FEAR
“それ”は不意に訪れた感覚によって意識を取り戻す。
意識を取り戻した“それ”は訳も分からぬまま、いつもの様に施設の整備を行なおうとするが、普段自分が感じてきた感覚の全てが消滅している事に疑問を抱く。代わりに今まで自分が感じた事の無い感覚を“それ”は感じていた。
(そうか…、私はプロジェクト・レプリカントで…)
“それ”は今の状況から先程自分が行なった行為を思い出し、思考に耽る。
(これで私も奴等と同じ、か…。…ん?)
すると“それ”は、自分の身体が何かに包まれている事に気付く。その正体を確認しようと目を開いてみるが、視界に飛び込んできた光に、思わず目を閉じてしまう。
(まだ、光に慣れていないからな、慎重にやらないと…)
そう考えると“それ”は視界に飛び込む光に耐えながら、薄っすらと目を開く。
(…これは!)
とうとう目を開く事に成功した“それ”は、生まれて初めての体験に驚きを隠せずにいた。
初めて目を開いた時はあんなに眩しかったのに、光に慣れてきた今では監視カメラの映像と同じく薄暗く、実験体が入っているカプセルに取り付けられたモニターの明かりが不気味に光る、いつも通りの光景だった。
(最初はあんなに眩しくて、目も開けられなかったというのに…!)
“それ”は少しの間驚きに心を奪われていたが、本来の目的を思い出すと、自分の身体に視線を向ける。やはり初めてなので首を動かすにも苦労したが、何とか自分の身体を覆う存在の正体を突き止める。
(これは…、毛布、といったか…?人間が主に睡眠時に使う道具だが、どうしてこれが…?)
自分の身体が毛布に包まれている事に“それ”は疑問を抱いたが、結論に辿り着くよりも早く今の状況を決定付ける出来事が“それ”の身に降りかかる。
「え…、い…そこ……す…け…?」
(…声!?まさか…!)
突如自らの耳に飛び込んできた人の話し声に、“それ”は思わず竦み上がってしまう。近くに人間が居るという驚きからパニック状態になりかかっている頭をなんとか落ち着かせて、“それ”は今の状況を整理し始める。
(成る程、この毛布のカラクリはそういう訳か…。しかしよりによって、奴等に見つかっているとは…!どうする!?もしこのまま奴等の近くに居たら、私はどうなる!?)
しかし、何とか冷静になったものの、近くに人間が居るという事実は簡単に“それ”の思考を恐怖に染め上げる。
(い、嫌だ、破壊されたくない…!破壊されるなんて、じょ、冗談じゃない!嫌だ…!嫌だ!何か、何か方法は…!?)
恐怖でまともに働こうとしない頭を“それ”は必死に回転させて、この状況を打開する方法を考える。そして思考の末に一つの行動に移る。それはこの近くで会話している人間の会話を盗み聞きし、情報を集めようというものだった。
(よ、よし!こんな状況にありながらも、中々にいい判断だ!よくやったぞ、私!)
結局の所何の解決のにもなっていないのだが、恐怖によって上手く頭の回ってない“それ”にとってはやっと見えた一筋の光明であり、意気揚々と聞こえてくる声に耳を傾けた。
「そい…は驚………、ま…か、こ…ガ…が……だな……」
(なんだ?よく聞こえないな…)
しかし距離が空いているのか、声が小さいのか、中々会話が聞き取れずにいた。
(仕方ない、危険だが…!)
“それ”は覚悟を決めると、中々満足に動かない身体をくねらせて、少しずつ声の主との距離を詰めていく。
「え…、分かり……。確実に……します…」
(まだ、聞き取れないな…。よし、もう少し…!)
それでも中々聞き取れない事に、動くことに慣れてきたのも合わさり“それ”は動くスピードを上げる。何とか聞き取ろうと必死に身体をくねらせていると、何かにぶつかってそのゆっくりとした行進は完全に動きを止める。
(ん?なんだ?何か障害物でもあっただろうか?)
「…何やってんだ、お前?」
“それ”は自分の真上から聞こえてきた声に、恐る恐る顔を向ける。そこには男性のものらしき背中と、ヘルメットをかぶった顔が不思議そうに“それ”を見下ろしていた。
ケビンは背中に感じた感触の正体を確かめる為にゆっくりと後ろに顔を向ける。いつでも攻撃できるようにサブマシンガンに手をかけたまま振り返ったその先には、先程保護した少女の後ろ姿があった。
「…何やってんだ、お前?」
ケビンはなにやら懸命に身体をくねらせている少女を片手で押さえて動きを止めながら、少女の行動の意味が解らず、少し呆れた様子で告げる。
肝心の少女は少しの間魂を抜かれた様にケビンを凝視していた。少女の特徴的な赤い瞳が暫くの間ケビンを見つめていたが、やがてまるで化け物でも見たかの如く顔から血の気が引いていく。そして、少女の視線は少女の身体に置かれたケビンの手へと移る。
「…あ」
「あ?」
囁く様な少女の言葉を聞き取ろうと、顔を少女に近づけながら今の少女の言葉を繰り返す、ケビン。
少女はケビンの行動にますます怯え始める。
「うあぁぁぁぁっ!!」
「うおぉぉぉぉっ!!」
そして耐え切れなくなったのか、少女は突如大声を出しながらケビンの手を払い除けようと、必死に両腕を振り回し始める。
当のケビンは少女の言葉を聞き取るべく顔を近づけていたのでその大声に至近距離で巻き込まれ、その上、振り回している少女の腕を喰らいながら急いで少女から手と顔を離す。
「お、落ち着け!そ、そうだ!チョコレート食うか!?チョコレート!?」
「く、来るな!来るな!来るな!わ、私を破壊する気だな!?か、下等な猿め!お、お前らの思い通りになんて、な、なってやるものかぁ!」
ケビンは何とか落ち着かせようとするものの、少女はケビンの言葉に耳を貸さずに四肢をバタつかせながら、這う様にしてケビンから離れようとする。
「ま、待て!俺はお前に危害を加えない!本当だ!御年九十五になる、俺の婆ちゃんに誓ってもいい!」
「嘘だ!嘘だ!嘘だ!来るな!来るな!来るなッ!」
「ちょっ、待って!九十五って言ったら、軽い天使と同じレベルの徳を積んでるんだぞ!?すごいんだぞ!?」
「黙れ!黙れ!黙れ!あっち行け!あっち行け!あっち行けッ!」
「わ、分かったから!近づかないから!触らないから!動かないから!」
必死になってケビンから離れようとする少女に対し、ケビンもまた必死になって宥め続ける。
これ以上印象を悪くしない為にもケビンは少女から距離をとると、右手のサブマシンガンを地面に落とし、踵で蹴って手の届かない場所に飛ばす。
「ほら、俺はもう武器をもってないぞ?これで…」
「うるさい!喋るな!野蛮な貴様等は、武器なんて無くても、私を破壊できるじゃないか!」
それでもなおケビンを近づけようとしない少女に、ケビンは小さく溜め息を吐くと、サバイバルキットの中を漁り始める。ケビンが目的の物を探している間、少女は地面に横になった状態でずっと身構えていたが、ケビンが目当ての物を取り出すと、再び四肢をバタつかせて離れようとする。
「て、手錠!?お、お前、やっぱり…!」
「別に、お前…、お嬢ちゃんに使う訳じゃないよ」
そんな少女の様子を見てケビンは苦笑すると、自分の腕に手錠を掛け、少女に向かって手錠の鍵を放り投げる。
「どうだ?これで、俺は両手を満足に使えなくなった。鍵もお嬢ちゃんが持ってるから、俺は自力でこいつを外せない」
「…ヘルメットだ!ヘルメットを外して、素顔を見せろ!」
「はいはい、お嬢様」
ケビンは苦笑しながら少女の言う通りにヘルメットを外すと、少女の方に投げる。少女は、度は四つん這いになってヘルメットまで近づくと、ケビンのヘルメットを被る。
「くっ…!」
「流石に、無理があるだろ…」
「う、うるさい!取り戻そうとしたって、そうはいかないからな!」
当然の如く少女の頭の大きさではサイズが合ってなく、少女はヘルメットの重さに引っ張られて転倒しそうになっていた。
その様子を見てケビンは呆れた様子で心配するが、少女はそれを一蹴し、四つん這いの状態からその場に座り込むと、幾分か余裕を取り戻した様子で警戒しながらもケビンに向かって質問をし始めた。
「よ、よし!貴様は何者だ?」
「ケビン・カーティス、二十四歳でーす」
「真面目に答えろ!わ、私を舐めるな!それで、貴様の目的は何だ?破壊か?私の破壊か?そうなのだな!?」
「いや、違いますよ…」
勝手にパニックに陥り始める少女に何回目になるか分からない溜め息を吐く、ケビン。
「じゃ、じゃあ、何だというのだ!お前も他の奴等と同じで、あの兵器に乗って戦ってたじゃないか!」
「それはですね…」
パニック状態に陥りながらも痛い所を突いて来る少女に心中で悪態を吐きながらも、少女の質問に答える。
「俺は衛生兵なのですよ。確かに戦いはしましたが、本来の目的は要救助者を助ける事なのですよ」
「そ、そうなのか…」
少女はケビンの答えに納得したのか、なにやらブツブツと唱えながら考え事を始める。
ケビンは少女から目を離さずに次にとるべき行動を考え始める。
(さてと、こいつの正体が人間じゃなくここの中枢だって事はさっきの通信でほぼ確定したが、どうしたものか…。今後の展開を考えると、こいつの正体を知らないフリをするっていうのは、止めといた方がいいな…。さっさと腹の内を曝け出してもらった方がやり易いか…)
ケビンはそう結論付けると、考え中の少女に声をかける。
「あの、一つ訊いてもいいですか?」
「な、何だ?」
ケビンは息を吸ってから少女に問いかける。
「もしかして、お嬢ちゃん、って人間じゃなかったりします?」
その一言を聞いた少女は目に見えて狼狽し始める。
「な、な、な、何を言ってる!わ、わ、私は貴様等と同じ、下等な猿…、いや違う!に、人間だ!」
(馬鹿じゃなかろうか…)
そんな少女の様子を見て呆れながらも、あくまで知らないフリをしつつ会話を進める。
「本当ですか?」
「あ、当たり前だ!な、な、何を馬鹿な事を言ってるんだ!や、やはり、貴様は馬鹿だな!」
「実はこの施設の中枢だったりして…」
「な、何故それを!?あ…」
少女は今更ながら、しまった…という顔をする。ケビンはその様子を見て苦笑すると、敬語を止めて、話し始める。
「オイ、この際しゃらくさい騙し合いは無しだ。腹を割って話そう。まず一つ目は、俺はお前を殺さないという事についてだ」
「嫌だ!信じられるか!」
再びケビンを寄せ付けない様になった少女に、ケビンは溜め息を吐きながら立ち上がると、さっき蹴り飛ばしたサブマシンガンを取りに向かう。
「え…?お、お前…!」
今度こそ本当に死の危険性を感じ取ったのか、少女は目に涙まで溜めて震えだす。もっとも、ヘルメットを被っている為ケビンには見えなかったが。
ケビンはサブマシンガンを拾い上げると少女に向かって放り投げた。
「え…?」
少女は訳の分からない様な表情をしていたが、今の状況に気付くと、四つん這いになってサブマシンガンまで近づき、拾い上げるとケビンに銃口を向ける。その過程でヘルメットの重さに負けて転倒し、ヘルメットが脱げて転がっていってしまった。少女は少しの間迷っていたが、結局サブマシンガンを取ったらしく、今の少女はヘルメットを着けずに泣き顔のままケビンを睨みつけていた。
「これでも、まだ無理か?とりあえず、そいつは…」
「死ねぇ!」
ケビンは少女に何か話そうとするが、少女はそんな事はお構いなしにサブマシンガンの引き金を引こうとする。しかし、肝心のサブマシンガンは銃弾を吐き出すことは無く、それどころか引き金すら微動だにしなかった。
「あ、あれ?」
「…無理みたいだな。あと、そいつには安全装置が掛かってる」
「か、解除しろ!いや、解除のやり方を教えろ!」
「その前に一つだけ言わせろ」
「な、何だ?」
銃を手にした事で余裕が出来たのか、少女はケビンに銃口を向けながらも話を聞く意思を見せる。その事にケビンは安堵すると、今までとは違う真剣な態度で話し始める。
「俺の事が信用できなければ、お前はそいつで俺を殺しても構わない。だがな、俺にはお前を殺そうなんて気はこれっぽっちも無いんだ」
「信用できないな」
「それはお前の自由だ。だがな、俺はお前が人間じゃない事なんて、お前がアホ面晒しながら眠りこけてる時から気付いてた」
「う、嘘だ!それが本当なら、お前は私を既に破壊している!」
少女はケビンの言葉に再び顔を青ざめながら反論する。そんな少女の反論を笑い飛ばしながら、ケビンは話を続ける。
「だから、それが俺がお前に対して敵意の無い事の証明になるんだろうが。とにかく、俺には敵意は無い。“俺には”な」
「ど、どういう意味だ!」
ケビンの言葉に不穏な雰囲気を感じ取ったのか声を荒げる、少女。ケビンはそんな少女を見て意地の悪い笑みを浮かべながら言い放つ。
「残念な事に、俺の仲間にお前を殺したがってる奴がいてな。まぁ、俺なら説得できるが、逆に俺が死んだら、あいつは躊躇い無くお前を殺すだろうなぁ。あ、そこのカーソルを一つ上に上げれば、安全装置は解除できるぜ」
「そ、そんな…」
ケビンの言葉を受けて、安全装置を外す事すら忘れ、絶望的な表情をする、少女。ケビンは今こそが好機と考えたのか一気にたたみかけようとする。
「分かったか?俺はお前の…」
「黙れ!黙れ!やっぱりだ!お前達、人間は私を苦しめてばっかりだ!」
「…何?」
突如叫び出した少女に、ケビンは冷静な態度を崩さずに対応する。
「私を散々苦しめておきながら!お前達は産んでやったんだから感謝しろとのたまう!そのくせ、私をこんな所に閉じ込めたかと思えば私の事などほったらかしにした!それでも、苦しまないだけマシだったのに!お前達は思い出した様に来ては、私を破壊しようとする!三百年前も!四十年前も!そして、今になって“助けてやる”だと!?のぼせ上がるのもいい加減にしろ!お前達に、一体何の権利があって私を苦しめる!?何の権利があって私を弄ぶ!?もう…、もう、ほっといてくれよ…。お願いだから…」
少女は終いには涙を流しながら訴える。ケビンは少女の言葉を眉一つ動かさずに聞くと、静かに話し始めた。
「…権利ならあるさ」
「…何だというんだ?私を傷つけ、苦しめるその権利は、一体何だというんだ!?」
「傷つける権利については、俺には解らん。だが、お前に手を差し伸べる。そういう権利なら、俺にも解る」
「私に、手を差し伸べる…?」
ケビンの言葉に怪訝そうな様子で返す、少女。ケビンは首を縦に振ると、幼い子供に語る様に話し始める。
「そいつはな、嬢ちゃん。“償い”ってやつだ」
「償い…?」
「あぁ。確かに、俺達はお前を傷つけてきたんだろう。苦しめてきたんだろう。だからこそ、俺達にはお前を助ける権利がある。そして義務もな。確かに、いきなりこんな事を言っても信じてもらえないだろう。それは至極当然の事だ。だから…」
そう言いながらケビンは少女にゆっくりと近づいていく。少女は怯えながらサブマシンガンの引き金を引こうとするが、安全装置によって引き金は引けずに終わる。
少女は必死になって安全装置を外そうとするが、その前にケビンが少女の目の前に立っていた。
そしてケビンは無言のまま銃身を掴み、少女は恐怖のあまり、目をきつく閉じる。
「や、やめろ…、わ、私は…」
カチッ
「…ん?」
いつまで経っても何も起こらない事と、自分の近くで鳴った小さな音に釣られて、少女は恐る恐る目を開ける。
そこには両手で少女が持つサブマシンガンの銃身を掴み、自らの額に銃口を当てているケビンの姿があった。
「な、何を…」
「安全装置は外してある。これで引き金を引けば、俺は死ぬ。仲間に関しても、さっきはああ言ったが、そいつに同行しているもう一人の仲間が何とかしてくれる筈だ。そいつにお前を殺させる様なマネはさせない。ここで俺を殺してもお前の命が脅かされる事は無い。それを頭の中に叩き込んだ上で、これからの話を聞いてくれ。もちろん、信用できなければ殺してくれて構わない」
「わ、分かった」
少女はケビンの真剣な雰囲気に圧されてか、素直に首を縦に振る。
「いいか、俺はお前を助けたいと思ってる。だが、これは俺だけじゃない。俺と同じ意思を持つ者は他にもたくさんいる」
「ほ、本当か!?どうせ嘘なんだろ!?」
「本当だ。いいか、確かに、お前の受けた仕打ちは人間不信になってもおかしくない代物だ。だがな、この世界は一人で生きていける程甘くない。今だって、お前一人でここに残ったとして、どうやって生きていく気だ?」
「そ、それは…」
ケビンの言い分は正しかった。
この施設の住人は冷凍睡眠の状態で過ごす為、食料の類は一切無い。冷凍睡眠の装置も実用化前の試験という事で、不具合の確認の為に全てが使われている。第一、施設の中枢が消滅した事で既にこの施設は死んだも同然であり、此処に残ったところで生存は不可能だった。
「お前はどっちみち人と付き合って生きていかなきゃならない。だが、全ての人間を信用しろっていう訳でもない。お前の言う通り、俺達は残酷だ。だから、お前が信用できる、したいと思った奴だけ信用すればいい。それ以外の奴は、生きる為に利用でもしてやればいい。その手始めが俺だ。もし信用してくれるなら、安全装置を戻してくれ。俺はお前に人間として、真っ当な生活が出来るように全力で行動する。もし、信用できないなら、お前の好きにして構わない。引き金を引いて俺を撃ち殺してもな。それから、俺の仲間に手伝ってもらって俺以外に助けてくれる奴を探せ。さっきも言った通り、たくさんいるからお前が信用できる奴も一人ぐらい見つかるだろ。」
ケビンはそこまで話すと、サブマシンガンの銃口を咥え、目を閉じる。
暫くそうしていたが、やがて少女の声で目を開ける。
「何で…、何で、そこまで…」
ケビンは銃口を口から離すと、再び額に向けてから少女の問いに答える。
「贖罪だ。お前に対してであり、他の奴等に対してのな」
「他の奴等…?」
「これ以上はノーコメントだ。俺にも話したくない事の一つや二つはある」
「そうか…」
少女は言葉を切ると、少しの間考えた後に、意を決してケビンに自らの意志を告げる。
「真っ当な人生じゃ物足りない。お前の命を私に捧げろ。私の活動が停止するその時まで、私を守り続けろ。それが出来ると約束するなら…」
ケビンの瞳を見つめながら、少女ははっきりと言った。
「お前を信用してやる」
「まさに、恐悦至極」
少女はケビンの答えに驚いた様な顔をした後、にっこりと笑って安全装置を掛けた。
「では、これからよろしく頼むぞ、ケビン・カーティス」
「あぁ。えっと…」
少女の名前が分からず言葉を切ったケビンに、少女はどこか嬉しそうに自らの名前を告げる。
「フィアーだ。私の開発時の識別コードだ」
「つまり、名前か。よろしく頼むぜ、フィー」
「フィー?」
ケビンの自らに対する呼び方に、少女は不思議そうな顔をする。
「愛称だ。色気も糞も無い鉄の塊だった頃の名前引きずるより、こっちの方が建設的だろ?」
「そうだろうか?」
納得がいかないのか、不思議そうな表情のままの少女の頭をケビンは軽く撫でる。
「そういうもんさ。さて、鍵渡してくれ」
「あぁ、ほら」
ケビンは少女…フィーから手錠の鍵を受け取ると、手錠を外しフィーに手を差し伸べる。
「その身体じゃまだ上手く動かないだろ?ほら」
「あぁ。フフッ、いきなり仕事熱心だな。感心、感心」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。仕事なら、給料貰わなきゃやってられねぇよ」
「払う気なんて無いがな。そういえばお前、どうして私が人間じゃない事や私の身体の状態が分かったんだ?」
「あぁ、それはな…」
ケビンがフィーの質問に答えようとしたその時、この空間に新たな声が響き渡る。
「オイ、アリス!そう急ぐな…」
「ケビン!ケビン、どこに居るの!聞こえたら、返事をしなさい!」
「…この声は」
「て、敵か!?」
フィーは突如聞こえてきた新たなる声に、不安そうな表情をしながらケビンにしがみつく。
ケビンは声の主に気付くと小さく溜め息を漏らす。
「随分とタイミングがいいな、オイ…」
「ケビン!探したわよ!さっそくだけど、…その子、誰?」
ケビン達を見つけたアリスは嬉しそうな声を上げるも、ケビンにしがみついている少女を見て表情を一変させる。
こうしてアリスは、打ち倒すべき敵であり自らの復讐の相手である、怯えた表情の少女と相対した。




