翼を穿つ者
イージスムスタフ支部情報参謀部棟。地下二階から地下四階にかけて、通常職員の勤務範囲から隔離されて建造された、情報参謀部のみが立ち入る事の出来る、ムスタフ支部のブラックボックスたるエリア。
それを守る為に設置された五重のセキュリティを目の前に、ケビンは立っていた。
服装はパイロットスーツのままでヘルメットを外しており、右耳にインカムを装着していた。
走ってきたのか、息こそ荒れているものの双眸には冷静さがはっきりと確認でき、視線は天井付近に取り付けられた監視カメラへと向けられていた。
無機質な眼差しを向けてくる監視カメラと見つめ合うこと数分程して、ポーン、という音が鳴り、行く手を阻んでいた扉が開く。
『君の入室を許可する。そこから進みたまえ』
「了解」
ケビンは、インカムから聞こえる男の声に短く返事を返すと、視線を前方へと戻し、開いた扉の向こうへと進む。
扉の先には、扉と同じく純白に彩られた通路が広がっていた。大した装飾こそ無いものの、それが逆に気品の高さを醸し出しており、この通路を歩く人間に優越感を植え付けさせてきた魅力を、ありありとケビンに向けて放っていた。
だがケビンはそんな事はお構い無しに歩を進める。
構造は優雅な見た目とな裏腹に複雑で、何度か別れた道があったものの、その度に床に進行方向が表示された為、別段迷う事もなく、ケビンは目的の場所に辿り着いた。
防弾ガラスで作られたドアが自動で左右に分かれ、ケビンを中へと誘う。
その先にあったのは今までの通路とは真逆の世界。黒が基調の薄暗い広大な空間。そのあちこちにモニターが設置され、その下で情報参謀部用の軍服に似た服装で身を固めた職員達が熱心に端末を操作している。誰一人銃を握ってはいないものの、そこに流れるのはまさしく戦場の空気そのものだった。
「よく来たな、ケビン・カーティス地下三階職員」
その光景を眺めていたケビンは不意に声を掛けられ、声のする方向に向き直る。
視線の先には黒い短髪の男が居た。顔つきは知性を感じさせるものの、温室育ちのエリートといったイメージからは程遠い、見る者に威圧感を与える相貌をしていた。
「情報参謀部部長アーチボルト・クラーク殿。今回は自分の我が儘に付き合っていただき、本当に有難うございます。」
ケビンは背筋を伸ばし、写真でしか見た事のない男の名を呼び、感謝の言葉を述べる。
それを見たアーチボルトはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「面倒な礼儀作法は今の状況では邪魔なだけだ、忘れろ。その位置からなら全てのモニターが見渡せる。動き回らずにそこでじっとしていてもらおう」
「了解。お心遣い、感謝します」
アーチボルトの辛辣な言葉にケビンは短く応答すると、アーチボルトに指定された位置に動き、地上から送られてきている映像を黙って眺め始める。
「あの、部長。いいんですか?」
そんなケビンの様子を見た部下の一人が、インカムでアーチボルトに問いかける。
「いいに決まっているだろう。私の言葉には真実しかなく、あの男は目的を果たしている。何も不都合は無いし、危険も無い」
「で、でも…」
全く取り付く島のないアーチボルトの言葉に、部下の口から歯切れの悪い言葉が漏れる。
事の起こりは十分程前で、突如地下三階職員を名乗る男から連絡が入ったかと思うと、地上の様子が知りたいので合流を許可して欲しい、と言い出したのだ。
現在地上では大規模な戦闘が展開されており、外に出る事は自殺行為だったのに加え、地下で生きている司令部がこの情報参謀部のみだったので、地下から外の様子を知ろうと思えばこうするしかないのだが、イージスの暗部の中枢とも言える場所に入る許可を求めるなど、正気の沙汰とは思えない行為だった。
当然の如くその要求は却下され、それどころかどうやって無線の周波数を知ったのかを詰問しようとまでしかけたのだが、音声解析によって身元が割れた瞬間に状況は変わった。
「“あの”ケビン・カーティスですよ?流石にもうちょっと待遇を良くした方が…」
声を低くしてアーチボルトに提案する、部下。
ここ最近の情報参謀部にとってケビン・カーティスという名は特別視されていた。
今なお前線で活動する、地下四階エリアチーフハンス・ゴールディングのお気に入りにして、前回の作戦で人の身体を手に入れたAIを無傷で捕獲し、情報参謀部次期メンバー選定の候補と噂される地下三階職員。
それに加え、ケビンの操る機体が侵入者のG・Sに深手を負わせたのを確認していた彼にとって、この待遇に疑問を感じずにはいられなかった。
だが、部下の発した問いについてアーチボルトから返ってきたのは、無情としか言い様の無い言葉だった。
「何故そんな必要がある?あの男に課せられた任務は突入部隊の護衛。だがあの男はそれに失敗し、突入部隊全員がKIAとなった。その上、敵対したG・Sと一対一の状況に持ち込んだにも関わらず撃破に失敗し、現状はこのザマだ。そんな失態を犯した男の機嫌を、どうして取ってやる必要がある?」
「部長、しかしあの状況では…」
アーチボルトの言葉に苦言を提そうとする、部下。しかし、それは他ならぬアーチボルトによって遮られる。
「あの状況だからこそだ。あの男はあの時、誰よりも多く奴等の計画を頓挫させる機会を得ていた。それにも関わらず、あの男はどの機会も有効に扱えなかった。利用し難いかどうかなど関係ない。持っているか、持ってないか。結果を産み出せたか、産み出せなかったか。重要なのはそこだけだ。特に、情報参謀部にとってはな」
そう告げると、もう話は終りだ、とばかりに無線が切断される。
部下は苦い表情のまま、少しの間考え込んでいたが、意を決すると通信をケビンに繋ぐ。
「…はい」
「えっと、情報参謀部のソルトというのだが、そこでは見にくいんじゃないか?椅子でも持ってこようか?」
「大丈夫です、お構い無く」
だが、話し掛けはしたものの、返ってきたのは簡潔でいて明確な拒絶の言葉だった。
無線記録に残っている戦闘中のテンションとの落差に、部下…ソルトは驚いて思わず言葉を失う。
「用はこれだけですか?それなら自分は…」
「あ、あぁ。待ってくれ」
言葉を発しないソルトに、さっさと会話を終わらせようとする、ケビン。
ソルトは慌てて引き止めると、ケビンに問いかける。
「どうしてここに来たんだ?」
「…………」
その問いが求める答えは、当然の事ながら地上の様子が見たかった云々ではない。地上での戦闘を見て、どうするつもりなのかを訊いているのだった。
この戦闘を見る事でメリットが生じる展開、それは侵入者達が包囲を突破して逃げおおせ、問題を収拾出来ずに終わった場合のみである。 ただ単に外の様子を知りたいだけだという可能性もあるが、少なくともソルトはケビンから好奇心や、上の職員に対する心配の類いの感情は感じられなかった。
つまり、可能性としては動きを観察して次の戦闘に備える為というのが高いが、それは考え難かった。
何故なら、既に状況は地下三階職員程度が介入出来るレベルでななく、再戦など実現する筈も無いのだから。
よしんばハンスのコネを使って再戦が叶ったとしても、待っているのは自らをズタボロにして負かした相手で、参加する作戦も今までで最高レベルに重要な作戦である。
これまでに感じた事の無いであろう恐怖とプレッシャーが身を蝕む戦場、そこに自ら乗り込んでいくつもりなのか?それこそがソルトの問いの本質であり、ソルトの求める答えだった。
そしてソルトがケビンに問いかけてから数秒後、中々答えが返ってこないので次の言葉を発しようとした瞬間に答えは返ってきた。
「俺にとって避けて通ってはいけないから、ですよ」
返ってきたのはたった一言。だが、それだけでソルトがケビンの覚悟を知るには充分だった。
「もう少し、いいか?」
「どうぞ」
だからこそ、ソルトは質問を続けずにはいられなかった。
僅かに顔を逸らしてケビンの姿を見る。当の本人は依然として地上の映像から視線を放さずにいた。
「怖くはないのか?」
「怖いですよ」
「…どうやって抑えつけてるんだ?」
「もう慣れましたよ。昔は酒を使ってましたが、今じゃいくら飲んでも酔えなくなったんで、喚いたりして深く意識しないようにしてます」
「敵に対しての怒りは?」
「無いといえば嘘になりますが、あんまり感じません。というより、俺に誰かを本気で憎んだり怒ったりする資格は無いと思ってます」
「どうしてだ?」
「人殺しだからです」
「…それは任務だったからだろう?」
「大義名分を並び立てても、人殺しは人殺しとして咎められのが普通ですよ」
「…それは君以外の人間もか?」
その問いで、今まで淀みなく出ていた答えが出てこなくなる。
ケビンは少しの間考えると、自虐的に微笑する。
「そういえば、今まで自分の事で手一杯で真剣に考えた事はありませんでした。でも、他の奴に嫌悪感を覚えるような事は無いと思いますよ」
「どうしてだ?」
「結局、こいつは俺だけの問題だからですよ。俺が弱くて、他の奴等が割り切ってる事を割り切れずにいるだけですからね」
「…割り切りたいと思っているか?」
「今更割り切れませんよ。割り切るつもりもない。もう決めた事ですからね」
ケビンから返ってきた簡素な返事。
その一言は、ケビン・カーティスという人間の深淵を垣間見るには充分だった。
「最後に一つだけ、いいか?」
「どうぞ」
故に、ソルトが訊くべき問いは一つだった。
「どうして闘う?」
しばしの沈黙。
「贖罪の為」
そしてケビンの短い返事。
誰に対する贖罪なのか、それは分からないものの、ソルトはケビンがこれ以上話す気が無いことを理解する。
「そうか…。邪魔をして悪かったな」
「いえ、こちらこそ」
互いに形式通りの返事を交わし、それぞれの作業へと戻る、二人。
「…誰にでも隠し事の一人や二つはある…」
モニターを眺めるケビンが、ポツリと呟く。その視線の先には、空中を飛び回る深紅のG・S相手に奮戦する、青い機体が映し出されていた。
「だろう?ハロルド…」
綺麗に整えられていた道路には穴が空き、ヘリやG・Sの残骸が散らばる、イージスムスタフ支部。
イージスと街を隔てるゲートに最も近い、侵入者迎撃の第三ライン。生き残った少数のイージス職員達が戦いに巻き込まれない位置に退避し、指示を待つ中、二機のG・Sが死闘を繰り広げていた。
『フフフッ!どうさたのかしら、ナイスミドル?先程までの覇気が無いような気がしますわよ?』
挑発的な女性の声。
その言葉を受けた張本人であるハロルドは、フンと鼻を鳴らす。
「奇遇だな。俺もあんたに対して、同じ事を言いたかったんだ」
自らを奮い立たせて口から絞り出した、ハロルドの挑発の言葉。
それを聞いた深紅のG・Sのパイロットは、ますます楽しめそうな声を出す。
『その様子なら、まだいけそうですわね?うれしい限りですわ』
「クッ…!そりゃよかった!」
深紅のG・Sのパイロットの声に合わせて飛んできたロケット弾を、ハロルドは何とか回避し、機体の左手に握られた拳銃で撃ち返す。二発回引き金を弾いたものの、深紅のG・Sに命中する事なく、二発の弾丸は虚空を切り裂く。
「チッ…」
ハロルドは舌打ちを打つと、深紅のG・Sのバズーカを回避し、距離を取る。
『いいですわ、凄くいい』
「そいつはどうも」
距離を取り、互いの攻撃が一時的に止んだところで、深紅のG・Sのパイロットの艶めいた声が無線から流れる。
『そのつれない態度も素敵ですわ。でも…いつまでもつのかしら?』
ハロルドの素っ気ない返事にも調子を崩す様子はない、深紅のG・Sのパイロット。
ハロルドはその返事には答えずに、モニターに表示される二つの情報に目を向ける。
一つは武器の残弾数。左手に握られた装填弾数六発のリボルバー。既に四発を使い、残りは二発。
もう一つは狙撃までのタイムリミット。既に一分を切っていた。
(恐らくは、もう一回、か…)
その二つの情報から決断を下す、ハロルド。
(ここまできて、勝率は五分以下か…。笑えないな…)
最後の最後まで綱渡りを続けなければいけないという事実に、ハロルドは心中で自虐的な呟きを溢す。その瞬間、脳裏に仲間に援護を頼むという考えが浮かんだが、それを直ぐ様脳裏から追い払う。
(落ち着け。何の為に、奴の注意を引き付けたと思ってる?ここで奴が再び注意を向けたら、今までの戦闘の意味が無くなる。奴に最も大きな隙を作れるタイミングでなくては…)
『さて。初心な恋人同士でもないのだし、いい加減睨み合うのも止めにしません?』
耳に飛び込んでくる深紅のG・Sのパイロットの言葉、それでハロルドの意識は、再び深紅のG・Sに集約される。
「考えが会わないな。俺はマカロニウェスタンみたいだと思っていたんだが」
『正直な話、私もラブロマンスよりそういった手合いの方が好きなのですけれど…。フフッ、貴方とはやっぱり気が合いそうですわ』
「勘弁願いたいね」
ハロルドの一言を皮切りに再び動き出す、二機のG・S。
深紅のG・Sは一気に高度を下げ、地面スレスレを飛行しながら、ハロルドの機体に突進し、ハロルドも真っ向からそれに答える。
互いの距離がある程度縮まった瞬間を狙って、ハロルドの機体の拳銃が火を吹く。しかし、深紅のG・Sは瞬時に横に移動して避けると、死角となっているハロルドの機体の右側に移動する。
そして一気に加速し、ハロルドの機体が深紅のG・Sを再度捉える前に肉薄し、空いた左手でハロルドの機体の頭部をわしづかみにする。
「…やるな……!」
『あら?褒めるなんて、貴方らしくもない。命乞いのつもりではないですわよね?』
ハロルドの言葉に、深紅のG・Sの楽しめそうな問いが返ってくる。
ハロルドの機体は深紅のG・Sによってわしづかみにされ、メリメリと音を立てながら握り潰されつつあり、胸部には再びバズーカの銃口が押し当てられていた。ハロルドの機体の左腕に装備されている拳銃は、バズーカの銃身で叩き落とされて大地に転がっていた。
あとは“引き金を弾いて何もかもがおしまい。”そんな状況での問いに、ハロルドが答えた言葉はたった一言。
「違うな、勝利宣言さ」
状況とは裏腹に、返ってきた返答は不敵極まりない一言。そして放たれた砲撃は、深紅のG・Sのパイロットがその言葉の真意を問う暇すら与えなかった。
『クッ…!』
深紅のG・Sのパイロットのうめき声。そして撃ち込まれた戦車の砲撃を回避する、深紅のG・S。
「Fire!」
だが攻撃はそれで終わりではなかった。
戦車の砲撃を上空に逃れて回避した深紅のG・S目掛けて、周囲から砲火が上がる。
『チッ…!この程度で…!』
だが深紅のG・Sはそれを巧みに避けながら、一騎討ちを放棄したハロルドの機体を探す。その姿はすぐに捉える事が出来た。
『…失望しましたわ。この期に及んで逃げるなど…!』
「悪いな」
失望と怒りが混じった深紅のG・Sのパイロットの声。ハロルドはそれに軽い返事を返す。
『逃げられるとでも…?』
深紅のG・Sのパイロットは冷たく言い放つと、イージスの敷地外に向かって深紅のG・Sに背を向けて猛進しているハロルドの機体を追い始める。
一騎討ちの最中に移動していたハロルドの仲間が深紅のG・Sに攻撃を仕掛けるも、どの攻撃も深紅のG・Sに命中することはなく、深紅のG・Sはハロルドの機体をバズーカの射程距離に捉える。
『私を愚弄した報いは、命で支払ってもらいましょう』
深紅のG・Sのパイロットの冷淡な声。その一言だけで、深紅のG・Sのパイロットが自分を殺す対象としか見なさなくなった事を悟る、ハロルド。だが、もはやハロルドは何も答えない。打つべき手は全て打ち、自分に出来るのは結果が出るのを待つだけなのだから。
『さよなら』
深紅のG・Sのパイロットの酷薄な別れの言葉。一拍おいて、大気を爆発の振動が揺らす。
『なっ…!?』
深紅のG・Sのパイロットの驚愕に満ちた声。だがそれも、割り込んできた警告音によって聞こえなくなる。
背中に取り付けられたブースターの一つが爆発し、被弾の衝撃によって回転しながら地面に落下する、深紅のG・S。ソナー探知レーダーで深紅のG・Sが墜落したのを確認したハロルドは、機体を停めて墜落した深紅のG・Sに向き直る。
『次弾発射準備完了。目標は健在か、イージス職員?』
「反応はあるが、墜落の衝撃のせいか、動きは見られない。そのまま待機してくれ」
『分かった。射線は空けといてくれよ』
「分かってるさ」
深紅のG・Sを撃墜させた張本人、狙撃を担当した政府軍のパイロットとの通信を済ませる、ハロルド。言われた通りセイレーンの射線を確保しながら待機していると、各所に配備させた第三ラインの生き残り達が集まってくる。
「やったな、上手くいった」
「あぁ」
信じられない、といった声音の仲間からの言葉に、大きく息を吐いてから答える、ハロルド。
「最初は成功しっこないと思ってが、よくやり遂げたな。すげぇぜ、あんた」
「あぁ。それにしても、どんな作戦なのかぐらい教えてくれてもよかったんじゃないか?」
仲間から掛けられる、賞賛の言葉の数々。ハロルドはそれに曖昧な返事を返しながら、改めて自分の立てた作戦を思い返す。
一騎討ちで自分に注目を集めさせ、その間に残った仲間を自分と深紅のG・Sを囲む様に配置する。そして、狙撃準備が整った段階で周囲の仲間による攻撃を開始、それを足止めにイージスの敷地外…つまり狙撃手のいる方向に移動し、深紅のG・Sを誘導して狙撃するという作戦。
自分に注意を引き付けておきながら、最後に仲間を介入させ、その上で無様に背を向けて撤退する。徹底して深紅のG・Sの意識を狭め、外からの攻撃に反応出来なくさせる為の作戦だったが、よく考えれば穴だらけのお粗末な代物であった。
(一番ツイてたのは、敵の性格がアレだった事か…)
ハロルドは苦笑して結論付けると、近くにいたG・Sからショットガンを受け取る。
「おい、あんた。聞こえてるか?」
『……何でしょうか…?』
受け取ったショットガンを深紅のG・Sに押し付けながら呼びかけると、弱々しい返答が返ってくる。
「大人しく機体から出てきて、投降しろ。女性を殺すのは趣味じゃない」
『馬鹿にしないで下さる?慰み者なんて、まっぴらご免ですわ』
だが気迫はまったく衰えておらず、ハロルドは思わず首を竦める。
『聞こえるかしら、ハロルド・ジョーンズ?』
「チーフ…。今更って感じですがね、何の用です?」
すると、突然シルヴィアから連絡が入る。ハロルドは今の今までまったく音沙汰が無かった事に皮肉を言いつつ、要件を訪ねる。
『手っ取り早く言うと、中に居るパイロットを回収してこちらに送って頂戴、今すぐに』
「理由を訪ねても?」
ハロルドは溜め息を吐くと、シルヴィアに理由を尋ねる。
『色々聞きたい事が有るからよ。政府軍が口を出してくるでしょうが、手は打っておくから心配は要らないわ』
「人質としては使わないんですか?」
『アナタ達がそのG・Sを落とした時点で奴等に打診したけど、効果は無しよ』
「…手の早い事で」
シルヴィアの行動の早さに、ハロルドは思わず呆れてしまう。だが当のシルヴィアはお構いなしに話を続けていく。
『とにかく、早くして頂戴。奴等、まだ何か隠してるわ』
「と、言うと?」
『トニーが撃墜された時の状況から考えて、敵の戦力はG・S二機に留まっていないのよ。現在交戦中の二機の他にも何処かに居る筈なの』
「どういう意味ですか?」
『詳しい事は作業しながら話すわ。今はとりあえず…』
シルヴィアの言葉に表情を険しくする、ハロルド。理由を訊こうとするものの、シルヴィアがそれをやんわりと拒否して行動を開始させようとした、その時だった。
「なっ…」
思わずハロルドの口から漏れる、意味を持たない呟き。そして自分の機体の横で、深紅のG・Sの機体の右腕を踏みつけて動きを封じていたG・Sの胸部が、突如装甲を撒き散らしながら吹き飛ばされる。
そしてその原因を確認する間も無く、自分の機体にも衝撃が走る。
「クソッ…!」
悪態を吐く、ハロルド。衝撃で地面に転倒した機体を起こそうと試みるが、まるで何かに押さえつけられているかの様にビクともしない。
「どうなってる…!レーダーにはなんの反応も…な…い…」
訳が分からず、モニターを確認する、ハロルド。彼が吐く悪態はモニターから感じられた視線によって、尻すぼみに消えていく。
そう、それは確かに“視線”だった。だが、モニターから見える光景には何も映っていないし、もちろんレーダーにも反応は無い。
ハロルドは正体不明の視線から逃れるようにして視線を外し、ソナー探知レーダーを見た瞬間、ハロルドは意識が凍りつく。
「何だ…これは…!?」
そこに映っていたのはあり得ない光景。ソナー探知レーダーの画面に表示された、いくつもの線によって形成された深紅のG・Sが立ち上がり、腕を伸ばす。まるで先ほど自分の機体が仲間にしたのとよく似た動き。すると、何も存在しない筈の空間からアサルトライフルが出現し、深紅のG・Sの手に握られる。
その光景に戦慄し、再びモニターに目を向ける、ハロルド。だが、そこに映っていた映像はそれを遥かに上回る戦慄をハロルドに植え付ける。
「冗…談…だろ…?」
モニターに映し出されたのは、日が昇ったばかりの空。それが人型に歪んでいる光景だった。そして、歪んだ景色で構成された人型は、銃に見えなくもない物体をハロルドのモニター…カメラアイに向かって突きつける。ハロルドには、ただ呆気に取られてそれを眺める以外の選択肢は存在していなかった。




