かくして演者は舞台に登る
「さてと、こんなもんか…」
ケビンはそう呟くと、今までの緊張を吐き出すかの様に、大きく息を吐く。
ケビンの操る深緑のG・Sの周囲には、四体のビートルの残骸が転がっていた。
ジャミング効果を持った砂嵐を発生させる遺物と共闘して装甲車を襲撃していたビートル達だったが、アリスによって砂嵐を発生させる遺物が破壊されると、途端に撤退を開始、ケビンはそれの追撃の為に装甲車から離れてビートル達と交戦し、全滅させたところであった。
元々の数が少なかったのに加え、ただでさえ機動力の低いローチを大型にしたビートル達が撤退の為にケビンに背を向けていた為、背後を取る事も容易だった事が重なり、全滅自体にはさほど時間を要さなかった。
「しっかし、張り合いがねぇな…。てっきり、罠でも張ってるんじゃないかと思ってたんだが…」
ケビンはそう呟くと、アリス達に撃破の報を入れてから、装甲車に向けて機体を動かす。
手当たりしだいに破壊する事しか知らないと言われる遺物が罠を張る事を予想するなど、通常ではありえない事である。しかし、装甲車を巡って起こった一連の戦闘で見せた遺物の戦いは、明らかに知性を感じさせるものだった。ケビンが無様に背後を晒しながら緩慢な動きで撤退していく遺物達を見て、罠の可能性を考慮したのも、当然といえるだろう。
「しっかし、あの一件に続き、こっちでも遺物の作戦行動か…。またフィーみたいな奴でもいるのかね…?」
ケビンは誰に言うでもなく呟きながら、数日前の作戦に参加する事となった、発端ともいえる一件の出来事を思い出す。
あの時も遺物は作戦行動の様なものをみせていた。それはフィーという人工知能が、指導者として存在していたからだったのだが、今回のもそういったの存在が裏に潜んでいるのかもしないと考え、溜め息を吐く。
(流石に、もう一度は勘弁してもらいたいところだな…)
フィーと本格的に争った前回の作戦では、何とか生き残れたものの運に左右される点が多かったのが実態である。特に、撃墜した飛行型の遺物(作戦の後に“ガーゴイル”と名づけられた)が墜落した場所が、地上と地下を繋ぐエレベーターのある場所でなければ、あのまま物量に押されて戦死していても、何らおかしくは無かったのだから。
「おっと、もう着いたのか」
考え事をしている間に装甲車の付近に戻っていた事に気付き、ケビンは機体のスピードを下げて装甲車の近くに停める。
「戻ってきたか」
「あぁ。そっちも片付いてるみたいだな」
ケビンは返事を返しながら、起動させたセイレーンをリリスに戻し、地面に置いていたライフルを拾い上げて装備しているアリスの機体をモニターで確認する。
「まぁね。装甲車の中も特に問題は無かったそうよ」
「そうか。おい、ハンドジョブ・ジャック!」
「そのあだ名は止めろって言ってんだろうが、ケビン!」
ケビンは、同じく地下三階の職員であるジャック・モーガンに無線を繋ぐと、彼の怒鳴り声が耳に飛び込んでくる。
「なんだ、いつになくご機嫌ナナメじゃねぇか」
「当たり前だ!お前等は戦えるからまだしも、こっちには攻撃手段がねぇんだぞ!?神経遣ってなにが悪い!?」
「そりゃ、ご愁傷様」
ジャックの悲痛な訴えに、ケビンは笑いながら軽口を叩く。
イージスの職員といえばG・S乗りというのが一般のイメージだが、実際にはG・Sの操縦意外にも多くの仕事がある。確かにメインの仕事はG・Sを操縦する事だが、遺物は毎日現れる訳ではないし、民間企業や団体からの依頼も然りである。日常的に行なわれる仕事も、衛星によって巡回任務の必要が無くなった今では、このような定期便の護衛などに限られる。
その一方で、イージスを構成する職員はそこらの企業など物の数ではない程に存在する。技術班や情報参謀部など、通常業務に参加しない者もいるものの、当然の事ながら、全ての職員に毎日G・S乗りとしての仕事が回ってくる様な事は無い。そんな彼等に割り当てられる仕事が、今回のジャックの様な装甲車の運転手だったり、書類整理のデスクワークだったりするのである。
「とにかく、援軍が来る前にドーグシティに着いた方がいい。ジャック、出発するぞ」
「そうは言うがよ、ハロルド。おつむの軽い遺物共が援軍なんて送ってくるかね?」
「何なら、夜が明けるまでここで待つか?今度は守りきれるか分からんぞ?」
「はいはい、アイアイサーだ、ボス」
ハロルドの指示にジャックは適当に返事を返すと、車内にアナウンスを入れてから、装甲車を発進させる。
ケビン達も装甲車のスピードに合わせ、装甲車の自由を奪わないように少し距離をとった状態で、装甲車を中心に逆三角形の隊形を組みながら出発する。
「おい、お前ぇら。俺にも何があったか教えてくれても、バチは当たんねぇと思うんだがな?」
そのままある程度進み、一応の危機が去った事を確認してから、ジャックがケビン達に、先程の戦闘の事について訊ねてくる。
いくら遺物との交戦を想定して設計されたこの装甲車でも、流石にレーダーの類いは積んでおらず、ジャックは先程の戦闘で何が起こっていたのか殆ど知らなかった。一応、ケビンとアリスが残りの遺物を片付けている間に、ハロルドから大まかな部分は聞いていたが、それではどうにも納得出来ないようであった。
「ん?まぁ、別に構わねぇけどよ…」
ケビンは面倒臭そうに返事を返すと、先程の戦闘について語り始めた。
「…ってな訳で、俺とアリスで奴等のケツをローストしてやって、一件落着という訳だ」
結局、ケビンが説明を終えたのは日が暮れてからの事だった。元々、戦闘のせいで日が沈み始めていたのと、所々で話しが脱線したせいで、このような長話になってしまっていた。
「オイオイ、これ以上遺物が厄介になるなんて勘弁してくれよ…。上の連中は何て言ってるんだ?」
ケビンの話を聞いたジャックが、本気で嫌そうな声音で、ケビンに訊ねる。
「それがだな。何でも、報告と機体が捉えた戦闘データが欲しいから、ドーグシティまで送り届けたら、一足先に帰って来いだってよ」
「ハァ!?俺はどうやって帰んだよ!?」
ジャックはケビン達が一足先にムスタフに帰還する事を聞いて、叫び声を上げる。
「吠えんなよ、後はドーグシティの連中が引き継ぐ、って話だ」
「Jesus!向こうに知り合いなんて居ねぇぞ!」
ケビンがジャックの処遇について教えてやると、より一層、悲壮感を帯びたジャックの叫び声が上がる。
「おい、少しはトーンを落とせよ、ハンドジョブ・ジャック。お前の大好きなロリータ達が泣き出すぜ?」
「てめぇ…、帰ったら覚えてろよ…」
「安心しろ。帰ったころには、お前が忘れてるさ」
ケビンはジャックの怨み言を軽口で流すと、ケビンの長話に辟易して無線を切っている、ハロルド達に無線を繋ぐ。
「なぁ、お前等もそう思うだろ?」
「私に訊かないでよ、分かるわけないじゃない」
「そんな事より、そろそろ見えてくる頃じゃねのか、ジャック?」
無線を繋いだ二人はケビンの言葉を流すと、ハロルドがジャックに、ドーグシティが近づいている事を知らせてやる。
「言われなくても分かってるさ、ハロルド。にしても、国家連合の奴等め、今更なにしようってんだ?」
ジャックはハロルドの問いに答えると、忌々しげに呟く。
「さぁな。だが、まともな事じゃないのは確かだろ?」
「だろうな。あーあ、それにしても、迷惑な奴等だぜ。こんな警戒態勢なんてなけりゃ、今頃、酒の見ながらミッドナイトショーを観てたっていうのによ」
「それなんだけどさ…」
ハロルドがジャックの愚痴を聞いてやっていると、唐突にアリスが会話に入る。
「なんだ?」
「何かおかしくない?私達だけ、妙に危機感を抱いてるというか…。狙うなら、他にもバウルークとかドーグシティとか、大きなコロニーがあるじゃない?」
返事をしたハロルドに、アリスが現在のムスタフの警戒態勢について、疑問をぶつける。
最大の反政府組織“国家連合”は、コロニー・ムスタフ、コロニー・バウローク、そしてコロニー・ドーグシティの三つのコロニーが存在する大陸から、少し南下し、いくつかの島の集まりを越えた先にある大陸に本拠地を構えている。
その大陸には、他に人間の住める程の環境は存在せず、コロニーも無い為、彼等がコロニーに攻撃をしようと考えた際には、海を渡る必要がある。だが、ケビン達の所属するコロニー・ムスタフは大陸の中心近くに位置し、位置関係から見れば、襲撃を受ける可能性が高いのは、国家連合のある大陸に最も近い、コロニー・バウルークである。
だというのに、コロニー・ムスタフのイージスでは、割り当てられた仕事の変更だけに止まらず、監視衛星が打ち上げられて以来行なわれなかった定期巡回の任務までが復活し、完全に臨戦態勢をとっているのだった。
アリスにとっては不可解この上ない、今の状況なのだが、ハロルドはそのアリスの疑問に、単純明快な答えをだしてやる。
「そいつはだな、アリス。コロニーを一つ潰そうと考えた場合、俺等の場所が一番楽だからだ」
「…?どうしてそう言い切れるのよ?」
いまいち納得のいかないアリスに、ケビンが話を引き継ぐと、言い聞かせる様にゆっくりと話し始める。
「なに、深い理由は無いさ。他の二つのコロニーに比べて、俺等は“若すぎる”。人員も設備も、まだ詰めきれていない部分が多い。それが理由だろうよ」
ケビン達の住むコロニー・ムスタフは、三十年前に完成したばかりで、コロニーとしての歴史はかなり浅い。それに加え、三十年といっても、その殆どが都市形成の激動の時代であり、八年前にようやく今の形が完成したのが実態である。
結果として、街のシステムも完璧とは言い難く、犯罪発生率も他のコロニーより高い。
一方で他の二つのコロニーは、どちらも設立から百年単位の時間が過ぎており、コロニーの構成も洗練され、コロニー中心部にが爆撃されてもコロニーとして機能し続けると言われている。
ただ単純に攻め落とすのならムスタフが一番落とし易いというのが現実で、それ故に、警戒体勢も他のコロニーと比べて厳しくなっているのだった。
「なるほど、確かに言われてみればそうよね…」
アリスはケビンの説明で理解出来たらしく、納得する。
しかし、アリスがこの単純な理屈に気付けないのも、仕方の無い話である。
というのも、アリスは実力はあるものの、経験に関しては大きくケビンを下回っており、彼女が知るイージスも、自分の所属するムスタフ支部のみである。だがケビンは、四年近くイージスで活動しており、任務で他の支部に立ち寄る事もあり、ムスタフと他のコロニーを比較する機会が充分にあった。
アリスが気付けず、ケビンが気付けたのは、実際には単なる経験の差でしかないのだが、肝心のケビンは、どこか上機嫌で話を続ける。
「そういう事だ。Do you understand?」
「まぁね。アンタに教えてもらうんじゃなければ、なお良かったんだけど…」
からかう様な口調のケビンに、呆れた様子を見せる、アリス。そんなアリスにハロルドから通信が入る。
「よぅ、アリス。そんな無駄話より、モニターを見てみな」
「おい、ハロルド。無駄話とはどういう…」
「ちょっと、うるさいわね、黙ってて……あっ…!」
アリスはハロルドの言う通り、モニターに意識を集中させる。その際、口を閉じようとしないケビンに文句を漏らしていたが、モニターに小さく映った物体を見て、思わず言葉を失う。
「あれが…」
「そうだ。今回の仕事の目的地、コロニー・ドーグシティだ」
日もすっかり沈んで、月明かりと装甲車のライト、G・Sのカメラアイの無機質な光ぐらいしか光源の無い荒野。その向こうにぼんやりと光る物体があった。
ハロルドの言葉を受けて、スピードを上げたいという欲求を抑えながら一時間程進むと、ようやくその実態がモニターに映し出された。
「すごい…」
溜め息を吐く様にして、アリスの口から言葉が漏れる。
コロニー特有の、侵入者を拒む巨大な防壁は、ムスタフのものよりも古臭い感じではあるものの、ムスタフ以上の威圧感と荘厳さを放ったいた。地上を進むものが壁を越える事の出来る、唯一の手段である検問所も、あくまでコロニーに入る手続きをする場所でしかないムスタフと違い、様々な施設を兼ね備えて堅苦しさを打ち消しているのが、近づくにつれて理解出来た。
「これは…確かに、アンタが言うだけはあるわ…」
「だろ?別に自分の住処を悪く言うつもりはねぇが、流石にここまで違うとな」
生まれて初めて見る、自分が過ごした意外のコロニー。そして、今まで自分の世界の全てだった場所を越えるスケールに、アリスは心をときめかせる。
そのまま、コロニーに入るべく機体を進ませると、無線に男のものらしき声が入ってくる。
『此方、コロニー・ドーグシティ政府軍だ。現在接近中のG・Sと車両に告ぐ。そこで停止し、身分を明かせ』
「おっと、泣く子も黙る、政府軍のお出ましか」
ケビンはそう呟くと、アリスとハロルドと共に、装甲車が停まるのに合わせて機体を停止せる。
「此方は、イージス、コロニー・ムスタフ支部三階職員、ジャック・モーガンだ。ケースナンバー18695537だ」
ジャックは装甲車を停めると、政府軍に今回の作戦の名前を告げる。
イージスによる行動である以上、このような定期便の一つ一つにも作戦名が付けられており、それを到着先のイージスと政府軍、作戦に参加する人間にのみ教える事によって、作戦の正当性を証明する手段として使われている。
『………承認した。装甲車は第九発着所へ。G・Sは第二格納用エレベーター前に移動しろ』
「了解。お疲れさん」
政府軍からの無線が切れると同時に、正面のゲートが開く。
ケビン達はそれを確認すると、機体を動かしてコロニーの中に入った。
「うわぁ…、すごいわね…。ねぇ、少し観て回る時間とか無いかしら?」
「無ぇよ。なんでも、この後イージスで弾薬の補給と仮眠を取ったら、さっさと帰って来いだとよ」
よだれでも垂らしそうな眼差しでモニターに移る町並みを眺めながら、期待に満ちた質問を投げかけてくるアリスに、ケビンは面倒臭そうに答える。
「ちぇっ、洋服とか見たかったのになぁ…」
「洋服ったって、お前男物しか着ないだろ…」
名残惜しそうに呟くアリスに、ハロルドが呆れた様子で言葉をかける。
そのままアリスとハロルドの間で取り止めの無い会話が飛び交いながら進み、十分程でイージス、ドーグシティ支部に着いた。
「さてと。後は頑張れよ、ハンドジョブ・ジャック」
「ふん。帰ったら、バーテンにボトルを一本キープしとくよう、伝えといてくれ」
「あぁ、分かったよ」
そして、ジャックと別れ、三人は指定された場所へと向かったのだった。
ケビン達がコロニー・ドーグシティに到着したのとほぼ同時刻に、コロニー・ムスタフを訪れる、数台の車両と一機のG・Sがあった。
「此方はコロニー・ムスタフ政府軍だ。そこで停車して、身分を明かしたまえ」
今夜、検問所の当番であった政府軍の男は、夕食(といっても、粗末な弁当だが)を邪魔されてか、やや高圧的な態度で、車両に無線を繋ぐ。
『えっとォ、ギーニマス商社の者なんですけどォ、連絡入ってませんかねェ?』
『…イージス、コロニー・ムスタフ支部地下三階職員、スミス・ウォーガスト。ケースナンバー700124だ』
男は無線から流れてくる声に、言い様の無い薄気味の悪さを感じながら、遅れてイージスの職員が告げた作戦名を、イージスから送られてきているリストで確認する。
「…あぁ、確かに入ってるぞ。今ゲートを開ける」
『どうもォすいませんねェ』
男は、無線から聞こえる、最初に話しかけてきた薄気味の悪い声に返事を返さずに、端末を操作して検問所のゲートを開く。
車両とG・Sはゲートが完全に開いたのを確認すると、ゲートに向かって動き出す。
男は入軍時に教えられた通り、右手にアサルトライフルを持ち、左手はいつでも警報を鳴らせる様にボタンに手を掛けながら、車両を眺める。
「……ッ!?」
それは義務感というよりも、日頃から行なっている為に身に着いてしまった習慣の様なもので、緊張感などほとんど無かったのだが、先頭を走ってる車両が男の目の前を通り過ぎた時、彼の意識が一瞬にして引き締まる。
男は咄嗟に警報を鳴らしたくなる衝動を抑えて、何とか残りの車両とG・Sを見送る。
「…行ったか。それにしても、何なんだ、あいつ…?」
男は車両が全て通過したのを確認してから、大きく溜め息を吐き、今しがた見た男の事を思い返す。
先頭の車両が自分の前を通り過ぎた時、こちらに向かって微笑みながら手を振った男。一件すれば、それはがたいの良い強面の男にしか見えなかった。しかし、それを間近で見た男は、その笑顔に並々ならぬ“何か”を感じていた。そう、まるで、何かを楽しみにする、純粋でいて残酷な笑顔…例えるなら子供の様な。
「馬鹿馬鹿しい…」
男はもう一度溜め息を吐き、思考を中断すると、被っている帽子を外して頭を掻き毟りながら、端末を操作してゲートを閉じ、再び夕食の席に着いたのだった。




