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第10話 裁きの儀──闇は罪ではなく、光を知るための影


 謁見室は、広いのに静かだった。

 静かすぎて、息を吸う音まで響いてしまいそうで、

 エイデンは無意識に、呼吸を浅くする。


 蒼い灯が、ゆらゆらと揺れている。

 壁に伸びた影は長く、重なり合って、形が分からない。


 その影が、こわかった。


 エイデンは、エイナの衣の端をぎゅっとつまむ。


(……こわい……

 でも……母さまが、いる……)


 後ろには、五柱が立っている。

 いつもより近くて、

 いつもより静かで――

 その静けさが、胸の奥をきゅっと締めつけた。


 ミリアの背中で、黒い火みたいなものが、ほんの一瞬揺れた気がする。

 リュカがこちらを見たとき、空気がひやりと冷えた。

 ラズリは黙ったまま、何かを考えている顔をしている。

 セラフィルの視線は、まっすぐで、少しだけ痛かった。

 グロンが体を動かすたび、床がごくん、と鳴ったように感じて――


 それだけで、胸がすこし苦しくなる。



 重い扉が、開いた。


 ゆっくり。

 ゆっくりと。


 誰かが、連れてこられる。


 ――リーゴだった。


 足を引きずり、膝が震え、顔はこわばっている。

 その姿を見た瞬間、エイデンの胸がぎゅっと縮んだ。


 赤い光が、遠くでちらっと思い出される。


 その瞬間。


 ネフィラが、すぐにしゃがんで、エイデンを抱き寄せた。


「……エイデンくん。

 もう大丈夫。こわいのは来ないよ。

 あたしが、いるから」


 やさしい声。

 なのに、ほんの少しだけ震えている。


 腕の力も、いつもより強かった。


 ネフィラの指が、何度も確かめるように、背中に触れる。


(……ね、ねふぃら……

 こわかったの……?)


 小さくたずねると、ネフィラは首を横に振った。


「違うよ。

 エイデンくんがこわかったのが……つらかっただけ」


 その言い方が、胸の奥に、じんわりと滲んだ。



 リーゴは、膝をついたまま動けなかった。


 息が白く揺れている。

 寒くないはずなのに、ひどく寒そうに見えた。


 エイナが、一歩前に出る。


 その歩く音だけで、謁見室の空気が沈む。


「……名を述べよ」


 静かな声。

 けれど、リーゴの肩が、びくっと跳ねた。


「……り、リーゴで……ございます……」


 小さな声。


 その瞬間、ミリアの背で、黒い火がちりっと揺れた気がした。



 その火よりも――

 ミリアの声のほうが、こわかった。


「家族を奪われたから、エイデンを殺す気になったの?」


 笑っているように聞こえる。

 けれど、まったく笑っていない。


「じゃあさ。

 あたしもその理由で、獣人全員、焼いていいよね?」


 黒い火が、ふっと大きくなる。

 空気が、かっと熱くなった。


 黒月侍女団(メイド)が、息を呑んだ気配がした。


「やめろ」


 グロンの低く重い声が、ミリアの肩を押さえる。


 その一言で、火はおさまった。



 次に、リュカが進み出た。


 こちらを向いた瞬間、エイデンの体がびくっとする。


 リュカの目は、光が抜けたみたいで、

 その目が、とてもこわかった。


「……これ……許すの……?

 エイデンを殺そうとした……“もの”なのに……」


 リーゴが、小さく震える。

 リュカを見るのがこわいのは、リーゴも同じみたいだった。


 エイデンの肩が、思わずすくむ。


「……エイデン、大丈夫……?」


 その声で、リュカの目がやさしく戻った。


 手が、そっと伸びて、エイデンの背に触れる。



 ラズリが、静かに問いかける。


「……なぜ、止まれなかったのだわ……?」


 やさしい声。

 なのに、リーゴは、さらに小さくなる。


「違う……違うんだ……

 気づいたら……赤くて……

 止められなかった……!」


 ラズリは、少しだけ目を伏せた。


 何を思ったのか、エイデンには分からない。



 セラフィルが、一歩前へ出る。


 その動きだけで、空気が、まっすぐになる。


「……あなたが、エイデン様に刃を向けた者。

 償うことは、避けられません」


 丁寧な声。

 けれど、逃げ道はなかった。


 リーゴは、さらに縮こまる。



 エイナが、前へ出た。


 その瞬間、謁見室の空気が、深く沈む。


「リーゴ」


 名前を呼ばれただけで、

 リーゴは、額を床に押しつけた。


 エイデンは、エイナの衣を、またつまんだ。

 こわいのに、離したくなくて、指に力が入る。


「……お主の痛み、否定はせぬ」


 ゆっくりとした声。


 怒っている声ではない。

 なのに、胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


「じゃが……

 その刃を、この子に向けたこと……

 それだけは、許されぬ」


 エイナの手が、そっとエイデンの頭に触れた。


 それだけで、息が通る。


「セレヴァールは、力の国ではない。

 理性と赦しで、影を断つ国じゃ。

 ……闇は罪ではなく、光を知るための影」


 意味は、よく分からない。


 けれど、その声は、とても優しかった。



「……氷鉱での労役、十年。

 その後は……心を……戻せ」


 エイナの声が、静かに響く。


「逃げれば処す。

 じゃが、生きて償え。

 それが、光へ向かう第一歩じゃ」


 リーゴは、泣き崩れた。


「すまねぇ……すまねぇ……!」


 大人が泣いている姿を見ると、

 胸が、きゅっと痛くなる。


「……ぼく……ゆるす……

 ねふぃらが……まもってくれたから……

 ぼく……もう、こわくない……」


 自分でも、よく分からないまま、言葉がこぼれた。


 ネフィラが泣きながら、そっと抱き寄せる。


「……エイデンくん……

 もう、こんなの見せないから……

 あたしが、一生、守るから……」


 その声が、胸の奥にしみた。



「……裁きは下った。連れていけ」


 エイナの言葉で、侍女団が動く。


 リーゴが連れていかれ、扉が閉じる。


 静かになった謁見室で、

 エイデンは、ネフィラの腕の中で、息を吐いた。


(……こわかった……

 でも……みんな……いた……

 ぼく、ひとりじゃ……ない……)


 胸の震えが、ようやく、少しずつ消えていった。

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