか?」
そのまま何も喋らずにレーダーやモニターに視線を移していると、男から今度は目的を明確にした持った言葉が送られてくる。
ケビンがそれに答えると、男は少し躊躇ってから質問をぶつけた。
「お前、この前の事件の生き残りだったよな。一体、ここで何が起きた?」
「…そういう意味です?」
男の言葉が指す“あの事件”とは、フィーと出会うことになった例の件である。
あの件は、表向きには遺物の“巣”の撃滅作戦として発表されている。
遺物の巣とは、遺物が大量に集まっている場所のことを指す言葉で、過去にも何件か報告例が存在している。といっても、衛星監視システムが実用化されてからは狩り出しが大幅に増え、今では殆ど見かけないが。
だが、それでも表向きに公表する内容としては充分及第点を取っているといえた。事件の発端となったG・Sも、管轄の問題で政府軍とは遭遇しておらず、政府軍はその存在を知らない。遺物以外に遠隔操作のG・Sが存在することを隠すのは雑作も無いことだった。つまり、数日前にサルガッソで起きた出来事の隠蔽は完璧に行われており、公表された内容に疑問を挟む余地は無い筈だった。
あの襲撃事件と、告発文さえなければ。
「ここは、数日前まで遺物共の巣窟となっていた場所だ。そんな所に、普通逃げ込むか?もしかしたら壊し漏らしがいるかもしれねぇし、それを警戒して監視が行われているかもしれねぇ。実際、テメェ等が告発文の内容の真偽を確かめられたのも、設置しておいた監視装置に異常があったのを確認したからなんだろ?」
監視装置といっても、男の話に上がっているのは地下施設に仕掛けられたものではなく、地上の都市跡に仕掛けられている“筈”のものである。
「それに、探し初めてもう一時間だ。レーダーも探索用の高出力型を搭載してるっていうのに、ウンともスンともいやしねぇ。なぁ、おい。本当にここは遺物の巣だったのか?」
「……当然じゃないです…」
猜疑心を剥き出しにして男が質問を投げかける。ケビンがそれに答えようとしたまさにその時、唐突にレーダーに反応が生じた。
「レーダーに反応!至近距離、二時の方向!反応はG・…!」
無線から流れるチームリーダーの声で、ちゃんと聞き取れたのはそこまでだった。
その声に従って反応のする方向へと機体を向け、作戦通りにジャミング装置を発動させる。だが、話の内容を聞き取れなかったのはジャミング装置の効果の所為では、決してない。ケビンにチームリーダーの言葉を最後まで聞き取らせなかった存在は、驚愕。そしてその驚愕をケビンに与えた存在は、
「Shit…!」
機体を旋回させた方向に建っている、六階建ての風化したビル。その壁を突き破って現れた、漆黒の巨大な四本の“釘”だった。
「がああああああっ!」
だが、その姿を捉えられたのも一瞬だけ。次の瞬間には、ソナー探知レーダーがケビンの機体を含めた五機のG・Sの至近距離に、その巨大な四本の釘が突き刺さったのを捉え、そして熱探知レーダーがその四本の釘が、莫大な熱量を伴った、五機のG・Sを吹き飛ばす程の爆発を発生させたのを捉えた。
「Fuck…!あれは…“ネイルズ”…!」
ケビンは頭部を生暖かい液体が濡らす感触を味わいながら、世界で三挺しか製造されていないU・Wの名前を口にすると、己の意識を手放した。
『一時的とはいえ、情報参謀部への転属、おめでとう。そのご褒美と言っては何だけど、整備班にアナタの機体の装備に改良を施すように言っておくわ』
「ル…キ…!」
『明日の作戦の、政府軍の付添いに任命されたんですって?それって、実力を認められたってことじゃない。やったわね!』
「ケ…ン・……ティス!」
『明日の作戦のことだが…。いや、何でもない。精々死体で帰る破目にならないよう、がんばれよ』
「おい、ケビン!」
「………ん…?」
暗闇の中へ沈んでいたケビンの意識を引き上げたのは、一日前に掛けられた上司と仲間の言葉と、無線越しに自分の名前を呼び続ける、低い声だった。
「やっぱり生きてたか…」
「その声…オッサンか。今、どんな状況だ?」
ケビンは無線の主が、四日前にハンスと話す直前まで一緒に居た、古参の情報参謀部員であることに気付くと、モニターや計器をチェックして機体を動かせるどうかを確認しながら、現在の状況を訊ねる。
「その口の利き方はあの時と変わらずか。余裕ありそうだな。こっちは、最悪だっていうのによ」
「つーと?」
「作戦は予定通り継続中だが、敵の攻勢が激しすぎて手を焼いてる。既に投入戦力の三分の二がやられちまった」
「チッ、そりゃ最悪だな。上の判断は?」
「地上職員を構成に入れた、増援部隊を派遣するつもりだ。到着時間は約一時間後、俺達はそれまで戦況を維持しなくちゃならない」
「そうか。で、どうする予定だ?俺のとるべき行動は?」
「敵は少数精鋭だ、総数は五機にも満たない。だから残ってる奴等を集めていくつかのチームを作る。そしてチーム毎に敵勢力を受け持ち、敵勢力が合流しないようにしつつ対応する。ルーキーはハンスさんの許に集まっているチームと合流しろ。場所は今送る」
その言葉から数秒と経ずに、モニター上にマップと赤い点が表示される。
「サンキュー、オッサン」
「気にすんな。じゃあ、こっちも忙しいんで切るぜ」
「ちょっと待った。最後に一つだけ訊かせてくれ」
ケビンは無線を切ろうとする古参の情報参謀部員を引き止めると、自分でも分かり切っている答えを求めて、訊ねた。
「政府軍の連中はどうなってる?」
「死んだよ。全員な」
予想できていた答え。ケビンはそれを頭の中で噛み締めるようにして、少しの間口を噤んでから、礼を述べる。
「分かった。手間取らせて悪かった」
「いいから、さっさと行けよ。合流地点までの距離は遠くねぇぞ」
「あぁ」
ケビンは短い返事だけ返すと。無線を切って機体の操作へと気持ちを切り替える。
「…よし。ちゃんと立ち上がりやがったな。いい子だ」
ケビンは仰向けに転倒している機体を起こすと、ブースターは起動させずに機体を歩かせて、爆風に吹っ飛ばされて突っ込んだ時に空いたであろう穴を潜って、建物の外に出る。
「マジで、皆殺しかよ…」
建物を出た瞬間、モニターに映し出された光景を見て、ケビンが呟く。
その眼前に広がるのは、襲撃を受ける前に政府軍の男と話していた大通り。その光景は、G・S五機を吹き飛ばす程の爆発によって大きなクレーターができていること以外は大した違いは無かった。だが、あちらこちらにちらほらと姿を見せる青い装甲のG・Sの一部と、通りのど真ん中にできたものに比べれば小さ目な四つのクレーターが、この地で四人の人間の命が潰えたことを物語っていた。
そして、その光景をG・Sのカメラアイ越しに見渡したケビンの頭に、一つの疑問が浮かぶ。
(なぜ…俺だけが生きてる…?)
それは浮かんで当然の疑問。ケビン以外の四人は爆発の後に、明らかに“止め”を刺されている。しかもその止めは、周囲の建物に戦闘の跡が残っていないことから考えても、既に戦闘不能になった状態の四機にご丁寧に刺されたものだと判断出来る。
なのに、恐らくは同じような状態を晒していたケビンにだけ、止めが刺されていない。これは明らかに異常だった。
(だが…考えたところでどうなる訳でもない…か…)
そうは言っても、それは考えたところで意味が無いことであるのも、また事実。
ケビンは早々にその考えに行きつくと、自分が生きていることについての思考を止め、マップに表示された赤い点目指して機体を移動させ始める。
「取り敢えず、向こうの状況を確認しておくか」
重く響き渡る銃声や爆発音が飛び交う一方で、敵はおろか味方のG・Sですら一機たりとも存在しない大通りを、深緑のG・Sを操って最高速度で移動しつつ、ケビンは無線を繋ぐ。
「こちら、政府軍同行部隊のケビン・カーティス。現在そちらに合流すべく移動中だが、そちらの状況を知りたい」
『ケビンか。そんなに知りたいなら教えてやるが、合流は止めてもらおうか』
「チーフですか。取り敢えず、現在の状況を教えてくださいよ」
無線に出たのがハンスだったこととその発言の内容に若干驚きつつ、ケビンは戦況を訊ねる。
『端的に言えば最悪だ。殆ど壊滅状態に近い。敵は一機だがそうとう腕が立つ奴で、その上武装はどういう訳かネイルズだ』
「そいつなら、恐らく俺が同行していた政府軍を全滅させた奴です。一瞬ではありましたが、ネイルズを使用しているのを確認できました」
『そうか。流石にアレを二挺も保有しているとは考えられんからな。あの最強のU・Sの一つに数えられる、ネイルズを…』
ネイルズとは、世界最大のコロニーの一つ、コロニー・メルナーデの軍事産業、グレイムズ工房が開発したU・Sである。その武器カテゴリーはU・Sの名に相応しく、未分類。いままでに似たようなものは有れど、前例の無い武器である。
その実態は“任意のタイミングで爆破可能な、直径1.5m、高さ5mにも及ぶ巨大な釘を発射する、装弾数三千本、有効射程4kmのG・S用片手武装”。製造方法から内部機構までの一切が機密扱いにされ、唯一判明しているのは性能と莫大な製造及び運用費用。結果として三挺のみ開発され、内二挺がコロニー・メルナーデのイージスに、もう一挺が同コロニーの政府軍に配備されていた。二年前までは。
「チーフ。奴が装備しているネイルズは、恐らく…」
『あぁ。二年前のオペレーション・ハングドマンのヤツだろうな』
世界に三挺しか存在しないネイルズ。それが唯一、コロニーに敵対する勢力に渡り得る機会が、二年前にあった。
それこそが、オペレーション・ハングドマン。コロニー・メルナーデに襲来した十五m級の遺物の迎撃作戦。あの時の騒動で、三挺のネイルズの内、政府軍が所有するものが破壊されていた。
「あの時の報告では“破壊された”となっていましたが、もしかしたら実際は…?」
『紛失だったのかもしれんな。アレを紛失したとなれば、政府軍は顔に泥を塗りたくるだけでは済まなくなる。なら、いっその事破壊されたことにする、というのは充分に考えられる』
ケビンの憶測を、ハンスが肯定する。その声音には、嘲りも怒りも呆れも含まれていなかった。
何故なら、ハンスは理解しているからだ。今、そんな感情を抱いたところで、任務遂行に毛ほども貢献しないことを。
「確かに、その可能性は充分に考慮出来ますね。でも、今はこれ以上話している暇は無さそうです。チーフ、指示を」
そのハンスの声音に感化されたのか、ケビンも敵の武装についての思考を中断させ、ハンスに指示を求める。
『とりあえず、お前が今合流したところで戦局は変わらん。よって、お前には単独で動いてもらい、奴の不意を突いてもらう』
「というと?」
『詳しい場所は今から送信するが、お前にはいまからこの都市跡の高速道路に向かってもらう。そしてそこから目標の背後に攻撃を仕掛け、隙を作れ。その隙を突いて俺達で総攻撃を仕掛けて目標を破壊する』
ハンスの言葉から一拍置いて、ケビンのモニターの端に映し出されているマップにハイウェイの位置と、目標とハンスの交戦エリアが表示される。
「了解。どれくらい持ちそうですか?」
『恐らく、二十分が妥当なところだろう』
「了解。では、なるべく急いで…」
そう言いかけたところで、ケビンの眼が先程と同じ様に、唐突にレーダーに表示された反応を捉える。
そしてケビンの機体が真横に回避行動をとったのとほぼ同時のタイミングで、深い紫色の中量装甲を身に纏い、頭部に数字の9と蠍が描かれた、複眼型カメラアイのG・Sが建物の壁を突き破って姿を現す。
「…チーフ。十分程がんばってもらっても大丈夫ですか?」
『オーケー。“三十分”程頑張ってみよう』
「そいつはどーも…」
ハンスから帰ってきた言葉に苦笑しつつ、ケビンは、右手に何本かの電極のようなものが剥き出しになっている巨大な銃を握っている深い紫色のG・Sに、己の機体の両手に握られたアサルトライフルとマシンガンを向ける。
「上司からのお許しも出たし……来いよ、害虫野郎。相手になってやる」
ケビンはそう呟くと、モニターに映る敵機を見据えた。嫌に大きく聞こえる心臓の音だけをBGMにして。




