茫然
彼女が話した内容のあまりの壮絶さに呼吸をする事すら忘れていたらしく、彼女が話し終わって俯いてから大きく息を吐いた。
ファンタジーな世界というのはある程度生きた日本人ならほとんどの人が知っているだろう。空を飛んだり、竜がいたりなどなど。
しかし、実際にこうしてエルフを目の前にして魔法を体験したがとても信じられない話ばかりでまるで物語を聞いていたかのようだった。
一晩で何百人というエルフ達を惨殺したモンスター。そんなのがこっちの世界にいるはずがないし、いたらたまったものじゃない。
これが本当の本当に、異世界で起こった事件なのだと確信した。
「お腹……すいてない?」
声をかけることも出来ずいてもたってもいられなくなった俺はなにか作業をして気を紛らわせようとまだ食事の途中だった事を思い出した。
彼女はまだ俯いたままで何の反応も返って来ないがホットミルクを少し飲んでいたから何も入らない訳ではないだろう。もし食べられなくて余してしまっても俺が食えば良い。
そう思い立つとキッチンへ向かった。
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とりあえず、なんか喉の通りが良い物が良いかなと安直にお粥を作る事にした。最近はおかずを買ったり作ったりしなかったせいか冷凍したお米がそれなりに余っていたのでレンジで解凍して鍋にかける。
異世界なら食べ物も変わるのだろうか。なんの気無しに食べるネギやニンニクなんかは動物に食べさせると悪いと聞くし、体の構造も違うかもしれない。
しかし……、米は植物だろ……? 森があるなら植物もあるよな……? それに牛乳飲んでたし動物性たんぱく質も平気なのかな……? などなど普通の料理をするならばまず考え無いであろう事ばかり考えていた。
結局無難に卵粥に落ち着いた。
冷蔵庫にあった漬物や付け合せのおかずも作ろうか悩んだが、かなり不安なので味付けもせずに鍋ごと持って行く。
この狭い部屋はキッチンが居間に据え付けられてて遮蔽物も無い。料理をしている最中は全く気にしていなかったが振り返るのを一瞬戸惑った。しかし、結局振り向いてしまうのだから、と諦めて振り返ると彼女は窓越しにどこか遠くを見つめていた。
今にもその窓から飛び立っていってしまいそうな気がして慌てて声をかける。
「なんかドロドロしてるけどこれは米っていってこの国の特産物を煮込んだお粥って料理なんだ。麦とそんなに変わらないしほとんど味もしないから多分大丈夫だと思うんだけど食べれる……?」
そう声をかけると彼女はゆっくりと俺の方へ向くと次に鍋を見る。これだと彼女が見えないじゃないかと気付き急いでテーブルの上に鍋を置くと静かに鍋の中を見ていた。
茶碗に彼女の分をよそいびくびくしながらレンゲと共にそっと置く。
「食べ物の違いとかわからなかったからさ、とりあえずシンプルな物にしてみたんだけど……」
すると彼女の手がゆっくりと動いて茶碗に添えられると少し目を閉じ深呼吸をした。
「……良い、匂いがします。私の世界でもソバの実をお粥にして食べたりしていましたので平気だと思います」
彼女が反応を返してくれたのが嬉しくて彼女が言葉を言い終えると矢つぎ早に言葉を繋ぐ。
「ほ、本当っ。良かった……それが心配だったんだよね……。あ、味付けは一切してないから薄かったら塩もあるしなんだったらおかずもあるっちゃあるし。飲み物が欲しかったら言ってね? 水とお茶くらいしかないけど……。ってあ、ごめんまだ食べるって言ってなかったよね。あの、いらなかったらそのまま残しちゃって良いからっ。俺食うし」
そこまで一息で言うと彼女がすっとはにかむ。
「ご、ごめんいきなりまくしたてちゃって……。なんか変だったかな……」
「いえ、ごめんなさい。なんだかとても心配して下さったようで。それがつい嬉しくて……、それに丁度お腹も空いてました」
「そ、そんなっ。とんでもない! お、俺もまだ飯食ってなかったし……」
彼女のような人間ではありえないような美しさを持つ女性の笑顔は、どんなに些細な物でもとてつもない破壊力を持つんだな。と、赤面しつつうろたえる。
所無さげに彷徨わせた目線をお粥に注ぐと冷めない内に食べてしまおうと動揺を逸らす良い言い訳を見つけたので手を合わせる。
「いただきます」
そう言ってレンゲを手に持ちお粥を食べようとすると彼女が不思議そうな顔をして見ていた。
「……、俺の顔になんか付いてる?」
じっ、と彼女は見つめていて訳もわからずついそんな事を聞いてしまう。
「食事の前に手を合わせて頂きますと言うのが作法なのですか?」
言われてみれば、日本とアメリカですら作法は違うのだ。異世界ならば作法なんか全く通用しないだろう。
「あぁ。いま居るこの国日本では食材とか作ってくれた人に対する感謝を表すためにご飯を食べる前にいただきますって言うんだ。君の故郷では神に感謝とかしない?」
聞いてから、しまった。と後悔した。里の話なんか完全なる地雷なのにおもいっきり踏んづけてしまった。
しかし彼女は全く意に介した様子は無く口を開いた。
「私たちの里では森の恵みに感謝します。なんて言っていましたね」
良かった……。内心息を吐く。白々しいかもしれないがすぐに話題を変えた。
「へぇ。魚とかは食べないの?」
「川に住む魚しか食べた事は無いですね」
なるほど、たしかに川魚も森の恵みだな。なんて思っていると彼女が手を合わせていただきます。と言ってからレンゲでお粥を食べ始める。
「どうかな。あまり料理はしない方だから――。悪くないとは思うんだけど」
「おいしいです。ソバの実のお粥とは違う優しい味ですね」
少し熱かったのかふぅふぅと息をふきかけながら食べている姿はなんだかとても愛くるしい。作った者としてもおいしいといってもらえてうれしい限りだ。
少し食べ進めていると彼女が顔をあげてこっちを向いた。
「それと……、私の事はリサと。よかったらそう呼んでください」
リサルフィーヌって名前は聞いていたけどなんだか長いし言い辛くて君って呼んでたな。なんだかこっちのほうが申し訳ない。それに、と思い出す。
「あ、わかった。リサ。それと自己紹介が遅れちゃったけど俺の名前は宮中時広だよ。時広が名前で宮中が苗字。家名って言ったほうがいいのかな」
なんだか色々と立て込んでいて自己紹介する暇すら無かった。わざわざ自己紹介するようなのんきな雰囲気でもなかったし……。
それと彼女の名前は長い横文字だから海外同様家名が後ろに来るらしい。リサルフィーヌ……なんだったかは忘れたが、とにかくリサルフィーヌが名前なんだろう。トキヒロミヤナカです。なんて恥ずかしくて言えなかったからこんな言い方になってしまった。
「はい、トキヒロさん」
そう言うリサの顔に不安の色はあまり見られず、さっきずっと黙っていた時に整理が付いたのか少し前向きになっていた。
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お粥を食べ終わった後、ごちそうさまでした。と手を合わせるとリサもそれに合わせている姿を見てなんだか微笑ましい気持ちになった。
そして食器を適当にシンクに置くとまた居間に戻る。
「とりあえず、リサの話はわかった。それを踏まえた上で話し合いをしよう」
そう言うとリサの顔が強張る。やっぱり引きずっていたんだな、と確認すると同時に空元気を出させてしまった自分がまた恨めしく思う。
とにかく、今は何か解決策をさがさねばいけない状態だ。
心苦しさはあるが、話を切り出した。