復讐と義務、そして、覚悟と狂気
「アンタにしがみついてる、その子。一体、何者なの…?」
そう訊ねる、アリスの表情は、ケビンとハロルド、二人が見てきたアリスの表情の中で、最も恐怖を感じさせる表情であった。
ヘルメットを外している、彼女の表情は、無表情ながらも、怒りや憎しみ、そして悲しみなどの負の感情を、ケビン達に物語っていた。
アリスは、ケビンにフィーの事を訊ねながらも、彼女の持つサブマシンガンの銃口は、ピッタリとフィーに合わせられていた。そして、その事は、アリスがフィーの正体に予想を付けている事を意味していた。
(さてと、ここまでは、予想通り…。“賭け金”も張り終え、“ルーレット”は周り始めた…。後は、“オールイン”が出るように、ディーラーを誘導するだけ…、か…)
ケビンは、アリスに見られないように、口元を小さく歪ませると、フィーがパニックを起こさないように、フィーに向かって、軽くウインクをする。
それを見たフィーが、小さく頷いたのを確認すると、ケビンは口を開く。
「誰って、ここで倒れてたからな。保護したのさ。お前こそ、どうしたんだ?随分と怖いカオの上に、銃のマズイ方が、こっちを向いてるぜ?」
「…そう。なら、いいわ。ケビン、そいつから離れなさい。今すぐに」
アリスはケビンの問いに答える事は無く、ただ淡々と要求を告げる。
「オイオイ、少しの間、会わなくなったと思ったら、前にも増して、偉そうになったな。いつの間に昇進したんだ?ん?」
だが、ケビンはアリスの要求を、小馬鹿にした態度で拒否する。
ケビンは、首を竦めながらハロルドの方を見るが、ハロルドは険しい表情を浮かべたまま、ケビンとアリスを見つめているだけだった。
(今のところ、ハロルドは何かする気は無い、か…)
「ケビン。もう一度言うわ。そいつから離れなさい」
ケビンがハロルドの様子を窺っていると、再び、アリスが、フィーから離れる様に言い出す。ただし、今回は、言葉の端々に苛立ちが籠められていたが。
(お、おい!大丈夫なのか!?)
その事をフィーも感じ取ったのか、アリスに聞こえない様に、小さな声で、ケビンに訊ねる。
ケビンは、不安そうに自分を見上げている、フィーの頭を、軽く叩くと、先程以上に、挑発的な態度で、アリスに対応する。
「だから、何様のつもりだ、って言ってるんだよ、ボケガキ。テメェは、いつから、俺に命令できる程、偉くなったんだ?仇討ちに夢中になりすぎて、常識ってヤツを、糞と一緒に、便器の中に置き忘れてきちまったのか?」
「オイ、ケビン!少し…」
そのケビンの物言いに、ハロルドが口を出そうとするが、言い切る前に、アリスの怒鳴り声が、響き渡る。
「いいから、退けって言ってるでしょ!さっさと、退きなさいよ!」
アリスの怒鳴り声を受けて、三人は三者三様の態度で、沈黙を貫く。
ケビンは無表情。フィーは怯え、ハロルドは苦虫を噛み潰した様な顔で。そして、その沈黙は、ケビンによって、破られた。
「…理由を説明しろ、って言ってるんだ。お前が、このガキを殺そうとする、理由をな」
ケビンは表情のまま、アリスに問いかける。アリスは、少しの間の後に、サブマシンガンを向けたまま、ケビンの問いに答える。
「そいつが、此処の中枢なのよ…。そいつが、マーカスを…、皆を殺したのよ…」
「…どう見ても、人間にしか、見えないけどな?」
ケビンは首を竦めて、ハロルドに視線を送り、説明を促す。ハロルドは一秒ほど、ケビンを睨みつけていたが、軽く、息を吐いてから、説明を始める。
「アリスの言う通り、そいつが、此処の中枢だ。ここで研究されていた技術を使って、今はそのガキの体に逃げ込んでるがな」
「此処で研究されれていた技術?何なんだよ、それ?」
ケビンはハロルドの説明に対し、若干、わざとらしく質問する。それに対し、アリスの表情に苛立ちが浮かぶものの、アリスが何か言い出す前に、ハロルドがケビンの質問に答える。
「何でも、プロジェクト・レプリカントとかいう技術で、人工的に造り上げた人間の体に、人工知能を移し変える技術らしい。俺達が中枢に辿り着いた時には、既に実行されていた。俺達が入手した資料に載っていた地図でも、この場所は、その技術に使用する人工人間の生産ラインだと記されていた。タイミングから考えても、お前にしがみついている少女が此処の中枢であるのは、間違い無い」
「そうとは限らねぇだろ?偶然、此処に迷い込んだ、民間人かもしれねぇぜ?」
「それじゃあ、後ろのカプセルが空の理由と、その子が身に着けてる物が毛布だけ、っていうのは、どう説明するんだ?」
「………」
「お、おい!何を黙ってるんだ!な、何か言い返せ!」
ハロルドの言葉を受けて、黙り込んでしまう、ケビン。その様子を見て、フィーが必死になって、否定させようとするが、ケビンの口は、堅く閉じられたまま、開かない。
「分かったでしょ。だったら、早く、そいつから離れなさい」
黙ったままのケビンに、アリスは淡々と告げる。しかし、ケビンが動く事は無く、そのまま、時間だけが過ぎていく。
「いい加減にしなさいよ!そいつは人間じゃないし、生きる資格も無い、って事が、まだ分からないの!?」
遂に、我慢が限界に達したのか、声を荒げる、アリス。すると、ケビンが、まるで呟く様にして、口を開く。
「生きる資格、ね…」
「何よ。なにか間違った事、言ったかしら?そいつが生きていても、害悪しか生じない。これを見れば、アンタでも理解出来るわ。そいつが、どんなに危険なのか」
アリスはそう言うと、ハロルドから書類を受け取り、ケビンの足元に投げる。
ケビンは書類を一瞥してから、ハロルドに視線を移すと、ハロルドは小さく頷く。それを確認したケビンは、小さく笑うと、足元の書類を踏みつける。
「な、何するのよ!?」
アリスが驚いて、声を上げるも、ケビンは一切気にせずに、書類を踏み躙り、破いてしまう。その様子を、驚愕の表情で見ている、ケビン以外の三人を尻目に、ケビンは余裕のある声で話し始める。
「生きる資格なんて、お前が決められる事じゃないだろ?ましてや、こんな紙切れが決められる事でもない」
「な、何言ってんのよ!本当にそいつは危険なんだってば!生かしておいたら、また、誰かが傷つくに決まってる!」
声を荒立てて、ケビンの言葉を否定するアリスに、ケビンは調子を全く崩さずに、話を続ける。
「だが、現にこいつは、俺を傷つけていないぞ?今のこいつは、ただのガキだ。肝っ玉の小さい、妙に偉そうな口調のな」
「そんな訳無いでしょ!そいつは人間を恨んでる!それも、尋常じゃない程に!そんな奴が、人間に対して、何もしない訳ないでしょ!アンタは、ただ利用されているだけなのよ!」
「こいつが知ってる、“人間”っていうのは、こいつを造ろうなんて考えた、頭の螺子がユルユルの変人と、元々、殺そうと思って、やって来た奴ぐらいだろ?だったら、こいつは人間の事を、一割も理解していない。もっと多くの人間と接すれば、考えも変わるさ。知ってるか?思想とか生き方なんてのは、案外、他人から見れば、どうでもいい事で変わっちまうんだぜ?」
「だから、そいつは人じゃない!アンタが何を考えていようが、そいつはアンタを利用するだけ、利用したら、アンタの事なんて、簡単に切り捨てる!機械なんかが、人の愛情を理解する訳が無い!」
「上等じゃねぇか。“それ”をさせないのが、男の腕の見せ所だろ?それに、こいつは確かな感情を持ってる。だったら、理解できない筈が無い」
「…この分からず屋…!」
何を言っても、余裕の表情のまま、フィーから離れようとしないケビンを、アリスは恨めしそうに見つめる。
一方のケビンは、溜め息を吐くと、アリスに問いかける。
「第一、そんなに、このガキが危険だと言い張るのなら、俺ごと撃てばいいじゃねぇか。ん?」
「ば、馬鹿言うんじゃないわよ!出来る訳ないでしょ!」
ケビンの言葉に驚いて、動揺する、アリス。
ケビンは、なおも余裕を崩さずに、アリスに問いかける。
「別におかしい事じゃないさ。このガキの存在が、本当に人類にとって害悪にしかならないのなら、何としても、殺すべきだし、それを妨害する存在は、殺してでも排除するべきだ。違うか?」
「そ、それは…」
「幸いな事に、今、お前の銃口の先に居るのは、政府の用心でも、天才的な頭脳を持った科学者でも、圧倒的なカリスマ性を持った英雄でもなければ、一騎当千の兵でもない。ただ、平凡な家庭に生まれ、それなりの幸福と、それなりの不幸を経験し、特別でも何でもない、当たり前の義務をこなしながら生きてきた男が居るだけだ。大した力も無く、血反吐を吐いて努力しても、思う様にいかず、無駄な事や失敗ばかりしながら、“当たり前”の事ですら、全力でやらなければ、やり遂げられない。その上、たった一つの事しか、こなす事が出来ず、他の様々なものを切り捨てて、ようやく、その“義務”を果たしている、大して価値の無い男が、一人居るだけだ。どちらが重いかは、考えるまでもないだろう?」
「な、何言ってるのよ…。アンタを殺すなんて…、無理に決まってるじゃない…。それに、アンタは…」
ケビンの口から語られる言葉に、動揺しながらも、必死に地底する、アリス。サブマシンガンを握る、彼女の両手は、動揺からか、小刻みに震えていた。
ケビンは、そんなアリスの言葉を遮って、今までとは違う、真剣味を帯びた口調で問いかける。
「だがな。撃つ前に、これだけはハッキリさせろ。お前は、何の為に、このガキを殺すんだ?」
「そ、それは…、そいつが危険だから…」
「もういい、アリス。銃を下ろせ」
アリスは動揺しながらも、ケビンの問いに答えようとする。しかし、それは、ハロルドの声によって遮られる。
「ケビンも、いい加減にしろ。お前の意思は、確かに尊重してやりたいが、このままじゃ、本当にこの中から、死人が…」
「黙ってろ、ハロルド。俺は今、アリスと話してる」
何とか穏便に事を運ぼうと考えていた、ハロルドだったが、ケビンの言葉で我慢の限界に達したのか、声を荒立てて、ケビンに食ってかかる。
「オイ、いい加減にしろ!お前が何を考えてるかは知らんが、こんな展開は…」
「…復讐よ」
ハロルドの怒声は、アリスの一言によって、遮られる。
「アリス…」
「色々考えたけど、やっぱり、危険とかそういう理屈抜きで、私はそいつが憎い。私がそいつを殺す理由は、何だかんだ言って、復讐の為よ」
「………」
自らの本音を語るアリスの言葉を、ケビンは黙って聞いていた。その様子を、フィーが不安そうに、ケビンにしがみつきながら、見つめている。
アリスはそこまで言うと、一回言葉を切ってから、ケビンを見据えて、ハッキリと告げる。
「だから、私はアンタを殺さない。復讐の対象以外まで殺すのは、ただの殺人鬼よ。私は、殺人者になる事はあっても、殺人鬼になる気は無いわ。分かったら、早くそこを退いて」
「………」
ハッキリと言い切ったアリスを、ケビンは少しの間、驚いた様に見つめていたが、やがて、溜め息を吐くと、少し残念そうに、語り始める。
「お前の考えは分かった。だがな、俺も譲る気は無い。俺はこのガキを死なせない」
「…アンタ、死ぬのが怖いんじゃないの?」
「さっきも言っただろう?非力な俺は、何かを成し遂げようと思ったら、ありとあらゆるものを差し出さなきゃならない。生への渇望も、自分の命も、俺はずっと、賭けの席に置きっぱなしだ」
「…どうしても、退かない気?」
「まぁな。それに、俺から言わせれば、俺を殺す事は、なんら不自然じゃない。もし、本当にお前が復讐を望むならな。いいか?俺はお前の敵だ、アリス。お前の育ての親を殺し、お前の元同僚を殺した、仇を守る、打ち倒すべき敵だ。お前の仇討ちを手伝うと言っておきながら、土壇場に来て、その仇に心を許した、裏切り者だ。このガキに殺された奴等の無念を晴らしたいと言うのなら、それを理解しろ、アリス・フローレン。そして、理解したのなら、引き金を引け。それが、復讐を望んだ、お前の義務だ」
ケビンの言葉を聞いたアリスは、苦悶の表情を浮かべる。そして、暫くの間、縋る様な目でケビンを見つめていたが、やがて、ケビンの意思が揺るがない事を理解すると、震える手で、銃口をケビンに向ける。
「分かったわよ…!そこまで…、そこまで言うんだったら、殺してやるわよ…!」
「オ、オイ!?やめろ、アリス!」
「や、やばいんじゃないのか!?ケビン・カーティス!?」
アリスの口から出た言葉に、ハロルドとフィーが、狼狽した声を上げる。だが、ケビンは一切動じずに、むしろ、満足気な口調で、アリスに語りかける。
「そうだ。それでいい。ただ、憶えておけよ?こんな事は、今回限りだと思ったら、大間違いだ。人にはそれぞれの思想や、環境がある。今まで親しかった人物が自分に立ち塞がるなんていうのは、これからも、しょっちゅうあるぞ?」
「なら、その度に、私は選択するわ。出来る限り、そいつを殺さない選択を。もう二度と、今回みたいな終わり方はさせない」
アリスはその一言と共に、銃の照準を、ケビンの頭に合わせる。
ケビンはアリスの言葉を聞くと、満足そうに笑った。そして、満足気な笑みを浮かべながら、アリスに告げた。
「お前なら、出来るかもしれないな。お前は“強い子”だからな」
その一言を聞いた瞬間。
「うあぁぁぁぁぁぁ!!!」
アリスの涙混じりの雄叫びが、空間に響き渡り、一発の銃声が、その叫びを掻き消した。




