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HEART Of STEEL  作者: ブッチ
Mad Man
38/44

朝露の世界

 朝日が完全に姿を現し、殺風景な荒野をチリチリと熱している。

 コロニームスタフ襲撃、そして脱出から二時間近く経った現在、襲撃の張本人である二機のG・Sと装甲車が“四つ”の土煙を上げながら荒野を移動していた。


「おゥ、追っ手はどうなってるゥ?」

「反応は確認出来ません。どうやら撤退したものと思われます」


 土煙を上げるG・Sの内の一機…青と白のG・Sを操縦している男は部下の報告を聞くと、つまらなそうに鼻を鳴らす。


「ンだよ、あれで終いかァ?つまんねェのォ」


 男はそう言うと、先程殲滅した部隊の事を思い返す。

 コロニームスタフを抜けた男達を追撃してきたのは、政府軍特有の青い塗装に、政府軍のシンボルである城壁のマークを肩に描いた、六機程のG・Sだった。

 結果として男達はその追っ手を難無く殲滅したのだが、イージスへ侵入し、脱出にも成功した人間に対しての追っ手が六機のG・Sとは流石に考えずらく、暫くの間警戒体勢をとっていたのだが、実際には他の追っ手の存在はなく、先程の戦闘では欲求不満で次の追っ手を楽しみしていた男にとっては肩透かしをくらった気分であった。

 もっとも、追っ手が最初の部隊だけで終わってしまったのにはイージスが関係しているのだが、男達がそれを知る由は無かった。


「確かにいささか物足りない気はしましたわね。まぁ、私は充分楽しめましたし、殺してやりたい相手も見つけられたので満足なのですけれど」

「そいつはよかったなァ。こっちはお預け喰らった気分だぜェ…」


 無線に飛び込んできた女の声に、男は不貞腐れた様な口調で返す。

 そして、男はまるで思い出したかの様に、無線に飛び込んできた女の声の主…今や象徴であった二基の巨大なブースターを失い、地面を土煙を上げて移動している深紅のG・Sのパイロットに文句を飛ばす。


「大体だ、あのイカした真っ赤っ赤野郎を横取りした幽霊野郎はどうなってんだァ?あんな奴聞いてなかったぜェ?」

「あら、随分な言い種ですわね。あの子に助けられたというのに」

「うるせェ、テメェも負けかけてた癖に、偉そうな口きくんじゃねェよォ」

「フン、出撃前に大口叩いていたのは、何処の誰だったかしら?」

「んだとォ?今回はな、機体がイマイチだったんだよォ。マイマシンなら、今の機体より…」

「あ~!ハイハイ、分かったから!話が先に進まないだろ!」


 いつの間にか話題が互いの戦績へとすり替わり、口喧嘩へと発展した言葉の応酬を、装甲車に搭乗している少女の声が妨げる。

 だが、口喧嘩を繰り広げていた当の二人は、少女の声を聞くと意外そうな声を出す。


「何だ、オメェ居たのか」

「あら、貴女も居たのね」

「ふ、ふざけんなぁ!」


 あんまりと言えばあんまりな二人の態度に少女は憤慨するが、二人は少女の抗議の言葉を無視して会話を続ける。


「そうだそうだ、だからあの幽霊野郎は何者なんだよォ。未だに隠れたまんまだしィ?ひょっとしてシャイボーイかァ?」

「性格に関してはその真逆ですわ。まぁ、種明かしは無事に戻ってからという事で」

「フゥン…。まっ、構わねぇけどよォ、“パッケージ”とやらもそいつが持ってんのかィ?」

「えぇ。向こうの無線が故障している為に状況は分からないのですけど、案外あの子の性格なら仲良くなってたりするんじゃないかしら」

「ん?ちょっと待てよ、その“パッケージ”は人なのか?」


 深紅のG・Sのパイロットの言葉に、無視された事で不貞腐れていた少女が疑問の声を上げる。


「そうですわ」

「ふぅん…。一体、どんな奴なんだ?」

「そうですわね。貴女と同じくらいの女の子ですわ」


 深紅のG・Sのパイロットが少し考えてから少女の問いに答える。そして、それを聞いた男が面白そうな声を上げる。


「オイオイ、わざわざイージスにカチコミかけて回収した物が、チンチクリンの餓鬼だとォ?そいつはどういう冗談だァ?」

「おい、どういう意味だ」


 男の発言に少女が文句を飛ばすが、当の本人はそれをスルーし、深紅のG・Sのパイロットからの答えを楽しそうに待つ。


「大した用じゃありませんわ。前から目を付けていたのですけど、先を越されて向こうの手に落ちていた、というだけですわ。コロニーに侵入するなら、ついでに回収しようと思っただけでして」

「なんだ、じゃあ今回の作戦には無関係かァ?」

「そういう事になりますわね」

「んだよ、面白くねェ…」


 男は深紅のG・Sのパイロットの語った理由を聞くと、それだけで興味を失ったのか、つまらなさそうな声を出してそれ以上は追及しようとしなかった。


「でも、手に入れたからには目的があるんだろ?どうするつもりなんだよ?」

「貴女方には関係の無い事ですわ」

「そんなのは、アタシが聞いてから決めるもんさ」


 だが、男とは真逆に少女の方は追及を止めようとはしなかった。

 最初の内は、のらりくらりと言い逃れていた深紅のG・Sのパイロットも、少女があまりにもしつこく追及するので、本気で無線を切断しようと考えた、その時だった。


『聞こえているか?私だ』

「あぁ、丁度いいところに」

「チッ…。テメェかよォ」


 三人の会話に割り込む様にして、無線から飛び込んできた青年の声に、深紅のG・Sのパイロットと男が全く真逆の反応をする。


「でェ?何の用だよ?」

『どうやら完全に振り切ったようだからな。連絡を入れたのだ』

「フン、ご苦労なこってェ」


 男は吐き捨てる様にして言うと、さっさと無線を切ってしまう。


「…何なんですの、あの態度は?」

『さぁな。嫌われているのは確かだが』

「アンタか。丁度良かった。聞きたい事がある」


 男の態度に、青年と深紅のG・Sのパイロットが呆れていると、少女が追及の矛先を無線の向こうの青年に向ける。


『何だ?』

「お前らは子供なんて捕まえてどうする気だ?そもそも、お前ら、何者だ?アタシ達はお前らの名前さえ知らない」


 少女は一方的に捲し立てると、後は黙って答えを待つ。

 少女の言葉通り、男達は協力相手の名前さえ把握出来ていなかった。

 もっとも、協力を結ぶ際に、必要以上の追及を控える事を条件の一つとして出されていたので、やむを得ない一面もあったのだが。


『忘れたのか?俺達は力を貸すだけ。互いに作戦に必要の無い情報については干渉しない。それが条件だった筈だが?』

「名前も分からない奴を信用出来るかよ」

『信頼だと?フン、まさかあんた等からそんな台詞が出てくるとはね。それに名前を知らないのはお互い様だろう?』

「何だと、テメー…」


 青年の嘲笑うかの様な発言に、少女が声を荒げようとする。だが、それは横合いから割って入ってきた男の言葉によって遮られる。


「ラリーだ。ラリー・フェイグ」

『…どういうつもりだ?』


 突然の男…ラリーの発言に、青年が訝しげに訊ねる。


「自己紹介だよォ。ほら、ルシア。お前もだ」

「あ、あぁ。ルシア・フェイグだ。ほら、アタシ達は言ったんだ、アンタらも言えよな!」


 ラリーに急かされて、少女…ルシアも自らの名前を名乗ると、得意気な声で青年達に名乗る様に要求する。


『…無線は切ってたんじゃなかったのか?』

「お前だけだよ、バーカァ。ほら、さっさと名乗れよ」

「…どうするんですの?」


 ラリーとルシアの態度に呆れつつも、深紅のパイロットは青年に指示を求める。


『そんな子供染みた取引に応じるとでも?』

「ケチケチすんなよォ。幽霊野郎…っと、カリーだっけかァ?カーリーだっけかァ?まぁ、どっちでもいいかァ。とにかく、そいつが悲しむぜェ?」

『どこでその名を…!?』


 ラリーの予想外の発言によって、一瞬だが無線から流れる青年の声に驚愕の色が混ざる。


「お仲間の姉ェちゃんが無線繋いだまま大声で叫んでくれたからなァ。声だけだったから確証は無かったが、少なくとも俺の部下にそんな奴はいないし、後残ってんのは横取りした上にムカつくメッセージ送ってきた幽霊野郎だけだったしなァ」

「…そういえば、そんな事もありましたわね…」

『チッ!』


 無線から、青年にしては珍しい感情を前面に押し出した声が漏れる。

 男はそれを聞いて、ニヤニヤしながら青年を急かす。


「おらおらァ、どうしたよォ?自己紹介ぐらい出来んだろォ?」

「そーだ!そーだ!早く言え、言えー!」

『…貴様等!』


 少女も加わっての一斉コールに、青年の苛立ちを隠しきれていない声が無線を通じて耳に入る。

 そして数秒程後に、絞り出す様な青年声が無線から流れる。


『No.…』

「偽名は却下ァ~」

『貴様等、いい加減にしろよ…!』

「ハァ…。ねぇ、名前ぐらい別に構わないでしょう?」


 いよいよ青年の声が本格的な怒りの色を帯びてきた時、深紅のG・Sのパイロットが呆れ声で仲裁に入る。


『……好きにしろ』

「えぇ、そうしますわ。ミスター・ラリー、ミス・ルシア。私の名はエリス。無線で連絡を取っているのがヴァイスですわ。以後お見知りおきを」

「フゥン。で、ファミリーネームは?」

「そこまで知る必要は無いでしょう?本当に知りたい事は私達の名前などではないのでは?」

「まァ、いいかァ。これくらいにしといてやるよォ」


 ラリーは人の悪そうな笑みを崩さないままそう言って自己紹介を終わらせようとするが、ルシアの声がそれを遮る。


「何でだよ!?ファミリーネームも聞き出そうぜ!」

「…お前、元々の目的忘れてるだろォ?」

「目的?あっ、そうだそうだ!お前ら、子供なんて拐ってどうするつもりなんだよ!?」


 ルシアはラリーの言葉で目的を思い出すと、ついさっきまで完全に忘れていたとは思えない態度で、“パッケージ”と呼ばれる少女を拐った理由を追及し始める。


『断る』

「ふざけんな!」


 無線の向こうのヴァイスが即答し、ルシアがそれに噛み付く。再び紛糾しかけた会話、それを収めたのはエリスの言葉だった。


「まぁ、二人共積る話もあるでしょうが、続きは帰ってからにしませんこと?」

「賛ー成ーィ」

「…絶対聞き出してやるからな」

『ふん。入り口は開けておく。場所はD-36Eだ』


 エリスの提案、ラリーの賛同、そしてルシアの憎まれ口に対して、電子的なヴァイスの声は必要な情報だけを告げると、ブツッ、という音を残して聞こえなくなる。


「あららァ、拗ねちまったかァ?」

「う~ん、あの子はどうにも物事を深く考え過ぎるところがありますわね」

「くだらねェ。それよりD-36Eっつぅのは何処なんだァ?」

「私が先導しますわ。拾いにいく気はないから迷子にならないようにして下さると幸いですわ」

「了解、おっ母さん殿ォ」


 ラリーは軽口を叩きながら機体をエリスの機体の後ろに移動させる。ルシア達の乗っている装甲車もそれに倣うと、彼等は荒野の先に見える、嘗て都市だった場所に向かって行進する。

遥か昔に“エリア51”と呼ばれ、この時代になってなお、多くの血が流れたその土地へと。





 美しい町並みとは対照的に、物々しい装備の政府軍が闊歩しているコロニームスタフのメインストリート。その一角で、政府軍の青く塗装されたG・Sや戦車が、完全に登り切った朝日に照らされた道路を振動させるのを眺めながら、行進の邪魔にならない場所で今しがた搭乗していたG・Sの作り出した影にケビンは立っていた。

 服装は相も変わらずパイロットスーツのままで、ヘルメットこそ外しているものの、耳にはアーチボルトから渡されたインカムが装着されており、横には、いかにも“命からがら戦場から逃げ帰ってきた”といった具合にボロボロのカーキ色のG・Sが佇んでいた。


「にしても、本当に人っ子一人居ねぇな。大した手際だよ」


 何時もなら様々な色合いが蠢いている筈が、今や動く物体は殆ど青のみとなったメインストリートを眺めて、ケビンが関心した様子で呟く。

 普段なら既に人混みでごった返している筈のメインストリートだが、政府軍の迅速な動きによって、昨夜の部隊展開中の間に閉鎖、及び住人の避難が行われ、政府軍と合流したイージス職員以外は人っ子一人存在しない、ゴーストタウンの様な状況になっていた。

 深夜という事に加え、元々民間よりも店舗の方が多いメインストリートだが、それでも侵入者の発覚から侵入者が地上に辿り着くまでの短時間に、コロニー最大の道路を無人にしたという事実は、政府軍に関しての知識は深くないケビンでも、思わず舌を巻く程であった。


『聞こえているか、ケビン・カーティス?』

「はい、聞こえてます、部長」


 その光景を見て感心していたケビンのインカムにアーチボルトから通信が入り、ケビンが真剣味を含んだ口調でそれに答える。


『これから幹部会がある。その後、ブリーフィングを行う予定だ。イージスに戻ってこい』

「了解」


 アーチボルトから下された命令に、ケビン素直に応じる。そして行動に移ろうとすると、アーチボルトが思い出した様にケビンに告げる。


『それと、ハンスが話があるそうだ。待たせるなよ』

「チーフが?」

『そうだ。理由は知らん。通信終了』


 ケビンの怪訝そうな声に、アーチボルトは投げやりな返事を返すと、さっさと通信を切る。

 ケビンは、さしあたりハンスが自分を呼び出した理由を考えながら、近くに居た政府軍の人間に声を掛ける。


「なぁ、そこのあんた。俺はイージスに戻らないといけないんだが、もう行ってもいいか?」

「ん?あぁ、好きにしろ」

「どうも」


 政府軍の男のいい加減な返事に礼をすると、ケビンは膝を着いている真横のG・Sに乗り込もうと、装甲が開いて操縦席が剥き出しになった胸部から伸びる梯子の様なものに手を掛け、慣れた動作で登り始める。


「あーっ!いたいた!」

「…どこかで聞いた声だ」


 操縦席まであと少しという所で、突如背後から聞き慣れた少女の声が上がり、ケビンは恐る恐る振り返る。


「おい、勝手に入るな!」

「うるさいわね!そこに同僚が居んのよ!」

「此処は封鎖中だ!出入りには手続きが…おい!」


 振り返るのと同時に上がる政府軍の怒声、そして政府軍の言葉を無視してケビンに向かって一直線にやってくる、パイロットスーツ姿の茶髪にショートカットの少女。


「やっぱり、お前かよ…」


 即ち、自分のバディの一員である少女、アリス・フローレンの姿を確認して、ケビンは溜め息を吐く。


「よぉ、小さい王女様(リトルクイーン)。どうしたよ?」

「どうしたよ?じゃないわよ!大丈夫なの!?」

「見りゃ分かんだろ?」


 政府軍を振り切ってケビンの許まで来たアリスは、梯子から降りたケビンに駆け寄り、心配そうな目付きでケビンが怪我をしていないか確かめ、その光景にケビンが苦笑する。


「どうやら怪我はしてないみたいね…。良かった…」

「そいつはどうも。お前こそ、随分と元気そうじゃないか」

「私はずっと地下に居たからね。結局戦闘には参加出来ずに、さっき地上に出たところなの」


 伏せ目がちにそう言ったアリスにケビンは溜め息を吐くと、アリスの肩を軽く叩く。


「何言ってんだ。お前があの時チーフから下された命令は職員用エレベーターを守る事だろ?なら、ちゃんと命令は果たせてるじゃねぇか」

「でも、アンタやハロルド、他の職員が戦っている間、私は何もしてなかった…」

「だから、ちゃんと命令は果たせたんだろ?それでいいじゃねぇか。いくら殺し合いをしたところで、自分に課せられた仕事をこなせないようじゃ無能もいいとこだ。そうだろ?」

「そう…かな…?」

「あぁ、そうだよ」

「うん…。そういう事にしとくわ。アリガト…、あっ…」


 その一言を発した瞬間、アリスはケビンが昨夜繰り広げた戦いの結果を思い出し、慌ててケビンに謝罪する。


「ご、ごめん!わ、私…!」

「ん?…あぁ、そういう事か。気ぃ遣わなくていいよ、似合わないぜ?」

「ちょ、ちょっと!私は心配して…!」


 帰ってきた思いもよらぬ返事に、アリスは顔を紅く染めて抗議する。だが、当の本人はどこ吹く風といった態度でそれに応対する。


「今更失敗したからって茫然自失になるほど軟くないぜ、俺は。何たって、大きいものから小さいものまで、俺の思い通りに片付いた出来事なんて数えるぐらいしかないからな。自分の不手際との付き合い方も手慣れたもんさ」

「…ならいいんだけどさ」


 その一言を皮切りに二人の間に沈黙が流れる。数分程、互いに忙しそうに動く政府軍の面々を見て時間を潰していたのだが、チラリと時計を見て時間を確認したケビンが、そろそろイージスに向かおうと考え、話を切り上げようとする。


「あーっと…、そろそろ…」

「アンタの責任じゃないわよ…」


 しかし、ケビンの言葉は呟く様な音量ながらも、はっきりとした存在感を伴ったアリスの一言にかき消される。そして、ケビンが二の句を告ぐ前に畳み掛ける様にして口を動かし続ける。


「私はアンタが戦っているところを見た訳じゃないけど…、でも相手は地上職員を倒すような奴なのよ?アンタが勝てなくても、それはアンタの責任じゃ…」

「いや、俺の責任だ」


 だが、今度は逆にケビンによってアリスの言葉が遮られる。


「相手の強さなんて関係ない。重要なのは、俺が務めを果たせなかったせいで死人が出た、って事だ。ガキの運動会じゃあるまいし、努力賞じゃ何も解決できないし誰も救えない」


 そう告げるケビンの表情は、アリスには酷く乾いたものに見えた。様々な感情が入り乱れ、互いに相殺し合い、結果としてどんな表情ともつかない、乾いた表情が浮き出てくる。まるで、全ての色を混ぜ合わせた絵の具の様な歪な結晶。

 その光景を前に、アリスは二の句を告げなくなる。


「…そういや、俺、イージスに行かないといけないんだった。つー訳だから、また後でな小さい王女様(リトルクイーン)

「え?あ、うん…」


 そう言って歩き出そうとしたケビンの表情は、いつも見せているものに戻っていた。先程との表情の落差に、アリスの口から出たのは曖昧な返事となってしまった。

 当然の如く、その返事にケビンを引き止める程の効力は無く、ケビンは軽く手を振ると停めてあるG・Sの方に歩いていく。

 その後ろ姿を見て、何とか正気を取り戻したアリスは慌ててケビンに声を掛けようとするが、アリスが声を上げるより一瞬早く男の声が上がる。


「おい、お前だろ、ケビン・カーティスっていうのは!」


 政府軍の男から発せられた大声に振り向くと、ケビンはアリスに向けて肩を竦めてから、自分を読んだ政府軍の方に歩き出す。


「なんすかね?」

「お前に電話だ。ほらよ」

「俺に?誰からっすか?」


 ケビンが訊ねるも、ケビンを呼びつけた男は携帯電話を押し付けると、「知らん」とだけ言って去ってしまう。

 ケビンは小さく鼻を鳴らし、アリスの方を向く。だが、それに対して返ってきたのはアリスの困った顔と簡単なジェスチャーだけだった。

 ケビンはもう一度肩をを竦めると、ジェスチャーの指示通り携帯電話を耳に当てる。


「もしもし?」

『あぁ、やっと出たよ!まったく!』

「大家の婆さん!?」


 通話口から聞こえる予想外の人物の声に、ケビンは驚きの声を上げる。


『そうだよ!ったく、なんであんたはこのご時世に携帯の一つも持ち歩いいないんだい!?』

「仕方ねぇだろ、仕事中だ!つーか、どうやってここに掛けてきたんだ!?」

『あたしの息子は政府軍だよ!忘れたのかい?』

「そういや、そうだったな…」


 ケビンは居を構えるアパートで数回だけ話した付き合いの、恐らくはこの騒動に駆り出されているにも関わらず、自分に連絡を取る為に尽力させられたであろう線の細い青年を思い返し、心中で謝罪の言葉を紡ぎながら、会話を続ける。


「で?どうしたんだよ?」

『そうなんだよ!いい?落ち着いて聞くんだよ?取り乱したりするんじゃないよ?』

「…OK、さっさと言ってくれ」


 大家の口調に普段と違ったものを感じ取り、ケビンの口調も自然と鋭さを帯びる。

 そして、大家の深呼吸の音が三セット程続いた後に、その言葉がケビンの耳に入る。


『フィーちゃんが居ないんだよ』

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