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第11話 星の下で──小さな決意



 雪市事件の裁きが終わった夜。


 魔王城は、息を潜めたように静まり返っていた。


 エイナの居室のバルコニーに出ると、ひやりとした風が足もとを撫でる。

 石の欄干の向こうには、白い大地と、星の海。


 きれいだった。


 なのに。


 胸の奥には、まだ小さなざわめきが残っている。


 毛布にくるまったエイデンは、エイナの膝の横にちょこんと座り、夜空を見上げた。


(……こわかった……)


 息を吸う。


(……でも……ここは、こわくない……)


 その時、背後で扉が音もなく開いた。


 ほのかに甘い香りが流れ込む。


 星明かりの中、ネフィラが盆を抱えて立っていた。


「エイデンくん……温かいの、持ってきたよ」


 差し出された陶器のカップから、白い湯気が立ちのぼる。

 その中に、小さな光がちらりと混じった気がした。


「“月花茶”っていうの。

 眠れない夜に飲むお茶なんだよ」


 両手で受け取る。


 甘く、静かな香り。


 冷たくも熱くもない。

 星の光が溶けたみたいな匂いだった。


「……ありがとう」


「飲めるぶんだけでいいからね」


 ネフィラは笑った。


 けれど、その影がわずかに揺れた。


 気のせいかもしれない。


 ネフィラはエイナに一礼し、エイデンのすぐ後ろ――

 星明かりのぎりぎり届く場所に立つ。


 影が、寄り添う。


 それだけで、胸のざわめきが少し静まった。



「眠れぬのか、エイデン」


 エイナは星を見たまま言う。


 紅の髪が夜風に揺れ、月明かりが縁を淡く照らす。


「……うん……

 胸が……ぎゅって……」


「そうか」


 指先が頬に触れる。


 月花茶より、やわらかい。


「こわかったのじゃな」


 その一言で、胸のざわめきに“名前”がついた。


「……うん」


 少しだけ、息が通る。


「でも……ネフィラも……エイナも……

 みんな……まもってくれた……」


 背後で、影がわずかに震えた。


(……ぎゅって抱いてくれた……)


 あの熱。

 あの腕の強さ。


 こわさの中に、確かにあった温もり。


 胸のざわめきが、ゆっくりと形を変えていく。



「……母さま」


「なんじゃ」


 毛布の端を握りしめる。


「ぼく……つよくなりたい」


 言った瞬間、心臓が跳ねた。


 湯気が揺れる。


 エイナがゆっくりとこちらを向く。


 その瞳は、夜の底に星を落としたように深い。


「……なぜ、強くなりたい?」


 問われると、胸が熱くなる。


「ぼく……まもられたの……

 こわいの……へったの……

 そばにいてくれて……あったかかった……」


 言葉が、少しずつ落ちていく。


「だから……ぼくも……

 だれかを……まもれるひとに……なりたい……」


 風が止む。


 エイナは、しばらく何も言わなかった。



「……強さとはの」


 静かな声。


「剣も、魔も、心も……すべて強さじゃ」


 星をひとつ見上げる。


「守る力にもなる。

 壊す力にもなる」


 その言葉は、夜に溶けず、胸の奥に落ちてくる。


「強くなりたいと願うことは……選ぶということじゃ。

 何を守り、何を断つか。

 いつか、お主が決めねばならぬ」


 意味の全部は分からない。


 けれど、重さは分かる。


 エイナは、ふっと笑った。


「……もしかすると……いや、今はよい」


 その笑みは、あたたかくて、少しだけ遠かった。


「望むなら、学ぶがよい。

 剣も、魔も、心も。

 わらわも五柱も……力を貸そう」


「……ほんとう?」


「ほんとうじゃとも」


 手が頭を撫でる。


 月花茶より、あたたかい。


「エイデン。

 お主はお主の道を歩めばよい。

 わらわは、どこまでもそばにおる」


「……うん……!」


 毛布の中で、小さく拳を握る。


(……ぼく、つよくなる)


 星がまたたく。


(……いつか……だれかを……まもれるように……)


 風が、その決意を包む。


 魔王城の夜は、静かだった。


 まだ小さな誓いを、

 誰にも告げずに抱いたまま。

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