Wild Dancers
男が深緑のG・Sを打ち負かして装甲車の許に戻ってくると、装甲車は丁度エレベーター前に追い込まれて動きを止めているところだった。
「オイオイ、先に行ってろって言っただろうがァ」
『バカ!時間掛かり過ぎだよ!』
無線にから聞こえる少女の声。口調とは裏腹に安堵が籠められている様に感じられる一言に、男は苦笑する。
「悪かったなァ。俺一人だけ楽しんでよォ。まァ、その分の遅れは取り戻すさ」
男はそう返すと、装甲車に近づこうとしていた、先程突入してきた部隊に突っ込む。
戦闘服姿の集団は左右に逃げ、彼等の装甲車も急いで退避しようとするが、逃げ切れずに弾き飛ばされ、車体をへこませて回転しながら右側に逃げた方の集団を巻き込んで動かなくなる。
「おっとォ、悪いねェ。でも、車両保険に入ってるなら大丈夫だろうゥ?」
からかう様な男の声。
そしてエレベーター前に居た四機のG・Sが動き出し、二機のG・Sが部下と少女の乗っている装甲車に攻撃を仕掛ける。
「成る程、いい根性してんじゃねぇかァ」
男は楽しそうに呟くと、その射線上に割り込んでヒートブレイドでその攻撃を防ぐ。
その瞬間を狙い、残り二機のG・Sが挟撃を仕掛けようと左右から男の機体に迫る。
「だがァ?ちィーッとばかし、素直過ぎんぜ、アンタ等よォ」
男の機体が射線上から外れ、左側から迫ってきたG・Sにヒートブレイドを構えて突進する。慌てて回避行動をとろうとするが間に合わず、胸部にヒートブレイドが突き刺さり、動きを止める。
「さてとォ、装甲車が攻撃から逃げ切れるのは十秒程、テキパキいこう」
男はレーダー上で動き出した装甲車が銃撃から逃げ回っているのを確認しながら呟く。
だが、そうしている内にもう一機のG・Sが男の機体に肉薄しており、パイルバンカーの装備された右腕を引き付けて攻撃体勢に入っていた。
「キャッチアンドリリースだ。ほらよォ」
それに対し、男はブーストスピンでヒートブレイドを突き刺したままの機体を回転させ、ヒートブレイドに突き刺さった機体で突進してきた機体を殴り飛ばす。
派手な音を立て、装甲の一部を撒き散らしながら転倒するG・S。その一方でヒートブレイドに突き刺さっていた機体もすっぽ抜けて飛んで行き、部下達の乗った装甲車の近くに落ちる。
「そいつの裏にでも隠れとけェ。チョロチョロされても目障りだァ」
男は転倒したG・Sに止めを刺しながら指示を飛ばし、部下たちがそれに従ったのを確認すると、エレベーター前の二機をモニターに捉える。
それに気付いたのか、遮蔽物に隠れた装甲車を諦めて目標を変えたのか、男にとっては定かではないものの、二機も男の機体に向かって攻撃を始める。
「タンゴの次はタップダンスでも躍らせる気かァ?飽きさせないねェ!」
左手のヒートブレイドで防ぎ、躱しながら二機に肉薄する男の機体。
一機がライフルで横殴りに殴り掛かってくるも、勢いが乗る前に腕の無い右肩で受け、左手のヒートブレイドで切断。ブーストスピンで回転しつつ胸部を真っ二つに切り裂き、その隙に背後を突こうとしたもう一機に向き直って銃撃をヒートブレイドで防ぐ。左右に動いて狙いを定めさせないようにして近づき、もう一機も射程範囲に捉える。目の前に突き出された銃身を腕ごと斜めに切り裂く男の機体。一矢報いようと突進してきた機体を難なく躱し、ブーストスピンで突進してきた機体の背後を捉えてヒートブレイドを突き刺す。
「“かくして残るは静寂のみ”ってなァ。ハハハッ!」
機体からヒートブレイドを引き抜きながら、男は楽しそうに笑い声を上げる。しかし、それの笑い声を遮る存在があった。
「後方から熱源を探知…、いい根性してるねェ…」
男は歪な笑みを貼り付けたまま機体を半身にし、飛来したロケット弾をヒートブレイドで防ぐ。そして、二つのカメラアイが捉えた映像を眺める。
「生身でやり合おうなんてなァ。だから、お前等とは殺し合い甲斐があるんだ」
モニターに映っているのは、左側に逃げて事なきを得た突入部隊の片割れ達。全員が男の機体に向けて銃を向け、引き金を弾いていた。
『お、おい!もう時間も無いんだから、そんな奴等放っておいて…』
「少し、黙ってろ。邪魔だ」
男は少女を黙らせると、突入部隊の片割れ達に向かって突っ込む。
逃げられない事を悟ったか、はたまた逃げる気など無いのか、彼等は応戦し続ける。
「ほんッとうに、最高だァ、お前等はァ!」
雄叫びを上げながら、男は機体を彼等目掛けて猛進させる。
ギリギリ間に合ったロケット弾の第二撃をヒートブレイドで難無く防ぎ、彼等に向かってヒートブレイドを一振りする。乱雑な様に見えて精密さを伴った一撃は正確に彼等を捉え、その熱量で身体を焼き尽くし、その質量で骨を粉々に粉砕する。
「フゥゥゥゥ……。良かったぜェ、テメェら。殺る気の無い奴殺しても、大して面白くねェからなァ」
興奮の醒め切らない様子で、男は今しがた人の“居た”場所に賞賛の言葉を贈る。
男が乱入してから十分にも満たない戦闘時間、たったそれだけの時間で、この場で動く存在は男とその部下達のみとなった。
『隊長、もう時間が…』
「わぁーったよォ。行きゃいいんだろォ?」
余韻に浸る男の耳に飛び込む、部下の声。男は渋々といった様子で返事をして、エレベーターに乗り込む。
「んでェ?あとどれぐらいなんだァ?」
『約八分でコントロールを完全に取り返されます。また、地上で待ち伏せているであろう戦力ですが、少なくとも三十機近くのG・Sが確認出来ました』
「ハッキングに気付いてコントロールを掌握されるまでに集めた数としちゃ、上出来だ。こいつは楽しめそうだなァ」
『…別に全滅させる必要なんて無いんだからな……』
部下からの報告に沸き上がる感情を隠そうともしない男に、少女が不貞腐れた様な口調で釘を刺す。
「はいはい、分かってるっつーのォ」
男は少女に面倒臭そうに返事を返すと、装甲車がエレベーターに入ったのを確認してから、機体をエレベーターに入れる。
静寂の中に電子音声が虚しく響き渡ると、扉が重々しい音を立てて閉じた。
一方の地上では、エレベーターが動き出した事を捉え事により、地上に展開している迎撃部隊が攻撃体勢に入ろうとしていた。
『第二ライン戦闘準備完了』
『第三ライン戦闘準備完了』
『第一ラインも準備完了っすよ~』
「了解。敵が姿を表すまであと二分。敵の実力は地下三階職員四名を圧倒出来る実力の持ち主よ。幸い、武装はヒートブレイドのみだから、近づかれる前に胸部か脚部、ヒートブレイド用の増設エンジンを狙って破壊しなさい。増設エンジンを狙う場合は後方か側面からでないと機体に邪魔されて当たらないわ」
『了解』
『了解っす』
今回の作戦の指揮を執るシルヴィアからの指示に、配備された職員達が応答する。
「言っておくけれど、今回の相手は気を抜くとアナタでも殺されるわよ?トニー」
シルヴィアは報告の中で明らかに緊張感が無く浮いている声の主、コロニー・ムスタフに三人のみ存在する一階職員の一人、トニー・ハウエルに挑発染みた言葉を贈る。
『冗談止してくださいよ。この俺がヒートブレイドなんてナンセンスな武器を使ってる輩に負ける訳無いじゃないですか~。つーか、ぶっちゃけた話、俺一人で充分ですって』
「そう。じゃあ、職員が一人死ぬごとに減俸していくけど、構わないわよね?」
『……オールライッ。やる気出てきました』
「ならいいわ。出来たら生け捕りにして欲しいのだけれど、無理なら殺して構わないわ。アナタの判断に任せる」
『りょうか~いっス』
通信が切れると、シルヴィアは小さく溜め息を吐いて椅子に腰掛ける。
今シルヴィアが居るのは、イージスと深い関係を持つ企業が所有する高層ビルである。
最初は地下三階で指揮を執っていたシルヴィアだが、戦況の悪化とハッキングの深刻化から地上での戦闘に縺れ込むと予想し、エレベーターが停止するまでに、戦力と司令部の移動を始め、現在に至る。
「G・S三十二機、ヘリが六機に戦車が十七台か…。政府軍の方は?」
「市内に展開していますが、我々への応援は無い模様です」
「我々だけで解決して損害が飛び火しなければそれでよし、我々が取り逃せば儲け物、か…。合理的思考だこと」
部下からの報告を聞いて、シルヴィアは皮肉を漏らす。
現時点で動かし、配置している戦力、それが今のイージスの全戦力であり、それは必要数に全く足りていなかった。
というのも、この襲撃が行われた時刻、これが問題だった。
裏ではかなり無茶な事をしているイージスだが、あくまでも表向きは至極まともな組織であり、実態を知らない人間も数多く所属している。その為、勤務時間が終われば自宅に帰る人間も数多く存在する。その上、実態を知っている人間でも365日イージスで過ごす、なんてのはごく少数派である。
結果として、襲撃が行われた深夜の時点では職員の大部分がイージスに居らず、動員可能な人員がかなり限られていたのに加え、地下五階まで存在する建物の構造上、エレベーターを抑えられた時点でそれ以上の兵器の動員も不可能になってしまったのだった。
「一階職員が三人とも動かせれば良かったんだけど…。まったく、アイツ等め…!」
頭に手をやり、呆れた様子で呟く、シルヴィア。
「一人は病欠、もう一人は精神不安定でしたっけ?」
「そんな大層なものじゃなくて、風邪とアル中よ。あの役立たず共め…」
部下の質問に溜め息を吐きながら答える、シルヴィア。
部下は引き吊った笑いを浮かべながら、モニターを見て怪訝そうな声を出す。
「奴等、中々上がってきませんね」
「まだ取り戻せるまで時間があるんでしょ?持ってる時間は使い切った方が都合がいいんでしょうよ、彼等にとって」
「…援軍でしょうか?」
「可能性は有るわね。でも、そちらは政府軍に任せるしかない。動かせる人員もいないのだし、ね」
不安気な部下の質問に、シルヴィアはぞんざいに答えると、手元のコーヒーを一口飲む。
「下の様子はどうなってるんでしょうか…?」
「カメラが復旧するまでは判らないけど、報告が無い事から考えても突入部隊とその警護部隊、エレベーター前の防衛部隊も全滅してるでしょうね」
「……ッ!」
「残ったのは職員用のエレベーター前に配置させた部隊だけれど、そちらは生き残ってるわ。向かわせたところで間に合わないだろうから、その場で待機させてるわ」
「…そうですか」
何処となく気分の優れない様子の部下に、シルヴィアはいつもと変わらぬ態度で声を掛ける。
「情報参謀部の知り合いでもいるのかしら?それとも地下三階職員?」
「地下三階職員の方に弟が…。確か今日はイージスに残ると言っていたので…」
「……クルツ・アーウィングかしら?アナタの弟さん」
「は、はい、そうです!」
シルヴィアは部下の言葉から、よく自分に姉の事を誇らしげに語る青年がいた事を思い出し、その名前を口にすると、部下は声を大にして肯定する。
(確か、ケビンと一緒に向かわせた職員だったわね…)
シルヴィアは彼に与えた任務、そして報告から想像出来るその末路を頭に思い浮かべると、部下の肩に手を置いて、態度を変えずに部下に告げる。
「確か、彼は職員用エレベーターの方に配置した筈よ」
「ほ、本当ですか!?」
「とにかく、今は目の前の事態に集中しなさい。いいわね?」
「り、了解!」
部下は慌てて答えると、幾分か血色を取り戻した表情でモニターに向かう。
(悪いけど、今は泣いていい状況じゃないのよ。悲しむのは全てが片付いてからにしてもらうわ…)
シルヴィアが心中で部下への謝罪の言葉を思い浮かべる。
すると、モニターを見ていた部下が声を上げた。
「チーフ!エレベーターが動き始めました!」
部下の報告を受け、シルヴィアは命令を下す。
「総員、攻撃体勢。初撃はトニーに任せ、トニーがやられた場合は集中砲火を浴びせて破壊しなさい」
『了解』
『いや、だから負けませんって…』
シルヴィアの命令を受け、地上部隊が攻撃体勢に入った、その時だった。
『正体不明の飛行物体接近!』
「データをこちらに回しなさい。ヘリ部隊と第三ラインは迎撃を。トニーとその他の部隊は侵入者に専念しなさい」
突然の乱入者に、シルヴィアは動じる事なく指示を飛ばす。
「解析始めます!…………これは…!ばかな、こんなの…!」
「見せなさい」
部下が送られてきたデータを解析する。しかし、数秒と経たずに上がった驚愕の声に、シルヴィアは部下とモニターの間に体を割り込ませる様にして解析したデータを確認する。
「……ふざけんじゃないわよ…!」
不意にシルヴィアの表情に焦りが浮かび、憎々しげな声を出す。
「飛行型のG・Sですって…!」
『飛行型のG・Sだと!?』
『何かの間違いじゃないのか!?』
『落ち着け!既に指示は出されているだろ!』
突如出現した乱入者。そしてその正体に広場に集結した職員が騒然となる中、トニー・ハウエルだけがいつものスタンスを崩さないでいた。
「飛行型か。かっちょいいから、ブッ壊さずにお持ち帰りしたいもんだな」
平然とした様子で軽口を叩く一方で、意識は目の前エレベーターと、侵入者が出てくるまでの時間をカウントしているタイマーのみに向けられていた。
「本当なら、今頃はボインちゃんとベッドインしてたんだぜ?無駄にガードが堅くてオトすのに二週間掛かったのに、そいつをお釈迦にしやがってよ。マジでムカつくぜ」
ダラダラと口から出てくる愚痴とは裏腹に、トニーの口の端は吊り上がり、瞳には肉食動物を思わせる獰猛な光が宿っていた。
そしてトニーの瞳がタイマーのカウントがゼロになったのを捉えた瞬間、スポーツカーを思わせる派手な赤色に塗装され、胸部の真ん中に小さく馬が描かれているトニーの機体、その両腕に装備された二丁のグレネードランチャーが火を吹き、僅かに開いたエレベーターのドアの隙間に榴弾を叩き込もうとする。
しかし、開き始めたエレベーターのドアの片側からいきなり橙色に光る刃が突き出たかと思うと、嫌な音を立てながらドアが引き千切られ、榴弾の射線上に動いてトニーの目論見を打ち砕く。
「あ?」
無意識の内に漏れる、トニーの声。
そしてそれに応えるかの如く、エレベーターのドアが突き刺さり、楯の様になっているヒートブレイドを装備した、青と白のG・Sが姿を現す。
『どうしますか?一斉射撃を…』
「は、ハハハ…」
トニーは乾いた笑い声を上げながら、他の職員との無線を切断する。
『よォ。中々いい一撃だったぜ、赤い機体のパイロットさんよォ。舞台も整ってる事だし、一騎打ちでも…』
「死ねェ!」
無線から流れてくる青と白のG・Sの操縦者の声を無視して、トニーは再びグレネードランチャーを発射する。
二発の榴弾は正確な狙いで胴体と脚部に向かって放たれたが、青と白のG・Sはそれを容易く躱し、爆風による反動をものともせずに、トニーの機体目掛けて接近し始める。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェッ!」
トニーは罵声を飛ばしながら、青と白のG・Sに向かってグレネードランチャーを連射する。
しかし、青と白のG・Sはそれを躱し、防ぎながら、最初程のスピードではないものの徐々に距離を詰めていく。
『イカすねェ、若造!なら、こいつはどうだァ!』
次々と撃ち込まれる、榴弾。だが、男は次弾までの僅かな隙を突いて、ブーストスピンで360度回転。遠心力にものを言わせてヒートブレイドに突き刺さっているエレベーターのドアをトニーの機体に向かって投げつける。
「舐めてんじゃねぇぞ、クソがァ!」
トニーは回転しながら迫りくるドアに左手のグレネードランチャーを投げつけると、右手のグレネードランチャーを発射する。発射された榴弾は見事にに命中し、残りの弾丸に誘爆。派手な音を立てて爆発し、飛んできたドアを跡形も無く吹き飛ばす。
だが、トニーの攻撃はこれで終わらず、爆炎と煙によって熱源探知と視界が効いていない内に、その先にいる青と白のG・Sに向かって榴弾を発射する。
『うおッとォ!アッブねェ!やっぱ、強ェなァ、おまえ!』
嬉しそうな声を上げて、榴弾を回避する、青と白のG・S。その声を聞いたトニーの額に青筋が浮かぶ。
「死ねっつってんだろうが、ゴミクソ野郎!ムカつくんだよ、テメェ!」
トニーは苛立ちに任せて怒鳴り声を上げると、残ったもう一人のグレネードランチャーを青と白のG・Sに向かって投げつける。
青と白のG・Sは回避行動をとるが、その動きをトニーに読まれており、逆に直撃コースに嵌まってしまう。
『おっとォ、こいつはしくじったかなァ?』
無線から聞こえた男の言葉に、思わずトニーの口の端が吊り上がる。
だが、期待に反してグレネードランチャーは直撃せず、ヒートブレイドの腹の部分で跳ね上げられて青と白のG・Sの真上に打ち上げられる。
「あ~マジで許さねェ。殺す!殺してやるよ、雑魚野郎が!」
その光景を見たトニーの表情が見事に怒りに歪み、罵声を飛ばしながら、荒々しく背部に搭載しているリリスを操作し始める
《拠点用パイルバンカー、ヘラクレス展開します》
モニターに文字が表示されると同時に、トニーの機体の背部に搭載されたリ二つのリスの内一つが変型し始める。
今しがたトニーが展開させたU・W、ヘラクレスは両手で装備して使用する大型のパイルバンカーである。
稀ではあるが、反政府組織の中にはコロニーを囲む障壁と同レベルのものを造り上げるケースがあり、その対策として設計されたU・Wで、一撃でコロニーを囲む障壁に装甲車が通れる程度の風穴を空ける事が可能な威力を持つ。
その分重量に難点があるのと、何より両手で運用する為、一切の遠距離戦が行えない。対策として前方に楯が取り付けられたものの、それにより重量が悪化する始末で、はっきり言って対G・S戦では単なるデッドウェイトにしかならない兵器である。
一応、コロニーを囲む障壁に風穴を開ける威力があるので、使用可能なのはムスタフ支部の規定で地下一階以上の人間に限られているが、常日頃から装備しているのはトニーのみである。
『マジかよ!ヒャハハッ!益々気に入ったぜェ!』
トニーの装備の正体を知ったからか、無線から流れてくる声のテンションが跳ね上がり、トニーの機体目掛けて青と白のG・Sが突っ込んでくる。
青と白のG・Sが動き出した一瞬後に、真上に打ち上げられたグレネードランチャーが地面に落ち、ヒートブレイドとの接触によってフレームが溶けて脆くなっていたのも重なって着地の衝撃で暴発し、爆発。青と白のG・Sはその爆風を利用して加速し、さながら爆炎を背負うようにしてトニーの機体に猛進する。
「今死ね!すぐ死ね!早く死ね!」
男の声を聞いたトニーはますます苛立ちを爆発させると、ヘルメットをかなぐり捨てて機体を操縦する。
トニーも機体を加速させ、真正面から青と白のG・Sに突っ込む。
互いの距離がみるみる縮まっていき、それぞれの武器を構えて攻撃体勢に入る。どちらも一撃必殺の装備であり、その間合いに飛び込むからにはそれ相応の恐怖が蝕むのが常だが、怒りと快楽に溺れる彼等にはまったくもって無縁であった。
『お先…ィ!』
リーチの差から先手を取る、青と白のG・S。ヒートブレイドの装備された左腕が振るわれ、猛烈な袈裟斬りが繰り出される。
「んなもん、喰らうかよ、バァァァァカァァァッ!」
だが、トニーはその攻撃をほぼ直角に曲がる事で躱すと、ヘラクレスを、腕の無い青と白のG・Sの右側から撃ち込む。
「死ィィィィィねェェェェェ!」
咆哮と共に轟音が大気に轟き、ヘラクレスの全面に装備された楯の隙間から巨大な杭が射出される。
青と白のG・Sはそれを回避するも、避けきれずに切り落とされた右腕の断面部分を掠める。
『う…っと…!?』
コックピットの床に転がるヘルメットから微かに聞こえる、男の驚愕の声。それを聞いてトニーの口の端が吊り上る。
モニターの先では青と白のG・Sが掠めた際の衝撃で、まるで巨大な何かに弾き飛ばされたかの様に吹き飛ばされているのが確認出来た。しかし、それだけだった。
『あ…ぶね…ェ…。なかな…パンチが…いてたぜェ…』
微かに聞こえる、男の楽しそうな声。それがトニーの神経を逆撫でする。
「何で、死なねぇんだよぉぉっ!」
罵声を飛ばしながら、第二撃を放つべく、青と白の機体に接近する。
青と白の機体はヘラクレスが掠めた際の衝撃で殆ど半身の状態で、その上若干浮きながら吹っ飛んだものの、空中でブーストスピンを行い体勢を立て直し、地面に着地していた。
「ムカつくんだよォ、テメェはァァ!」
一気に接近して第二撃を放つも、今度は逆にトニーの方が躱され、横薙ぎのカウンターを受ける。
「だから、当たんねぇんだよ、そんなゲテモノはよォ!」
ブーストスピンを行い、トニーの機体が180度回転する。普通ならそれだけでは避けられないが、トニーの場合はそれで終わらなかった。ブースターの向きを機体を押し上げる様に調整し、出力を最大にする。
『ヒュ…ゥゥ…』
床のヘルメットから口笛が上がる。
ブーストスピンを行ったトニーの機体は浮きながら後退しており、空中で再びブーストスピンを繰り出して体勢を整えると、地面に着地した。その一連の動きはまるでダンスのステップの様で、床に転がったヘルメットから上がった男の口笛には、驚愕と賞賛の念が聞き取れた。
「余裕ぶっこいてんじゃねぇぞ、アァッ!」
それが気に食わなかったのか、ますます罵声を張り上げながら、トニーは再び青と白の機体に突進する。
青と白のG・Sもそれに応え、三度目の攻防が始まる。
先に攻撃を仕掛けたのは、リーチで勝る青と白のG・S。ヒートブレイドをトニーの機体に向かって降り下ろす。
しかし、それを読んでいたトニーは難無く回避すると、再び腕の無い右側から攻撃を仕掛ける。
「Bloody Hell!」
殺意と笑みを剥き出しにしながら、がら空きの胴体にヘラクレスを打ち込もうとする、トニー。
だが、この時トニーは目の前にぶら下がっている勝利に気を取られ、青と白のG・Sの攻撃がこの期に及んで単調過ぎた事の意味までは気付けなかった。
「What!?」
トニーの口から漏れる、驚愕の声。
トニーが相手の攻撃を読んでいたように、トニーの攻撃もまた読まれていた。正確には“そう”するように誘導されていたというのが正しいが、今のトニーにとってはどちらでも変わらなかった。
何故ならトニーが真に驚いたのは、攻撃を見切られた事ではなく、ブーストスピンで直撃を防いだ青と白のG・Sがそれだけに留まらず、背部をヘラクレスが掠った際の衝撃をも利用して殆ど反応出来ない程スピードでブーストスピン、そして反撃を仕掛けたからである。
トニーも咄嗟に避けよとするものの、間に合わずにヘラクレスの前面と左腕を、有り得ない程の速度で繰り出された刺突によって寸断される。
だが、トニーの思考を支配したのは驚愕だけではなかった。
ヘラクレスの一撃を利用した無茶苦茶な加速。それ故に、そのスピードを制御する為の一瞬の空白がある事。そしてその瞬間が、トニーの機体が未だ回避行動の途中である、今を置いて他ならない事を。
「そこだァ!」
その一転を見極め、トニーは回避行動中の機体を無理矢理ブーストスピンさせる。
モニターに警告文の様なものが出ていたが、もはや眼中に無かった。
ブーストスピンスピンによる遠心力で無理矢理ヘラクレスを振り回し、そして青と白のG・S背部に叩きつけた。
『う…おォ…ッ!?』
ヘルメットから漏れ聞こえる、驚愕の声。
叩きつけられた部分にあったブースターが爆発し、その衝撃で前方に投げ出される様にしてバランスを崩す、青と白のG・S。
「潰れろォ!マヌケ野郎ォ!」
何とかヒートブレイドをつっかえ棒にして転倒を防いだ青と白のG・S。そのがら空きの背部にもう一撃叩き込もうとした、その時だった。
「うおおっ!?」
突如機体に振動が走ったかと思うと、トニーの機体が装甲を撒き散らして吹き飛び、コックピットのトニーは、まるでミキサーに放り込まれたかの様な衝撃に襲われる。
「Shit…何…が…」
転がったヘルメットから聞こえる罵声。何かが頭を濡らす感覚。そしてその一言が、トニーが意識を手放す前に分かった全てであった。




