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第12話:後編 影は血を継ぎ、光へ仕える



 その夜。


 魔王城は、いつもより静かだった。


 雪が降っている音が、遠くに聞こえる。


 エイデンは目を覚ましていた。


 眠れないわけじゃない。

 ただ、胸の奥が落ち着かなかった。


 廊下の向こうで、低い声が揺れた気がした。



 円卓の間の扉は、少しだけ開いていた。


 赤い灯りが、床に細く伸びている。


 五柱の影が、長く揺れていた。


 その奥に――


 エイナが立っている。


「……今夜は、星がよく見える」


 振り返った紅い瞳が、灯りを受けて光る。


 エイデンは、息を止めた。


 声が、いつもより深い。



守影(シャドウ)とは、本来“護る影”じゃ」


 その言葉は、静かに落ちた。


「声を上げず、刃も滅多に抜かぬ。

 主の背を支えるだけの影」


 エイデンは、ネフィラを思い浮かべる。


 いつも笑っていて、

 そばに立っていて、

 ぎゅっと抱きしめてくれた、あの影。


 でも。


 赤い夜の中で見たネフィラは、違った。


 速かった。


 迷わなかった。



「だが――」


 ひとつ、灯が揺れた。


「あの子の……ネフィラの歩き方は違う」


 円卓の空気が、少し沈む。


「守る影ではなく……狩る影じゃ」


 その言葉に、胸がひくりと震えた。


 狩る。


 その響きは、冷たい。



「昔――」


 エイナの声が、わずかに低くなる。


「魔族が力を誇示し、血で世界を黙らせた時代があった」


 灯りが揺れた。


 部屋の温度が、下がる。


「魔王の影として、夜を渡った者どもがいた」


 名は、言わない。


 けれど。


 空気が知っている。


 怖い匂いが、わずかに漂う。


黒月裏守(クロウ)


 その名が落ちた瞬間、

 エイデンの背に、ぞわりと寒気が走った。



 エイナの声は淡々としている。


 だが、言葉だけが重い。


 朝の来なかった谷。

 赤く染まり続けた雪。

 影に溶けた町。


 エイデンは、光景を想像してしまう。


 白い雪が、赤くなる。


 胸の奥が、ぎゅっと縮む。



「わらわは、即位と同時に黒月裏守(クロウ)を廃した」


 その声は、誇りを含んでいた。


「力で黙らせる時代は終わった」


 エイデンは、少し息をつく。


 終わった。


 そう言ってくれた。



「……ただひとつだけ、影を呼び戻す理由があった」


 その瞬間。


 エイナの視線が、扉の方へ向く。


 エイデンは、びくりとする。


「わらわが、あの子を抱いた時じゃ」


 胸が、どくんと鳴った。



「胸の奥に、名のつかぬざわめきが落ちた」


 未来の影。

 過ぎ去った炎。


 勇者の匂い。


 王国の歪み。


 宿命。


 どれも分からない。


 けれど、“狙われる”という言葉だけが、はっきりと胸に残った。



「ゆえに、影を置いた」


 その声は、揺れない。


「だが黒月裏守(クロウ)を復活させたわけではない」


 紅い瞳が細まる。


「ネフィラは“影の系譜”を継いでおる。

 じゃが、黒月裏守(クロウ)とは違う」


 エイデンの手が、無意識に握られる。



「恐怖のためではなく……」


 ほんのわずか、間。


「ただ一人の子を守るために使う影など――」


紅い瞳が、静かに細まる。


「……それも、人の子のためになど。歴史上、存在せなんだ」


 胸の奥が、熱くなる。


「ネフィラは、それを選んだ」


 わらわではなく。


 エイデンのために。



 その言葉が、まっすぐ刺さる。


 息が、少し乱れる。


 ネフィラが、選んだ。


 自分のために。



「そして……あの子は今夜こう言うた」


 五柱の影が、わずかに動く。


「“つよくなりたい。ぼくも、まもりたい”と」


 顔が熱くなる。


 聞かれていた。


 あの言葉。



「ゆえに、明日より育成を任せる」


 静かな宣言。


「剣も、魔も、心も。

 光を目指す道も、影に足を取られる危うさも」


 すべてを。


「必要なものは、すべて教えてやれ」


 その言葉が、胸に落ちる。



 窓の外で、星がひとつ流れた。


 エイデンは、そっと扉から離れる。


 胸の奥が、静かに熱い。


(……ネフィラは……影)


(……でも……)


 あの腕は、あたたかかった。


 あの声は、やさしかった。


 影が、怖いだけとは思えなかった。



(……ぼく、つよくなる)


 誰にも聞こえない声で、呟く。


 光のために。


 影を知るために。


 そして。


 いつか。


 自分で選ぶために。


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