第12話:前編 五柱の夜談──影の気配
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魔王城・円卓の間。
魔灯が静かに揺れている。
黒樽酒の匂いが、夜をやわらかく満たしていた。
外は吹雪。
だが、この部屋だけは遠い。
五つの影が、卓を囲む。
その夜は――
黙っていられなかった。
◇
どん、と杯が置かれる。
「……っくー! エイデン無事でほんっとよかったわ!」
ミリアが黒樽酒を一息に飲み干す。
「あの獣人……今思い出してもぶっ飛ばしたくなるんだけど!」
背で黒炎が、ちり、と揺れた。
「姉様……炎……」
リュカが指先で示す。
「あっ……出てた? もう消したし!」
消えている。
だが、熱はまだ残っていた。
◇
ラズリはカップを両手で包み、静かに言う。
「……エイデン……本当に怖かったのだわ。
あの子の中には……まだ“赤い夜”が残っているのだわ……」
言葉はやわらかい。
けれど、重い。
セラフィルが杯を置く。
「それでも“赦し”を選ばれました。
あのような地獄の心地の中で……でございます」
静かな声音。
「エイデン様の御心……あれは、尊いものでございます」
◇
氷結葡萄酒を揺らしながら、リュカがぽつりと落とす。
「……リーゴさんを見て……“かわいそう”って目、してた……」
視線が揺れる。
「あれだけ怖い思いしたのに……普通、できない……」
ほんの少し、空気が冷える。
「私には……“壊れた物”にしか見えなかった……」
誰もすぐには返さない。
沈黙を破ったのは、低い声だった。
「……エイデンは強ぇよ」
グロンが杯を空にする。
「泣きながらでも逃げねぇ。
人を捨てなかった。
そういうガキだ」
四人が、わずかにうなずく。
◇
ふいに、ミリアが身を乗り出した。
「でさ」
空気が変わる。
「ネフィラのことなんだけど」
視線が集まる。
「守影って、守るのが仕事でしょ?
普通さ、無力化して終わりじゃん?」
指先を、くるりと回す。
「でもあいつ……違ったよね」
黒炎は出ていない。
その分、声は真顔だった。
「“仕留めにいく”動きだった」
室内が、わずかに沈む。
◇
リュカが、静かに続ける。
「……うん。
全部、急所だった……迷いがなかった……」
目が伏せられる。
「護衛の範囲……超えてる。
あれ……“必要な分だけ殺す”って動き……」
◇
ラズリの声は、霧のように薄い。
「……守る影ではなく……
“狩る影”のようだったのだわ……」
その言葉は、部屋の奥に落ちる。
◇
「急所を外した攻撃が一つもございませんでした」
セラフィルが淡々と告げる。
「侍女として習得できる域では……ございませぬ」
◇
最後に、グロンが腕を組む。
「……戦士の踏み込みじゃねぇ」
短い間。
「もっと深ぇ。“影の仕事”の手だ」
誰も、反論しない。
◇
視線が交差する。
疑念は、音を立てずに膨らむ。
ミリアが声を落とす。
「ねえ……」
炎のない目で、言う。
「ネフィラって……ほんとに“ただの守影”なの?」
その瞬間。
空気が、ひくりと震えた。
◇
音はない。
だが、気配だけが扉の向こうから沁みてくる。
五柱は、無意識に姿勢を正した。
扉が、静かに開く。
◆
紅の髪が、灯りを受けて揺れる。
闇を連れた気配が、部屋を満たした。
「夜更けに、ずいぶんと楽しそうじゃな」
その一声で、灯の揺れが止まる。
セラフィルが即座に立ち、礼を取る。
「魔王様」
エイナは一歩、進む。
紅い瞳が、五柱を順に射抜く。
「ネフィラのことよな」
誰も、息を呑む音すら立てない。
「ちょうどよい」
声は静かだ。
「そなたらにも、話す時が来た」
闇が、ゆっくりと深くなる。
「守影とは──」
紅い瞳が、わずかに細められる。
「そなたらが思っておるより……
ずっと深い“影”じゃ」
部屋の温度が、確かに落ちた。
何かが、開く。
音はしない。
だが、確実に。
影の扉が。




