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HEART Of STEEL  作者: ブッチ
Mad Man
35/44

Unknown

 イージスが広場に展開させている部隊の中で、最終ラインの役割を果たす第三ラインは混乱の極みと言っていい状態にあった。


「だ、駄目だ!避けられ…」

Shit(クソッ)!ライガー3がやられた!」

「オイ!ヘリが落ちてくるぞ!そこを離れろ!」

Fuck(畜生)Fuck(畜生)Fuck(畜生ッ)!何なんだよ、あれはっ!」


 どの無線も悲鳴に違い罵声が行き交っており、そして罵声の種類も声の特徴も段々とワンパターンになっていた。


「クソッ!帰ってきて早々、何でこんな目に遭うんだ!」


 爆散した戦車の破片が機体の頭部に当たらないように防ぎながら、ハロルドは悪態を吐く。

 遺物の報告の為に帰還して早々、ケビンと同じく侵入者への対策に駆り出されたハロルドは、シルヴィアが地下三階から地上へと移動する際の護衛として選ばれ、持ち場であった出撃用エレベーターの警備を外れてそのまま地上第三ラインに配備されて現在へと至っていた。


「大体、何なんだ、あの野郎は!?あんな装備のG・S、見た事ないぞ!?」


 ハロルドはモニターにモニターに映っている、上空を飛び回る深紅のG・Sを忌々しそうに見る。

 上空を飛び回っているG・Sはディープレッドの塗装に、数字の1と鷹の絵が肩の部分に描かれている機体で、高速のロケット弾を発射するバズーカ砲とライフルを装備し、背部にリリスより一回りは大きい巨大な二基のブースターを取り付けた機体で、まるで生物の様な軌道で空中を飛び回りながら戦闘を繰り広げていた。


Fuck(畜生)…!一体、何がどうなっているんだ…!」

『聞こえるかしら、第三ラインで応戦中の職員達?』


 地上からの攻撃も、空中でのヘリの攻撃も難なく躱しながら次々と味方を屠っていく深紅のG・Sを見てハロルドが悪態を吐いていると、無線にシルヴィアの声が飛び込んでくる。


「チーフ!こっちはもうもちません!こっちに人手を回してください、じゃなきゃ全滅だ!」

『悪いけど、増援は無理。政府軍に要請してセイレーンによる狙撃で仕留める事になったから時間を稼いでちょうだい。八分程で準備が整うわ』

「無理だ!そんなにもち堪えられない!」


 シルヴィアの言葉に怒鳴る様な大声で返事をして、応援を要請する、ハロルド。だが、帰ってきた返事は無情なものだった。


『増援は無理と言ったでしょう?現在第一ラインでトニーが敗れて戦況は崩れかかってる。第二ラインに到達するまでそんなに時間は無い。それに上空のG・Sの目的は、逃走中のG・Sの脱出口の確保だと予想される。つまり、やつらにとっても本命は逃走中のG・Sということよ。本命を潰せば逃走していく確率の高い相手に、ただでさえ少ない戦力を裂いてる程の余裕は無いわ。私から言えるのは、死にたくなかったら八分もち堪えろ。諦めるんだったら好きにしろ、アナタ達が死んだところで勝率が数パーセント変わるだけなのだから。以上よ』

「アアッ、クソッタレのアバズレめ!」

『なじりたいなら、生きて帰ってからにしなさい。今ならビンタ一発までは減俸無しで済ませてあげてもいいわ』

Sir(了解)Dickface(クソ野郎)!」


 罵声を飛ばし、通信を切る、ハロルド。その瞳には苛立ちと共に、あぁ、やっぱりか、といった感じの諦めも籠められいた。


「聞いたかよ、ハロルド!?チーフの野郎、増援を寄越さないって…」

「聞こえてるさ、メルラン!文句飛ばす暇があったら生き残る算段でもつけていろ!」

Fuck(畜生)!何でこんな目に…」


 無線に入ってきた仲間の悲痛な叫び。ハロルドはそれをさっさとはね除けると、上空に唯一残った、ヘリ部隊の最後の一機を撃墜しようとしている深紅のG・Sに攻撃を仕掛ける。


「クソッ、来るな!誰かこいつを追っ払ってくれ!」

「待ってろ!今、叩き落としてやる!」


 すっかり心が折れかかっているヘリのパイロットに言葉を掛けながら、ハロルドは上空を飛び回る深紅のG・Sにライフルを撃ち続ける。


「う、うわぁ、来るな……」

「待て、止め……Shit(クソッ)!」


 だが、そんなハロルドの奮戦虚しく、コックピット部分にライフルを、胴体部分にロケット弾を撃ち込まれて、ヘリが爆散する。


「ま、またやられた…!クソッ、やっぱりもう無理だ…」

「諦めるな!死にたくないんだろう!死にたくなかったら俺の指示に従え!」

「あ、あんた何をする気だ!?」


 ハロルドは生き残ったメンバーに激を飛ばし、指示を送る。

 指示に対する彼等の疑問の声を無視してハロルドはモニターの隅に八分にセットしたタイマーを出しながら無線を操作し、深紅のG・Sに向かって無線を飛ばす。


「おい、聞こえるかクソ野郎!降りてきてサシで戦いやがれ!それとも、タマをママの腹ん中に落としてきちまったか!?」


 深紅のG・Sに罵詈雑言を叩きつける、ハロルド。

 挑発によって自分へ意識を集中させるのが目的の挑発だが、お世辞にもいい案とは言えず、それに乗ってくる可能性などゼロの筈だった。


(自分でも馬鹿らしい手だとは思うが、もうこれ以外に出来る事が無い…!頼む…!)


『威勢の良い殿方ですこと。少しばかり礼儀に欠けますが』


 無線から聞こえる、深紅の機体のパイロットと思わしき声。ハロルドは表に出そうになった歓喜と驚愕の感情を抑え込み、何とか不敵な雰囲気を声に滲ませながら返事を返す。


「女か。まぁ、関係無い。問題はやる気があるかどうかだ、売女(ビッチ)


 ハロルドの問いに、数秒程の間を空けてから深紅のG・Sのパイロットが返事をする。


『そうですわね。生憎、生まれ落ちた時から“タマ”は持ち合わせてはいないのですけど、それで良ければお相手致しますわ』

「構いやしないさ」


 気高さを感じさせる声で語られる肯定の言葉。ハロルドはそれに短い返事を返すと、相手の二の句を待たずに行動を開始する。

 両腕に装備されたライフルを深紅のG・Sに向け、発砲。だが、深紅のG・Sはそれを雑作も無く避けると、お返しとばかりにバズーカを二発撃つ。


「チッ!」


 ハロルドもすぐさま攻撃に反応して回避する。内一発はハロルドの行動を読んでの一発だったが、動じる事なく冷静に回避した。


『あら。そちらからエスコートしてきたのだから、ある程度は楽しめると思ったのですけど…』

「何…、クッ!?」


 その状況に反して深紅のG・Sのパイロットのがっかりした様な声。その真意をハロルドが問い質す暇も無く、機体に衝撃が走り、背部に搭載されている外付け型レーダーが爆発する。


「しくじったか…。って、クソッ!」


 一言悪態を吐く暇すら与えずに、深紅のG・Sがバズーカを撃ち込む。

 ハロルドはそれを回避して撃ち返すが、やはり難無く回避され、逆に深紅のG・Sが、三次元的な動きを含めて高速で移動しているとは思えない精度でライフルを発砲。ハロルドの機体の装甲を削り取る。


『大変そうですわね。その調子では、どうやら先程の攻撃のカラクリも解っていないのでは?』

「解ってるさ。あれは軽いハンディみたいなものだよ。わざと喰らったのさ」

『紳士ですのね。では、口と拳が釣り合っている事を願いますわ』


 ハロルドの軽口に、余裕たっぷりの口調で応じる、深紅のG・Sのパイロット。

 どう考えても虚勢にしか思えず、事実そう思われているハロルドの言葉だったが、一応の真実も混ざっていた。


(あいつが何をしたのか、そいつについては解ってる。解ってるんだが…!)


 ハロルドは確かに理解していたのだ。自分の機体のレーダーを破壊したあの攻防。そこで起きた出来事を。

 そして皮肉にも、先程の虚勢の中で唯一の真実であるそれこそが、ハロルドの苦悩の原因でもあった。

 先程、深紅のG・Sの攻撃を避けきったはずのハロルドの機体のレーダーが破壊されたカラクリ。その実態はなんて事はない、トリックとも言い難い代物だった。

 ただ単に二発目のバズーカの発射タイミングに合わせてライフルを発砲した。ただそれだけの事。

 バズーカ発射の際の銃声とマズルフラッシュはライフルのそれを大きく上回る。その為、やり方次第によってはライフルの発砲を相手に悟らせない事も出来る。

 しかしハロルドにとって最も重要な点は、それを行ったタイミングだった。

 一見簡単そうなこの技術だが、それは生身でやればの話であり、生身程融通の効かないG・Sでは勝手が異なる。

 前提として相手の意識を本命の武器ではない方に向かせる必要がある上に、G・Sでは相手の意識を誘導するミスディレクションの様なテクニックも難しい。


(考えて見れば、バズーカによる攻撃は、今までと比べると僅かだが狙いが甘かった…。爆風の効果範囲も考えれば、避けられるギリギリの所に撃ち込んでいただろう…。バズーカに注意を向かせるには充分な仕掛けだ。そうでなくとも、あの馬鹿でかいブースターに目が向くしな…)


 冷静に先程の攻防を思い返し、不審点を拾い上げる、ハロルド。グローブに包まれた手には、知らず知らずの内に汗が滲んでいた。


(それだけじゃない。あいつは一連の動作を、空を飛び回り、俺の攻撃を回避しながらやってのけた…)


 相手のパイロットの技量が自分を越えている事をはっきりと理解する、ハロルド。

 そして一度理解してしまったが故に、腹の底から這い上がってくる様な恐怖に対処仕切れず、一瞬だが、深紅のG・Sへの注意が完全に外れる。

『がら空きですわよ?』

「…ッ!しまっ…!」


 その為、深紅のG・Sの攻撃に対する対処が遅れ、ライフルの弾がハロルドの機体の頭部の右半分を抉り取る。


「立て直しを…、うおっ!」


 だが深紅のG・Sの攻撃はそれで終わらず、すぐさま死角となった右側からバズーカ砲を撃ち込む。頭部への被弾の衝撃が止む間も無く右肩にロケット弾が命中。衝撃を殺し切れずに、ハロルドの機体は仰向けに転倒する。


「ぐっ…クソッ…!」

『残念ですわ。結局は貴方も有象無象の類いだったという訳ですのね…』


 無線越しでもはっきりと分かる、深紅のG・Sのパイロットの失望に満ちた声。

 機体を立ち上がらせたハロルドの機体のモニターには、白みゆく空をバックに、空中に停止してバズーカを向ける、深紅のG・Sが映っていた。

 ハロルドは一瞬だけモニターの端に目をやってから、深紅のG・Sのパイロットに返事を返す。


「悪かったな。ご期待に添えなくて」

『まったくですわ。もう少しは楽しめるかと思いましたのに』


 ハロルドは小さい笑みを無理矢理浮かべ、恐怖を抑え込み、有りもしない余裕を強引に引き出しながら、深紅のG・Sのパイロットに告げる。


「悪いが……もう少し付き合ってもらうぞ…!」


 その言葉が告げられると同時に、深紅のG・Sのバズーカが火を吹いてロケット弾を発射する。

 それを回避し、両手のライフルを撃つ、ハロルドの機体。


『…面白みの無い……。またそれですか?』


 相も変わらず芸の無い動きに、吐き捨てる様な深紅のG・Sのパイロットの呟きが無線から流れる。

 そして深紅のG・Sがハロルドの機体の動きを読み、頭部の残り半分に向かってライフルを発射する。

 わざわざ注意を反らす必要すらなく放たれた一発、ハロルドの機体はその直撃コースに向かっていた。

 既に回避する時間など無く、だからこそ追撃も仕掛けてはこなかった。


『……あら…』


 次の瞬間、無線から深紅のG・Sのパイロットの驚いた様な声を、ハロルドは聞き取る。ただし、その行為によって生じるGに耐えていた為、本当に驚いていたかは定かではなかったが。

 白けつつある夜の闇に、ハロルドの機体のブースターの炎が機体の動きに合わせ、円状に尾を引く。

 頭部に命中する筈だったライフルの弾丸は、割り込んできたハロルドの機体のリリスによってその本懐を成せぬまま、火花を散らす。

 そしてブーストスピンによって一回転したハロルドの機体が何とか体勢を持ち直しつつ、上空の深紅のG・Sに向けてライフルの引き金を弾く。


「チッ…」


 だがそれも命中には至らず、上昇と右への移動による深紅のG・Sの回避行動により、装甲を掠める事すらなく終わる。


『フフフ…。意地の悪い人だこと。そのぐらいの実力があるなら、最初からお見せしてくれればいいのに…』


 深紅のG・Sのパイロットの嬉しそうな声。それに対抗すべく、落ち着かない呼吸を宥めつつ返答する。


「なに、あんた相手には使うまでも無いと思っただけさ」

『あらあら、頼もしいお言葉だこと。なら…まだまだ楽しめそうですわね…?』


 深紅のG・Sのパイロットの不気味さすら感じさせる言葉が、無線を通じてハロルドの耳を満たしたかと思うと、深紅のG・Sの姿がモニターから消える。

 ハロルドは慌ててレーダーを確認し、深紅のG・Sが何処に消えたのかを探る。


「……冗談だろう?」


 その居場所を確認したハロルドの口から、引き吊った笑いと呟きが漏れる。

 そしてハロルドは機体のカメラアイを、ゆっくりと時機の真上に向ける。


『冗談ではありませんわ』


 その一言を言い終わるや否や、ハロルドの機体に向かって頭から急降下し始める、深紅のG・S。

 ハロルドはそれを両手のライフルで迎撃し、深紅のG・Sもライフルとバズーカで攻撃する。


「ヤバイ…!」


 深紅のG・Sのライフルがハロルドの機体の右手のライフル撃ち抜き、ハロルドが悪態を吐く。

 ハロルドは使い物にならなくなったライフルを、もうすぐそこまで迫っている深紅のG・Sに投げつけて右に逃げる。


『つれない真似は止してくださる?』


 うっとりした口調で叩かれる、深紅のG・Sのパイロットの軽口。

 投げつけられたライフルをバズーカで弾くと、深紅のG・Sは地面スレスレの所で体勢を立て直し、ほぼ直角に進行方向を曲げてハロルドの機体を追いかける。


「オイオイ、マジかよ…!」


 ハロルドは呆れた様に呟くと、機体を深紅のG・Sに向き直らせる。


『やはりそうでなくては、ね』


 ハロルドの機体がライフルを発射するより速く深紅のG・Sのバズーカが火を吹き、ロケット弾がライフルの銃身を消し飛ばす。 深紅のG・Sに向き直っていたハロルドの機体はすぐさまライフルを捨て、真っ向から深紅のG・Sに突っ込む。

 深紅のG・Sのライフルが銃弾を吐き出すより一瞬だけ速くハロルドの機体の右腕がその銃身に届くと、銃口を自機の胸部から虚空へ力任せにずらす。ライフルが虚空へに向かって砲火を轟かせるのを尻目に、残ったバズーカの銃口がハロルドの機体の胸部に向けられる。


「………」

『…やりますわね』


 だが、その引き金が弾かれる事はなかった。

 理由は単純。今や地面に足を着けている深紅のG・S、その胸部にも、ハロルドの機体に格納されていた拳銃の銃口がピタリと押し当てられていたからだ。


「降伏するんなら、引き分けで手を打ってもいいんだがな、お嬢さん?」

『冗談でしょう?こんなにも楽しくなってきたというのに?』


 短い会話が終わると、再び二機のG・Sは動き出す。

 深紅のG・Sがバズーカの引き金を弾く。しかしハロルドは、斜め上から押し付けられているバズーカの銃身を機体の左肘で押し上げる。発射されたロケット弾は狙いを大きく外して虚空へと消えるが、深紅のG・Sは意に介した様子も無く、背部に搭載された巨大なブースターを起動し、上空へと逃れる。


「うおぉっ!?」


 ライフルを掴んでいたハロルドの機体はそれに引き上げられる様にして空中に浮かぶ。


『申し訳ないのですけれど、私の様な女の細腕では殿方を抱えるのは少し厳しいですわね』

「おい、まさか…!」


 ハロルドが二の句を語る暇も無く、ある程度まで上昇した深紅のG・Sは左手のライフルを話す。

 結果として、ハロルドの機体は重力に従って地面へと落下を始める。


Shit(クソッ)!」


 地面へと真っ逆さまに落ちていく機体の中で、ハロルドは悪態を吐く。だがその理由は落下している事ではなく、モニターに映る深紅のG・Sにあった。


『さぁ、この状況を前に、貴方はどんな台詞を聞かせてくれるのかしら。麗しの殿方?』


 深紅のG・Sのパイロットの妖艶な声、そして突きつけれらるバズーカ。地面へ向かって落下していく中、ハロルドも機体の左手に握られた頼りない拳銃を突き付ける。

 まるで大きさの違う銃声が鳴り響き、互いに銃弾を交換する。


「クッ…!」

『フフッ…』


 互いにその銃弾を空いている方の腕で受けて防ぐ。しかしそれで攻撃は終わらず、深紅のG・Sが体勢を立て直して地面に着地したハロルドの機体にバズーカを発射し、それを着地時の衝撃をものともしない機敏さで動いて回避。

 戦況は再び拮抗状態に戻ったかに見えた。


『今のを防がれるとは、流石ですわ。惚れ惚れしてしまいそう』

「そういうのは酒の席で聞きたいもんだよ」


 互いに軽口を叩き合う二人。しかし、ハロルドの内心にはそんな余裕など無かった。


(援護射撃までもたせるのは、厳しくなってきたな…)


 モニターの端に映ったタイマーを確認する、ハロルド。その機体の右腕はバズーカの直撃を受けて肘から先が消失していた。

 狙撃準備完了まで、あと二分…。

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