一冊目 「もう少し」 其の二
AM8時。
この時間はこの県立藤神高校に通う生徒において特別な時間である。
いつも8時きっかりに一人の少女が門をくぐる。
穏やかな微笑み、品を感じさせるいでたち、腰までありそうな綺麗な黒髪の、
まあ要するに美少女。
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」
視界に入った全ての、いや、視界に入っていない奴も含めて全員に挨拶。
それがたとえ誰もが恐れる鬼のような教師だとしても、
それがたとえ髪を脱色し派手なアクセをつけた札付きの不良生徒であろうと、
それがたとえ学校一の嫌われ者、キモオタナルシストであろうと。
彼女はいる奴全員に挨拶をする。
それが彼女の日課だ。
そして鬼教師でも、「よう、おはよう」と。
あるいは不良でも、「お、ちーっす」と。
あるいは嫌われ者でも「お、おはよう・・・・・・」と。
挨拶を返す。
絶対に。
人がぶつかっても気づかないほど話し込む女子生徒。
朝から机に突っ伏している男子生徒。
誰も挨拶を返さない奴はいない。
それには無論俺も含まれる。
彼女は誰も気づかないような俺にも挨拶をしてくれる。
彼女の名前は『萩原咲乃』。
成績は優秀、性格は善人で真人間、見た目は前記の通り美少女。
こっそりささやかれている肩書きは『完璧の体現者』。
ひねりもないネーミングだ。面白くない。
とにかく。
彼女は人間の理想とも言える人間なのだ。
ま、俺は人間っつーか、幽霊なんだけどね。何で彼女見えてんのかなぁ?
どうやら彼女は霊感まで完備しているようだった。