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HEART Of STEEL  作者: ブッチ
Mad Man
42/44

決意

 午前三時二十分、反政府組織攻撃作戦の終了と撤退から一時間弱が経過した、イージス地下四階。職員の殆どが就寝中か自宅に帰り、月明かり程に調整された照明の明かりのみがまともな光源となった世界に、靴音のリズムを刻み込みながら闊歩する人影があった。

 その人影は暗闇に沈んだ地下四階の中で、唯一明かりの点いている建物、地下四階唯一のアルコール取扱い店である『ブレスレット』の扉を叩く。


「あぁ、ハンスさんですか。待ってましたよ」

「…私の部下が世話を掛けたらしいな」


 扉を叩いて数秒と経たずに、扉を開いて現れた店の店主に、人影…ハンスは冷淡な口調で謝罪の言葉を述べると、店の中に入る。


「奴は?」

「奥の個室です。ハンスさんがいつも使っている」

「分かった。迷惑を掛けたな。もう休んでくれて構わない。料金はこれくらいでいいだろう」

「え?いや、これは流石に貰い過ぎ…」


 ハンスは店主から問題の部下の居場所を聞き出すと、財布から紙幣を抜き取り店主に押し付け、押し付けられた店主の困惑の声を無視して奥の個室に向かう。

 事の始まりは三十分前だった。奇襲作戦が功を為し、日付が変わる前に作戦を終えた地下四階選抜メンバーは、生存者や情報の大まかな探索、及び引き継ぎの調査部隊が到着するまでの制圧状態の維持の任務を終え、日付の変わった午前二時ごろにイージスに帰還した。ハンスは彼等に三十分の休息の後にミーティングを行うように伝えて自由行動を許した訳だが、メンバーの一人、ケビン・カーティスが姿を消した。もっとも、このような事態は初めての対人任務だという事を考慮に入れれば簡単に予測出来た事態であった為、とりたて騒ぎ立てずにミーティングへと移った。すると、案の定『ブレスレット』から「いきなり店を開けろ、と押しかけてきた職員がいる」との連絡が入り、その人物がケビン・カーティスである事を確認したハンスは、ミーティングを部下に任せ、ケビンの身柄を引き取りに駆けつけたのであった。


「…大した有り様だな」


 ハンスは奥の個室に辿り着くと、無言のままドアを開く。そして中の状態を確認するや、つまらなそうな口調で呟いた。

 個室の中は散々な状態だった。酒瓶が散乱し、中身が床を濡らしている。何本かの酒瓶は粉々に割れており、投げつけられた事実を主張する様にドアの近くに痕が残っていた。そして部屋の隅っこには、肝心要のケビン・カーティス本人が、壁にもたれ掛かった状態で酒瓶を片手に握りしめながら座り込んでいた。


「…………」


 部屋に入るや否や呟かれたハンスの呟き、それに対し、聞こえている筈のケビンは何も語らずに俯き続ける。

 ハンスは床に散乱した酒瓶の破片を一切意に介さずに部屋の中に入る。靴がジャリジャリと酒瓶を砕く音だけが部屋の中に響く中、ハンスは酒で汚れていない席を見つけてそこに腰かける。そしてテーブルの上に置かれた中身の入ったグラスを持つと、少しだけ中身の眺めてから、腕を動かして中身を俯いているケビンの頭目掛けてぶちまける。


「聞いてるか?大したザマだなって言ってるんだ」


 いつもは頭の後ろで縛っている黒髪を解き、だらしなく垂らした前髪から酒を滴らせながら、ケビンが僅かに顔を上げてハンスを見る。


「出世してやるだの何だと喚いていたわりに、一人殺してその体たらくか。まぁ、自分のおめでたさ加減が分かっただけでも収穫はあったか?」

「チーフ、俺は…」

「お前には向いてないよ、この仕事。さっさと荷物畳んで辞めちまえ」


 ハンスはケビンの言葉を遮って言い放つ。

 彼の経験上、最初の殺しでこのような状態になる人間は、イージスでの仕事に向いていない。何故なら、そのような人物は優しすぎるからだ。

 監視衛星が張り巡らせられた今の世界では反政府組織の数は減少の一途を辿っている。その為、大抵のイージス職員が初めての対人戦を経験するまでに遺物との戦闘で経験を積んでおり、戦いによって生じる恐怖とは折り合いを付けた状態になっている為、そのような理由で悩んだりすることは有りえない(むしろそういう人間でないとそのような任務に割り当てられないのだが)。その為、最初の対人戦を経験した者たちを苦しめる悩み…ストレスは人を殺した罪悪感のみとなる。そして、たった数時間すらその罪悪感を抱き続ける事に耐えられず、酒に逃げるような人間は、往々にして自主的にイージスを辞めるか転属、もし続けられたとしても使い物にならないような人間ばかりだった。


「いいか?人殺しに必要なのはな、殺人の肯定だ。あいつを殺したのは世の中の為だ、あいつは悪人だなんだと理由付けて、自分は悪い事をしていないんだと思い込む事が必要なんだ。そうしなければ、心が折れちまう。お前には出来るか?自分の殺しを胸を張って堂々と肯定出来るか?」

「……多分、無理です」

「フン、やっぱりな」


 少しの間を置いて、ケビンがハンスの問いに答える。

 ハンスはつまらなさそうに鼻を鳴らすと、もう一度イージスを止めるように言おうとする。そこまでの流れは、彼がチーフに就任してから幾度となく体験してきた状況だった。そう、“そこまでは”。


「でも…辞めるつもりはありません」

「…何だと?」


 ハンスが言葉を発するよりも早く、ケビンが口を開く。出鼻を挫かれたハンスは、訝しそうな表示でケビンを睨む。


「…辞められる訳がないじゃないですか。俺は…人を殺したんですよ?もう後戻り出来ない」

「何でだ?」

「だって…、俺がここで辞めたら、俺に殺された奴は何の為に死んだんですか?」

「何?」


 ハンスの口調に驚きの色が混ざる。何故なら、ハンスが予想していた答えは自らの稼ぎや自己を正当化する言葉、「もう決断したのだから」というような罪悪感に目を背けるニュアンスのある答えだったからだ。ましてや、殺した相手の話題が真っ先に出てくるとは考えてもみなかった。


「もしここで俺が戦うことを止めたら、俺に殺されたあいつの死は無意味なものになっちまう。若造一人…しかも調子に乗った若造一人が死ぬのを先伸ばしにしただけの…。それだけは許されない、許せないんですよ…」

「じゃあ、どうするつもりなんだ?」


 ハンスの問いに、ケビンは両の瞳に確固たる決意を滲ませて答える。


「だから、俺は戦い続けます。戦って戦って、この世界に絶対の秩序を打ち立てて、俺が殺した人間の死に意味を与えます。殺されたことに納得出来るような意味を…。」

「…その過程でさらに死人は増えるぞ?」

「なら、そいつら全員、背負って進むまでです。たとえ俺が地獄に堕ちても、死んだ奴等が納得出来るような意味を与えてみせます」

「何故、そこまで拘る?」

「それが…殺した人間の責任だと思うからです。どんな人間でも、この世に生まれた以上何らかの生まれた意味がある。人を殺すということは、その意味を奪い取ってしまうことだ。なら、せめて代わりとなる意味を与えるのが、殺された人間の人生は無意味じゃなかったと証明するのが、殺した側の責任であり、唯一の贖罪だと…、俺はそう思います」


 ハンスはケビンの答えを聞くと、そのまま黙って俯く。小刻みに肩を揺らしながら。そして暫くの間そうしていたが、やがてゆっくりと顔を上げると、ケビンが今まで見たことの無い真剣な表情で口を開く。


「なるほど、お前の考えは分かった。だから、殺さないという選択肢はないのかなどと、野暮なことは言わん。お前は助けられる人間まで必要以上に切り捨てるような馬鹿ではないし、殺しはどこまでいっても悪徳だということも理解出来ているようだ。だが、これだけは言わせろ。世界を変えるのはお前には無理だ。人には役割がある。お前が武器を握り続ける以上、お前にその役割は巡ってこない。平和を実現させるのは、いつだって武器を握っていない人間だ」

「…それでも構いません。俺に出来ないのなら、出来る人間が現れて平和を実現させるまで、今の秩序が不要になるその時まで、俺は今の秩序を守る為に戦い続けます。為せないのなら貢献することで、死人達に意味を与えます」

「…お前が生きている内に実現すると思うか?」

「実現しなくても、やる以外の道はありません。俺の人生で足りない分は、地獄(あの世)で跪いて許しを乞い続けることで埋め合わせますよ」


 ケビンは感情が籠っているとは言い難い笑みを浮かべて、ハンスの問いに答える。

 それを聞いたハンスは、大きく息を吐くと、テーブルに転がっている手付かずの酒瓶を掴み、栓を開いて無造作に口をつける。そして、一気に三分の一程飲み干すと、今まであまり変化の無かった相貌に、ニタニタと意地の悪そうな、それでいて心底面白そうな笑みを浮かべながら、一言発した。


「面白い」

「…はい?」


 悲壮な決意を宿していたケビンの両目に、懐疑の色が溶け込む。だが、ハンスはそんなことは全くお構い無しに口を動かし続ける。


「自分でも仲間の為でもなく、殺めた人間の為に戦場に残るか…。いいな、実にいい。良い覚悟の決め方だ」

「チーフ?」

「ふふふ、どいつもこいつもお前みたいな理由で覚悟を決められればいいのに。そうすれば、人員不足も一気に回復するだろうに」

「チーフ、酔ってるんですか?」


 今まで見たことのないハンスの状態に、戸惑いの声を上げる、ケビン。

 一方のハンスは、もう一度酒瓶に口をつけてグビグビと中身を流し込むと、幾分か落ち着いた表情でケビンに話し掛ける。


「ケビン」

「はい?」

「世の中には色んな戦いの理由があり、色んな覚悟の決め方がある。お前の場合、戦いの理由も覚悟の決め方も、他人から見ればくだらなくて信じ難いものに思えるだろう。イカれていると言われても仕方ない程だ。何たって、顔も知らない上につい先程まで殺し合っていた人間の為に全てを賭けようとしているんだからな」

「やっぱり…そう思いますかね…?」

「あぁ。だが…」


 ハンスは酒瓶の中身の残りを一気に飲み干すと、ケビンに告げた。


「俺は嫌いじゃないがな」

「へっ…?」


 不意を突く答えに、ケビンが思わず間抜けな声を上げる。

 ハンスはそれを見て軽く笑いながら、話を続けた。


「なに、組織の運営を担う人間として、やれ身内を殺しただの殺されただの、大層ご立派な過去が無ければ覚悟を決められない人間より、赤の他人を殺して覚悟を決められる人間の方が必要だって話さ。それに…」

「それに?」

「秩序を守るという事はその秩序に守られた社会に住む“人々”を守るということだ。だったら、自分や親しい人間の為に戦う奴より、敵も含めて他人を思って戦える奴の方がこの仕事は向いてるさ」

「…本当っすかね?」

「あぁ。俺が言うんだ、間違いないさ。ただな…」

「…?」


 ハンスは一旦言葉を切ると、表情から笑みを消してケビンに問う。


「一つはっきりさせろ。お前はこれからも“イージスの人間”として戦っていく、そういう訳だな?」

「はい、そのつもりです」

「例えばその過程で、想像を超える穢れた行為に手を染める事になってもか?」

「…それはどういう?」

「いいから答えろ」


 ケビンは口を閉じて考え込む。そして数秒程考え込んだ後、ハンスの答えを告げる。


「たとえ、仲間の背中を撃つようなことになっても、俺は戦い続けます」

「…そうか」


 ハンスはケビンの答えを聞くと、微笑して近くにあったグラスと酒瓶を取る。そしてグラスに中身を注ぎ、ケビンに差出しながら告げた。


「それでいい、ケビン・カーティス。お前を地下三階に移転させる」

「えっ、それはどういう…」

「いいから、黙って受け取れ」


 ハンスはケビンの疑問の声を遮ってグラスを無理矢理ケビンに押し付ける。そしてグラスをもう一つ取って中身を注ぐと、自分の顔の辺りに掲げる。


「昇進おめでとう、ケビン・カーティス地下三階職員」

「ありがとうございます、ハンス・ゴールディングチーフ」


 ケビンもそれに応じてグラスを掲げる。

 酒の匂いが充満した薄暗い部屋に、グラスを打ちつけ合う音がいやに大きく響いた。





「懐かしいっすね。ありましたね、そんな事も」


 思い出話を終え、ケビンが灌漑深そうに呟く。

 思っていたよりも話込んでしまっていたらしく、思い出話が終わったころにはテーブルに置いてあった皿には何も乗っておらず、酒瓶の中身も無いに等しい状態になっていた。おそらく地上では街灯がその効力を思う存分発揮している頃だろう。


「まったくだ。まだ一年前の話だというのに、随分と昔に感じられる。俺が歳を取ったのか、それともお前が情報部の制服を着ているからなのか…」

「多分、後者じゃないっすかね?俺自身、まかり間違って情報部に入ることになったとしても、もっと歳食ってからだと思ってましたし。まぁ、実際に入った訳ではないんですが」


 同じく灌漑深そうに話すハンスに、ケビンが軽口を返す。ハンスは小さく笑ってケビンを見つめる。そこには、いつもの冷淡さは存在していなかった。


「まったくだ。これは、俺の目も節穴じゃなかったという事かな」

「俺にはもったいない言葉ですよ」

「そんな事はない。お前はよくやってる。イージスの実態を知っても姿勢を崩さず、イージスの人間として戦い続けている。それも忠実にな。これでもうちょっと強ければ、言う事無しなんだがな」

「言ってくれますね、チーフ」

「事実だろう?」

「その通りなのが、哀しくもあり悔しくもあり…、ってね」


 そして互いに軽口を飛ばし合い、笑い声を上げる。その光景はまるで、仲の良い友人、むしろ親子にすら見える光景だった。


「おい、ケビン」

「なんすか?」


 しかし、不意に笑い声を収めると、普段は聞くことの出来ない、ハンスの感情の籠った声がケビンの笑い声を止める。


「折れてくれるなよ、お前は。俺の目を節穴にしてくれるな?」

「…了解(Sir)、チーフ」


 もはや“何が”などと訊く必要も無い。たったそれだけで、ケビンは自分に求められているものが何であるかを理解していた。


「…きたか」

「どうしたんですか、チーフ?」

「招集だ。大方、政府軍との話し合いにケリが付いたんだろう。お前にもその内連絡がくる筈だ」

「んじゃ、そろそろ帰るとしますか」


 そう言うと、二人は席を離れて店から出ようとする。

 その際、料金を払おうとケビンが財布を取り出そうとしたのを、ハンスが手で制する。


「俺が払いますよ、チーフ」

「阿呆が。年下に払わせられるか」

「悪いっすね」


 ハンスが料金を支払うのを眺めながら、ケビンが軽く手を合わせて謝る。その悪びれた様子の無い謝罪に、ハンスは気分を害した様子も無く、言葉を返す。


「飯代は働きで返してもらうから構わないさ」

「…何か、掛けられる期待ばっかり増えてる気がするんですけど」

「馬鹿が。責任を背負うのは年長者の役目、期待を背負うのは若輩者の役目と、昔から決まってるだろうが」

「初めて聞きましたよ、そんな科白。大戦以前のことわざか何かっすか?」


 小さく笑いながら告げられたハンスの言葉に、ケビンは辟易しながら店を出る。そして店の外で二言三言話してから、ハンスと別れて情報参謀部棟へと足を動かし始めた。一年前は存在しか知らなかった場所へと。

 ハンスとの思い出話で掘り起こされた、何も知らないまま人生の全てを決めた一年前の自分の、若者特有の未熟さと無知さに呆れ、生き甲斐を与えてくれた事実に感謝しながら。

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