日常~愛すべき怠惰なる平和~
やっと主人公登場です。
『それがいつ起きた出来事なのか、詳しいことは誰も判らない。いつ起きたかも定かでは無い戦争。それによって世界は一度滅びかけた。生き延びた人類は自らが滅ぼしかけた世界をさ迷い、僅かな自然に全てを託し、再興を謀った』
『結果として、それは成功し、新たな歴史が幕を開けた』
『それが、今の我々の時代』
『過去の過ちを繰り返さ無いために、各国は協定を結んだ』
『それにより、各国の武力は大幅に制限された。もし争えば、どちらにも破滅しか待ってないほどに』
『しかし、問題もあった』
『豊かな土地を占拠する、反政府組織、時折現れる過去の大戦の遺物達』
『それらに、対抗する為にある組織が設立された』
『その名も〔イージス〕。良く言えば全ての国が平等に行使出来る武力。悪く言えば只の傭兵集団』
『善とも悪ともとれない。そんな集団によって、世界はその均衡を保っていた』
『兵器体系も大きく変化した』
『戦闘機や弾道ミサイルの類いは一掃され、治安維持を目的とした、新たな兵器が開発された』
『それこそが、人型機動兵器〔ギア・スティール〕通称〔G・S〕 』
『敵国への先制攻撃を不可能にするためのスピードの抑制。単騎で遺物と戦う為の高い戦闘能力。荒地でも運用を可能にする凡庸性の高さといったコンセプトを元に開発された、歪な兵器』
『そしてG・S専用の兵器として注目されたのが〔リリス〕だった』
『形状記憶合金にデータを浸透させショックを与えることで武器に変化させる』
『実際にはもっと複雑なのだが、それ以上はこの番組の趣旨と異なるので割愛させて…』
そこまで観ると、ベッドに座っている男はリモコンを使って電源を切る。
「んだよ、検閲ギリギリの度胸あるドキュメンタリーと聞いたから観てみれば、結局おざなりに済ませてるだけじゃねぇか!」
男はさも期待を裏切られた、という顔をしてベッドから乱暴に立ち上がった。
年齢は二十代前半といったところで髪を後ろで縛ってまとめている。顔立ちは、悪くないのかもしれないが、目付きのせいで、どう見てもデキの悪いチンピラにしか見えない。
男はシャワーを浴びると、ジャケットとジーパンを身につける。恐らく誰一人としてかれにチンピラという評価以外下さない様な格好になると、彼は机に置かれた財布に、イージスの個人証明書をつっこみ、携帯電話を掴み、その双方を鞄に放り込むと家を出た。
こうして彼、ケビン・カーティスの日常は幕を開ける。
電車に乗ること30分前後で、彼は目的地である、〔イージス、コロニー・ムスタフ支部〕の目の前に到着する。彼は入り口の近くに取り付けられている機械に近ずくと、機械がプログラム通りの挨拶を四分の一も言い終えない内に機械に身分証をつっこみ、出勤が確認されると機械がプログラムの三分の二を言い終わる前にその声の届かない場所にいた。
「よ~う!ケビン!今日はやけに遅いな、遅刻ギリギリだぜ?」
何やらやたらと上機嫌なスキンヘッドの人物が、この世の春と言わんばかりの顔で、この世の冬とでも言いたそうな顔なケビンに話しかける。
「オイ、ハロルド。俺は今機嫌がよろしくないんだ。だから、お前みたいに新手のドラッグで出来上がっ
ちまったような笑顔でお喋りしたいなら、コーヒーを持ってこい。あぁ、それと、ブラックを持ってきたらお前の尿道に流し入れて使い物にならなくしてやる」
「おぉ、そいつはおっかねぇな。ところで此処にブラックが二つあるんだが、どうする?」
ケビンは小さく舌打ちすると、ハロルドの手から、紙コップを一つひったくる。
「…熱くねぇのか?」
「…うるせぇ」
どうやらひったくった時に手にかかったらしく何とも言えない表情になっている。
「まぁ、あれだな、これも現代科学の弊害だな。」
「あの一時間たってもアツアツのままってやつか?試したヤツいんのかよ?」
「さしあたり、6分は保たれるって事は証明されたな」
「くだらねぇな」
「あぁ、くだらねぇ」
そんなことをしていると、いつの間にか紙コップは空になり、場所はエントランスホールから、エレベーターホールへと移っていた。
そのまま、地下に降りて専用のガレージに向かう。イージスの建物はG・Sを運用する特性上、縦よりも横に長い。下ならともかく上に作った所で大した意味は無い。その為イージスの中でも、高ランクにあたる人物はガレージを一階に設ける。そのまま、ランクが下がるにつれ、最大で地下五階まで下がる。
二人は地下三階にエレベーターが止まったのを確認すると、エレベーターから降りた。
「じゃあ、なにか?お前が機嫌悪いのは、早起きして観た番組がつまらなかったから、イラついてるのか?」
「だから、違うって!いいか、俺が言いたいのはなぁ、この世の理不尽さをなぁ…」
「まぁ、どうでもいいさ。お前が餓鬼だって事は解ったよ」
「なんだよ、今更だな」
「そこは否定しないのかよ…。まぁいい。それより仕事だ」
ガレージに向かう途中の別れ道でハロルドがやや、真面目な顔つきで話す。
「内容は?」
「遺物が確認された。国道の近くにはいないが、大事になる前に潰せとさ」
「ふーん。で、数は?」
そう何気なく訊いた、ケビンの言葉にハロルドが困った顔をする。
「それが…、判らん」
「ハァ?なんだそれ?」
「上の連中、どうやら確認出来たのは存在だけらしい。後はサッパリだと」
「オイオイ、なんだよそれ、職務怠慢だろ?」
「まぁその代わり撤退してきてもおとがめはなしだ」
「当たり前だ。あったら、やってらんねぇよ。作戦開始はいつからだ?」
「三時間後の、十二時半だ。機体の整備しとけよ」
そう告げると、ハロルドは、ケビンとは逆方向に行ってしまった。それに対してケビンは、適当に相槌をうつと、自らのガレージに向かった。
ガレージに着いたケビンは、荷物を置くと、目の前の端末に向き合う。
ガレージといっても地下三階では、たかが知れており、良く言えば無駄なスペースが存在せず、悪く言えばただ単に狭い。制御室でさえ何人も入れてるような、広さはない。
基本的に一階の職員を除いて、G・Sの整備は、機械を介して一人で行なう。
「さてと…。まぁとりあえず、ブースターからか」
が、慣れてくるとその作業は一人でもそれほど困る事はない。なぜなら、どこを診ればいいのか解ってくるからだ。その由縁の一つがG・S自体の頑強さにある。
基本的に荒地での運用を想定されているだけあって、その機体強度には、かなりのものがある。その為、ブースターや頭部を除くと大抵が、整備プログラムに組み込まれている、スキャン機能を利用すれば事が足りる。
ただし、移動の要である、ブースターと索敵等のために、多くの精密機械が内蔵された頭部だけはスキャン機能だけではなく、自らの目でもって確認しなければならない。
「まぁ、とりあえずこんなもんか」
そう呟くとケビンは端末を閉じ、自分の愛機を見る。
その視線の先には、深い緑色をした、約7m程の巨体がライトに照らされてそこに鎮座していた。
肩には、羽を生やした女性が、歌っている絵が描かれており、左手にはアサルトライフル、右手には、やや、小さめのマシンガンに分類される兵器を持っており、背部には、全長の三分の二程の、鉄塊を二つ背負っていた。
「さてと。時間余っちまったし、ハゲでも呼んで、パスタでも食いに行くか。遅めの朝食ってところだな」
そう呟くと、鞄から携帯電話を取り出し、アドレス帳から、ハロルド・ジョーンを選択して、電話をかける。
実際、整備は一時間ほどで終わったので、二時間ほど余っている。消化のいい、パスタなら、大丈夫だろうと考えたのだった。
ケビンは話をつけると、鞄をつかみガレージを後にした。
「マーカス・レインって、あのマーカス・レインか?」
ケビンはパスタを口へと運ぶ作業を続ける一方で、ハロルドからもたらされた思いがけない情報に思わず、目線をパスタから、ハロルドへと移す。
「そうだ。あのマーカス・レインだ。つーか食うの止めろ。なんなんだ、お前は。いきなり呼び出したかとおもえば、一人で黙々と飯食いやがって」
「だって、飯食いにきたんだぜ?」
「そういう意味じゃ…、いや、もういい…」
「多弁は銀、沈黙は金だぜ?ハロルド」
「…はぁ。まぁ、とにかく、こいつは確かな情報だぜ。マーカス・レインが死んだ。しかも、コックピットごと真っ二つにな」
「正確には違うけどな。真っ二つじゃなく、消滅した、だ。しかし、まぁ、コックピットごとぶった切った、ってことは得物は…」
「〔ヒート・ブレイド〕だろうな」
ヒート・ブレイドとはG・Sの武装のなかでも最も、ピーキーな部類に入る装備である。
原理としては簡単で、G・Sの装甲を切断する為に超高熱をもった巨大なブレードである。破壊力はトップクラスなものの、超高熱を発生させる為のジェネレーターを背部に装着する為、背部に一切の武装を搭載できない、安定性向上のため、装備した腕とほとんど一体化していること、そのため、機体自体の安定性が損なわれること、攻撃有効範囲まで、敵の銃撃を掻い潜って接近しなければならない、メンテナンスに技術が必要になる、などの要因で使っている人間はほとんどいない。
それ故に数少ない使い手は、ほぼ全員が最高レベルの実力者でもあった。
「しかも、マーカスはかなりのやり手だ。しかも今回は弟子も連れて、お得意の連携プレーで攻めたらしい」
「それをねじ伏せちまう実力者が、反政府組織に属してる訳か…、ぞっとしない話だな」
今回最も驚くべき点はそこだった。
マーカス自身地下一階にガレージを持ち、その弟子も地下二階にガレージをもっているという。また、師弟関係にある彼等は連携についても申し分なく、彼等が連携して攻め立てれば単独での突破は不可能と言われるほどである。
それを、斃すほどの実力者が「反政府組織」に所属している。その事実はかなり重大な問題といえた。
「しかし、そんなのがうろついてるとはな…、上にいって仕事減らしてもらうか?」
「そうビクつくなよ、ハロルド。このバカデケェ土地で運悪くばったりなんて、馬鹿げた事起こりっこねぇよ。それに奴に関しては一階にガレージ構えてる連中がなんとかするさ」
「そうあることを願うよ」
「だったら、お買い得だな、少なくとも買ったチョコレートに金のチケットが入ってるよりは、確率高いさ。そろそろ、時間だ。行こうぜ」
ケビンはそういうと椅子にかけていたジャケットを着ると、店を出た。もう一つの日常に戻るために。
どうでしたか?不満点があれば改善してきますのでお気軽にいってください。