作戦終了
一応、今回までで第一章です。感想、評価、指摘等がありましたら、遠慮無くお願いします。
「ケビン・カーティス。外でハロルド・ジョーンズが話があるそうです」
フィーがケビンとハンスに向かって文句を飛ばしていると、ハンスと同じ戦闘服を身に着けた二十台前半の女性が、ケビンに声をかける。
「ハロルドが?」
「えぇ、そうです。待たせては悪いでしょうから、早く向かいなさい」
てっきり、アリスと一緒に居ると思っていたハロルドが自分に会いに来た事に、少し驚く、ケビン。
女性はやや棘のある口調で、ケビンに早く会いに行くように急かす。
「行って来るといい。この子の面倒は俺が見といてやる」
「嫌だ!私もついて行くからな!」
ハンスはケビンにそう言うと、一緒に部屋から出て行こうとするフィーを軽々と持ち上げる。何とか脱出しようともがいているフィーを見て苦笑しながら、ケビンは部屋から出た。
「どういうつもりですか?いきなり、外を見張っていろと言い出したかと思うと、情報部の人間でもない者と歓談しているなど、指揮を執る人間のする事ではありません」
ケビンが部屋から出ると、開口一番に女性から非難の言葉が出る。その静かながらも、不機嫌さの篭った口調に、フィーは思わず、抵抗するのを止める。
ハンスは溜め息を吐くと、フィーを椅子に座らせ、女性に向かっていつも通りの無表情で告げる。
「すまなかったな。昔の部下だったので、話が盛り上がってしまった」
無表情で告げるハンスに、女性はさらに口調を強くする。
「あの男が、以前、貴方の部下だったとしても、今は違います。彼は所詮地下三階職員にすぎません。確かに、今回の働きは目を張る物がありましたが、それでも、彼は本来何も知らない側…、切り捨てられる側の人間なんです。そんな人間に心を許していては、業務に支障をきたしますし、他の者が見たら、士気も低下します。今は作戦中なのですから、少しは考えてください」
女性は一気に捲くし立てると、毅然とした態度で、ハンスの返事を待つ。いきなりやって来ては、ハンス相手に非難の言葉を遠慮もなくぶつけるこの女性を、フィーは驚きの余り、凝視していた。そのまま三秒程経つと、ゆっくりとハンスが口を開く。
「そうだな…。確かに、あいつは今は私の部下ではない。今の私の部下は、君だ」
ハンスのその言葉を聞くと、若干ながらも、女性の表情に歓喜の様なものが浮かぶ。しかし、それは次の一言で鳴りを潜める事になる。
「だが、君だけでは、少々不安が残るのも事実だ。あいつは君が持っていないものを持っているしな」
「…何ですかそれは?私には考えもつきませんが?」
ハンスの言葉に、女性は表情を若干曇らせながら、答えを尋ねる。
ハンスは小さく口元を歪めると、女性に告げる。
「謙虚さだな。いくら自分が直属の部下だといえ、上官の会話に乗り込んでくるものじゃない。私はインカムを着けているのだから、それで知らせればいいだろう?いくら私が会話している人物が格下でも、礼儀は守るべきだ。違うか?」
「…申し訳ありません」
ハンスの言葉に、女性は一瞬、顔を赤く染めると、何とか平静を装って謝罪する。
「分かればいい。他に何か用事は?」
「いえ、特に…」
「なら、外の見張りに戻れ」
「…了解」
ハンスは女性にそう告げると、女性から視線を外し、フィーの隣の席に腰掛ける。
女性は敬礼をすると、踵を返して部屋から出て行く。見た目こそ平静を装っているが、どう贔屓目に見ても、冷静であるとは言いがたかった女性の態度に、フィーは恐る恐るハンスに訊ねる。
「よ、よかったのか、あれで?あの人間はお前の部下じゃないのか?」
「そうだ。ついでに言うと、君の正体も知っているぞ」
「そ、それは、検査の時に会ったから知っている!そうじゃなくてだな、貴様は検査の時言っていたではないか。「今、この施設内で君の正体を知る人間は、この場の三人と、前線で指揮を執っている二人だけ。全て私の直属の部下で信用できるから安心するといい」って…。直属ってことは、貴様にとって重要な人物ではないのか?」
あくまで無表情を崩さずに答えるハンスに、若干、熱くなりながらも問いかける、フィー。だが、一方のハンスはどこ吹く風といった状態で、はたして、話題に集中しているかも定かではない程の無表情でフィーの質問に答える。
「構わないさ。あいつはまだケツが青い…、失礼。未熟だからな。感情のコントロールに難があるだけだ」
ハンスはそう言うと、戦闘服のポーチからチョコレートを出すと、フィーに手渡す。
「…これは?」
「チョコレートだ。砂糖なんかより、ずっと美味しいぞ?カーティスが戻って来るまでの間、これでも食べて待っているといい」
ハンスはチョコレートの包みを破ると、フィーの前のテーブルに置いてやる。フィーは、最初の方こそ怪しんでいたが、少し齧ってみたところ、随分と気に入ったらしく、夢中になって食べ始める。
ハンスは心中で苦笑すると、残りのチョコレートを全てテーブルに置くと、コーヒーを淹れる為に席を立った。
(こんな事なら、カーティスを地下三階に推薦なんてするんじゃなかったな…。イージスの理念もまともに解ってない無能が部下とは…。情報参謀部の基準も見直すように申告する必要があるな…。実力重視であんな馬鹿を採用するのだったら、雑魚でも理念を理解している人間の方が、数倍使えるというのに…)
その無表情の裏で、彼にそぐわない愚痴を零し続けながら。
「よう。待たせたか?」
ケビンが作戦司令部の外に出ると、外で待っていたハロルドに声をかける。
「いや。それより、悪かったな。呼び出しちまって」
「構わねぇよ。用事は済んだし、世間話してただけだったしな。それより、お前こそどうしたんだ?てっきり、アリスと一緒に居ると思ってたぜ?」
ハロルドはケビンが出てきたのを確認すると、作戦司令部から呼び出してしまった事について、軽く謝罪する。ケビンはそれを笑って対応すると、何故自分を探していたのか訊ねる。
ハロルドは、それには答えずに、顎を動かして他の場所へ移動する意思を伝える。
ケビンはハロルドの意思を汲み取ると、軽く頷く。そして、歩き出したハロルドの後に続いた。
そのまま歩き続けて作戦司令部から少し離れた所に着くと、ハロルドは足を止めて、ケビンに話しかける。
「悪いな。あまり、大勢では話したくなかったからな。場所を変えさせてもらった。あそこに居たら、見張りをしていた女が戻ってくるからな」
「いいさ、別に。アリスはどうしてるんだ?」
「あ、あぁ。救護施設に居る。今はだいぶ落ち着いてるから、後で会いにいってやれよ」
ケビンはハロルドの言葉を軽く受け流すと、アリスの事について訊ねる。対するハロルドは、いきなり会話の主導権をケビンが握った事で少し動揺しながらも、ケビンの質問に答える。
「そうか。悪かったな。お前に押し付けちまって」
「それこそ、構わねぇよ。俺はお前より四年も多く生きてるし、女がいた事もあるからな。人を慰めるのは慣れてる」
改まった様にケビンの口から出た言葉を、ハロルドは先程のケビンと同じ様に小さく笑って対応すると、話を本題に戻そうとする。しかし、
「はいはい、人生経験が豊富なこって。ところで、あのガキだが、俺が引き取る事になりそうだ」
ケビンの口から語られた言葉によって、その目論見は瓦解する。
「何だって!?お前があの子を!?」
「あぁ。上の連中にはチーフが話を付けてくれるそうだ。まだ決まったわけじゃないがな」
流石にこの展開は予想していなかったのか、動揺で口調が乱れる、ハロルド。その一方で、ケビンは冷静な態度のまま、ハロルドの質問に答え続ける。
「でも、お前、子育てなんてできんのか!?」
「この作戦の後に、休暇取ってお袋にでも聞きに行くよ」
「第一、人間じゃないんだろ、あれ!?」
「人間として育てるから大丈夫だろ」
「教育はどうするんだ!?」
「ある程度は知り合いに頼む。それからは、普通に学校に通わせるさ」
「養育費は!?」
「もう少し、機体に優しい操縦をすれば、浮いた分の修理費でなんとか出来るだろ。元々金使わないから、貯金もそれなりに有るし」
「…………!…ハァ…」
ハロルドはケビンを問い詰めるものの、その全てに淀みなく答えるケビンに、呆れを越えて、一種の尊敬を抱きながら溜め息を吐く。
「まぁ、そういう訳だから、お前もあいつに顔出してやってくれよ。人見知りの気が有るが、危険は無いからさ。少しばかり偉そうで頭の螺子の緩んだ、ただのガキだよ」
「まぁ、お前がいいんなら、それでいいさ…」
いつもと変わらぬ調子のままのケビンの言葉に、ハロルドは疲れた態度で答えると、今度こそ話を本筋に戻す。
「ケビン、無駄話は終わりだ。俺の質問に答えろ」
「…何だ?」
いつもと違い、どこか冷たい口調で話すハロルドに、ケビンもつられて声音が素っ気無い物になる。
「何故アリスを撃たなかった?いや、お前は一体何を考えて、行動しているんだ?」
「………」
ハロルドの問いに、ケビンは少しの間答えず、何か考えていたが、やがて溜め息を吐くと、ハロルドに告げる。
「もう一度同じ事を話すのは、面倒臭いから、チーフに聞いてくれ」
「お前…、舐めてるのか?」
いつもと同じ口調でそう告げたケビンに、明らかな苛立ちの表情を見せながら訊き返す、ハロルド。
ケビンはハロルドの苛立ちの表情を前にしても、口調を全く変えずに答える。
「まぁ、俺が言ってもいいんだが、チーフから聞いた方が解りやすいと思うぜ?」
「…どういう意味だ?」
ハロルドは、苛立ちの表情のまま、ケビンの言葉の意味が理解出来ずにケビンに問いかける。
「何て言うか…、自分でもよく判んねぇんだよな。俺のやっている事が正しい、っていう事は自信を持って肯定で出来るんだが、俺が正気なのか、って訊かれたら、よく分からん。チーフは俺の事を狂ってる、って言ってたしな。だから、俺の主観で教えるより、チーフから聞いた方が理解出来ると思うぜ?」
「……」
そう語りながら、口元を僅かに歪めて笑うケビンを見て、ハロルドの表情から苛立ちが消え、絶句する。
(ケビン・カーティス…。お前は…一体?)
そのまま、両者の間で一切の会話が無いまま時間だけが過ぎていく。そして、数秒か、はたまた数十分か定かではないものの、幾分かの時間が過ぎ去った時、沈黙は破られた。
「あっ!いたいた!いつの間にか消えちゃってるんだから、びっくりしたわよ」
「…アリス?」
「ん?アリスじゃねぇか」
「あっ…、ケビン…」
突如、沈黙を破って現れたアリスに、呆然とした表情のハロルドと、意外そうな表情のケビン。
アリスはケビンの存在に気付くと、一瞬動きを止めるものの、意を決して二人に走り寄る。そして、ケビンの前まで来ると、深呼吸し始める。
「…何やってんだ?」
呆れた様なケビンの問いを無視して深呼吸を続ける、アリス。そして、不意に深呼吸を止めると、真剣な表情でケビンを見据える。
「お、おい、何だよ…?愛の告白とかいう展開は止めてくれよ?だって、お前、タイプじゃないし…」
「黙れ、クズ!そうじゃなくて…」
アリスは、ケビンの軽口を、大声と暴言で黙らせると、改めて意を決し、口を開く。
「その…あの時、撃たないでくれてありがとう…。それから、…えっと、仲間なのに銃を向けて悪かった…、というか…」
「…いや、まぁ、別に…、どういたしまして…」
アリスの口から出るたどたどしい感謝と謝罪の言葉に、ケビンは変な物でも見ている様な目つきでアリスを見る。
そのケビンの様子を見たアリスは、ムっとした表情でケビンを睨みつける。
「なによ、その目は。人が謝罪してるのに」
「いや、案外、くだらない事だったと思って」
そのケビンの一言を聞いたアリスは、当然ながら、怒鳴り声上げてケビンに詰め寄る。
「くだらない、って、アンタねぇ…!」
「だって、俺達は“志”を同じくした仲間じゃん?そんな、一々、感謝の言葉言ったり、謝ったりする事ないだろ?」
ケビンは、さも何てことも無い様にそう言うと、言ってやったぜ、とでも言いたげな表情でアリスを見る。
アリスは数秒程呆然としていたが、ケビンの表情を見て、大笑いしだす。
「お、おい、何笑ってんだよ。人が折角、いいセリフ言ってんのに…」
「い、いいセリフ…って、ハハハハ!おっかしい!そうよね、アンタは“そういう”奴よね!アハハハハッ!」
アリスは少しの間馬鹿笑いすると、笑いすぎで目に涙を溜めながら、ケビンに告げる。
「これからもよろしく頼むわよ?相棒」
アリスはそう言うと、右手を差し出す。
ケビンはアリスの言葉を聞くと、一瞬、驚いた表情を浮かべてから、その右手を取る。
「馬鹿言うな。相棒って言うのは、こいつみたいな奴の事を言うんだよ。お前は、精々見習い、ってところだな。子猫ちゃん」
ケビンは笑いながらそう言うと、アリスが何か言う前に、アリスの右手を思いっきり上下に振る。
「な、何すんのよっ!」
「ハハハ、ちょっとした激励だ。それより、そろそろ此処での作戦も終了する頃合だ。フィー拾って、救護施設でコーヒーでも飲みながら、時間を待つとしようぜ」
「ホント、マイペースねぇ、アンタ。ん?フィーって誰?」
ケビンは笑いながらそう告げると、作戦指令部に向かって歩きだす。アリスも、ケビンに質問しながらその後に続く。そして、今までのやり取りを黙って見守っていたハロルドも、小さく溜め息を吐くと、その後を追ったのだった。
そして、それから四十分後。
施設内への破壊工作を遂行した部隊が帰還し、ケビン達は撤退の為にヘリに乗り込んだ。
既に朝日が昇っている大空の中を突き進むヘリの中で、爆弾が起爆され、エリア51はそのあまりにも長い歴史に、遂にピリオドを打った。
こうして、ケビン、ハロルド、アリス、三名にとってそれぞれ別の大きな意味を持つに至った作戦が終了した。




