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勇者に村を焼かれた俺、魔王に育てられた結果“復讐か赦しか”を問われる  作者: 猿渡カエル
〜プロローグ:最後の夕暮れと拾われし子 〜
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第2話 拾われし子、運命の名を授かる夜

 夜空は裂けたように赤く染まり、黒煙が村を覆っていた。

 つい数刻前まで穏やかだったエルベ村は、いまや炎と死の色に沈んでいる。

 悲鳴、怒号、金属音。

 冷たい夜風は、焦げた藁と血の匂いを遠くまで運んでいった。


 村の中央では、悪魔族の青年が村人を背に庇い、必死に剣を振るっていた。

 額は汗に濡れ、呼吸は荒い。

 それでも、その瞳だけは折れていなかった。


「逃げて! 僕が……っ!」


 彼の背では、片腕から血を流すダークエルフの女性が炎の中を駆けていた。


「赤子は……どこなの……!

 お願い……声を……!」


 焼け落ちる屋根の下へ潜り、倒れた村人を押しのけ、

 か細い泣き声を頼りに家々を走り回る。


 しかし、その必死の奔走にも限界があった。


 ——そして、炎の向こうに影が立った。


 金の装飾を施した大剣を肩に担ぎ、

 まるで“当然の権利”を確認するかのように村を見下ろす男。


 勇者リュート・バラッド。


 額に汗ひとつない。

 その存在は狂気ではなく、“確信”の色をまとっていた。


「勇者への協力を拒み、魔族と通じた村……か。

 お前たちは“人間の敵”だ。」


 夜風が止まり、炎だけが揺れた。


「正義に背いた者は——死んで償え。」


 振り下ろされた大剣は炎をまとい、

 悪魔族の青年は胸を貫かれた。

 ダークエルフの女性は、最後の力で地面へ指を伸ばす。


『子……まも……』


 歪んだ文字。それが彼女の最期だった。


 エルベ村は、静寂に沈んだ。


 



 風に焼け焦げた木片が舞う。

灰が地面を覆い、村の形だけがかろうじて残っている。


 その焼け跡へ、黒霧の森から三つの影が現れた。


 深紅の髪をふわりと揺らし、冷たい瞳で村を見渡す少女。

 魔王エイナ・インフェリアール。


 その背後には、悪魔族の魔術師リュカ・エーデンヴァルト、

 褐色肌のダークエルフ、ラズリ・マールが続く。


「……遅かった、か。」


 エイナの呟きは、崩れた家々へ吸い込まれていった。


 リュカが魔力探知を広げると、すぐに顔色を失う。


「……反応、ありません……

 村人は……みんな……」


 ラズリは鼻を押さえ、視線を落とす。


「焦げた木と……血の匂い……

 ひどいのだわ……」


 二人の亡骸へ歩み寄り、エイナは静かに膝をついた。

 その表情は怒りよりも、深い悲しみに近い。


「……そなたら、よく戦ったの。」


 地面に刻まれた文字が、夜気の中で揺れる。


『子……まも……』


 エイナの瞳が、わずかに揺れた。


「最後まで……誰かを守ろうとしたのじゃな。」


 その一言とともに、エイナの魔力が吹き上がる。


 ——バリバリバリッ。


 大地が軋み、空気が重く沈む。

 残っていた炎が一斉に消え、夜風が逆巻いて渦を巻いた。


「ま、魔王様……っ!」

 リュカが膝をつき、胸を押さえる。


「ま、魔力が……強すぎ……!」

 ラズリも足を震わせ、一歩後ずさる。


 エイナは亡骸へ手を添え、声を押し殺すように呟く。


「罪なき者ばかりが……なぜ奪われる。」


 それは魔王の“本心”。

 世界の理への、静かで深い怒りだった。


 


 ——その時。


 かすかな泣き声が、風に乗って届いた。


「……泣き声……?」

 リュカが顔を上げる。


「この先……生きている子が……!」

 ラズリが指を向けた。


 エイナは迷わず歩き出す。

 瓦礫をどかし、倒れた柱を押さえ、奥へ奥へと進む。


 そして――辿り着いた。


 



 冷たくなった母の腕の中で、ひとりの赤子が泣いていた。


 焦げた匂いと血の気配の中で、

その幼い命だけが、確かに生きていた。


 エイナはふと歩みを止めた。


 赤子はただ泣いているだけ。

 しかし――


 胸の奥が、かすかに震えた。


(……いま……なんじゃ……?

 この……懐かしいような……痛むような……)


 説明のつかないざわめき。

魔王である自分しか触れられない“何か”。


 ほんの一瞬、炎の揺らぎが弱まり、風がそっと静まった。


 エイナは息を呑んだが、すぐに違和感を飲み込む。


(……考えすぎじゃ……)


 けれど、そのわずかな感覚は胸奥に残り続けた。


 エイナはそっと赤子を抱き上げる。


 腕の中へ収まった瞬間、暴れ狂っていた魔力が静まり返った。


「……魔力の暴走が……止まった……」

 リュカが呆然と呟く。


「この子……ただ者では……ないのだわ……」

 ラズリが震える声で言う。


 赤子は泣き止み、エイナの髪をぎゅっと掴んだ。

 ただの赤子の仕草のはずなのに、

 胸奥のざわめきが“何かの意味”を持つように響く。


(……この子……一体……)


 その先を言葉にすることはなかった。


 



 エイナは赤子をしっかり抱き寄せる。

 魔王ではなく、ひとりの女性のように。


「……この子は、わらわが育てる。」


 短く、揺るぎのない決意。


 空を見上げ、小さな命に名を授ける。


「名を授けよう。

 今日よりお前は——エイデン。

 エイデン・インフェリアールじゃ。」


「わらわの“子”として、生きよ。」


 焼け落ちた村のただ中で、

 その命名の声だけが、静かに未来を照らし始めた。

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