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HEART Of STEEL  作者: ブッチ
Mad Man
40/44

動転

 コロニームスタフに限った事ではないが、コロニームスタフの構造はかなり歪である。

 基本的には人間の手が加えられた鋼鉄とコンクリートで構成された街並みなのだが、時々思い出した様に、人の手が殆ど付けられていない土や草、木などに占められたエリアが、五つの主要道路を除けばほぼ全域に点在している。

 これは、元々コロニーが大戦によって荒れ果てた地で、奇跡的に息を吹き返した土地に建造された事に起因する。大体の自然は食糧等の生産の為に政府軍によって管理されるのだが、そういった生産活動には向かない土地はそのまま放置され、かといってその真上に新たに建造物を建てるのも、自然そのものが希少な存在となった今の世界では余りにも勿体無いのでそのままにした結果、まるでマーブルカラーの様に、灰色の都市の中に土色と緑色が点在する光景が生まれたのだった。

 今ハロルドが居るのも、そういった土地の一つだった。政府軍との合流場所は、綺麗に整備された高所得地域の中でも一際違和感を放つ小山の頂上であり、無線に出ていたハイゼンバールビルが、三階建ての、ビルと呼ぶには貧相な図体で控え目に建っていた。


「あぁ、分かった。じゃあな」


 頂上の一角でボロボロの機体に腰掛けていたハロルドは、そう告げるとインカムでの通話を終了する。すると、同じくG・Sに腰掛けて水筒を口に付けていた男がハロルドに問いかける。


「よぉ、誰からだ?」

「バディだよ。色々起こったみたいらしい」

「へぇ、大丈夫なのかよ?」

「分からん。とりあえず、俺達もムスタフ支部に戻るとするか」


 ハロルドは男の問いに答えると、ハイゼンバールビル付近に集まっている、青い集団に向かって歩を進める。


「おぉい、そこのあんた」


 ハロルドは近くに居た男に話し掛ける。


「ん?その声は…」

「あれ?あんたの声、どっかで聞き覚えが…」


 ハロルドの呼びかけに振り向いた男とハロルドの間に妙な空気が流れ、会話が途切れる。二人共に変な眉間にシワを寄せて互いの顔を見つめあっていたが、不意に二人の表情が明るくなり、同時に声を上げる。


「お前さん、囮やってた、イージスの!」

「あんた、あの狙撃手か!」


 互いに、相手の顔を指差して声を上げる。もっとも、昨夜の戦闘中は無線の会話のみ、合流後も作戦の邪魔にならないように、イージス勢はさっさと隅に追いやられてしまったので、それなりに会話はしているもののまだ二人は互いの顔も知らず、このリアクションも妥当なものかもしれないが。


「そうか、お前さん、そんな顔だったのか。というか、スキンヘッドだったのか」

「そういうあんたこそ、声からして引退間近ぐらいだと思ったら、意外と若いじゃないか」


 ハロルドは、おおよそ三十代前半ぐらいの金髪の男の顔を見て、意外そうに話す。


「ほっとけ。それより、俺と分からないで話しかけたって事は、政府軍(俺達)になんか用事でもあるんじゃないか?」

「あぁ、それなんだが、そろそろ俺達もイージスの方に戻りたいんだ。行ってもいいか?」


 狙撃手の男は顎に手を当てて考えるそぶりを見せてから、インカムを使って数回会話を交わすと、ハロルドの質問に答える。


「構わない。どうせ俺達も撤収する手筈だったからな」

「そうか。助かったよ。えーと…」

「ダリルだ。ダリル・ナスバン」

「礼を言うよ、ダリル。俺はハロルド。ハロルド・ジョーンズだ。機会があったら酒でも奢るよ」


 ハロルドは自分の名前と礼を告げると、仲間達の所に戻ろうとする。だが、ハロルドの両足は背中に飛んできたダリルの一言で歩みを止めることとなる。


「近い内に会うだろうよ。それも戦場でな」

「…?」


 妙に確信に満ちたダリルの言葉に、ハロルドは思わず歩を止めて振り返る。

 ダリルは振り返ったハロルドに微笑しながら、話を続ける。


「侵入者どもの居場所が判明したんだとさ。謎の告発文でな。今頃、イージスにも届いてるんじゃないか?」





 職員が慌ただしく行き来するムスタフ支部を、アーチボルトが駐車場に向かって足早に進んでいた。

 部下からの報告の後、アーチボルトが他のメンバーに事情を説明し告発文につおての対応を決めようとしていた最中、再び部下からの報告が入った。その報告の内容により議会は中断、残った議題は殆ど無かったもののその分については書類で回すことにして、アーチボルトは会議室をあとにしたのだった。

 その報告の内容、それは政府側にも同じ内容の告発文が届いたこと。そして、その対処について早急に話し合いを行いたいという旨の連絡が政府から入ってきたことの二つだった。

 その上、後者については政府軍の意向が強く反映されているらしく、イージスが勝手に動き出す前に先手を打ち、今の政府軍とイージスの力関係を維持しようとする政府軍の意思を、アーチボルトはひしひしと感じていた。それを裏付ける様に話し合いのセッティングは既に済んでおり、策を練らせる暇を与えない為か、日時に至っては今から二時間後という熱の入れようだった。

 もっとも、最初から政府軍の好きにさせる算段だったアーチボルトにとっては、ちまちま政府軍の動きが決定するのを待つ必要が無いので好都合とも言えたが。


「…そうだ。至急、エリア51に設置した監視装置にアクセスして異常がないか調べろ、徹底的にだ。何か報告があれば、これ以後は私の携帯にメールで送れ。以上だ」


 アーチボルトは部下に、エリア51の地下施設に設置している監視装置を使って告発文の真偽を確かめるように命令すると、耳からインカムを外してスーツのポケットにしまう。

 そしてそのまま駐車場に向かって人混みを掻い潜り愛車の許に辿り着くと、愛車に乗り込んでキーを回す。エンジンが力強い唸り声を上げたのを確認すると、アーチボルトはアクセルを踏み込み、愛車を発進させた。

 話し合いの舞台となる政府お抱えの料亭、コロニートウキョウ出身の人間が経営する『楼柊庵』には三十分程で到着した。

 場所はそれほど遠くはないものの、昨夜の騒動のせいで到着するのに時間が掛かるだろうと考えていたアーチボルトにとっては意外な出来事であった。道中、政府軍の検問でいちゃもんを付けられなかったのには劣るが。


「お待ちしておりました。アーチボルト・クラーク様ですね?」


 車から降りると、さっそく和服姿の女性が声を掛けてくる。


「そうだ」

「お役人方はもうお着きです。今案内いたします」


 従業員らしき和服の女性はそう言うと、アーチボルトを先導して歩き始める。アーチボルトは脇に立っていた、同じく和服姿の女性に車のキーを渡すと、女性の後についていく。

 女性の案内で着いた場所は予想通りに和室で、開かれた障子の向こうには庭園が覗き、中央に置かれた机には既にスーツ姿の男が三人揃っていた。


(政府軍総司令官マーチ・アルタイトか…)


 アーチボルトは座っている三人の内、中央に座っているスーツ姿の男に視線を向ける。

 マーチ・アルタイト。政府軍の総司令官であり、ムスタフ唯一の軍学校の理事長も務める、典型的なイージス嫌いの政府軍人。


(横の二人は護衛か…。ふん、悪趣味なことだ…)


 アーチボルトはマーチを挟むようにして座っている、いかにも実践派ながたいの良い男二人をチラッと見る。

 敵対勢力でもなんでもないイージスとの話し合いに護衛を連れてくるという事から、イージスを信用していない…もっと言えば、状況的に追い詰められている(政府軍の考えでは、だが)イージスなら、強行手段をとるだろう、というイージスを犯罪者紛いの組織だという認識が、ありありと感じられた。


「ご足労願いましてすいません、アーチボルト・クラークさん」

「いえ、こちらも話し合いの機会を欲していたので、願ったり叶ったりといったところですよ」


 アートボルトはマーチとにこやかに挨拶を交わすと、畳の上に正座する。そして、笑顔を顔に張り付けたまま、さりげなくマーチに隣の二人について尋ねる。


「ところで、そちらのお二人は?」

「あぁ、護衛ですよ。最近はどこで誰に襲われるか分かりませんからなぁ」

「ほう。良いお心がけですね」


 アーチボルトは心中で「やっぱりな…」と呟いて嘲笑しながら、笑顔を崩さずに返事をする。

 その答えにマーチの表情が一瞬だけ崩れかけたが、次の瞬間には、真意を覆い隠す笑顔の仮面が張り付いており、今度は逆にマーチが質問をする。


「ところで…、そちらの支部長殿のお姿が見えませんが?」

「すいません。支部長は現在、お仕事でお忙しくて…。でもご安心下さい。作戦の指揮は私が執りますので、特に不都合は生じませんよ」


 アーチボルトの返事に、マーチの隣に座っていた男達の表情に怒りの色が浮かび上がり始める。マーチ自身もその二人程ではないものの、僅かに笑顔が歪む。

 アーチボルトは怒りの色が浮かびつつある二人を、表面はまったく変わらない笑顔を張り付けながら、裏側では二人が怒りに身を任せるかどうかを楽しみながら見つめていたが、それは二人の怒りの色が一般人から見ても分かるほどのものに変化した、絶妙なタイミングで発せられたマーチの声によって実現しなかった。


「まぁ、いいでしょう。我々も何も複雑な事を話しにきたのではないですし」

「というと?」


 マーチの余裕たっぷりの声に付き合って、アーチボルトも本当に不思議そうな声を出す。


「何、簡単な事です。話すべき事は二つ。まず、我々はこの情報をある程度信用に値するものとして調査隊を派遣、存在が確認出来た場合、攻撃を仕掛けるという判断を下した事。もう一つは、その調査隊の役目は貴殿方イージスにお願いいたいという事。勿論、調査隊という事を悟られてはまずいので、非武装の一般人…そうですな、今回の騒動でイージスの力を信用出来なくなり、無謀にも独力で他のコロニーに向かおうとした一般人の集団でも装って調査を行なってもらいたいところですな」


 演技でも何でもない笑みを浮かべて、マーチが告げる。それを耳にしたアーチボルトの表情が、この場に足を踏み入れてから初めて、僅かながらに変化した。




 アーチボルトが話し合いの席に着いた頃、ケビンは情報参謀部棟の待機室で、三十歳後半らしき男とコーヒーを飲んでいた。


「つまり、此処にはハンスさんの推薦で来た訳だが、推薦の理由は分からないと?」

「そういう事だ。実力ではないのは確かだけどな」


 男の問いに、ケビンが答える。ケビンの口調は比較的同年代かそれ以下の人間と話す時の口調だったが、対する男に気分を害した様子は無かった。


「だろうな。はっきり言って、何で生きて朝日を拝んでいるのか、俺には分からないぐらいだ」

「俺もさ。まぁ、間抜けにも生き残っちまったのには意味があると思いたいね」


 小さく笑ってそう言ったケビンの表情からは何も読み取れない。その事実だけで、男には推薦された理由が何となく分かった気がした。


「意味の無い物事なんてないさ。どんな下らない出来事にも意味がある」

「女が目の前にいながらマスかくような行為にもか?」

「あぁ、あるさ。そいつが変態だ、っていう事の証明になる」


 低俗な冗談を飛ばし合って互いに笑い声を上げる、二人。

 二人の笑いが治まると、男が方向性を変えた質問をする。


「ところで、此処には慣れたか?」

「まぁな。タメ口で話す事を許してくれんのは、あんたみたいなオッサンだけだけどな」


 男の問いに、ケビンが肩を竦めて答える。

 情報参謀部棟でのケビンへの態度は綺麗に二分されていた。即ち、嫌悪されるか友好的かの二つである。

 嫌悪するのは主に若手の職員で、実力重視で選ばれた彼等にとって、実力が伴っていないのに推薦などといった理由で作戦に参加する事になったケビンに、嫉妬に加え、何か作為的な働きがあるのではないかと疑っている、というのが主な原因だった。

 逆に古参の職員達は、チーフ就任後も情報参謀部の幹部として前線で指揮を執る事の多いハンスを信頼している為か、ハンスが推薦で捩じ込んできたケビンに対して強い興味を抱いている者が多く、比較的友好的な態度で接していた。

 もっとも、それが古参の彼等に対して憧れを持つ若手の職員達の感情を逆撫でし、ケビンに対しての風当たりの強さの原因の一つではあるのだが。


「減らず口まで許した憶えは無いぞ、ルーキーが」

「悪いね、ご老体」

「このクソガキが」


 互いに軽口を叩き合い、二人の間を再び笑い声が行き交う。

 そんな他愛もない会話を繰り広げながら、ケビンが目の前の紙コップを取ろうとすると、不意にケビンの右耳に着けているインカムに連絡が入った。


『聞こえているか、ケビン?』

「チーフ!?どうしたんです?」


 いきなりのハンスからの通信に、ケビンは咄嗟に右手をかざして会話を中断する。


『少し話したくてな。今、動けるか?』

「えぇ、大丈夫ですけど…」

『場所は地下四階の『ブレスレット』だ』


 場所を告げられると、ハンスとの通信が切れる。

 ケビンは脳内に疑問符を浮かべながら、相席している男に事情を告げて別れると、地下四階に向かって歩き出す。服装は流石にパイロットスーツではなく、この作戦に参加する事になったので支給された情報参謀部用の黒い制服(丈の長い、コートに近いタイプだ)を着ていた。着替えた方が良いかと考えたが、待たせるのも悪いので、そのまま向かう。

 ムスタフ支部の四階に隣接する、情報参謀部棟の最下層に向かうと、連絡通路を通って情報参謀部棟から通常職員のエリアに移動、ハンスに来るように言われた『ブレスレット』という店に歩を進める。

 ケビンが地下四階から離れてある程度の時間が経ったものの、地下四階の様子は全く変わっていなかった。建ち並ぶガレージは相変わらず貧相で、そこで活動する職員達の表情は初々しい生気で満ちていた。

 ムスタフ支部の基準では地下五階職員が最底辺となっているが、厳密には違う。

 何故なら、地下五階は名目上ではイージスの一部署ではあるが、実際には採用した人材達にイージスにとって必要なものを叩き込む、一種の訓練学校のような物だからだ。その為、地下五階職員は基本的に住み込みだし、仕事も雑用ぐらいしか回ってこなければ、給料も雀の涙程の額しか出ない。殆ど寮生活の学生と変わらないのだ。

 よって、本当の意味で職員と呼べるのは地下四階職員からという事になる。


「しっかし、懐かしい光景だねぇ…」


 ケビンは地下五階や地下四階での出来事を思い返しながら歩を進める。途中で知り合いに会って服装の事で質問攻めにされながらも、何とか『ブレスレット』に辿り着く。その頃には腕時計の長針が連絡を受けた時の真逆を指していた。


「やべぇかな…」


 ケビンは小さく呟くと、覚悟を決めて『ブレスレット』の扉を開く。

 扉の先にあった光景はこれまた以前と変わり無く、大きなテーブルが乱立して酒の臭いが充満した、ブレスレットよりもバケツの方が似合いそうな、典型的な居酒屋の光景が広がっていた。


「やぁ、ケビン。久しぶりだね。チーフなら奥の特等席だよ」

「分かった。ありがとよ、マスター。適当に何か持ってきといてくれ」


 ケビンは店に入るなり声を掛けてきた、顔見知りの、線の細い眼鏡の男に礼と注文を言うと、ハンスが居るであろう、奥の個室に向かう。


「来たか。遅かったな」

「昔のツレに格好の事で色々訊かれましてね」

「だろうな。早く入ってこい」


 扉を上げると、店主の言った通り、ハンスがいつもと変わらぬ不景気そうな顔で何らかのカクテルを飲んでいた。

 ケビンは挨拶程度に言葉を交わすと、ハンスに言われた部屋に入り、扉を閉めると、同じ店内とは思えない程室内が静まり返る。


「意外と様になっているじゃないか」

「そうすかね?私服の方が気兼ねしないから楽なんですけどね」


 ケビンはハンスの言葉に苦笑しまがら返事をすると、向かい側の席に着く。


「それに、今回の作戦が終わったら着ませんよ」

「なに、功績を上げれば情報参謀部に残る事も夢ではないさ」

「俺には荷が重いですよ」


 そのまま何の変哲もない話を続ける、二人。地下三階や情報参謀部での様子や、それ以外の生活など、ともすれば親子にも見えるような会話。それは店主の男が料理を持ってくるまで続いた。


「で?何の用なんです?」


 店主の男が部屋を出て、完全に扉が閉まったのを確認してから、ケビンが訪ねる。


「ふん。正直に言えば用なんて無いさ。ただ、お前と飲みたくなっただけさ」

「本当に…?」

「あぁ」

「…チーフらしくない行動っすね」

「偶にはいいだろ。それより、お前の方が訊きたい事があるんじゃないか?」

「…敵わないっすね」


 ケビンは、意外なハンスの呼び出しの理由と自分の考えを読まれていた事に、一周回って呆れの篭った溜め息を吐くと、素直にハンスに疑問をぶつける。


「なんで俺を推薦したんすか?俺より適任なのは他にも居たでしょう?」


 あの夜からずっと胸に抱き続けていた疑問。自分があの情報参謀部部長に申し出たのが分かっていたかのような、ハンスからの推薦。タイミング自体はケビンにとってはどうでもいい事だった。自分の考えなど、昔から見透かされてばかりだったのだから。それでも疑問に残ったのは、専属の部下に自分より優秀な人材が揃っているにも関わらず、自分…地下三階職員にすぎず、実力も階級相当の男、ケビン・カーティスを推薦した理由だった。

 ケビンが口にした、昨夜から引きづり続けてきた疑問。それに対するハンスの答えは小さな笑い声で始まった。


「フフフ…。相変わらず、お前は自分を過小評価するな」

「過小評価なんてしてませんよ。事実じゃないですか」

「ふん、お前にとっては実力が全てか?」

「そうは言いませんがね、実力抜きで何とかなるような世界でもないでしょう」

「その通りだ。気概だけでは意味を持たないし、実力だけでも同じ事。そう考えれば、お前は確かに半人前かもしれないが…、どんな力も使いようだ」

「…評価してくれるのは構いませんがね、結局、どういう理由で俺を推薦したんですか?」

「そうだな。お前は俺の考え通りに動く男だからかな」


 ハンスの語った短い答え、それを聞いたケビンに怪訝そうな表情が浮かぶ。


「それは長所なんですかね?」

「ふむ。正確には、俺の理想通りに動ける男と言うべきか。ところで、俺と民間人の双方が危機的状況に陥っていて、どちらか片方しか救出出来ない場合、お前はどちらを助ける?」

「なんすか、いきなり?」

「まぁ、いいから答えろ」


 ハンスに促されると、ケビンは間髪入れずに答える。


「そりゃ、チーフですよ。民間人には申し訳ないが、あなたが死ぬのと一般人が死ぬのでは損失が違いすぎる」

「そう言うと思ったよ。情報参謀部の大抵の奴もそう答えるしな。一ついい事を教えてやる」

「なんすか?」

「俺達幹部にはな、バックアップの人材が既に用意されているんだ。イージスでは幹部が前線に出る事も多い。それなのに、一々幹部が死ぬたびに指揮官不在で混乱していては話にならないだろう?だから、常時四、五人程の幹部候補が用意されているんだ。つまり、俺が死んでも代わりがいる。それを聞いた上で、お前は先ほどの質問にどう答える?」

「そりゃ…」


 もう一度訊かれるハンスの問い。先ほどと状況が一変したその問いに、ケビンは先程と同じく間髪入れずに返答する。


「民間人ですよ。なんたって俺達の役目は秩序、引いては社会で暮らす人々を守る事ですし、死んだところで大した損失が生まれないならイージスの職員より民間人を優先しますよ。チーフには悪いですけど」

「ふっ…ふははははははっ!」


 ケビンが口にした答えを聞いたハンスが、いきなり大声を上げて笑い出す。ケビンは一瞬呆気にとられた表情を浮かべると、不思議そうにハンスに訊ねる。


「何が可笑しいんすか?」

「いや!そうだ、何も可笑しい事なんてない、俺の“予想通り”の答えで、俺が今まで“聞きたかった”答えだ!ふはははっ!」


 ケビンの質問の後も大声を上げて笑い続ける、ハンス。それはハンスの息が荒くなり、目の前に置かれたカクテルの残りを一気に飲み干すまで続いた。


「大丈夫っすか?」

「ん?あぁ、大丈夫だ。気にするな」


 そう答えてカクテルの入っていたグラスをテーブルに置く、ハンス。そしてケビンが差し出したコーラ入りのジョッキを受け取るのを、手を振って断ると、懐かしそうに言葉を紡ぐ。


「いやぁ、笑わせてもらった。ここでこんな気分になるのは、あの時以来だな。もっとも、あの時は笑い出せなかったが」

「あの時…あぁ、俺が最初に罪を犯した、あの夜ですか」


 釣られて、思わず懐かしむ様な口調になる、ケビン。ハンスは無言で頷いて肯定する。


「そうだ。あの夜だ。お前が地下三階に上がる事が決まった夜であり、俺が本当の意味でお前を部下だと思った夜であり、そしてお前が真の意味でイージスの人間になった夜である、“あの夜”だ」

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