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HEART Of STEEL  作者: ブッチ
Mad Man
37/44

終幕、そして始動

 人型に歪んだ空間と向けられている明確な殺意。

 何の反応も示さないレーダーが、自分の機体の周囲に存在する敵勢力は、今しがた撃ち落とした深紅のG・Sのみだと告げているにも関わらず、ハロルドは死の足音がすぐそこまで迫っている事を実感じていた。

突如吹き飛ばされた自機と味方、何も無い空間から現れ、深紅のG・Sの手に握られたアサルトライフル、モニターに映る、人型に歪んだ夜明けの空。その全てがハロルドには理解出来ないものの、皮肉な事に、“それ”だけは嫌という程理解出来てしまった。


(ここまでか…)


 ハロルドが覚悟を決め、目を瞑ろうとした、その時だった。


『カーリー!』


 深紅のG・Sのパイロットの悲鳴じみた声。

 ハロルドがそれに反応して閉じかけていた目を開けると、モニターに映る空に歪みは存在しなかった。


「まさか…!」


 鮮明に映る空を見たハロルドの表情に再び生気が浮かび上がると、改めて機体を起こそうと試みる。

 すると、今までびくともしなかったのが嘘の様にすんなりと機体が起き上がる。


「よし…!とりあえず、他の奴等を…」


 機体を起き上がらせたハロルドは、生き残った仲間達の状況を確認しようとするが、それは機体内に鳴り響いたアラートによって妨げられる。


「チッ!そういえば、あんたが残ってたな!」


 拘束が解けた事によって、戦線に復帰した深紅のG・Sが撃ち込んできたアサルトライフルの弾丸を回避しながら、ハロルドは悪態を吐く。

 だが、深紅のG・Sのパイロットは今までとはうって変わって無言のまま攻撃を続け、ハロルドの機体から遠ざかっていく。


「何のつもりだ、あいつ…?」

『作戦行動中の全職員に告ぐ』

「チーフ!」


 今までとは真逆の消極的な戦闘スタイルにハロルドが違和感を感じていると、シルヴィアから連絡が入る。

 だが、シルヴィアから語られたのは、最悪の言葉だった。


『作戦は失敗よ。生き残っている職員は、全員市街方面に退避しなさい』

「なっ…!?」

『なお、現段階からプランBに移行する。主力は政府軍に切り替わるので、戦闘を継続出来る職員は政府軍と合流して指示を仰ぎなさい』

「政府軍に…だと…!?」


 淡々と下されるシルヴィアの命令に、思わずハロルドは言葉を失う。

 どのコロニーの政府にも付かず、独立勢力として存在し続けてきたイージス。それが一時的ではあるといえ政府軍の指揮下に下るというのは、イージスの根底を覆しかねない程の意味を持つ決断と言えた。

 そのあまりに衝撃的な命令に動きを止めようとする、ハロルドの思考。それを救ったのは無線に飛び込んできた仲間の声だった。


「オイ、あんた!何呆けてるんだ!逃げるぞ!」

「そうだ!政府軍の命令聞かなくちゃならないのは癪だが、今はそうも言ってられないだろ!」


 ハロルドに掛けられる仲間達の言葉。それはイージスの実態を知らない側の職員の声であり、少なからず実態を知っているハロルドと違って、先程の命令の重大さを捉えきれていない者たちの声であった。

 だがそれ故に、ハロルドに今の状況を理解させる事ができ、頭に再び熱を送り込むには充分だった。


(そうだ、今は戦闘中だ…。そもそも、今ここで俺が悩んだところで意味なんて無いだろうが…!)


 ハロルドは正気を取り戻すと、機体を反転させて撤退を開始し、声を掛けてきた職員達、そして他の職員達に無線を繋ぐ。


「大丈夫だ。済まなかった」

「別に気にする事はねぇさ。あんたが居なきゃ死んでたしな」

「あぁ、礼にしては軽すぎるくらいだ」


 イージスの敷地外に向けて撤退していく自機の中で、彼等から帰ってくる笑い混じりの返事に思わず苦笑する、ハロルド。すると、ハロルドに予想外の人物からの無線が入る。


『どうやら、生きてるみたいだな、イージスの』

「あんたは…」


 その人物が何者かに気付くのに一瞬のタイムラグが必要ではあったものの、ハロルドはその声をつい先程聞いた事に気付き、若干の驚きを声音に混じらせて話を続ける。


「あの時の狙撃手か。何の用だ?」

『つれないねぇ。援護してやろう、って言おうと思ってな。それとも、余計なお世話か?』

「…いや、よろしく頼む」


 政府軍の狙撃手からの予想外の提案に、ハロルドは驚愕で一瞬言葉を詰まらせる。

 何故なら、戦況が市街戦へと移る事が決定した現在、恐らくは殆どの政府軍が行動を開始している筈であり、この狙撃手もとっくに持ち場を移している筈。そうでなくともイージスとは犬猿の仲の政府軍なのだから、こちらから要請するまでは行動は起こさないだろう、とハロルドは考えてうたからだ。


『了解だ。だが、こっちも“二発”使っちまったから、あと八発しかない。それに衛星の調子が悪いのか照準も結構定めづらいから、そんなに期待せずに、レーダーにもちゃんと目を通しとけよ』

「分かって……二発だと?」


 狙撃手からの忠告に素直に応じようとしたハロルドだが、狙撃手の語ったある言葉に反応して、言いかけた言葉を引っ込める。


『あぁ。何か問題が?』

「何で二発だ?一発目は例のG・Sだとして、二発目はどいつに撃ったんだ?」


 そう言って狙撃手を問いただすハロルドの言葉は、耳を澄まさなければ判らない程度ではあったが震えていた。

 何故なら、ハロルドは本能的に知っていたからだ。二発目の弾丸が何を貫いたのかを。


『お前さんの上に居た奴に決まってんだろう?』


 狙撃手の返事、それはハロルドの予想していたものと寸分と違わない内容だった。


「…見えていたのか?」

『いんや。適当に狙いを付けて撃ったら当たったんだ』


 狙撃手がさも当然の如く言い放った言葉で、ハロルドの背筋に冷たいものが走る。

 狙撃手が何処から狙撃しているのかは不明だが、深紅のG・Sが全く反応出来ていなかった事から考えれば、レーダーの効果外…10~20km程離れた位置からの狙撃であることは間違い無い。それに加え、人が使用するものより遥かに巨大とはいえ、セイレーンも火薬を使用して鋼鉄の弾丸を発射するという点は普通の狙撃銃と同じである。当然、天候やその他条件によって弾の軌道は逸れ、検討違いの場所に命中する可能性もある。そういった武器であるセイレーンを勘で、しかも対象と他の機体の距離が殆どゼロに近い状況で、尚且つ衛星が停止して本来のスペックを発揮出来ていない状態のセイレーンで狙撃を敢行するなど、フレンドリーファイア(味方への誤射)を気にしないか、腕に自信があるか、ただの馬鹿の三種類の人種以外、行う事の無い行為と言えた。


「…どうして、俺の機体の上に“何か”が居ると思ったんだ?」


 ハロルドは、援護を申し出てきている以上、誤射を気にしないという線は消えるので、お前は自信家か馬鹿か?と問いたい気持ちを引っ込めて、自機の真上に何かがいると感じた理由について訊く。


『そりゃあ、あれだよ、いきなりあんたの隣の機体が吹き飛んだと思ったら、お前さんまで吹っ飛ぶし、起き上がろうとしたお前さんの機体は不自然な倒れ方するしなぁ。何かあんだろうなぁ、と思った訳よ』

「…大した決断力だな、あんた」

『世辞はいらんよ、イージスの』


 狙撃手のざっくばらんな説明に、呆れつつ皮肉を口にするが、当の本人はそれを軽い態度で流す。

 ハロルドは、本当ににこいつで大丈夫か?と思いながらレーダーに目を向ける。

 先程から異常事態続きでまともにレーダーを見れず、仲間が全滅していないか程度しか確認出来なかったハロルドは、今度こそ落ち着いてレーダーに目を通し、撤退している仲間の反応を確認する。反応の数は一つ減っていた。


「…Shit(クソッ)


 消えた反応の正体、それに気付くのに時間は必要なかった。

 ハロルドの機体が残った片腕に装備したショットガンを握りしめる。


「よぉ大将。あんたの責任じゃないさ」


 ハロルドの口から漏れた悪態を聞いた職員の一人が励ましの言葉を掛ける。

 ハロルドはそれに短い返事を返すと、狙撃手に無線を繋ぐ。


『どうしたぃ?』

「イージスの敷地を抜けた後なんだが、俺達は政府軍に合流しろと言われている」

『知ってるよ。こっちにも命令が入ってるからな』

「なら話が早い。これからそちらに合流したいんだが、大丈夫か?無理なら、どこか受け入れてくれそうな部隊を紹介してくれると有難い」

『…いいよ、俺の部隊に来い。場所は高所得者地域のハイゼンバールビルだ』


 ハロルドの要請に、狙撃手は少し考え込んでから、小さく溜め息を吐いて、その要請を受け入れる。


「悪いな」


 ハロルドの謝罪の言葉。短さとは裏腹に、本当にすまなさそうな一言に、狙撃手はおどけた調子で答える。


『そんな声出しなさんな。まぁ、あんた達の仕事は無いと思うけどな』

「どの道、こんな調子じゃ戦えないだろうがな」

『言えてるね。…隊長からお呼びが掛かった。場所を送るから自力で来てくれ。これ以上の援護は出来ないが、もう市街地に入るし、あとは何とか出来るだろ?』


 狙撃手はそう言うと、ハロルドが返事を返す前に無線を切る。

 ハロルドは無線が切れたのを確認すると、送られてきたデータにこれからの指示を添付して、撤退している仲間達に送信する。

 データを受信した仲間達が、無線で色々と話し掛けてきたが、ハロルドはそれら全てに生返事で対応した。

 何故なら、今のハロルドの思考は、背後で動きを見せない深紅のG・Sと不可視の敵勢力な動向、何よりシルヴィアの下した命令に対する疑問で占められていたからだ。


(この指示は、あまりに杜撰過ぎる…)


 ハロルドがそう感じた点、それはイージスが政府軍に合流するといった箇所であった。


(最初は指揮下に下る事ばかりに注意が行っていたが、考えればこの指示はそれ以前の問題だ…。何たって、今の俺達は壊滅状態なんだぞ?)


 ハロルドの懸念通り、現在市街地に向けて敗走中のイージス勢力は、壊滅状態に近い部隊ばかりであり、どれも戦力としての価値は無い部隊ばかりだった。

 そんなイージス勢力が、犬猿の仲であり、独自に作戦を展開しようとしている政府軍に合流すればどうなるか?

 答えは簡単、戦力としての価値が無い上、一度も共闘した事の無い連中がいきなりやってきても、作戦の邪魔以外の何物でもない。つまりは政府軍の作戦を妨害しているのと同義である。

 このように、冷静になってみれば、思わず意義を問いたくなる様な作戦なのだが、ハロルドの作戦に対する疑問は、内容だけでは無い。

 可能性こそ低いものの、下手をすればこの作戦によって侵入者を逃がしかねない。そんな作戦を、何故あのシルヴィアが出したか。それがハロルドの一番の疑問であった。

 これがイージスの本質を知らない人間なら、職員の命を優先した、で済むだろうが、命令を出したのはイージスの暗部にどっぷり浸かっているシルヴィアである。

 “イージスの本懐は秩序を守る事”と言っているシルヴィアが、その秩序の破壊を企てた存在を討つのを邪魔するような作戦を立てるとは、ハロルドには到底思えなかった。


(一体、どういうつもりなんだ、チーフ…?)


 ハロルドは次々と積み上がっていく疑念に答えを出す為にシルヴィアに無線を繋ごうとするが、不意に溜め息を吐くと、無線を調整していた手の動きを止める。


(俺が何か言ったところで、チーフが意見を変える筈もない、か…)


 結局、思考の末、ハロルドが辿り着いた結果は“そこ”であった。

 確かに自分はイージスの裏側を知ってはいるものの、あくまで存在を知っているだけにすぎない。

 今回の作戦だって、終始命令されるがままに動いていただけであり、その裏側で何をやっているのかまでは、皆目見当も付いていない。

所詮、自分は使われ立場の人間に過ぎないのだという事実。イージスの行く先を案じれば案じる程、浮き彫りになっていったその事実によって、ハロルドの手は動きを止めたのだった。


(お前ならどうするんだろうな、ケビン…?)


 手を止めたハロルドの頭の中に浮かんできたのは、共にバディを組む男の姿。

 病的なまでにイージスの理念に忠実な同僚は、自分の立場に立った時、どのような行動をとるのか?

 ハロルドの頭に新たに浮かんできた疑念、それをハロルドは苦笑して頭の中から追い払う。


(馬鹿馬鹿しい。俺はあいつに成りたいのではないだろうに…)


 ハロルドは小さく、俺も歳かな、とだけ呟きと、意識を機体の操縦に集中させる。


(…撤退しているイージスの部隊の数は多くない。いくら実戦経験の少ない政府軍でも、それしきの混乱で作戦を失敗する筈がないさ…)


 自分に言い聞かせる様に、ハロルドは心の中で呟く。

 だが、そんなハロルドの考えも虚しく、ハロルド達がイージスの敷地を抜けてから二時間後に、深紅のG・S、そして青と白のG・Sと装甲車はコロニームスタフを脱出した。

 こうして、コロニームスタフ史上初となる侵入者への迎撃作戦は、多数の死者を出しながらも実行犯を誰一人として捕縛出来ずに終わり、政府軍、何よりイージスの威光に汚泥を塗りたくる結果に終わったのだった。





 地上において、状況の悪化から、シルヴィアによりプランBが発令されたのを合図に、イージスムスタフ支部情報参謀棟の動きは今までとは気色の違う慌ただしさを放っていた。司令室以外の所で待機していた実戦派の職員達も集まり、司令室内の人数は大幅に増えていた。


「あぁ、分かった。では、君からの推薦という形で……あぁ。それでは」


 そんな中、情報参謀部部長であるアーチボルト・クラークは、会話の決着が付くと、インカムによる無線を切り、大儀そうに溜め息を吐くと、先程指定した位置からいつの間にか自分の少し後ろに立っていたケビンに振り向く。


「何の用だ?」

「これから独自の作戦行動に映るのでしょう?できれば自分も同行させていただきたく、お願いに参りました」


 ケビンの畏まった口調で語られた言葉に、アーチボルトはつまらなさそうに鼻を鳴らしてケビンに問いかける。


「理由は?」

「自分もはイージスの一職員だからです」

「これから行うのはただの作戦ではない。難易度も、今までのお前が請けてきた任務などお使いに感じられるレベルだ。何より、人の道から外れた行為だ。そこの所を理解しての発言か?」

「はい」


 アーチボルトの投げかけた全ての質問に、迷いの感じられない返事を返す、ケビン。

 それを聞いたアーチボルトは溜め息を吐くと、近くの机の上に置いてあったインカムを掴み、ケビンに差し出す。そして、ケビンがそれを掴もうと伸ばした手を空いている手で掴み、自分の方に引き寄せる。


「ミスター・ゴールディングからお前を作戦に推薦されている。よって、お前が作戦に参加する事を承諾するが、もう一度確認させろ。お前は作戦の過程で“誰”に撃たれようが構わないし、結果を残す為ならどんな犠牲でも払うか?イエスかノーで答えろ」

Yes(はい)

「秩序の安寧の為なら非情な決断でも躊躇無く下し、どんなに穢れた行為でも僅かな迷い無しに行えるか?イエスかノーで答えろ」

Yes(はい)

「…いいだろう」


 ケビンの答えを聞いたアーチボルトはそう言うと、インカムをケビンの胸に押し付ける。そして、ケビンがインカムを受け取ると手を放し、インカムを調整して司令室のスピーカーに繋ぐと、司令室内に居る全員に語りかける。


「この場に集いし諸君、君らにも問うとしよう。これから始まる作戦に己の全てを懸ける気概はあるか?」


 アーチボルトの問いに、司令部に集まった情報参謀部の職員全員から「Sir(了解)」と、短く明瞭な返事が上がる。

 それを聞いたアーチボルトは軽く頷くと、号令を掛ける。


「現時点を以て、アーチボルト・クラークがイージスムスタフ支部長ガスタロフ・ファッジに代わり、極秘任務(シークレットオプス)、オペレーション・アンサングヒーローを発令する。各々行動を開始せよ!」

Sir(了解)!』


 アーチボルトの宣言に、ケビンも含めたこの場の全ての職員から声が上がり、課せられた作戦を遂行する為に動き出す。

 ケビンも他の情報参謀部の職員達の後に続いて司令室を出ようとするが、アーチボルトによって引き止められる。


「どんな言葉の重みも、行動の前には塵同然だ。失望させるなよ?」

「…イエス、ボス」


 低い声で語られたアーチボルトの問いに短く返事をすると、確固たる足取りでケビンは司令室をあとにした。背中にアーチボルトの鋭い視線を受けながら。

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