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エピソード0

 大学四年生になるまで自分は一切として普通の大学生となんら差し障り無い生活を歩んでいたことをまず言っておこう。実家住まいであるが、一人暮らしをしている学友ともに週三日で最寄り駅から二駅隣の学習塾でバイトをしていたし、これまでの三年間、理工学部でレポートやらテストやらでへーこら言っていた時期もあったが何とか精神を犠牲にしながら低空飛行する単位とともに乗り越えっていった。

 大学の四年生になると研究室で研究が始まり、より一層重たい課題が課されるようになった。

 そこで自分でも気が狂ったかのように思えるのだが、私は大学へ行くことを拒否した。

 拒否したというよりかは大学に向かう気力が削がれてもともとごぼう程度しかない学びへの意識も爪楊枝程の細さになっていて、大学に向かうことすら億劫であった。

 研究室の課題は自宅のパソコンでできるものであったが課題をこなすことはできなかった。

 時折同居している母が心配して声をかけるが、大学で私が専攻している電気科のことなど全く知らないであろう母親の言葉には聞く耳を持たなかった。

 今思えば鬱っぽい状態であったのだろう。そんな事で大学の前期の単位を取ることはできず、大学を留年することが確実になった。


 ○


 八月の中旬頃、私の働いている学習塾では夏期講習が行われ、私は小学生の補習から、高校生の受験勉強までを対象とした授業を担当しており、授業の終わる二十一時半には私はへとへとになっていていた。

「タケウチさん」と私の名が呼ばれ振り返ると私と二つ年が離れている後輩の男の子の一人である内藤くんが呼びかけてきた。

「どうしたの?」

「この後の夏の親睦会、参加しますか?」

 この塾では大学生バイトで授業を回しているため四月に行う親睦会だけじゃ足らず、八月や十月にも親睦会を定期的に行っている。この親睦会には大学四年生の人間は大学の卒業論文や様々な理由であまり参加しない。というか二十一時半まで残っている大学四年生はさっさと帰宅して明日に備えていることが多い。

「やめとこうかな。」

「本当は参加したいんじゃありませんか?津田さんもいますよ。」

 津田さんとは一つ下の後輩の女の子で容姿端麗で業務をたくさんこなし、塾の皆から頼りにされている人材である。津田さんはみんなが好きになるような性格をしており、かく言う私も津田さんに好意を抱いている人物の一人である。

 こいつ、私の心の中を見透かして津田さんの名前を出したのか?いやまさかだとは思うが。

「大学のこととか忙しいし、やっぱやめとくよ。行きたいのはやまやまだけど。」

 適当な返事をすると大学四年生の先輩方々に同じように断られているのか内藤くんはすぐさま「わっかりましたー」などと返事をして、「タケウチさん来ないってー」と参加する面々に伝えていた。

 別に私の参加の是非に盛り上がる人間もおるまい。そう思い私はそそくさと帰り支度を進める。

 帰り支度をしながら津田さんは参加するのか、いったい何時になったら私と津田さんの心の距離は近づくのか。いやこのまま一生近づかないまま大学を卒業するんじゃないかなあ。いやそもそも私は留年をしている身、一緒に卒業だなんて恥ずかしいものじゃないか。大体私は浪人生活すら嫌がった身、第一志望に受かるまで受験勉強を続けることと、大学生でもない、高校生でもない宙ぶらりんな立場を嫌がっていたじゃないか。いやいや、留年しているのだ、私は。今や圧倒的に宙ぶらりんな状況にいるといえるのではないか?「タケウチさん」そんな宙ぶらりんな状況では津田さんも嫌悪を抱くはずである。

 こんな人間、とまで考えていたらふと自分の名前を呼ばれたことに気づく。声の主は津田さんである。

「タケウチさん、今日の親睦会来られないのですか?」

 津田さんが話しかけてきたことに思わずギョっとしてしまう。

「あ、ああ大学のほうが忙しくてね、明日も早いんだ。」

 嘘である。鬱っぽくなって大学の研究室は教授に無断で欠席している。

「タケウチさん来られないのですか、残念です。」

 ざ、残念?私の親睦会への参加に一喜一憂する人間なんていないと思っていたがまさかこんなところに、しかも津田さんが。

 対して津田さんと親密なコミュニケーションなど取っていた記憶もなく、津田さんの趣味も興味のある物も、何気ない雑談でわかるであろう大学の学部も知らないこの私の参加の是非を気にするなんて。

 こんなことあるのだろうか、思い上がっていいのであろうか。勇気を振り絞って試しにこんなことを言ってみた。

「今度タイミングあったときにさ、飲みに行こうよ。お酒の席じゃなくても普通にご飯とかさ…」

 やりすぎただろうか。

「ああ、いいですね。今度ご飯行きましょう、約束ですよ。」

 あ、ええ?本当にいいのか?本当に?

「本当にいいの?」

「別に大丈夫ですよ。行きましょう行きましょう。」

 なんということでしょうか。神よ、私に、留年という試練を与えてこんなにも甘い飴をお与えになるのですか。


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