状況報告
「遅かったではないか!」
ケビンが個室を出ると、ハンスに預けておいたフィーが、先程と同じく毛布を体に巻きつけただけの状態で、ケビン目掛けて走ってきた。
「何で、お前ここに居るんだ?ハンスチーフはどうした?」
「馬鹿者!あんな奴と一緒に居たら、私は破壊されてしまう!」
フィーはそう言いながら、ケビンにしがみつく。よっぽど緊張したのか、手には汗が滲んでおり、またもや、半泣きの状態であった。
ケビンが呆れながらも、頭を撫でてやっていると、出入り口の役目を果たしている垂れ幕を捲って、ハンスが現れる。
「…そこに居たのか」
「き、来たっ!」
フィーはそう叫ぶと、慌ててケビンの後ろに隠れる。それを見たハンスは、眉を若干動かしただけで、表情を全く変えないまま、ケビンの前にやってくると、右手を差し出しながら、ケビンに話しかける。
「久しぶりだな」
「えぇ、チーフこそ」
ケビンはハンスの右手をとって、握手に応じる。
「もう俺は、お前のチーフじゃない。それより、地下三階の生活はどうだ?」
「何言ってるんですか。貴方のおかげで、今の俺がいるようなもんですよ。まぁ、生活の方は、それなりに頑張る必要がありそうですがね」
ケビンはそう言って、自分の後ろに隠れているフィーを見る。フィーは不思議そうにケビンを見上げるが、ハンスも自分の事を見ている事に気付くと、慌てて顔を隠す。
「…その子を養うのか?」
ハンスは再び、眉を少し動かすと、ケビンにフィーの事について訊ねる。
「まぁ、そうしようと思ってますよ。それと、すいませんね。こいつは人見知りの気がありまして」
ケビンはハンスの問いに答えると、必死に笑いを抑えながら、ハンスに謝罪する。
「…別に構わんさ」
「すいませんね、ホントに。ほら、出てきて、お前も謝れ」
「断る!ほら、私は散々待ったのだぞ!早く、他の場所に移るのだ!」
ケビンはフィーに、ハンスに謝るように促すが、フィーは一言で拒否すると、この場から離れようと、ケビンの手を引っ張り始める。
「おい止めろって…、いや、ホントに…ククッ、すい…フハッ…ませんね」
「…お前、わざとやらせてないか?」
ケビンはフィーを止めようとしながら、ハリスに謝罪しようとするものの、こみ上げてくる笑いを抑えきれず、思わず、顔を背ける。
当のハリスは眉を少し動かしながら、ケビンを睨みつける。
「…検査の結果が出ている。受け取れ」
「どうも」
ケビンはハンスから差し出された書類を受け取る。
ケビンと一緒にフィーが呼ばれたのは、簡単な検査の為であった。本当は、先程、報告に来た際に救護施設でやればよかったのだが、流石に人目に着きすぎる為、器具を移して、作戦指令部で行なう事になったのだ。
此処に集められている職員は全員が、事情を知っている情報参謀部の人間ではあるが、それでも、フィーの正体については、全員に知らされてはおらず、イージスで今回の経緯を見ていた人間と、応援の指揮を執る、ハンスとその直属の部下四名以外には知らされていない。
このような措置の理由は、現場の混乱を防ぐ為である。情報参謀部の人間は基本的にイージスに忠誠を誓っているが、その理由は様々である。作戦の中で“何か”が壊れ、作戦に対する躊躇が無くなった者、盲目的にイージスを信奉する者、そして、遺物への復讐に燃える者…。その為、フィーの正体を広める事は、結果的に混乱を広める事になりかねないのだ。遺物に対して恨みを抱いている人間は、フィーの事を認めずに、殺害を企てかねない。元々、情報参謀部の人間の殆どは倫理観が、多かれ少なかれ欠如している。そのような行動に走る事は充分に考えられ、イージスとしても、絶対に手放したくない程の価値は無いが、もしかしたら使い道があるかもしれないので手元に置いておこう、くらいの執着はあるので、無闇にフィーを危険に晒さないように、この様な措置が執られたのだ。
「えっと、なになに…。先天性白皮症の疑い有り…。“先天性白皮症”っていうと…」
「俗に言う、“アルビノ”だな」
「あぁ!そうだ、そうだ」
しかめっ面をしながら、記憶を探っていたケビンに、ハンスが先程と同じ、無表情で正解を教えてやる。
先天性白皮症、俗に言うアルビノとは、遺伝的な異常によって、太陽からの紫外線を吸収するメラニンという色素が全く生産できない個体の事、及びその症状の事を指す言葉である。主な症状として、頭髪が白銀、もしくは金髪である事や、体色が乳白色である事、目が赤く、視力が弱い、そして紫外線に対する耐性が極めて低いなどといったものが挙げられる。
「で、こいつがアルビノだと?」
「そういう事だ」
ケビンは首を動かして、自分にしがみついているフィーを見る。確かに、アルビノの症状とフィーの容姿は共通点が多く、ケビンは彼女がアルビノである事を確信する。
「お前、自分がアルビノだって事、知ってたか?」
「まぁな。なんせ、これからずっと使う事になる身体なのだぞ?コンディションを把握せずに使用する程、私は馬鹿ではない」
胸を張って誇らしげに語るフィーを、呆れた目つきでみながらも、ケビンは、あれだけあった素材の中で、フィーが選んだもののみが生きていた事に納得する。
(なるほど。意識を移す技術は完成していても、肝心の肉体を造る技術が不完全だった訳か…。フィーの様に、何らかの欠陥がある身体じゃないと、造る事は出来ても生命を吹き込めないのか…)
ケビンが一人で納得していると、ハンスがケビンに訊ねる。
「どうする?まだ育てようと思うか?子育ての経験の無いお前に、この子の世話は荷が重いんじゃないか?」
「おい!私は子供ではないぞ!」
ハンスの問いに、見当外れな反論をするフィーを無視して、ハンスはさらに問いかける。
「それに、仕事が仕事だ。いつ死ぬか分からないお前より、もっと別の人物に預けた方が、この子も幸せだとは思わないか?」
「お、おい、ケビン!こんな奴の言う事を真に受けるなよ。こいつは、何か企んでるに…」
「フィー。少し、静かにしてろ」
慌てて、ケビンが説得されないようにしようとしたフィーの言葉を、ケビンは短い言葉で制すると、ハンスの目を見て、ハッキリと告げる。
「ご忠告、有難う御座います。でも、俺はこいつを育てようと思います」
「…何故だ?」
ケビン同様、ハンスもしっかりとケビンの目を見ながら、ケビンに問う。まるで、互いに本心が見えているかの様に。
「約束したからですよ。約束したからには、それを守ります。少なくとも、こいつが俺抜きでも生きていけるまでは」
「それまで、死なないという保証でもあるのか?」
「ありませんね。だから、俺は、俺が死ぬ前に、こいつが自立できるように育てるつもりです」
ハンスはケビンの答えを聞くと、「そうか…」と呟き、フィーに視線を向ける。
視線を向けられたフィーは、ケビンの後ろから覗かせていた顔を引っ込めると、ギリギリ、片目だけ出して、ハンスの様子を窺う。ハンスは中腰になってフィーに視線を合わせると、無表情だった顔を僅かに崩して、フィーに謝罪する。
「余計な事を言って悪かったな。君のナイトを誑かそうとして、悪かった」
「フ、フン!解ればいいのだ、解れば。ん…?何故、騎士?どちらかというと、執事とか奴隷だろうに…?」
「…………勘弁してくれ…」
二人のやりとりを聞いて、ケビンは呆れ顔で愚痴を零すと、話の話題を変える。
「ところで、作業の方はどれくらい進んでるんですか?」
「…ジョーンズがヘルメットのカメラを使って送ってきた資料が正確なら、ようやく、七割といったところか。恐らく、後三時間程で撤収できるだろう」
先程と打って変わって、いつもの調子に戻ったケビンは、ハンスに作業の進行状況について問う。すると、フィーが自分が除け者にされるのが気に食わないのか、会話に割り込んでくる。
「おい!何なんだ、その作業っていうのは?」
「ここの封鎖及び、危険技術の破壊だ」
「危険技術の…、破壊…?」
「つまり、この施設にある設備の破壊、って事だ」
ハンスの言葉を受けて、怯えながらも、何やら考え込む、フィー。ケビンは、必死に考えているフィーを見て苦笑すると、その意味を教えてやる。
「俺の所属している組織ではな、この施設にある様な、高度な技術を発見した場合は、コロニー…、俺達が住んでいる場所に持ち帰らないで、破壊するように決められているんだ」
「なんでだ?確かに、此処には軍事技術が多いいが、それ以外の物も有るぞ?それに、私が造られてから、かなりの年月が経ってる筈だ。順当に行けば、ここの技術など、とっくに時代遅れではないのか?」
不思議そうに訊ねるフィーを見て、ケビンは頭を抱えて、「そうか、知らなくて当たり前か…」と呟く。
生まれてこのかた、この場所から動いた事の無いフィーにとって、大戦によって世界が滅びかけ、知る者がいない程の時間を掛けて復興していった事など、知る由もないのだ。
ケビンは溜め息を吐くと、不思議そうな顔をしているフィーに、今の世界の状況を簡潔に教えようとする。
「あのな、今の俺達の世界は、とんでもなく昔に起きた戦争で滅びかけて、文明がリセットされたんだ。だから、お前が生まれた時代より、技術水準が低いんだよ」
「文明がリセット…、通りで、前回と前々回の襲撃に間があった訳か…」
「そういう事だ。んでもって、過去の過ちを繰り返さない為に、世界レベルで秩序を守る組織として、俺達の組織が結成された、って訳だ。そして、その行動の一環として、今の時代に開発されたのでは無い、ここにあるような技術を、外に広めないようにしている訳だ」
「無用な混乱を避ける為か?」
「あぁ、そうだ。軍事用であるにしろ、ないにしろ、大戦以前の技術は秩序を乱しやすいからな。今の文明が進歩して自然な形で開発されるまで、社会の目に触れさせないようにしてるのさ」
ケビンはフィーに説明し終わると、こんどは、自分の予想が合っていて嬉しいのか、ケビンの後ろに隠れたまま、誇らしげな顔をしているフィーに質問する。
「ところで、お前、昔の事はどれくらい憶えてるんだ?」
「う~む…」
フィーはケビンの体にもたれ掛かりながら、自分が生まれてからの記憶を思い出そうとする。そして、暫く唸っていると、不意に考えるのを止め、堂々とした態度でケビンの後ろから隣に飛び出して宣言する。
「記憶にない!」
そのあまりにも堂々とした態度に、流石のハンスも呆れ顔で訊き返す。
「…何にも憶えていないのか?」
「そうではない。三百年ぐらい前と四十年前に襲撃があった事や、開発コードなど、大まかな事は覚えているが、どんな奴が襲撃してきたとか、細かい事は憶えていない」
「…技術面に関してはどうなんだ?」
「全く記憶に無い。そもそも、人間の身体…、しかも未発達な身体を使用するにあたって、持っていける情報はかなり限定されたからな。時間も無かったので、人間社会に適応する為に必要だと考えた情報を、適当に選び出して転送したからな」
「…こりゃ、上の奴等が興味が無いのも頷けるぜ…」
「ついでに言っておくと、上層部が意見を纏めたのは、お前達による襲撃が始まって、少ししてからだぞ」
いい加減に慣れたのか、ハンスの質問に堂々と答えるフィーを見て、上層部の判断に納得する、ケビン。それに対し、ハンスがケビンに耳打ちする形で、ケビンの考えを訂正する。
「どういう事です?」
「あまりにも作戦が予想通りに進んだからな。どっちみち、大した性能じゃないと考えていたから、サンプルとして捕獲する事は既に決まっていた。まさか、子供の姿とは予想してなかったがな」
「馬鹿だから生き残れた…。そういう訳ですか?」
「そうだな。この子が優秀で、イージスで制御しきれないと判断していたら、殺していただろうな」
「おい!何をコソコソ話してるんだ?」
フィーに聞かれないように二人が話していると、フィーが痺れを切らして、会話に割り込む。二人は苦笑すると、会話を打ち切り、話題を元に戻す。
「しかし、三百年前っていうと、まだG・Sなんて影も形も無かった頃だ。イージスの設立が五百年前だし、お前は一体、いつ生まれたんだ?」
ケビンは改めて、フィーへの質問を続ける。下手をすれば、歴史の教科書を変えるであろう、質問の答えを、期待しながら待つ、ケビン。だが、返ってきた答えは、その期待を粉々に打ち砕いた。
「知らん」
「…何故?」
予想外の答えに、思わず間抜けな声を出す、ケビン。しかし、フィーはもう一度同じ答えを繰り返すと、再び、ケビンの手を引っ張りだす。
「知らんものは知らん。それより、早く移動するぞ。私は、またあの解毒薬が欲しいんだ!」
「…解毒薬?」
「…すいません、チーフ。砂糖取ってください」
フィーの言っている言葉の意味が理解出来ず、微妙な表情をしているハンスに、ケビンは疲れた顔で、砂糖を取るように頼む。
「おぉ!これだ、これ!」
フィーはハンスから砂糖を受け取ると、嬉しそうに口に流し込む。ハンスはそれを無表情のまま見ていたが、溜め息を吐くと、ケビンに耳打ちする。
「止めさせろよ、あれは。絶対に」
「…了解」
ケビンは再び溜め息を吐くと、二袋目を要求するフィーに、紙袋の入った容器ごと渡して静かにさせると、ハンスに質問する。
「ところで、ハロルドが見つけた白骨死体は誰だったんですか?」
ケビン自身、目星は付いているのだが、確認の意味合いを籠めてハンスに訊ねる。
「コール・ブライアンだ」
ハンスもその事を察しているのか、簡潔にケビンの質問に答える。
「やっぱりですか…。どうして奴がここに?」
ケビンは自分な予想が当たっていた事を確認すると、本題に入る。
「支部長が会議の時に見せたイージスの記録によると、四十年前にコロニー・バウロークがここの調査の為に派遣したらしい。侵入方法は記録に残っていなかったし、当時の音声記録の内容からも、コールがここに潜り込んだのは偶然だろう。何でここの存在を四十年前に知っていたか腑に落ちなかったが、三百年前にも襲撃があったという、あの子の話を聞いて納得した」
ハンスはそう言うと、床に座り込んでおいしそうに手に付いた砂糖を舐めているフィーを見る。
ケビンはフィーを一瞥してしかめっ面をすると、ハンスへの質問を再開する。
「ムスタフとの関係はどうなんですか?」
「かなり密接に関係している。何故なら、コロニー・ムスタフはここの監視役として設立されたからな」
「監視役…ですか?」
ハンスの言葉に、流石に予想していなかったのか、驚いた表情を浮かべる、ケビン。ハンスはそれを無表情で肯定すると、詳細を話し始める。
「四十年前、G・Sは実用化から六十年近くの時間が経ち、緩やかな進化を遂げながら、この世界における最強の兵器として存在しいた。…といっても、これは今でも変わらないが。その上、奴の機体に装備されていたヒート・ブレイドは当時の技術の一つの到達点だった。その為、当時のイージスは作戦が成功する事を疑わなかった。しかし、結果はこの通りで、入手できた情報も、ヘルメットにカメラ機能の無かった当時では、音声による報告で、かろうじて施設が地下にある事が判っただけ。この散々な負け戦を経たイージスは、この施設を攻略出来る程の実力を得るか、施設の本格的な活動が開始されるまで、一切手を出さない事にした。そして、前々から計画のあり、偶然にも施設に近かった、ムスタフの建設を急がせた。万が一の時に迅速に対応出来るようにな」
「そういう裏事情があった訳ですか…」
ハンスの説明を聞き終えたケビンは、何やら、感慨深そうな表情をしていたが、ふと、何かに気付いた様に、ハンスに訊ねる。
「そういえば、俺なんかに教えていいんですか?機密情報でしょう?」
「構わん。お前が情報を外に漏らす人間じゃない事は分かってるし、この一件はもう片付いた」
ハンスはケビンの質問を一蹴すると、身に着けている、イージスの戦闘服のポーチから煙草とライターを出すと、煙草を咥え、火を点ける。
「吸うか?」
「いや、俺は地下三階就任時に、煙草は止めました。無駄に命を減らしたくはないですからね」
ハンスは嫌な顔一つせずに、ポーチに煙草とライターを戻すと、煙を吐き出す。
「…俺が戦ったG・S…。あれはどうなりました?」
不意にケビンの口から発せられた問いに、ハンスは煙草を指で挟んで口から離すと、ケビンの問いに答える。
「見つかっていない。そのG・Sが逃げ込んだルートを追わせようとも考えたが、あれ以上進めば、ジョーンズの資料にも載っていない、施設外に出る事になる。流石にそれは危険だと判断したから、向かわせなかった。他の幹部連中も同意見だ」
「…そうですか」
ハンスの言葉に、淡々とした様子で納得の意を表すと、溜め息を吐いてから、ハンスに訊ねる。
「そういえば、なんであいつは、チーフから逃げてたんですか?」
「…あのままじゃ不味いだろうと考えたから、服を着せようとしたら、半泣きで逃げ出した」
その一言で、ついに我慢の限界にきたのか、思わず噴出す、ケビン。それにつられて、ハンスもその無表情の顔を僅かに歪めて、小さく笑う。二人の笑い声は、それをうるさく思った事と、煙草の煙に対するフィーの抗議の怒鳴り声が飛んでくるまで続いた。




