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HEART Of STEEL  作者: ブッチ
第一章 業火の一振り
22/44

歪んだ正義

抜けている部分があったので、編集しておきました。時間が無かったからって、急いで更新するんじゃなかった…。

 エリア51中央制御室。長い間、人の介入を防ぎ、その存在を拒絶しつ続けてきたその部屋は、今は、応援として駆けつけたイージスの人々によって、臨時司令部の体を成していた。

 テントが張られ、作戦司令部や救護施設などが設けられており、今回の作戦の実態を知る、情報参謀部の人間が、忙しなく、動き回っていた。

 その一角の救護施設内で、アリスは俯いたまま、パイプ椅子に腰掛けていた。その隣には、神妙な顔つきのハロルドが、コーヒー入りの紙コップを二杯持って、立っていた。


「飲むか?インスタントだが、案外、美味いもんだぜ?」

「…ありがとう」


 アリスは呟く様に答えると、ハロルドから紙コップを受け取る。だが、口は付けずに、紙コップをじっと見つめながら、ハロルドに問いかける。


「何で、アイツは…、あそこまで…?」


 言葉こそ少ないものの、アリスの求めている答えが、何なのかを理解したハロルドは、溜め息を一つ吐くと、紙コップをテーブルに置いて、神妙な顔つきのまま、口を開く。


「そうだな…。答えてもいいが、その前に一つ、訊かせてくれ。この後、お前はどうする気だ?」

「私は…」


 アリスはそこで言葉を切り、少しも間、迷っていたが、覚悟を決めると、コーヒーを一口飲んでから、ハロルドの問いに答える。


「イージスに残る。確かに、イージスの考え方には同調出来ないけど、だからって、辞めたから、それが変わる訳でもない。だったら、残って、少しでも、そんな犠牲は減らしてみせる。その為なら、地上職員だって、エリアチーフにだってなってやる」

「…そうか」


 ハロルドはアリスの答えを聞くと、テーブルの上の紙コップを手に取り、飲み干してから、口を動かし始めた。





「まったく、貴様という奴は!危うく、約束から一時間掛からずに、私は死ぬところだったぞ!」

「生きてんだから、文句言うんじゃねぇよ。これでも飲んで、リラックスしな」

「ん?なんだ、これは?」


 フィーはケビンから紙コップを手渡されると、不思議そうに、紙コップの中のコーヒーを覗きこむ。

 ケビンとフィーは、作戦司令部への報告を済ませた後、中央制御室の隅っこの方で、忙しなく動く、情報参謀部の人間達の邪魔にならない様に、大人しく座り込んでいた。

 ケビンの右頬には、治療の後があった。今は出血はしておらず、治療用のガーゼが貼られていた。

 あの時、叫び声と共に放たれた弾丸は、ケビンの頭を吹き飛ばす事は無く、頬を掠める程度で済んでいた。その後、アリスが二発目を放つ事は無く、アリスは、そのまま目に涙を浮かべながら、地面に崩れ落ちてしまった。

 そして、その数分後。援軍の到着によって、地上は完全に制圧され、地下施設の制圧、及び調査の為に、援軍の職員が地下に降りてきて、今に至る。

 援軍が来ると、アリスはそのまま、ケビンから離れてしまい、ハロルドもそれに付いて行ってしまったので、仕方無く、ケビンはフィーを連れたまま、援軍の指揮官に、報告に向かった。そして、今回の一件の大体の経緯と、フィーの正体について報告し、作戦指令部を後にしたのだった。


「しかし、まさか、ハンスチーフが前線に出てくるとは、驚きだったな」

「うぇ…。な、何だこれは…!?け、ケビン・カーティス…!貴様、まさか、私に毒を…!」


 コーヒーを飲んで、悶絶している、フィーを無視して、ケビンは作戦司令部で出合った人物の事を思い出す。

 途中で衛生兵を捕まえて、傷の手当をして、作戦司令部に入ったケビンは、そこで予想外の人物と出会っていた。それは、嘗ての上司であり、地下四階エリアチーフの、ハンス・ゴールディングだった。


「一年以上会って無かったが、全く変わってなかったなぁ」

「お、おい!ケビン・カーティス!げ、解毒剤を…!」


 ケビンは、最初に出合った時と殆ど変わっていない、ハンスの姿を思い出して、感傷に浸る。

 G・S乗りだった割には、やや細身の体付きに、男としてはかなり長めの黒髪。鋭い目つきに、不精ひげを生やした、スーツよりも、白衣や、いっその事、ドラキュラの様な格好の方が似合う容姿をした、三十代の男性であった。

 話し方が、丁寧なものの、どこか、相手に冷たい印象を与えるのも、その一因であるといえ、事実、フィーなどは、一睨みされただけで、ケビンの後ろに隠れてしまった。


「あの見た目で、美人の奥さんと、かわいい子供がいるんだから、世の中、分かんねぇよなぁ」

「お、おい!聞いているのか、貴様!?」

「ん?何、ブサイクな面してんだ?」


 我慢出来なくなったフィーが、ケビンの肩を揺らす事で、ようやく、今のフィーの状態に気付くと、呆れた目つきで、ケビンはフィーを見る。当のフィーは、コーヒーがよっぽど苦かったのか、半泣きの状態で、ケビンを恨めしそうに睨んでいた。


「その“ブサイク”っていうのが、どの様な意味なのかは知らないが、今はそんな事はどうでもいい!き、貴様、私に毒を盛ったな!?」

「…コーヒー一つで、死にかけてんじゃねぇよ…」

「と、とにかく、その“コーヒー”とやらの解毒剤を渡せ!今はまだ大丈夫だが、いつ、更なる変化が起きるか…!」

「…騒がしい奴だな、お前」


 本気で泣き出しそうになっているフィーを見て、ケビンは呆れながらも、何か甘いものが無いか、考えたところで、自分の手に、砂糖の袋が握られていた事に気付く。


(あ~、あんまりにも懐かしかったんで、物思いに耽りすぎてたのか?それとも、“予定と違って”生きて、任務を遂行出来たから、気が抜けてるのか?)


 コーヒーに入れる為に、砂糖を持っていた事すら失念していた自分に、ケビンは苦笑する。そして、いい加減に苦味にも慣れているだろうに、騒ぎ続けるフィーに、砂糖を差し出す。


「これ舐めて、少しは落ち着け」

「おお!それが解毒薬か!は、早くよこせ!」


 フィーはケビンの手から、砂糖の入った袋をひったくると、悪戦苦闘しながらも、袋の上部を破いて、粉状の砂糖を手に出す。


「ど、どれくらい服用すれば…?ええい、どうにでもなれ!」


 フィーは何やら覚悟を決めると、手の上に出した砂糖をそのまま口に放り込む。少しの間目をつぶっていたが、ゆっくりと目を開き、よく分からないが、幸せそうの表情になる。


「これは…、なんと言うか…。け、ケビン!他には無いのか!?」

「マジかよ、お前…」


 砂糖を気に入ったのか、必死にケビンを揺らして、砂糖を催促するフィーを、信じられない物でも見る様な目つきで見る、ケビン。

 暫くそんな事をやっていると、防弾アーマーにヘルメットを被った兵士が、ケビン達の所にやって来る。兵士を見つけたフィーは、体を強張らせるが、ケビンはそんなフィーの頭を軽く叩くと、立ち上がって、兵士に近づく。


「どうかしましたか?」

「地下三階チーフ、シルヴィア・ヴァレンタイン殿から通信が入っています。そちらの少女も、御同行願います」


 兵士は丁寧な口調でいうと、着いてくるように手で指示して、歩きだす。ケビンはそれを確認すると、フィーを手招きして、こちらに呼び寄せる。フィーは一瞬、躊躇したものの、走ってケビンにしがみつく。ケビンは少し驚きながらも、苦笑して、フィーの頭を撫でると、兵士の跡に続いた。





「…それが、アンタ達が隠していた、最後の秘密。そういう事で構わない?」

「あぁ。これ以上は、俺の知る限りでは、もう何も無い」


 アリスはハロルドの答えを聞くと、盛大に溜め息を吐く。


「はぁ…。やっぱり、気に食わないわ、イージス(この組織)


 ハロルドがアリスに語った事は、今回の作戦について、唯一、アリスに話していない事だった。

 それは、現場の職員との、一部の人員を除いての、通信の切断であった。

 今回の様な、情報参謀部が行動に移る前の作戦においては、イージスの本懐を知らない人間を起用する。元々、捨て駒として扱う以上、当然のことながら、現地の職員は、情報を満足に伝えられておらず、冷静さを失ったり、パニック状態に陥る者が非常に多い。そのような状態の人間に一々対処する事は、作戦行動に支障をきたすとして、作戦中は、G・Sやヘルメットに内蔵されているカメラが捉えた映像や音声、通信の内容などを受信するものの、現場の人間の通信には、一切答えない事になっている。しかし、誰一人として、作戦の実態を知る者が居ないと、現場の人間が作戦の実態に気付いたり、それによって、作戦が遂行不可能になりかけても、止める人間が居ない為、作戦の実態を知る者を、何人か潜り込ませ、状況に応じて、作戦の遂行の為に、さまざまな不測の事態に対応させている事。そして、今回、その役目を担っていたのが、自分とケビンだという事だった。


「あの時、俺とケビンには、あのガキの保護命令が出ていた。あいつが譲らなかったのは、その為だ」

「…どうして、アンタは話してくれなかったの?」


 アリスの問いに、ハロルドは、どこか照れた様に答える。


「俺自身は、お前の復讐に賛成だったからな。お前にこの事を話しても、お前は引き下がらないだろうと思ったし、なら、話さないほうが、アリス・フローレンは上層部の意向を知らなかった、という理由で、罪には問われないからな。まさか、あんな展開になるとは、思ってもみなかったが

「…ありがとう。でも、それじゃあ、アンタが罰せられるんじゃない?」

「何、構わんさ。俺は元々、そこまでイージスに忠誠を誓ってる訳じゃないからな」


 アリスの感謝の言葉に、ハロルドはあっさりとした口調で答える。

 アリスはクスリと笑ってから、少し、表情に影を落としながら、ハロルドに問いかける。


「でも、ケビンは違った。そうよね?」


 そう訊ねたアリスの表情は、再び、曇っており、どこか、悲しげだった。

 ハロルドは、アリスの肩に手を乗せると、言い聞かせる様にして、アリスの問いに答える。


「確かに、あいつは俺と違って、イージスに対し、かなりの忠誠心を持っている。だけどな、お前の事を軽んじているかといえば、そうじゃない」

「どうして、そう思うの…?」


 ハロルドに訊き帰すアリスは、口調こそ、納得がいかないときのものであったが、その目には、ハロルドが語ろうとしている理由に、自分の考えが間違っていると、証明される事を望む、彼女の縋る様な思いが、ありありと宿っていた。

 ハロルドはそんなアリスの目を見て、軽く笑うと、彼女の望んでいる事を話し始める。


「実はな、俺達がケビンと合流する、少し前…、恐らくは、奴があのガキと出合って、司令部に連絡を入れた時だろうな。俺の所にも連絡が来て、あのガキの保護命令が出された。その際、お前についても言及されててな。お前が私怨に走って、あのガキを殺そうとした場合、射殺してでも阻止しろ、ってな」

「なっ…!」


 アリスはハロルドから語られた事実に、驚きのあまり、言葉を失う。自らの知らない所で、勝手に自分の殺害命令が下されていたのだから、当然とも言える事であった。しかし、その後のハロルドの言葉で、その驚きは、別のものへと変わる。


「だがな、アリス。あの野郎はお前を撃たなかった。あいつの足元には、銃が転がっていたのに、拾う素振りすら、見せなかった」

「あっ…」


 ハロルドの言葉で、アリスはその時の状況を思い出す。

 護身用のサブマシンガンはケビンの足元に落ちており、フィーを庇いながらでも、充分に拾える位置にあった。にもかかわらず、ケビンは銃を拾う事は無かった。


「ど、どうして…」

「多分だが、奴は“オールイン”を狙ったんだろ」

「“オールイン”…?」


 ハロルドの言葉の意味が理解できず、アリスはハロルドに訊き帰す。ハロルドは小さく笑うと、その問いに答える。


「お前とあのガキ、どっちも助ける、ってとこだろうな。だから、銃を拾わずに、終始、対話のみでお前に立ち塞がった。しかし、お前が止まらないと考えたからだろうな。だから、お前に自分を撃たせるように仕向けた」

「ど、どうしてそうなるのよ!?」


 アリスは訳が分からずに、ハロルドに訊ねる。


「それはだな。お前があいつを殺せば、流石に動揺するだろ?恐らく、その隙に、俺にお前を止めさせるつもりだったんんだろう。現に、俺はそうしようとしてたしな」

「じゃあ、アイツは…」

「そうだ。最初から、お前の事も考えて行動していた。奴なりにな」


 ハロルドの話を聞き終えたアリスは、再び、俯いてしまった。そのまま少しの間、無言でいたが、俯いたままの状態で、アリスは小さく呟いた。


「あのバカ…」


 紙コップに残ったコーヒーに、波紋が生じたのと同時に口から零れた、その一言を聞いたハロルドは、小さく笑うと、救護施設を後にした。


(これであいつは大丈夫だろ。残る問題は、ケビン()の真意がどこにあるか、だな…)


ハロルドは小さく溜め息を吐くと、ケビンを探す為に、歩き始めた。




 作戦司令部の一角として設けられた小部屋。フィーをハンス達に預けケビンは、そこで小型のテレビぐらいの大きさのモニターを介して、シルヴィア・ヴァレンタインと連絡を取っていた。


『任務ご苦労、ケビン。こっちでも見させてもらってたけど、大した働きぶりね。支部長殿も、情報参謀部に推薦したいぐらいだと仰ってたわ』

「褒めすぎですよ。それに、あそこに入るには、G・Sの操縦技術も必要でしょうが。俺には無理ですよ」

『あら、分からないわよ?G・S乗りに拘らなければね』

「冗談は止めてくださいよ」


 いきなり飛んできたシルヴィアの賞賛に、ケビンは照れ臭そうに対応する。シルヴィアは何やら、楽しそうな笑みを浮かべながら、話を続ける。


『でも、実際、この状況を見てた情報参謀部の人間も、結構、アナタの事を気に入ったみたいよ?なんたって、対象はおろか、あの状況で、アリスを殺さずに済ませたのだからね。“オールイン”を叩き出したのよ、アナタは』


 まるで、プレゼントの中身を楽しみにしている子供の様に話すシルヴィアに、ケビンは照れ臭そうな様子のまま、シルヴィアに告げる。


「いや、実際は違いますよ。あそこで“アリスが俺を撃ち殺して、ハロルドがあのガキを守る”で、“オールイン”です」


 その答えを聞いたシルヴィアは、より一層、楽しそうにケビンに問いかける。


『アナタの性格からして、あそこで彼女を撃たないのはおかしいと思ったけど、間違ってなかったみたいね。どうしてそうなるのか、理由を聞かせてもらえるかしら?』


 シルヴィアの問いに、ケビンは頷くと、まるで、当たり前のこと事でも話す様に、アリスを撃たなかった理由を語り始める。


「一言で言えば、“勿体無かった”ですかね」

『勿体無かった?』

「ええ」


 ケビンは、シルヴィアの問いに短く答えると、息を整えてから、話を再開する。


「あいつは強くなりますよ。いずれは、地上職員になる程に」

『あら、随分と褒めるのね』

「チーフこそ、ある程度、見込みがあったから引き込んだんでしょう?」

『まぁ、地下一階ぐらいは簡単になりそうだとは思ったけどね。でも、地上職員っていうのは、考えすぎな気がするけど?』


 ケビンの考えに、シルヴィアは疑問をぶつける。

 なぜなら、コロニー・ムスタフのイージスにおける最強である、地上職員は、地下職員とは強さの次元が、まるで違うからだ。

 その強さは、地下一階職員が、化け物呼ばわりする程である。その選定基準は非常に厳しく、単独で、G・S一個中隊に匹敵する実力を有して、何とか選ばれる程だと言われている。その為、数は非常に少なく、合計で三人。コロニー・ムスタフ設立からの三十年で考えても、現役を入れて四人という少なさえある。その為、シルヴィアがケビンの見解に疑問を持ったのも、自然な話であった。


「いや、あいつなら地上職員になりますよ。間近であいつを見て、そう感じました」

『そう。あなたがそう思ったのなら、それでいいわ。でも、それなら、脚でも撃てば済む話だと思うけど?』

「いや、俺を殺してもらわないと駄目なんですよ。あいつの実力をイージスの為に、完璧に役立てるには」


 シルヴィアの問いに、ケビンは普段と全く変わらない調子で答える。


「あいつが普通に地上職員になったんじゃ、あいつが、本当の意味でイージスに尽くす事は、有り得ないでしょう?」

『恐らくは、そうでしょうね』


 その力の強大さから、地上職員はイージスにおいて、一種の特権階級となっている。仕事が殆ど回ってこないにも関わらず、高額の給料を貰っていたり、豪華な設備を利用できているのが、その証明である。

 その為、地上職員は基本的にプライドが高く、若干ながらの、選民思想も持っている。故に、イージスの思想である、“自分を含めた、あらゆる犠牲を問わない精神”と相容れず、今回の様な裏の仕事を任せられる人間はおろか、イージスの実態すら知らされていない。これは、もし、彼らが実態を知ってイージスに反旗を翻す様な事があれば、一個中隊相当の個人が、何の鎖も付けられずに野放しになる可能性を危惧しての決断であった。


「地上職員はイージスの考え方に賛同しない。これは、イージスの、地上職員に対する対応のせいで生じている。そう考えて、間違いはないですよね?」

『ええ、そうね』


 シルヴィアはケビンの意見に賛成する。それを聞くと、ケビンは話を続ける。


「だったら、自分が地上職員だと自覚する前に、“こちら側”に引き込めばいい。そうでしょう?」

『へぇ、つまり?』


 ケビンの言葉にぶっきらぼうに答えたシルヴィアは、既にケビンの考えに気付いているのか、楽しそうな笑みを貼り付けながら、モニター越しにケビンの言葉を待っている。


「だから、俺はあいつに殺される必要があった。あいつが俺を殺せば、あいつの心は壊れる。仲間を殺したという事実に耐え切れずに。そうなれば、後はチーフに任せます。自分の行為の重さに耐え切れずに、潰れかかってるガキ一人、“こちら側”に引き込むなんて、朝飯前でしょう?それに、一度経験してしまえば、次からは躊躇もなくなる。“こちら側”に引き込んでから、身内を犠牲にする作戦などに対する躊躇を無くす過程を無視して、即戦力として扱える。情報参謀部初の、地上職員が誕生という訳です」


 ケビンはそこまで話すと、言葉を切って、シルヴィアの返答を待つ。シルヴィアは暫くの間、押し殺した様に笑っていたが、何とか笑いを引っ込めると、ケビンに質問する。


『確かに、それは魅力的な事だけど、彼女が地上職員になるとは、決まった訳じゃないのよ?』

「それでも構いませんよ。少なくとも、地下一階職員になるのは、ほぼ間違いないでしょう?地下三階職員()の命一つで買えるなら、最高ではありませんが、充分にいい買い物でしょう?」


 ケビンはシルヴィアの問いに、スラスラと答える。まるで、自分のやっていた事が、当たり前だとでも、言いたげに。


『アナタを殺した後、彼女が対象を殺害する可能性もあったわ。それに関しては?』

「それに関しては申し訳ありませんが、ハロルドに任せる以外は無策でしたよ。俺の力じゃ手が回せませんでした。でも、上層部は、あのガキに大した価値を見出していないんでしょう?少しの間、行動を共にしましたが、あれじゃあ、丸っきり人間のガキです。あれなら、はっきり言って、俺の命と一緒に支払っても、構わないでしょう」


 シルヴィアはケビンの意見に、少し驚いた様な表情をみせてから、小さく笑いながら、ケビンの問いに答える。


『ええ、その通りよ。アナタ達との行動を観察して、私達は対象の価値はかなり低いと判断したわ。やはり、道具に感情なんて持たせるもんじゃないという事ね。コンピューター特有の合理的思考を、感情が食い潰している。はっきり言うと、不良品よ、あれは』

「じゃなきゃ、こんな所に放置されてないでしょうしね」


 二人は言葉を切ると、モニター越しに互いに小さく笑い合う。その光景は、先程までのケビンのフィーに対する態度を考えれば、狂気すら感じられた。


「でも、実際の所は、俺は死ななかったし、アリスも俺を殺しませんでした。あのガキの命は助かりましたが、結局、一番肝心の所は成し得なかった。どっちかっていうと、俺の負けですね。“オールイン”なんかじゃ、全然ありませんよ」

『確かに、そう考えれば、アナタの負けね。ところで、一つ訊きたいんだけど、どうして、アリスはアナタを撃つだろうと考えたのかしら?人を殺す一線というのは、そう簡単に越えられるものではないわ』

「それはですね。多分、あいつは一度、人を殺してるでしょうからね。それも自分の親を」


 シルヴィアの問いに、ケビンは何でも無い事の様に答える。シルヴィアはより楽しそうな表情でケビンに質問する。


『あら、そんな経歴は彼女には無かったと思うけど?』

「正直な話、憶測にすぎませんよ。チーフから貰った、あいつの経歴の中に、あいつの両親が死んだ事故の事もあったんですけど、両親の死因が、頭部の強打とあるんですよ。」

『何かおかしいことでも?』


 シルヴィアの問いに、ケビンはゆっくり頷くと、話を再開する。


「致命傷の位置は、父親が額の部分、母親が後頭部なんですが、致命傷以外にも、複数の打撃痕があるんですよ。それも、致命傷の近くに。形も深さも、致命傷とよく似た状態の物が、何個も」

『それで、彼女の両親は他殺だと?』

「えぇ。もしかしたら、アリスの手で殺されたんじゃないかと思いましてね。あの事件の生き残りはあいつだけでしたし。子供の腕力なら、大人を殴り殺すのに、それなりに殴り続ける必要があると思いましてね。それで、気になって、決闘の日に、アリスとハロルドが居たガレージの監視カメラの映像を調べてみたら、それらしき言葉も出てきたので、あながち、間違いじゃないと思いましてね」

『あら、彼女とハロルドが一緒に居た、なんて話したかしら?』

「いきなり態度が変わってたんですよ?少し考えれば、何かあった事ぐらい、予想が付きますよ」


 ケビンは、わざとらしく首を捻るシルヴィアに、少し呆れた様子で言葉を返す。シルヴィアは「それもそうね」というと。面白そうに微笑む。


「とにかく、自由の為に、自分の親を一度殺しているのだから、追い込めば引き金を引くだろうと考えたんですよ。それに、例の機体への執着心から、復讐心もそれなりにあると思いましてね」

『そこは残念だったわね。彼女は復讐よりも、裏切りや死で仲間を失う方が嫌だったみたいよ?』


 シルヴィアの言葉を聞いたケビンは、小さく舌打ちをして、頭を掻き毟る。そんなケビンを見て、シルヴィアは楽しそうな調子のまま、話を続ける。


『最後のアレも余計だったわね。“強い子だ”ってやつ。あれのせいで、彼女はアナタを殺せなくなったみたいだし』

「あれは、あいつが外してから、やっちまった…、と思いましたよ。ハロルドとの会話から、死んだマーカス・レインの言葉らしかったんで、俺を殺した時、ショックが大きくなるだろうと思って言ったんですけどね。クソッ、完全に裏目に出ましたよ。俺を殺したところで、あいつがどれだけ傷つくか、いまいち分からなかったから言ってみたんですが、それで殺せなくなるとは…」


 本気で残念がっているケビンを見て、笑いそうになるのを堪えながら、シルヴィアは何とか口を開く。


『確かに、アレは失敗だったわね。ところで、例の“不良品”はアナタに随分懐いてるみたいだけど、どうするの?」


 シルヴィアは話題を変えて、ケビンにフィーをどうするのかについて訊ねる。


「イージスの方では、どうするつもりなんですか?」

『そうね。はっきり言うと、興味が無いみたいよ。アレに使われた技術も、今の世の中じゃ、意味の無いようなものだし』


 ケビンはシルヴィアの答えを聞くと、少し安心した様子で、シルヴィアに問いかける。


「じゃあ、俺が預かってもいいですかね?」

『まぁ、不可能じゃないと思うけど、どうしてかしら?』


 ケビンの口から出た言葉に、シルヴィアは不思議そうに訊ねる。それに対し、ケビンは今までと全く変わらない口調で答える。


「あいつと約束しましたからね」

『あぁ、あの小っ恥ずかしい約束?まさか、守る気なのかしら?』


 シルヴィアは驚いた様に、ケビンに訊ねる。ケビンは頷くと、少し照れながらも、口を動かす。


「いや、まぁ、確かにそうですが、約束は約束ですし、ああして、この世に生まれた以上、人として生きる権利はあるでしょう?」


 シルヴァアは少しの間、呆れていたが、溜め息を吐くと、ケビンの頼みを受け入れる。


『分かったわ。そういう処置にするように提案しとくわ』

「有難う御座います」


ケビンはそう言うと、敬礼をする。シルヴィアはその様子を呆れた目つきで見ていたが、引きつった笑みを浮かべながら、ケビンに告げる。


『今気付いたのだけれど、アンタ、ハッキリ言って、狂ってるわ』

「…チーフがそういうのならば、そうなんでしょうな。まぁ、そうだとしても、大した問題はないでしょう?」

『…そうね。それがイージスの為になっている間はね』

「それで秩序が守られているもなら、悪い気はしませんよ」

『“不良品”によろしくね。通信終了』


 その言葉と共に、シルヴァアとの通信は切れ、モニターからも映像が消える。

 ケビンは小さく伸びをすると、個室を後にしたのだった。

ハンスとの会話とか、色々書きたかったんですけど、長くなりそうなので省きました。次の話でちらほら書けたらいいな~、と思います

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