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好きの受け止め方

作者: しのはら

「好きだ」


 甘い声で初めて言われた言葉の薄っぺらさに吐き気がする。

 彼の言葉を聞いて嬉しさよりも、ようやく終わるという安堵を抱いた。


 私には付き合って3年になる恋人がいる。いや、いたに近々変わるだろう。

 恋人は非常にもてる。

 優れた頭脳にその辺りの芸能人よりも美形で長身の容姿をしていれば、寄って来ないわけがない。

 容姿に優れていない私となぜ付き合っているのかといえば、都合が良いからだろう。

 最初に玉砕覚悟で告白して付き合うことになったときはかなり驚いた。

 だが、付き合って1年経たずに彼にとっての付き合いは、互いだけという制約にはならないと知った。

 付き合って半年の間に何度もデートを直前に反故にされた。

 今回は友人と夜に私の部屋で女二人で飲み会と計画した。

 それで休日を普段は出無精の私が、買出しと一人で外出したのが運のツキだった。


「……今日は一緒にいてくれるんでしょう?」


 甘えた女性の声が少し離れた場所から聞こえた。

 私のいる場所から離れた所の声が聞こえて戸惑ったが、反響音だと気付いて落ち着いた。

 だが、続けて聞こえてきた男性の声に思わず聞き耳を立てる。


「ああ。今日は予定がないから平気だよ」


 声を発したであろう人を探した。


 ……まさか? 嘘でしょう?


 遠目で確認すれば、少し離れた場所に男女のカップルと思しき二人連れが歩いていた。

 女性は地味な私とは正反対の可愛らしいタイプだった。

 その女性に腕を組まれたままにしてにこやかに微笑んでいるのは、ついさきほどデートを反故にした恋人だった。


 仕事だと言ってたのに。

 二股かけられてた?


 目の前のカップルはお似合いだった。

 信じたくない気持ちで、震える指先で携帯電話を持ち彼に電話をかけた。


「……電話?」


 女性が彼に尋ねた。


「……ああ、大したことない用事だから後でかけなおすよ」


 彼は電話の着信記録を確認したらすぐに電源を切ってしまった。

 耳元には留守番サービスの案内が聞こえていた。

 そこから先の記憶はない。気付いたら自分の部屋に戻っていた。

 思い起こせば一緒にいてもよく電話がかかってきていた。


「お友達?」


 休日に電話なのだからと尋ねたら仕事関係だと言われた。

 最初からおかしかったのだ。

 自分のような美人でもなくスタイルも普通な女を彼が相手にするなんて。


「ははっ」


 乾いた笑いがもれる。

 私は彼にとってどんな存在だったのか。

 考えればすぐ分かりそうなものだ。一度も好きと言われていない。

 会えばデートらしいことよりもすぐに部屋に連れ込まれる。

 クリスマスは仕事と言われたのを鵜呑みにしたが、本命と過ごしたのだろう。


「バカだな、私。……本当にバカだ。うっううっ……」


 堪える必要のない涙が次々と溢れだす。

 付き合うのは彼が始めてで疑わしいことは全て見ざる聞かざるで通してきた。

 もっと前から心のどこかで彼を疑う気持ちがあった。

 でも確かめてしまったら傍にはいられないと思って黙ってきた。


 ピンポーン


 インターフォンが鳴った。

 その音で友人と約束していたことを思い出して慌てた。

 買出しもしておらず自分も泣いたのがはっきり分かるどうしようもない有様だった。


「ご、ごめん!」


 居留守を使おうか悩んだが、どうせすぐにバレるだろうと目がはれぼったい状態で玄関を開けた。


「……あの男と別れたの?」


 すぐに事態を察した友人に言われて首を振った。


「まだ。でももうすぐそうなると思う」


 それから二人で彼への愚痴なんかを話しながら彼女が持ち込んだ物を飲み食いした。

 ある程度酔っ払い気分も少し浮上したときだった。 

 無意識につけていたテレビから俳優の声が聞こえてきた。

 

「……本当なのか? 本気で別れるって言うのか?」

「そうよ! もううんざりなのよ。あなたの浮気癖は一生治らない」


 画面では恋人同士と思われる二人が修羅場を展開していた。


 浮気癖? 恋人の行動はそういうことなのだろうか?

 いや私が浮気相手なのかもしれない。

 あんな可愛い人がいてどうして私の相手までする必要があったのだろう?

 このとき彼と別れることよりも彼に復讐したいという気持ちが湧き上がった。


「どうせ別れるのなら、彼に私を惜しく思わせたい」


 都合の良い女として思われているのなら、それをもっと極めてみよう!

 まだ止まらない涙を拭いながら思うのは彼に自分を刻み付けるという目標だった。

 どうしたら彼に自分を必要だと思わせられるか?


「ねえ、どうしたら彼に私を必要に思ってもらえるかな?」

「……別れないの?」

「彼に好きだって言わせてから別れたい」


 恋人に少しでも打撃を与えたい。

 私という存在を振り返れば必要だったんだと後悔させたい。

 外見は多少しか変えられない。おしゃれに時間を費やすよりも身の回りに手を出すべきだ。


「元は悪くないんだからもう少し奴好みの服装にしたら? 普段は今まで通りでデートのときは奴好みの女、女した格好で家の用事とかやってやれば?」


 友人がアドバイスしてくれたように実行しようと決意した。

 お酒の勢いがなければ別れて終わりですんだのに、心のどこかでやはり恋人と別れたくないという気持ちがあった。


 それから彼の好みを徹底的に調べてそれらしい雰囲気作りをしたり、元々部屋にも呼ばれていたために彼の家の掃除や料理なんかも必死にこなした。

 最初の内は恋人は私を部屋に連れ込んで用が終わればすぐに帰したが、いる間にこまめに用事をこなしていく間に信用されたのか部屋の鍵ももらった。

 ここで自惚れてはいけない。

 鍵を渡しても私以外の女の影はずっとあった。

 付き合って2年目にはそれを隠そうともしなかった。

 ……苦しかった。泣きたかった。

 でも我慢した。

 我慢を続けて都合の良い女に甘んじていると、恋人がある日を境に優しくなった。

 恋人が具合が悪くて看病をした。たったそれだけ。

 でもそれが嬉しかったようだ。

 恋人から他の女の影が消えた。

 いつの間にか自分が本命になった瞬間だった。


「……それでまだ付き合い続いているの?」


 久しぶりに友人の家で飲んでいた。

 お互い仕事や日々など話したいことはいくらでもあった。

 ある程度話し終わった頃に恋人の話題になった。


「あと少しだけ。目標は達成できなかったけどね」

「まーだ好きだって言わないの?」

「うん。ある意味正直な人よね。気持ちだけは絶対嘘をつかないんだもの」

「言ったら別れたの?」

「どうだろうね」


 実は最近田舎暮らしの祖母の具合が良くなかった。

 認知症でヘルパーなどに面倒を見てもらっているが、そろそろ限界だった。

 両親は既になく、祖母の面倒を看られるのは私だけだった。


「彼と一緒に過ごすのも最近しんどくなりつつあったんだよね」

「それはどうでしょう。あんたらしくもない服着て、平日は仕事してその帰りに奴の部屋で家事。終わったら帰宅して自分のことをする。金曜から土曜の朝までデートという名の家政婦兼愛人もどきで土曜の午後からは、田舎で祖母の面倒を看て日曜の夜遅くに帰宅。なんて毎日送ってたら体がもつわけないわよ」

「まあ考える暇がないと肉体的には疲れても精神的には楽だったんだよね」


 でも祖母の認知症も悪化の一途を辿り46時中面倒を看る必要があった。

 病院にも何度か入院していたがずっとお世話になるということは出来ない。

 ヘルパーは毎日通ってくれるわけではないので、持病もある祖母にはいろいろ不安がある。

 けじめをつけようと考えて実行に移した。

 仕事も引き継ぎをこなして今月末で退社することにした。有給をめいいっぱい利用して今日で仕事は終わった。送迎会には顔だけ出してすぐに友人の家に来た。

 お互い忙しい状況で私が田舎に帰る以上は、当分会うのは難しくなる。

 今住んでいるマンションも契約は今月で切れる。引越しの荷物もそう多くはないがいろいろ雑用があってしばらくは忙しくなる。

 明日は金曜で恋人の部屋に行く予定だ。それで最後になる。


「……それで、奴には言うの?」

「うん。正直に全部ぶちまけて反省してくれたら良いなと思う」


 明日会ったら自分が恋人に復讐しようと都合の良い女でいたことなど暴露しようと決めた。

 翌日いつものように恋人の部屋に向かった。

 服装は恋人に会うときに変えてたものよりも自分好みの落ち着いた服装だ。

 最後は自分らしくありたかった。


「……来たんだ」

「うん、こんにちは」


 部屋に入りいつも通りにキッチンに向かわず居間のソファに座った。

 恋人は一瞬、私の動きに立ち止まったもののすぐに横に座る。

 いつもと違う雰囲気に恋人はさすがに違和感があったのだろう。


「どうした? 何かあったのか?」


 不安そうな表情で尋ねてきた。

 その表情を見つめていても心は落ち着いたままだった。

 確かに恋人が愛しかった。

 でもこの別れは決まっていたことだ。

 一度目を閉じてゆっくりと瞼をあげる。


「今日はお別れを言いに来たの」


 それから恋人が付き合い当初から自分を裏切っていたことを知り、復讐しようといろいろしてきたことを話した。


「……どうしてわざわざ教えるんだ?」

「反省してもらいたかったから」

「は?」

「私が気付いてるのが分かってからは浮気なのか何なのか知らないけど他の人の存在隠そうともしなかったよね。あれがどんなに相手を馬鹿にしているか分かる?」

「それは……」

「だからこれは最後のお願い。もう私みたいな思いを次の相手にはさせないで欲しいの」

「……本気で別れるのか?」

「うん。引越しも決まってるし遠距離恋愛なんて無理だしね」

「引越しって? だから最近土日は会えなかったのか」

「ああ、えっと祖母と一緒に暮らすことにしたの。幸い退職金もあるし両親の遺産もあるから当分は働かずにすむだろうしね」


 恋人に請われるまま状況を説明した。

 話していく間に恋人の顔がどんどん険しくなっていった。


「……という訳でもうすぐ引越しするからこれ以上修羅場になったりはしないから安心してね」

「俺はお前が好きなんだ」

「……」

「好きだ」


 本気でそう思っているのが分かる真剣な表情だった。

 復讐したかったと言った自分にその言葉を告げたのだから、本気なのだろう。

 でももう信じられない。


「ありがとう。あなたがそう口にするのがどんなに難しかったかは想像つく。でも私たちはこれで終わりにすべきだよ」

「どうして?」

「……本気で知りたいの? 恨み事なんて言いたくなかったけど、もう我慢できない。私のどこが好きなの? 家事をやってくれるから? あなたの都合に合うようになったから?」

「違うっ!」

「どうしてそう断言できるの? あなたがどうして私と付き合ったのか分からないけど、好意なんてなかったじゃない。病気のときに優しく看病したから?」

「そうじゃない。信じられないかもしれないけど最初から惹かれていた。でなければ付き合ったりしない!」

「言われても私は頷けないよ。だって私はあなたの交友関係や仕事内容は知ってる。でもあなたは? 私の友人やどういう趣味があるのかなんて知ってるの?」

「そんなの関係ないっ!」

「その言葉でどれだけ私たちの価値観が違うのか分かるよ」


 思わず溜息を吐いた。

 堂々巡りもいい加減にうんざりした。

 わざわざ私が恋人の言い分を聞く必要はない。

 言うべきことは全て伝えた。

 恋人の部屋に私の持ち物などは何もない。

 いつも忘れ物を置かないように神経を注いだのもだから当たり前だ。


「……もうこれ以上話しても無理だと思う。それじゃあ元気で」

「チャンスをくれ!」


 ソファから立ち上がって出て行こうとしたら腕を引かれてそう言われた。


「俺にお前を知る機会をもう一度だけくれ! 単なる浮気男で終わりたくない! お前とこれからも一緒にいたいんだ」


 どうして恋人の言うことを聞いたのだろう。

 別れるはずだった。それが結局は縁は切らなかった。

 やはり恋人のことがどうしようもなく好きだった。

 だからお願いを無碍には出来なかった。結果はそれで良かった。

 あれから恋人は一生懸命努力してくれた。

 休みには隔週ごとに田舎にわざわざ会いに来て祖母の面倒も一緒に看てくれた。

 別れは保留という形で友人のような付き合いが1年続いた。

 祖母は最後には私のことも忘れたが穏やかな最期だった。

 恋人は葬儀の準備など放心状態の自分に代わって全て手配してくれた。

 八つ当たりも何度もしたし、恋人からもくだらない喧嘩を売られてりしてお互いの知らなかった一面を知るようになった。

 そうしていつの間にか恋人をひどく頼りにして信頼していることに気付いた。


「好きだ」


 恋人のその言葉を今度は笑顔で受け止めた。

 私たちはここから新しく始まるんだ。


最後悩みましたがこうなりました。お楽しみ頂けたら嬉しいです。別シリーズの拍手小話あります。そちらもよろしければご覧下さい。追記:すみません。拍手設定するの忘れてました。申し訳ありませんでした。

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[気になる点] 何故惹かれてたのにドタキャンや浮気してたか理由が無い。それを問いたださないでチャンスやるとか馬鹿だろ。 [一言] 結局馬鹿な女のまま終わったか、どうせすぐ離婚するだろうな。
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