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勇者に村を焼かれた俺、魔王に育てられた結果“復讐か赦しか”を問われる  作者: 猿渡カエル
〜プロローグ:最後の夕暮れと拾われし子 〜
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第3話 闇が抱いた未来


  黒霧の森を抜けた瞬間、世界の温度が音もなく落ちた。

 皮膚を刺す寒さではない。もっと深い――骨の奥を凍らせるような、世界そのものの冷たさだ。


 雪原は地平線の向こうまで続き、吹雪は途切れる気配さえ見せない。


 セレヴァール魔王国。

 永い冬に閉ざされた魔族たちの大地。


 その中心に、黒い刃のような巨城がそびえ立っていた。

 魔王城アレクサンドリア。


 氷雪の中庭に黒いひび割れが走り、深紅の魔力がにじむ。

 次の瞬間、空間がゆらぎ、闇の転移陣が花開くように広がった。


 三つの影が姿を結んだ。


 先頭を歩むのは――夜を統べる始祖ヴァンパイアの少女、エイナ・インフェリアール。

 その背後に続く二つの影。


 秩序と星霊の魔術を操る静かな知性、悪魔族のリュカ・エーデンヴァルト。

 影と幻影を統べる沈黙の魔女、ダークエルフのラズリ・マール。


 そして、エイナの腕の中には――ひとりの赤子が眠っていた。


 極寒の世界でたった一つの温もり。

 夜明け前の焔のように、確かで、消えなかった。


「ま、魔王様……!? そ、その子……人間……?」

「赤子を……抱いて……?」


 黒月侍女団(メイド)が驚愕に目を見張る。

 エイナは赤子を抱え直し、静かに命じた。


「五柱を円卓の間へ集めよ。急ぎじゃ。」


「は、はいっ!」


 侍女たちは氷を砕くような足音を残して駆けてゆく。


 リュカは胸に手を当て、深い息を吐いた。


「……魔王様の魔力……あれほど荒れていたのに……

 この子が……鎮めてしまったのですね……」


 ラズリは赤子を見つめ、小さく瞬いた。


「魔力の乱れも……この子の周囲だけ静まっているのだわ。

 本当に……不思議な子なのだわ……」


「そうじゃ。こやつが……わらわを止めた。」


 エイナは赤子の髪をそっと撫でる。

 幼い指は深紅の髪を掴んだまま、離さなかった。


「行くぞ。円卓が待っておる。」


 エイナが歩き出すと、吹雪はその軌跡を避けるように凪いでいった。



 魔王城――円卓の間。

 黒鉄と氷晶で構成された巨大な扉が開くと、すでに三つの影が揃っていた。


「ちょ、ちょっとリュカ遅いって!

 で、それ……ほんとに赤ちゃん!?

 え、やば……可愛すぎるんだけど……!」


 黒炎と本能の刃を振るう戦場の疾走姫、悪魔族のミリアが弾けるように駆けてくる。


「……マジで赤子じゃねぇか……

 魔王様が抱いて帰るとか……どういう日だよ……」


 鋼のような腕を組むハイオーク、グロン・バルカン。

 ただ立っているだけで空気が震える。


「魔王様……その子は……エルベ村で……?」


 静かに跪いたのは、礼節の貴公子、ヴァンパイアのセラフィル・ノクターン。


 五柱が揃うと、エイナは赤子を抱えたまま円卓の中心に立った。


「……遅かった。着いた時には、村はすでに焼け落ちておった。」


 ミリアが息を呑む。


「そんな……じゃあ、生き残りは……?」


「この子だけじゃ。」


「魔力痕の件、話せ。」


 促され、リュカが一歩前へ進む。


「……焼け跡から、雷属性の強い残留魔力が検出されました。

 波形は――勇者リュート・バラッドのものと一致します。」


「勇者が……やりやがったってのか……?」


 グロンの声が沈んだ。


 ラズリが影を揺らす。


「倒れていた二人……魔族商人なのだわ。

 赤子と村人を庇って……最期まで守ろうとしていたのだわ。」


 ミリアは唇を噛む。


「……魔族が……人間を守って倒れるなんて……

 本当に……誇りだよ……」


「抵抗の跡はほとんど無かったのだわ。

 家々は外から焼かれ……誰も逃げられなかったはずなのだわ。」


 セラフィルが静かに頷く。


「……恐らく、魔王様の御推察に相違ないかと。」


 エイナは赤子の頬にそっと指を添えた。


「エルベ村は……魔族を拒まぬ村じゃった。

 交易記録にも残っておる、善き隣人よ。」


 五柱の表情が沈む。


「ゆえに……奪われた命が、あまりにも重い。」


 赤子が小さく手を伸ばした。

 その温もりに、エイナの瞳がほんの少しだけ緩む。


「この子は……わらわを恐れなんだ。

 偏見もなく……ただ手を伸ばしてきた。」


「魔王様……そんな柔らかい顔……」


「よ、余計なことを言うな、ミリア!」


 咳払いひとつ。

 エイナは五柱を見渡し、静かに告げる。


「この子の名は――エイデン。

 エイデン・インフェリアール。

 今日より“わらわの子”として生きる。」


 円卓の空気が揺らいだ。


「えっ……えっ!?

 じゃ、じゃあ私……お姉ちゃんポジ!?

 やば……嬉しすぎる……!!」


「すげぇ話だな……魔王様の子かよ……」


「魔王様……全身全霊でお守りします……!」


「未来のために……力を尽くすのだわ……」


「礼節は、私が責任を持ちます。」


 それぞれの誓いが重なっていく。


「剣の稽古は――」


「「「まだ早い!!!」」」


「わ、わかったって……!」


 グロンが肩を落とし、ミリアが笑い、場の緊張が少しほどけた。


 エイナは赤子を侍女へ託す。


「深く眠っておる。丁重にな。」


「は、はいっ!」


 そして五柱へ向き直る。


「勇者どもとの対決は避けられぬ。

 ……じゃが、今は勝つ必要はない。」


「え? いや、勝てるでしょ?」


「容易い。ゆえに――勝たぬ。」


 円卓が静まり返った。


「わらわは“負けたふり”をして退く。

 今は――エイデンを育てるのが最優先じゃ。」


 ラズリが小声で呟く。


「……慢心した勇者は……自ら影を見るのだわ。」


「その通りじゃ。」


 エイナの魔力が深紅の炎のように揺れる。


「ゆくぞ。勇者どもに――会いに。」


「「「「「御意!!」」」」」


 吹雪の闇の向こうへ踏み出す魔王と五柱。

 その背で眠る小さな息遣いだけが、凍りつく世界に静かな光を灯していた。

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