戦線復帰
砂嵐が吹き荒ぶ荒野で、一台の装甲車、そして三機のG・Sが交戦状態に陥っていた。
迷彩効果の為か、荒野に吹き荒ぶ砂嵐と同じ色の装甲を貼り付けられた車体にポッカリと空いている、装甲の張られていない小さな窓から、少年はその光景を見ていた。
自らの乗る装甲車の盾になるような位置取りで、砂嵐の向こうにぼんやりと見える影に向かって両手の銃を撃ち続ける、鋼鉄の巨人。装甲車の質素なカーキ色と違い、その身を覆う深緑の装甲は、この荒地の中でも一際目立って見えた。そして、砂嵐の向こうで爆発が起こり、深緑のG・Sが標的を変える為に体の向きを変えた時に巨人の肩に見えた、昆虫らしい薄羽を生やした女性の絵。自らの命が掻き消えるかどうかの瀬戸際であるこの状況下で、少年はそれらの光景に、確かに心を奪われていた。
「クリス!クリス、何やってるの!」
少年は憑りつかれた様に外の戦闘の様子を見ていたが、それは少年の母親によって、唐突に終わりを告げる。
少年は窓にへばり付こうとして抵抗したが、母親によって引き剥がされ、地面に引きずり倒される。それでもなお、少年は窓に向かおうとしたが、少年が動き出すよりも早く、母親がその上に覆いかぶさってしまう。
抱きしめる様にして覆いかぶさっている母親の下で、少年は必死になって、外から聞こえる戦闘音に耳を傾けていた。あまりにも戦闘音を拾う事に意識を集中させていた為、少年と同じく、母親の真下で泣きじゃくっている五歳の妹が不安からか、その小さな手を少年の方に向かって突き出しているのにも気付かなかった。
暫くの間そうやっていると、不意に装甲車に衝撃が走る。
「きゃっ!」
少年の母親が短い叫び声を上げると共に、その身体が少年の上からずれる。
(今だ…!)
少年はその一瞬のチャンスを見逃さずに立ち上がると、後ろからの妹の声を無視して、窓に駆け寄る。
「…ぁ」
その窓から見えた光景は、少年の心をさらに揺さぶった。
深緑のG・Sは先程と変わらず、装甲車の盾になる様な位置取りでそこにいた。先程と違うのは、左手に持つ銃からは煙が上がり、頭部の左側の装甲が無くなり、その下に隠されている黒いコアパーツが剥き出しになっているという事、その二つだった。
自分と同じく、装甲車の右側の窓からその姿を確認した人々から、様々な声が上がる。それは生への渇望だったり、生存を諦める嘆きだったりと、十人十色だった。だが、少年がその光景を見た時に漏らした言葉、それに籠められた感情は、それらの叫びが共通して持つ恐怖の色を全く帯びていなかった。
深緑のG・Sが煙を上げている左手の銃を砂嵐に向かって放り投げたのと同時に、その背中に背負われている二つの巨大な鉄柱の内、一本が煙を上げながらその姿を変え始める。少年は、一本の巨大な六角形の鉄柱が一丁の銃に変化し、それを深緑のG・Sが空いた左手で持ち、再び戦闘を再開するまでを、母親によって窓から再度引き剥がされるまで、食い入る様に見続けた。そして、母親の身体の下で幼い妹の泣き声をBGMにしながら、少年は決意した。
(僕もいつか…、いつの日か、あんな風に…!)
「護衛対象右側面に増援!数は八!」
「こっちは、今手が離せない!自分でなんとかして!」
ケビンが砂嵐の中に現れた新たな反応を確認して舌打ちしつつ、無線にむかって怒鳴ると、まるで予想でもしてたのではないかと疑いたくなる速さで、アリスの、ケビンと同じ様な怒鳴り声が跳ね返ってくる。
「あぁっ、クソッ!やっぱ、そうなるよなァ!」
ケビンは自分に発破を掛けるかの如くそう叫ぶと、装甲車を狙って飛来したミサイルを、右手のマシンガンで弾幕を張って撃ち落し、左手のアサルトライフルで砂嵐の向こうに潜む遺物に攻撃する。
今現在、休暇が終わったケビン達は、コロニー間を移動する輸送用装甲車の警護にあたっていた。本来なら復帰一番にあてられるような任務ではないのだが、国家連合に対する警戒の為に、警護を担当する職員の比重が地下三階職員に傾いてしまった為、こうして駆り出される羽目になったのだった。
遺物との戦闘に入ったのはつい数分前で、大陸最大のコロニー、コロニー・バウルークとは逆方向の、コロニー・ドーグシティに向かう途中で、砂嵐が吹き始めたかと思うと、遺物の奇襲に遭い、装甲車を停めて応戦しているのだった。
「しっかし、マジでツイてないぜ!デスクワークだろうと思って来たのに、修羅場潜らされる羽目になるとはな!」
「冗談言うな。イージス行くまでは、デスクワークなんてかったりー、って、散々愚痴漏らしてたくせによ。それに、修羅場はお前の大好物だろ?」
G・Sに搭載されている二種類のレーダーの一つである熱源探知レーダーで、銃撃を加えた異物の反応が消滅したのを確認しながら愚痴を零すケビンに、ハロルドが同じ様に、遺物に対して攻撃しながら苦笑ともに軽口を叩く。
「語弊を招くような言い方すんじゃねぇよ。俺は戦闘狂じゃねぇぞ」
「じゃあ、死にたがりか?」
「人を鬱の気があるみたいに言うな。俺だって死にたくないし、死ぬのは怖いんだぜ?ま、社会が悪いんだよ、社会が」
「成る程、ひどく説得力のある戯言だ。感動したよ、まったく」
互いに戦闘中とは思えない様な軽口を叩き合う、ケビンとハロルド。しかしながら、当然、この会話を聞いているのは二人だけではなく、いい加減に痺れを切らしたアリスが怒鳴り声を上げる。
「ちょっと!バカやってる暇あるんなら、手伝ってくんない!?」
「冗談言うな。こっちも手が離せないんだぜ?」
「俺もバカと同意見だ」
「おぅ、上等だ、ハゲ、コラ」
「あぁっ、もう、どっちもバカでハゲでいいわよ!」
そんなアリスの叱責も軽く流して、軽口を叩くのを止めない二人に、半ばヤケクソ気味で叫ぶ、アリス。ケビンがそんなアリスの嘆きの声を、笑いながら聞いていた、その時であった。
「何か、こっちに突っ込んでくる…?ローチか?いや、それにしては速度が速ぇ…」
ケビンは、砂嵐の向こうから遠巻きに銃撃を仕掛けてくる遺物の群れの中から、遺物の反応が一つ、こちらに向かって突進してきているのに気付き、首を傾げる。
迎撃の為にアサルトライフルの照準を合わせる一方で、その正体について考えを廻らせる。最初は、遺物の中でも最弱の存在である、四足に多目的コンテナを搭載した、“ローチ”と呼ばれる異物に熱源反応が似ていのでそう考えたが、ローチにしては速度が速すぎる為、その考えは却下する。本来ならば、G・Sに搭載されているもう一つのレーダー、ソナー探知レーダーを使用すれば遺物の形状が把握出来るのではっきりするのたが、どういう訳か、砂嵐の発生と同時に機能しなくなっていた。当初はケビン達も首を傾げたが、すぐに遺物の奇襲を受けた為に、現時点では具体的な対策は取れておらず、ソナー探知レーダー無しで戦闘をする羽目になっているのだった。
(まっ、近づかれる前に潰しちまうのがベストか…)
ケビンは遺物の正体を考えるのを止めて結論付けると、射程範囲に入った異物に左手のアサルトライフルを撃ち込む。
「Hoiy shit…!」
だが、遺物の反応は消滅せず、それどころかスピードすら落ちていないという結果に、ケビンは忌々しげに呟く。
「おい、大丈夫か!?」
「何とかしてみせるさ。お前は自分の仕事に集中してな」
無線から聞こえるハロルドの声に、ケビンは援護を頼みたい気持ちを押さえ込んで、余裕を演出しながら、ハロルドに返事をする。
実際問題、今のケビン達の状況は、かなり切羽詰っていた。複数の遺物に周りを取り囲まれ、三人がそれぞれの方向からの遺物に対処する事で、辛うじて装甲車を守っている状況だった。もし、今誰かがケビンの援護に回れば、その瞬間に拮抗は崩れ、装甲車は破壊されてしまう。装甲車を護り切るには、ケビンの力のみでこの状況を切り抜けなければならなかった。
「どうした?早く仕掛けてこいよ、ファッカー!」
ケビンの罵りに合わせる様にして、G・Sより一回り程小さい、左手に楯を構え、右手にショットガンを持った二足歩行の遺物が、まるで人間の様に走りながら、砂嵐の中から現れた。
「何だ、オイ。また、愉快な奴が現れたなァ!」
ケビンは二足歩行の遺物に向かって吠えると同時に、右手のマシンガンを遺物に向かって撃ち込む。
至近距離での使用によってその威力を余すところ無く発揮したマシンガンの銃弾は、無数の銃弾によって遺物の構える楯をあっという間に引きちぎり、遺物本体を蹂躙する。しかし、遺物もタダで破壊されはせず、最後っ屁とでも言わんばかりに右手のショットガンを装甲車に向けて発砲する。
「Damn it!」
ケビンは機体を無理矢理ショットガンの射線上に割り込ませ、装甲車を散弾から守る。装甲車の装甲はそれなりにはあり、遺物の距離から考えても装甲は破壊される事は無かった。しかし、着弾時の衝撃まで打ち消せる訳ではなく、収容限度一杯にまで乗車している状態で横転などしようものなら、倒れた人々によって子供などが圧死する可能性は充分にあった。それを踏まえての判断だったが、至近距離での一撃を受けたケビンの機体もタダでは済まなかった。
「やってくれるぜ、畜生め…」
ケビンはそう呟くと、ショットガンの一撃を受けて使い物にならなくなった左手のアサルトライフルを投げ捨てる。
直前に左腕で防御した為に、完全な直撃は避けられたものの、防御に使ったアサルトライフルは破壊され、防ぎきれなかった散弾の一部が機体の頭部の装甲を削り取っていた。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
「安心しろよ、少しハゲができただけだ。それより、この状況を打開出来る、素敵な知恵をお授けいただけるといいんだがな」
ケビンは、アリスの焦りが見える心配に軽口で返事をしながら、背部に搭載しているリリスを機動させ、空いている左手に、セミオートとフルオートの切り替えが可能な最新型のショットガンを装備させると、新たに飛んできたミサイルをセミオートの散弾で撃ち落していく。
「年下にねだってないで、自分の頭を働かせる事をオススメするわ」
「それにしちゃあ、年上への礼儀が感じられないぜ、小さい王女様?」
呆れた様子で軽口を叩くアリスに、ケビンもまた、軽口を叩くことで返事をする。
「ご歓談のところ悪いんだが、こいつを見てくれないか?」
ケビンとアリスの軽口の応酬にハロルドの声が混じったかと思うと、二人の機体のモニターに、ハロルドから送られてきたデータが映し出される。
「へぇ…」
「ハロルド、これって…」
「あぁ。そいつを潰せば、戦況を少しは好転させられると思うんだが、どうだ?」
ハロルドから送られてきたデータは、二人の軽口を止めるには充分過ぎる代物だった。
データには、此処から4km程先に、イージスの記録に無い大型の遺物が稼働しており、衛星からの映像によると、遺物の居る位置が、ここら一帯に巻き起こっている砂嵐の中心と重なるといった内容が記されていた。
「お前は“こいつ”が砂嵐を起こしていると?」
ケビンは、今までまったく感知出来なかった遺物の存在をいち早く捕捉したハロルドの機体に搭載されている、最新型の外付け型レーダーの性能に舌を巻きつつ、ハロルドに事の真偽を訊ねる。
「多分、間違い無いぜ。ただ止まってるだけにしちゃ、放出している熱量が大き過ぎる。衛星からの映像を取り寄せる時にイージスにもデータを送っておいたが、あっちも同意見だ」
「そうか…。まぁ、他に手も無ぇし、いっちょ、やって見るか」
ケビンは数秒の間の後にハロルドの意見に賛同すると、ケビンとハロルドに指示を送る。
「距離的に考えても、そいつを潰すのは、アリス、お前がやれ」
「分かったわ。でも、問題の遺物が居るのはケビンの方だけど、どうするの?」
「そうだな。とりあえず、ハロルドはアリスの所に移動しろ。んでもって、ある程度奴等を減らして隙が出来たら、アリスと一緒に俺の位置に移動して、アリスの援護だ」
「了解だ。だが、お前はどうするんだ?」
「こっちはスパルタンを起動させて対処する。そして、お前等が動き出したのに合わせて、俺がお前等の抜けた穴を埋める。どうだ?」
「“スイッチ”ね。分かったわ。それでいきましょう」
「向きは時計回りだ。分かったら、おっ始めるとしようぜ」
三人は意見を纏めると、各々行動を始めた。
ハロルドは装甲車の前面から左側面へと移動し、リリスを機動させて左手の装備を、中~遠距離用のライフルからドラムマガジン式のグレネードランチャーへと装備を変え、砂嵐の向こうに次々と榴弾を撃ち込んでいく。
ケビンも、遺物の放つミサイルを撃ち落しながら、最後に残ったリリスを起動させる。
《大型ガトリング砲、『スパルタン』起動します》
モニター上に言葉が表示されたのとほぼ同時に、ケビンの背部のリリスが変形を始め、ケビンの機体の中で最も火力の高い、U・Wの一つに分類される大型のガトリング砲、スパルタンへと姿を変える。高い総合火力とアサルトライフルと同程度の射程、そして近距離戦での枷となる大きさと重量を持つスパルタンにとって、このような複数の敵を相手に距離を取って行なう防衛戦は、そのスペックを余すところ無く発揮出来るシチュエーションであった。
「Come on!」
ケビンの咆哮と共に放たれる弾丸は、砂嵐の向こうの遺物に次々と喰らい付き、レーダーからは次々と反応が消滅していく。
「派手にやってるわね、アイツ」
「まぁな。あいつは上品な殺し合いが出来る程の実力も肝っ玉も持ち合わせてないからな」
無線越しに聞こえるケビンの咆哮に、思わず苦笑いを浮かべる、アリス。ハロルドはそんなアリスと話しつつ、左手に装備されているグレネードランチャーで、遺物を的確に吹き飛ばしていく。
「どうやらそのようね…。それより、そろそろいいんじゃない?」
アリスも両手のライフルで遺物の数を減らしながら、遺物の攻撃の手が弱まってきた事を感じ取り、ハロルドに言葉を掛ける。
「そうだな…。合図は俺が出すが、それでいいか?」
「私は大丈夫。ケビンは?」
「あぁ?あぁ、好きにしろ…、こっち来んじゃねぇよ、ファッカー!」
ハロルドはケビンの罵倒混じりの返答に苦笑しながら、ケビンの機体目掛けて突っ込んだ来た遺物の反応が消滅するのを待ってから、無線に向かって指示を飛ばす。
「Now、move!」
ケビンの言葉と同時に、三人はそれぞれが納まるべき場所に向かって機体を移動させる。カーキ色の装甲車を軸に、三機のG・Sが一寸の乱れも無く、かつ迅速に円を描くその動きは、訓練やショーといった状況なら歓声が飛んできてもおかしくは無い程に洗練されていた。しかし、この動きを真面目に見ていたのは、同僚でも観客でもなく、意思を持たない機械の群れ、彼等の敵である遺物達のみであった。
「Jesus!」「Shit」
三人が動き出した刹那、三人のモニターに表示されたミサイルアラートの警告文を見て、ケビンとハロルドの言葉が無線越しに重なる。
三人が動き出した瞬間を見越してか、それともただの偶然か、装甲車に向けて両側から二発のミサイルが撃ち込まれる。
「ケビン!ハロルド!」
だが、二人の言葉の直後にアリスの声が、無線を通して二人の耳に飛び込んでくる。二人は、頭によぎった作戦中止の文字を振り払うと、機体の操縦に専念する。
装甲車を軸にきれいな円を描きながら動き、ケビンとハロルドがそれぞれの位置に着く。それと同時に飛来したミサイルを、ケビンとハロルドがショットガンとライフルを使って、ミサイルの爆風が装甲車に影響を及ぼす距離に入る前に、ギリギリのところで撃ち落す。
最後にアリスが、彼女のU・Wである『セイレーン』を展開して構えた状況で現れる。絶妙な位置で展開されたセイレーンは、衛星とのリンクを開始、それによってブースターが機能を停止し、地面を滑走しながら、ハロルドの機体の隣で動きを止める。
「これで…終わらせる…!」
そのまま流れるような動作で、モニターに映し出された、砂嵐の向こう、4km程先に佇む、巨大な亀の様な遺物に狙いを定めると、セイレーンに装填された弾丸を発射する。
《対象に命中。対象は活動を停止》
一瞬のタイムラグの後に、アリスの機体のモニターに対象を撃破した事を告げるメッセージが表示される。
「砂嵐が…止んでいく…」
「そうみたいだな…。おっと、これはこれは…」
ケビンとハロルドは、砂嵐が止んでいくのを確認する一方で、砂嵐が晴れて姿を現した遺物達の姿を見て、驚きの言葉を漏らす。
なぜなら、砂嵐の晴れた荒野にいたのは、レーダーに映っている筈の大量の遺物ではなく、全体合わせても数体程の、“ビートル”と呼ばれる、ローチを大きくした様な遺物がいるだけであった。
「…どうなってんのよ?」
アリスがセイレーンを構えたまま、訳が分からなさそうに呟く。もっとも、今まで装甲車の周囲に蠢く様に群がっていると考えていたのが、いざ姿を確認してみれば数体しかいなかったのだから、アリスの驚きも妥当なものだが。
「どうやら、この有り様の原因は、あいつのようだぜ」
ハロルドはそう言って、二人の機体に、ある一体の遺物の反応を送る。
「…成る程」
ハロルドから送られてきたデータによって示された遺物の姿を確認すると、疲れた様子で呟く。
ケビンの機体のモニターには、ローチの背負っている多目的コンテナを大型化した物を搭載したビートルが、コンテナから小型の機械の様なものを射出している光景が映し出されていた。
ケビンがレーダーに目を向けると、ソナー探知レーダーが回復していると同時に、熱探知レーダーが射出した機械の熱源を感知しているのが確認出来た。
「ああやって、デコイを撒き散らして数を多く見せかけてた、って訳だったんだな。ふざけた野郎だ」
ケビンはレーダーから目を離すと、吐き捨てる様に呟く。
一方で砂嵐という隠れ蓑を失ったビートル達は、戦闘を止めて一斉に退却を始めた。
「…遺物が…撤退してる…?」
「…みたいだな」
その光景を見て、呆気にとられた様に言葉を漏らす、ハロルドとアリス。
ただ獣の様に破壊行動のみに精を出す存在である遺物が、攻撃していた目標を前にして尻尾を巻いて逃げ出すなど、彼等にとっては初めて見る光景だった。
(砂嵐を起こす遺物との共闘、デコイを使っての陽動、そして勝機が無くなったと見るやの撤退…。これじゃ、まるで人間が行なう作戦行動じゃねぇか…!)
ハロルドは四本の脚部を必死に動かして撤退していく遺物達を眺めながら、今まで起こった一連の騒動から導き出される結果に、強く動揺する。
撤退はともかく、他の行為が単発で起こっていたなら、ただの偶然として割り切る事も出来た。だが、それらが同時に起こり、あまつさえ一定の成果を上げていたという事実の前では、偶然などと割り切る事は到底不可能だった。
「ハロルド、考えるのは後だ。このまま奴等を逃がす訳にもいかねぇ。幸い、あの二本足は全滅してえるみたいだし、追撃するぞ」
「あ、あぁ」
そんなハロルドの不安を見透かしたかの様に掛けられたケビンを言葉に、ハロルドは躊躇いながら返事をする。
「お前はここに残って、装甲車の警護とアリスの援護だ。アリスはその位置からセイレーンで奴等のケツにブチこめ」
「了解だ」
「まぁ、弾は足りると思うけど、もうちょっと言い方があるでしょ、言い方が…」
アリスはケビンの指示に返事を返しながらも、その言葉使いに呆れる。
「おいおい、そういうアリスお嬢様だって、“タマ”だなんてはしたないお言葉を…」
「それ以上言うと、あんたのケツにブチこむわよ?」
「おっと、そいつは勘弁だ」
アリスは無線から聞こえるケビンを軽口を、顔を引きつらせながら、出来る限り恐怖を感じさせられる声で遮る。
それを聞いたケビンは肩を竦めると、前方をゆっくりとしたスピードで撤退していく遺物達を追いかける為に、機体を動かした。




