第10話 裁きの儀──闇は罪ではなく、光を知るための影
謁見室は、広いのに静かだった。
静かすぎて、息を吸う音まで響いてしまいそうで、
エイデンは無意識に、呼吸を浅くする。
蒼い灯が、ゆらゆらと揺れている。
壁に伸びた影は長く、重なり合って、形が分からない。
その影が、こわかった。
エイデンは、エイナの衣の端をぎゅっとつまむ。
(……こわい……
でも……母さまが、いる……)
後ろには、五柱が立っている。
いつもより近くて、
いつもより静かで――
その静けさが、胸の奥をきゅっと締めつけた。
ミリアの背中で、黒い火みたいなものが、ほんの一瞬揺れた気がする。
リュカがこちらを見たとき、空気がひやりと冷えた。
ラズリは黙ったまま、何かを考えている顔をしている。
セラフィルの視線は、まっすぐで、少しだけ痛かった。
グロンが体を動かすたび、床がごくん、と鳴ったように感じて――
それだけで、胸がすこし苦しくなる。
◆
重い扉が、開いた。
ゆっくり。
ゆっくりと。
誰かが、連れてこられる。
――リーゴだった。
足を引きずり、膝が震え、顔はこわばっている。
その姿を見た瞬間、エイデンの胸がぎゅっと縮んだ。
赤い光が、遠くでちらっと思い出される。
その瞬間。
ネフィラが、すぐにしゃがんで、エイデンを抱き寄せた。
「……エイデンくん。
もう大丈夫。こわいのは来ないよ。
あたしが、いるから」
やさしい声。
なのに、ほんの少しだけ震えている。
腕の力も、いつもより強かった。
ネフィラの指が、何度も確かめるように、背中に触れる。
(……ね、ねふぃら……
こわかったの……?)
小さくたずねると、ネフィラは首を横に振った。
「違うよ。
エイデンくんがこわかったのが……つらかっただけ」
その言い方が、胸の奥に、じんわりと滲んだ。
◆
リーゴは、膝をついたまま動けなかった。
息が白く揺れている。
寒くないはずなのに、ひどく寒そうに見えた。
エイナが、一歩前に出る。
その歩く音だけで、謁見室の空気が沈む。
「……名を述べよ」
静かな声。
けれど、リーゴの肩が、びくっと跳ねた。
「……り、リーゴで……ございます……」
小さな声。
その瞬間、ミリアの背で、黒い火がちりっと揺れた気がした。
◆
その火よりも――
ミリアの声のほうが、こわかった。
「家族を奪われたから、エイデンを殺す気になったの?」
笑っているように聞こえる。
けれど、まったく笑っていない。
「じゃあさ。
あたしもその理由で、獣人全員、焼いていいよね?」
黒い火が、ふっと大きくなる。
空気が、かっと熱くなった。
黒月侍女団が、息を呑んだ気配がした。
「やめろ」
グロンの低く重い声が、ミリアの肩を押さえる。
その一言で、火はおさまった。
◆
次に、リュカが進み出た。
こちらを向いた瞬間、エイデンの体がびくっとする。
リュカの目は、光が抜けたみたいで、
その目が、とてもこわかった。
「……これ……許すの……?
エイデンを殺そうとした……“もの”なのに……」
リーゴが、小さく震える。
リュカを見るのがこわいのは、リーゴも同じみたいだった。
エイデンの肩が、思わずすくむ。
「……エイデン、大丈夫……?」
その声で、リュカの目がやさしく戻った。
手が、そっと伸びて、エイデンの背に触れる。
◆
ラズリが、静かに問いかける。
「……なぜ、止まれなかったのだわ……?」
やさしい声。
なのに、リーゴは、さらに小さくなる。
「違う……違うんだ……
気づいたら……赤くて……
止められなかった……!」
ラズリは、少しだけ目を伏せた。
何を思ったのか、エイデンには分からない。
◆
セラフィルが、一歩前へ出る。
その動きだけで、空気が、まっすぐになる。
「……あなたが、エイデン様に刃を向けた者。
償うことは、避けられません」
丁寧な声。
けれど、逃げ道はなかった。
リーゴは、さらに縮こまる。
◆
エイナが、前へ出た。
その瞬間、謁見室の空気が、深く沈む。
「リーゴ」
名前を呼ばれただけで、
リーゴは、額を床に押しつけた。
エイデンは、エイナの衣を、またつまんだ。
こわいのに、離したくなくて、指に力が入る。
「……お主の痛み、否定はせぬ」
ゆっくりとした声。
怒っている声ではない。
なのに、胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
「じゃが……
その刃を、この子に向けたこと……
それだけは、許されぬ」
エイナの手が、そっとエイデンの頭に触れた。
それだけで、息が通る。
「セレヴァールは、力の国ではない。
理性と赦しで、影を断つ国じゃ。
……闇は罪ではなく、光を知るための影」
意味は、よく分からない。
けれど、その声は、とても優しかった。
◆
「……氷鉱での労役、十年。
その後は……心を……戻せ」
エイナの声が、静かに響く。
「逃げれば処す。
じゃが、生きて償え。
それが、光へ向かう第一歩じゃ」
リーゴは、泣き崩れた。
「すまねぇ……すまねぇ……!」
大人が泣いている姿を見ると、
胸が、きゅっと痛くなる。
「……ぼく……ゆるす……
ねふぃらが……まもってくれたから……
ぼく……もう、こわくない……」
自分でも、よく分からないまま、言葉がこぼれた。
ネフィラが泣きながら、そっと抱き寄せる。
「……エイデンくん……
もう、こんなの見せないから……
あたしが、一生、守るから……」
その声が、胸の奥にしみた。
◆
「……裁きは下った。連れていけ」
エイナの言葉で、侍女団が動く。
リーゴが連れていかれ、扉が閉じる。
静かになった謁見室で、
エイデンは、ネフィラの腕の中で、息を吐いた。
(……こわかった……
でも……みんな……いた……
ぼく、ひとりじゃ……ない……)
胸の震えが、ようやく、少しずつ消えていった。




