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第12話:前編 五柱の夜談──影の気配



 魔王城・円卓の間。


 魔灯が静かに揺れている。

 黒樽酒の匂いが、夜をやわらかく満たしていた。


 外は吹雪。

 だが、この部屋だけは遠い。


 五つの影が、卓を囲む。


 その夜は――

 黙っていられなかった。



 どん、と杯が置かれる。


「……っくー! エイデン無事でほんっとよかったわ!」


 ミリアが黒樽酒を一息に飲み干す。


「あの獣人……今思い出してもぶっ飛ばしたくなるんだけど!」


 背で黒炎が、ちり、と揺れた。


「姉様……炎……」


 リュカが指先で示す。


「あっ……出てた? もう消したし!」


 消えている。


 だが、熱はまだ残っていた。



 ラズリはカップを両手で包み、静かに言う。


「……エイデン……本当に怖かったのだわ。

 あの子の中には……まだ“赤い夜”が残っているのだわ……」


 言葉はやわらかい。


 けれど、重い。


 セラフィルが杯を置く。


「それでも“赦し”を選ばれました。

 あのような地獄の心地の中で……でございます」


 静かな声音。


「エイデン様の御心……あれは、尊いものでございます」



 氷結葡萄酒を揺らしながら、リュカがぽつりと落とす。


「……リーゴさんを見て……“かわいそう”って目、してた……」


 視線が揺れる。


「あれだけ怖い思いしたのに……普通、できない……」


 ほんの少し、空気が冷える。


「私には……“壊れた物”にしか見えなかった……」


 誰もすぐには返さない。


 沈黙を破ったのは、低い声だった。


「……エイデンは強ぇよ」


 グロンが杯を空にする。


「泣きながらでも逃げねぇ。

 人を捨てなかった。

 そういうガキだ」


 四人が、わずかにうなずく。



 ふいに、ミリアが身を乗り出した。


「でさ」


 空気が変わる。


「ネフィラのことなんだけど」


 視線が集まる。


守影(シャドウ)って、守るのが仕事でしょ?

 普通さ、無力化して終わりじゃん?」


 指先を、くるりと回す。


「でもあいつ……違ったよね」


 黒炎は出ていない。


 その分、声は真顔だった。


「“仕留めにいく”動きだった」


 室内が、わずかに沈む。



 リュカが、静かに続ける。


「……うん。

 全部、急所だった……迷いがなかった……」


 目が伏せられる。


「護衛の範囲……超えてる。

 あれ……“必要な分だけ殺す”って動き……」



 ラズリの声は、霧のように薄い。


「……守る影ではなく……

 “狩る影”のようだったのだわ……」


 その言葉は、部屋の奥に落ちる。



「急所を外した攻撃が一つもございませんでした」


 セラフィルが淡々と告げる。


「侍女として習得できる域では……ございませぬ」



 最後に、グロンが腕を組む。


「……戦士の踏み込みじゃねぇ」


 短い間。


「もっと深ぇ。“影の仕事”の手だ」


 誰も、反論しない。



 視線が交差する。


 疑念は、音を立てずに膨らむ。


 ミリアが声を落とす。


「ねえ……」


 炎のない目で、言う。


「ネフィラって……ほんとに“ただの守影(シャドウ)”なの?」


 その瞬間。


 空気が、ひくりと震えた。



 音はない。


 だが、気配だけが扉の向こうから沁みてくる。


 五柱は、無意識に姿勢を正した。


 扉が、静かに開く。



 紅の髪が、灯りを受けて揺れる。


 闇を連れた気配が、部屋を満たした。


「夜更けに、ずいぶんと楽しそうじゃな」


 その一声で、灯の揺れが止まる。


 セラフィルが即座に立ち、礼を取る。


「魔王様」


 エイナは一歩、進む。


 紅い瞳が、五柱を順に射抜く。


「ネフィラのことよな」


 誰も、息を呑む音すら立てない。


「ちょうどよい」


 声は静かだ。


「そなたらにも、話す時が来た」


 闇が、ゆっくりと深くなる。


守影(シャドウ)とは──」


 紅い瞳が、わずかに細められる。


「そなたらが思っておるより……

 ずっと深い“影”じゃ」


 部屋の温度が、確かに落ちた。


 何かが、開く。


 音はしない。


 だが、確実に。


 影の扉が。

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