追う者、追われる者
照明が落ち、地下に相応しい暗闇に満ちたイージス・ムスタフ支部地下三階を、八人程の暗視ゴーグルを着けた武装した人間が駆け抜け、それを援護する様に青と白のG・Sがゆっくりと追随していた。
「オォイ、まだかァ?奴等、追い付いてくるぞォ」
『装甲車を確保、発進させます』
男の問いかけに部下が応答すると同時に、ガレージの中から一台の装甲車が飛び出してくる。
「よぉし、暗いからって事故るンじゃねェぜ?」
『了解』
男が部下からの真面目くさった応答に苦笑していると、レーダー上にG・Sと装甲車の反応が現れる。
「フゥン、あんだけやって追いかけてくるとは大したガッツの持ち主だ。ますます面白ェ」
『隊長、発進しますので、援護をお願いします』
「はいはい」
男は、先ほど激しい白兵戦を繰り広げておきながら自分等を追ってきたG・Sのパイロットに賞賛の言葉を投げかけると同時に、交戦するべく背部に搭載された二つのリリスを軌道させようとするが、部下に寸での所で釘を刺されて渋々ながら発射したばかりの装甲車についていく。
男が名残惜しそうにレーダーで深緑のG・Sが居るのを確認しながら、イージス側の装甲車が此方の装甲車目掛けて撃ってくる重機関銃の射線に割り込んで攻撃を防いでいると、HEBCW使用の反動で意識を失っていた筈の少女から通信が入る。
『なぁ、聞こえるか?』
「オゥ、お前かァ。もう大丈夫なのかァ?」
『あ、あぁ。大丈夫だ。それより、アンタの方はどうなんだ?』
「ん?まァ、楽しかったぜ」
『……心配したアタシが馬鹿だった』
男の返事の呆れた声を出す、少女。男がそれに馬鹿笑いで応えると、男の笑いが治まるまで喚き散らした後、急に口調を真面目なものへと変えた。
『なぁ、ここのセキリュティーの最高レベルは5なんだよな?』
「そりゃそうだろ。現にレベル5に衛星管理のシステムはあった訳だし、お前も確認したんだろォ?」
『そうなんだけどさ……。気になる事があって…』
「何だよ?」
『うん…。セキリュティーレベル5に到達してシステムを色々探してたんだけどさ、その中に一つだけこれまで見た事も無い様な厳重なプログラムで守られたのがあってさ…。しかも膨大な量の…』
「つまり、お前はレベル5より上があると…?」
『うん…。多分、そいつが……』
男はそこで言葉を切って少し考えると、つまらなさそうに少女に返事を返す。
「面倒臭ェから、放っといていいんじゃねぇの、今は?報告しときゃ、タマの中身が発酵する程生きてる爺さま達が何とかすんだろ。それ以外に生きてる価値の無ェ連中だしなァ」
『……聞いたアタシが馬鹿だった』
「そう自分を責めるモンじゃねぇよ。確かにお前は馬鹿だが、そう何回も復唱する必要がある程じゃ…」
『うるさい、バーカ!』
「……切れちまった」
少女の罵声を皮切りにプツリと無線が切れる。
だが、男が苦笑していると、また新たな通信が飛び込んでくる。
「ったく、何なんだよ…。もォしもォしィ!」
『……何を怒鳴ってるんだ、アンタは…』
「何だ、テメェかよォ」
相変わらず感情の籠っていない声に、男は不満さを隠そうともせずに応答する。
『ふん、予定の時刻になっても連絡をよこさなかったから、此方から連絡したまでだ』
「あァ、忘れてたぜ。ま、上手くいってるさ」
男がわざとらしい声を出すと、無線から協力者である青年の溜め息が漏れる。
『まぁいいだろう。上手くいっているのならな。此方も“パッケージ”の確保まで幾ばくも無い。ランデブーポイントの変更は無いものと判断して大丈夫だな?』
「色々と足止めされてるが、普通に間に合うだろうよ。俺は女以外と長話する気は無いんで切るぜ」
『そうか。ではラン…』
「相変わらずムカつく声だぜ。どんなアバズレの股から産まれたら、あんな声になるんだか」
青年の言葉が終わる前に無線を切ると、早速男は愚痴を漏らし始める。
《注意。後方のG・Sから攻撃》
「おっとォ」
G・Sのコックピットに流れる警告を聞いて男はわざとらしく声を上げると、機体を半身にして、深緑のG・Sとその武装…正確には銃口の向きを確認すると、手首から先が消失した左腕を、銃口の向きから予測した射線に重ねる。
その予想は見事に的中し、深緑のG・Sの右手に装備されたスパルタンから吐き出される無数の弾丸が、弱点である胸部や頭部の代わりに右腕を削り取っていく。
「オイ、次の角、右だ」
『了解』
男の指示に従い、装甲車が右折して近くのガレージの影に入り、男もそれを追う。
本来の長所が総合火力な事や適正距離ではない事を踏まえても、あくまでU・Wの一角であるスパルタンの銃撃を受け続ければ長くはもたない。
その為、男は建物の間を進む事により狙いを狂わせる作戦に出たのだ。通常兵器と比べればそれなりの重量を持つ大型のガトリング砲を片手で扱うのだから、当然の如く小回りは効き難いのでこの戦法は非常に効果的で、男の駆るG・Sの被弾率は大きく減少していた。だが、それも建物の密集している場所でのみ効果を発揮するもので、この状況が長くは続かない事もまた、事実であった。
「さてと、ここらでケリを付けるとするかねェ」
故に男は背部に装備したリリスを起動させ始める。対策が練られやすい装備なので使うタイミングはなるべく遅い方がよかったのだが、状況はそれを許してはいなかったのだ。
そして動作が終了すると同時に、モニターに文字が浮かび上がった。
《携帯型ヒートブレイド、XM―611、起動》
「Shit!奴等、閉所に逃げ込みやがった!」
ガレージの影に隠れた青と白のG・S、そして青と白のG・Sが消えたガレージの壁にでかでかと書かれた数字を確認して、ケビンは悪態を吐く。
ガレージに書かれた数字は74であり、74番ガレージから86番ガレージまでは密集して建設されており、入り組んだ構造になっているからだ。
「隊長、この先から道が複雑になっています。注意して進んでください」
ケビンは後ろをついてきている装甲車に乗っているラグに、この先の構造を話して注意するように促す。
「待ち伏せか?」
「それもありますが、ここらはスパルタンだと狙いが定め難い。このスピードで追えば待ち伏せする程の余裕は与えないと思いますが、近接戦闘に持ち込まれる可能性は高い」
「了解した。此処は慎重に行き、抜け出たところを叩く」
「了解」
ケビンはラグからの指示に従うと、スピードを少し落として不意の襲撃に対応出来るようにする。 一応、チラチラと姿が見える度に撃ってはいるものの、致命傷となる様なダメージは与えられぬまま、密集地帯の出口へと近づく。
「後少しで此処を抜けます」
「了解。トードマン、銃座に着け」
「ヘケトン、お前はランチャーの準備だ。G・Sが組み付かれた際には、ランチャーを使って引き剥がすんだ」
ケビンの報告を合図に、装甲車内で指示が飛び交う。そしてあらかた指示が終わると、ラグが両チームを代表してケビンを含めた全メンバーに向かって話し始める。
「いいか。奴等の手からエレベーターのコントロールが零れ落ちるまで後十数分しかない。地上に上がるまでコントロールを維持しなければいけない事も考えれば、時間はさらに減るだろう。それに加え、我々にはホームグラウンドでの戦闘という地の利に、照明を落として視界も制限している。ここまでお膳立てされての失敗など許されない。各自、この制圧作戦に抜擢された意味を理解して臨め。ここの攻防をもって今回の騒動に決着を付けるぞ」
『了解』
ラグの言葉に、傷の有無、そして所属に関係無しに全員が静かでいて力の漲った声で応答する。
皆の士気が極限まで高まり、密集地帯の最後の角を抜けようとした、その時だった。
「ッ!?左から来る、スピードを落とすな!」
熱源探知レーダーに表示されていた青と白のG・Sの熱量が跳ね上がり、進行方向を急激に変更して装甲車の方に動き始める。途中に存在する筈のガレージを貫通しながら一直線に。
ケビンはその光景にデジャヴを感じ、装甲車に向かって指示を飛ばすと同時に、青と白のG・Sの反応のする方向にスパルタンを撃ち込みながら、反応に向かって突っ込む。
スパルタンの銃撃によって脆くなったガレージの壁を突き破ってガレージ内に入ると、数日前に目にしたばかりの橙がかった光がケビンの機体目掛けて突き出される。
「Fuck!」
ケビンは罵声を飛ばすと、機体の右のブースターの出力を上げ、左の出力を下げる。それにより機体は突きだされたヒートブレイドに背を向けた状態で半身になると、肩を青と白のG・Sの肘の部分に、スパルタンの持ち手近くの部分を青と白のG・Sの肩に当てて、これ以上ヒートブレイドを内側に動かせない様にする。
一触即発の状況の中で互いににらみ合い沈黙を貫く二機。そのまま数秒程経過したところでケビンがボソリと呟く。
「まさか、またこいつにお目にかかるとはな…」
ケビンはモニターの隅に、先ほどカメラアイが捉えたが画像を映し出す。
そこに映っているのは灼熱の光に包まれた矢じり型の刀身。一般に流通している物と比べると小振りなものの、間違い無くヒートブレイドそのものだった。
『よォ、まァた会ったなァ。ちっとばかし早いが、第二ラウンドといこうかァ?』
再びケビンの無線から流れてくる男の声。ケビンは自らも無線を青と白のG・Sに飛ばす様に設定してから、ケビンも男に話しかける。
「また随分と大げさなモンぶら下げてきたじゃねぇか。左手をちょん切った筈だったと思うけどな?」
『やっと話す気になったか、嬉しいねェ。お礼に教えるが、手じゃなくて腕に無理やり取り付けてるんだよ、コレ。ま、まだ試作品だからなァ。しょうがねェか』
「じゃあ、腕、ブッ壊せばいい訳か」
『そういうこったなァ』
少しだけ言葉を交わし、再び無言の睨み合いに戻る、二人。そして、状況の転換は突然に訪れた。
『ケビン。此方はもう少しで奴等をエレベータ前の味方部隊の所に追いつめられる。我々が決着を、とはいきそうにないが、もう少しの間そいつを抑えつけといてくれ』
ラグ達から入った一本の報告。これを耳にしたケビンの額に汗が浮かぶ。
(奴等は今追いつめられてる。つまり、こいつにも何らかの報告が入っている筈…)
『このままじっくり殺し合うっていうのも悪くないんだが、どうやら向こうが大変みたいなんでなァ。そろそろ始めさせてもらおうかァ?』
無線から流れてくる男の声。それを聞いた瞬間、ケビンの背筋を悪寒が駆け上り、ケビンは機体を操作して青と白のG・Sの左腕を跳ね除け、半身のまま距離を取りつつスパルタンを青と白のG・Sの胸部へと向ける。
その動きとほぼ同時に、跳ね除けられた青と白のG・Sの左腕が機敏に動き、スパルタンに向かって橙色の光の軌跡を描きながらヒートブレイドが振るわれる。
そして、銃身が回転を始めるのより一瞬だけ速く、ヒートブレイドが銃身に喰い込む。ほんの一瞬ではあるものの、その一瞬が二人の命を繋ぐ結果をもたらす。
「うおっ!?危ねぇ!」
銃身の大部分が切り落とされるのを確認しながら、ケビンは悲鳴を上げる。
何故なら、もしヒートブレイドが銃身を切り落とすのがコンマ一秒遅ければスパルタンは銃弾を吐き出し始めてており、その状態の銃身…しかも持ち手近くにヒートブレイドの刃が喰い込もうものなら、暴発して残りの全弾薬ごと爆発して二機とも巻き込んで吹き飛んでいたからだ。
もっとも、ケビンがはそこまで考えていた訳ではなく、ただ単に持ち手近くを切り付けられた故に誘爆を警戒しただけなのだが。
だが、そんなケビンの悲鳴など意に介さず、銃身を切り落とされて不恰好な姿になったスパルタンが銃弾を吐き出し始める。
『そいつは悪かったなァ。こんどはブッタ切る所を考えるとしよう』
青と白のG・Sは即座に左に動いてスパルタンの銃撃を回避しつつ、半身の状態のケビンの機体の背後に回る。そしてケビンの機体のコックピット目掛けて水平に薙ぎ払おうとする。
『へェ?やるねェ…』
しかしヒートブレイドは宙を切り、男は面白そうに賞賛の言葉を漏らす。
ケビンはそれに答えずに“仰向け”の状態の機体を動かして、胸部に向かって放たれる第二撃の直線上にスパルタン被せる。その結果、ヒートブレイドは切っ先がスパルタンに突き刺さる直前で止まり、二機は再び睨み合いに縺れ込む。
『今のは、ブーストスピンだろォ?面白い使い方するなァ』
「うるせぇぞ、馬鹿にしてんのか?」
男からの賞賛の言葉に、ケビンは素っ気無く返す。
ヒートブレイドがケビンの機体目掛けて振りぬかれた瞬間、ケビンは咄嗟にブーストスピンで機体を回転させた。しかしブーストの細かい調整がなっておらず、仰向けに転倒してしまった。実践でやるとなると、本来なら失笑ものの失敗だが、今回ばかりは勝手が違い、むしろケビンにとっては狙い通りであった。結果としてヒートブレイドは仰向けのケビンの機体の上を素通りし、再び膠着状態に持ち込めたのだから。
『ブースターの出力を左側に集中してわざとバランスを崩し、回転による遠心力に負けて転倒するようにしたんだろォ?咄嗟にしちゃ、悪くない手だ。その上、スパルタンを楯にする事で第二撃の牽制も図るとはァ、合格点には充分だなァ。え?』
「てめぇに合格判定出されたところで嬉しくもなんともねぇよ」
軽口を叩くケビンの表情は、言葉とは裏腹に焦りがこびり付いていた。
まず一つに、自分のやった事を簡単に見破られたが故の苛立ち。だが、これについてはケビンにとっても珍しい出来事ではないので大きな要因にはなっていない。
問題なのはもう一点の方…この膠着状況の方であった。
この状況自体には何ら問題は無く、問題はこうなった経緯、つまり青と白のG・Sのヒートブレイドがスパルタンに突き刺さらなかった点であった。
ケビンの計画としては、仰向けに転倒した際に繰り出されるあろう追撃をスパルタンで防御し、誘爆によって自分もろとも倒すか、最悪でもヒートブレイドの装備されている左腕を破壊しようと考えていた。
この手段をとったという事はすなわち、自分自身の実力でこれ以上青と白のG・Sと対峙し続けるのは不可能と判断した事と同義であり、手持ちの手段が尽きた事も意味していた。
(あの速度で繰り出したなら途中で止めるのは無理だと踏んだんだがな…。やっぱり、こいつはタダ者じゃねぇな…)
ケビンは心中で悪態を吐きつつ、最後に切れる手段のタイミングを求めて、意識を集中させる。
(これ以上こいつをこの場に留めるのは無理だ…。あと残った最後のチャンスは、こいつが止めを刺そうと動いた瞬間だけ。その動きを見切ってヒートブレイドにスパルタンをブチ当てて誘爆させるしかねぇ…。ただ撃っても一発に威力が低いスパルタンじゃ、仕留める前に射線から外れちまう…)
互いに睨み合ったまま動かない二機。先に動き出したのは青と白のG・Sの方だった。
(きた!)
青と白のG・Sの左腕が動き、凄まじい速度での振り下ろしが繰り出される。胸部目掛けて繰り出されたその一撃のコースをケビンはかろうじて見切り、スパルタンをそのコースに合わせる。
「なッ!?」
だが、ヒートブレイドがスパルタンに直撃する寸前で青と白のG・Sのブースターが轟音を轟かせたかと思うと、僅かだが左に機体を移動、振り下ろしのコースも変わり、ケビンの機体の右腕を肘の辺りで切り落とす。
「…マジかよ……」
引き吊った笑みを浮かべたケビンの口から言葉が漏れる。切り落とされた右腕の肘から先が握りしめたスパルタンと共に力なく胸部に落ち、肘から後ろの部分が切断面を晒しながら、同様に力なく青と白のG・Sに向かって伸ばされる。
『悪くなかったぜェ。勝目が薄いと見るや、とっとと相討ちに持っていこうとする決断力も、第一撃に対する反応もなァ。まッ、最後は経験と実力の差が出た、って感じだなァ。中々楽しめたぜェ、有難よォ』
男の言葉が聞こえたかと思うと、青と白のG・Sが一転して緩慢とした動作で向きを変える。
「何処に行く気だ?きっちり殺してから行かねぇと、ケツから殺られる羽目になるぜ?」
戦う術を失ったケビンに出来る最後の敵対行動。それに対し、男は楽しそうに答える。
『そうじゃなけりゃ面白くねェ。今度はもっと俺を楽しませてくれよ?逝ッちまうぐらいになァ』
男はそう言い残すと、ガレージに空いた穴に姿を消した。
二本の腕を失い、立ち上がる事すら出来なくなったG・Sのコックピットの中で、ケビンは黙ってヘルメットを外すと、コックピットの壁を殴りつけた。




