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拝啓 マツコさま ~とある男子のラブレター~

作者: 遥 夏


 拝啓 マツコ・Dさま

 突然のお手紙にてのご無礼をお許しください。あなたに恋をしてしまいました。

 ただそれだけをお伝えしようと、こうして筆をとっています。


 最初の出会いは、テレビでありました。はじめてお顔をみたときに、なんという美人だと思ったのです。……これでは、少し、文学的誇張に過ぎるかもしれません。

 そう……、正直に言えば、最初にお顔を拝見したときは、ものめずらしい女芸人だ、という感慨だったのです。ものごとの背後にあるものを綺麗に貫いたおっしゃりようを聞き、ゾクゾクとした興奮と、わくわくとした歓喜がありました。その感動の激情におしながされ、なんとおっしゃっていたか正確には覚えていないのですが、自分以外にも世の中というものをそのように考え、感じ、自分にはまねのできない方法で口にすることができ、同時に周囲に笑いを生み出していることが、僕にはとても嬉しいことで、斬新で、思いがけず会ったこともない親友ができたような気持ちになったのです。


 恋に落ちるのに、僕にはそれほど時間は必要ありませんでした。なぜなら僕はやせっぽっちで、ぽっちゃりした女性に遥かなる憧れがあったからです。「ぽっちゃり」の定義域にありながら、それを「デラックス」と揶揄できることに、本当に羨望しました。


 いくつか、問題がありました。あなたさまに憧れて、それでも、そうした感情は、単なるテレビにでている人への憧れに過ぎないのかもしれないと自分自身と問答をかさねました。テレビの電波に乗せているあなたさまの発言は、ひょっとして視聴者に向けられた単なる演出にすぎないかもしれないと思ったのです。そのときに、真実本当のあなたを知りたいと、純粋に関心をもち、どのようなかたなのかと思いつめました。その思いの中、たしかに、これは恋であると、自分自身が結論したのを感じたのです。コラムニスト、エッセイスト、評論家として著された文章を読みふけり、やはり思っていた通りの人だと思うこともあれば、このかたはそのように考えるのだと新鮮な気持ちをもたせていただいたり、あるいは、自己否定感と自己肯定感の並々ならぬバランスを見つめさせていただく機会がありました。もっともっと、あなたの側にありたいと……、僕の頭のなかの世界があなたさまによって広がっていくときの、凄絶な心臓の音をきくにつけ、会いたくて会いたくてたまらなく思いました。

 もうひとつ、テレビではじめて見た際に気づかなかったのですが、あなたさまが男性であるということでした。あくまで女装家であって、男性の身体で男性を愛するかただとのことでした。お仕事で女装されたお美しい姿しか僕は知らないのかもしれないと思います。ただ、それがショックで、男性か女性かはあまり気になりませんでした。だって、自分も男性としての性をもっていて、少なくともあなたさまの恋愛対象の最低ラインには入っていたわけでありますから。ただ単に、お仕事以外の別のお姿を知らないことが僕の衝撃で、けれども、男装したあなたさまを想像して胸を焦がすのも、密かな楽しみとはなったのでした。


 まだお会いしたこともないのに、ただ恋する心にまかせ、男同士で愛し合うという方法を学ぼうと思いました。いつかお会いしたときに、身体の期待にこたえられるかどうかが、先に不安になってしまったのです。封筒裏面に記載いたしました僕の田舎から、延々と電車をのりついで、僕は東京都新宿にそのためだけの留学をいたしました。まず新宿二丁目に、同性愛のありかたと文化、独特な性的用語、会話の言い回しなどをつぶさに調べ、あるいは、その課程で仲良くなれた人とは、ときにタチとして、ときにウケとして、抱きしめられたり抱きしめたりと、ひたすらに学びました。若輩であることが幸いし、ありがたいことに、さまざまな人に懇切丁寧に教えていただいたのでした。あるいは宿代を工面してくれたり、食事を援助してくれたり、生きながらえさせてくれました。最初の半月ほどは飢えた時期があり、それを見かねて助けてくれたかたもいましたし、道端に寝てボロになった衣服を替えるようにと服を買ってくださったかたもいました。生きる活動は、そうしたことに苦しくもありましたが、それほど苦しくも感じなかったし、自分がそれでも生きられることにあまり疑いを持ちませんでした。星を見上げて公園に寝ても、あなたさまのお顔を思いおこせば、心がきらめいて、諦めるなどという気持ちはうまれなかったのです。そうして、生活が苦でなくなった……。あなたさまは、僕に新しい世界を見せてくれたばかりか、苦しみからもお救いくださいました。


 せっかく上京したのだから、という想いがありました。かつてないほどに、あなたさまの近くにいるのだと、できることなら直接お会いしたいと願っていました。

 その矢先、歌舞伎町で友人となったひとから、ホスト・クラブを経営するからと話を持ちかけられ、僕は番頭マネージャーとしてそこに勤めることにしました。働けば、さまざまに世話になったかたたちに、独り立ちできるようになったことを告げることができ、いろいろな形でお返しをできるだろうと、僕は思ったのです。でも、ホストそのものにならなかったのは、酒が飲めないせいもありますが、もう女性を相手にする気力がなかったからでもあると感じています。結局、自分はなにものも生まず、利益になるものごとはできず、徹底して、裏側から大切な人々を守るほうに血を注ぐほうが向いているのだろうと思ったせいもあります。なにより、自分が恋をしていて、その感情では女性を接客できそうにないと思ったところが一番大きいかもしれません。誘ってくれた友人には、ホストとしての活躍を見込まれていたようですが、そこは悪いことをしたと思いつつも、裏方にいてくれてよかったとも後々にいわれたのが僕の誇りでもあります。

 ところで、この勤めのおり、あなたさまとはじめてニアミスをする機会をえました。ちょうど、勤めていたクラブの上の階のホスト・クラブに、番組のロケでいらしていたのです。このとき、本格的に緊張し、心臓が張り裂けそうなほどで、そのホスト・クラブから出て路上でのロケをされている現場をチラリとみるだけで絶叫し卒倒しそうになりましたことを、隠しはしません。ただ、あまりの情動で、お姿をみただけで驚き、目の前が真っ白になりそうなほどでしたから、お声をかけることもままならず……、もっともロケの最中にそんなことをせずに済んでよかったとも今になっては思うのです。

 ただ悔やまれるのは、あのとき、告白できていたら。


 しかし、僕はあなたさまのタイプとする男性のタイプではないことは明白であります。

 肉体もほそっこく、いつかお会いするためにと筋肉トレーニングは続けていますが、肉が美しく裸体を覆うことは僕の身体にはいまだありません。むしろますます、やせっぽっちに、腕や肩などは、クモの脚のごとく、関節ばかりが目立つようで、筋肉がほとんど感じられません。

 顔も、あなたさまの理想とする男性の顔ではないのです。あるいは、女装でもしようとしてもあまりに似合わず、あるいは、笑顔が可愛らしく見える切れ長の目の男らしい顔立ちとも無縁に、ひたすら小動物のごとくに可愛いと言われる顔をぶら下げ続けています。

 恋におち、告白し、それが実るならば、あなたさまがどういう風に僕を愛してくれるか、あれやこれや想像し、また、自分がどう愛を表現するか、心を熱くしながら夢見るのですが、ふと、我にかえると、あなたさまが好む姿を、僕は持っていないのです。さきも、最低ラインとして男性であることがクリアされていると書きましたが、僕にあるのは、たったそれだけです。さも当然のこと、同性愛者が、同性なら誰でもが性的対象になりうるわけではないように、あなたさまにも好みがあり、僕はあなたさまの恋愛対象になりえない。もしお近くにいることがかなうならば、全身全霊であなたのものでありたい、所有物でも装飾品でも召使いでもいいから近くにありたいと思いますが、僕は決してあなたさまにふさわしいものとは思えません。


 だからただ、告げるのです。あなたに恋をしました。あなたを抱きしめて、抱きしめられたくて、それでも叶わないだろうと見つめて、僕はこうして筆をとりました。あなたを愛し続ける自信にあふれながら、これからも遠くで見守っています。応援しています。いつか、お会いできれば、それを直接にあなたさまに伝えます。

 どうか、これからも元気にご活躍なされますよう。あなたさまのご活躍に、僕は、素晴らしいことに目を啓かせていただけました。モノゴトが見えるようになりました。これからもご活躍され、そして、あなたさまにふさわしい恋が訪れますことが、僕のぶしつけ極まりない生意気な、それでも切なる願いであります。



                           敬愛をこめて  N・H

この文章は架空であり、実際の人物と呼応させないでくださいますようお願い申し上げます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章の力量は流石です。赤江爆さんかなぁ、爆の字に自信はないけど、うまいですね。
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