完璧なお掃除の極意
俺は右手にごみ袋を持ち、シルフィーアに譲るつもりの部屋に訪れていた。
この部屋は入ってから正面奥の壁に一つの窓。それを覆うようにカーテン。あとは入り口のドアから左側の壁にクローゼットがついている。それ以外には本当に何もない。テーブルや椅子、タンスなどの一般的な家具に加え、布団やベッドなどの寝具でさえ。
おかげで掃除はしやすいが、人が暮らす部屋になっていない、というのがこの部屋の現状だ。
前に掃除した時からかなりの時間はたっている。ホコリはカスのようなものが宙を舞っており、床には目視できるほどの大きさのものがそこそこ。
幸い、こびりついた汚れといったものは特にないように見える。
窓を覆っていたカーテンを俺がシャアッと勢いよく開けると、ブワッとホコリが裏から現れたので口と鼻を覆う。そのまますぐに窓を開け、部屋の換気を行う。
「今のうちにマスクでも取ってこようか」
開いた窓を背にして俺はその部屋から出る。
我が家2階の廊下を歩いて階段へ。それを降って1階、玄関にまでやってきて、そしてそのすぐ近くにはいくつもある掃除道具を上手くまとめた縦に大きなノッポのタンスがある。その隣に、まだ背の低いレェラの首下くらいの高さのタンスがある。その上にあるのがマスクだ。
「これと、掃除道具も持っていこう。掃除しながら必要なものを取りにいく。そうしようとしてたが、やはり面倒くさい。よく使う、絶対使うものだけでも取っておくか」
マスクの紐を両耳にかけた俺は、ぱっ、ぱっ、ぱっ、ぱっ、とどれも棒状の掃除道具をまとめて大きな円柱にするように片手で握る。
その時に思いついた掃除に必要な装備を整えた俺はまたも階段を登って1階から2階へ。そして部屋の中へ入る。
手に持った掃除道具はそのまま床にまとめて置いた。
「ふむ。やはり自然の力はすごいな。たった1分ほど窓を開けていただけなのに、さっきと比べて格段空気が綺麗になっている……気がする」
その部屋の灰色の空気は減っていた。
そう部屋中をぐるりと見渡して実感した俺は、「さあ、掃除をしよう」と言わんばかりにはたきを構えた。
そのままクローゼットの扉を開き、その埃っぽさに一歩後退り、またそれに近づく。
俺はまず、その中のホコリを払おうと思っていたのだが、どうやらそれより優先すべきものがある。と、中を見て思った。
確かにクローゼットの中にはホコリもあるのだが、それ以上にあちこちにクモの巣が張っている。
四隅にはもちろん、なぜそこに巣を作ろうと思ったと、そう思わずにはいられないような場所にさえだ。
「はあ、まずはこれからだな。まったく、クモというのはどこにでも巣を張る。ハチとかも同じ。魔物よりも虫の方がよっぽど厄介だ」
俺はさきほど床に置いた掃除道具の中に、レェラ手作りのクモの巣取りがないことを確認すると、また先ほどと同じように一階、玄関へ。
ノッポのタンスからそれを取り出して部屋に戻る。
片手で持てる細長い木の棒の先に古い雑巾を巻きつけた簡単な構造のモノ。
過去にレェラがえっせえっせと、わざわざ手作りして量産した代物である。
それを右手で軽く握った俺はクローゼットにその手を突っ込み、それの雑巾部分にクモの巣を絡めるようにして取っていく。
「まずは邪魔な手前の方からだ。ここを取らないと奥のものが取れない」
くるくる、くるくると右手首を回してクモの巣を取る。
ようやく手前のものがなくなったと思った俺は、少しクローゼットに身を乗り出して奥まで棒が届くようにし、またくるくる、くるくると絡め取っていく。
奥の方のモノをとれば次は四隅だ。
まずは右上。それが終われば左上、そして右下左下。
「だいたいこんなものか……とりあえず目に見えるものは全部取れただろう」
ようやく全てのクモの巣を取り終えた俺は、雑巾の部分がもうクモの巣でぐるぐる巻きになって、雑巾が見えなくなっているそれを、事前に用意しておいたごみ袋に放り込む。
邪魔なクモの巣を無くして、ようやくホコリを払える状態となったクローゼットに、俺は再度はたきを、開いた右手に持って、向かう。
一応このクローゼットは真ん中からやや下の方を一枚の木の板で区切られている。
「まずは上からだ。掃除の基本は奥から手前、上から下へとはいうが、まあ確かなことだな。これは」
手前を終えた後に奥のホコリを払うよりも奥のものを手前のとまとめて払った方が良い。下を綺麗にしてから上のものを下に落として払うよりも、上から落としたのとまとめて下のも払う方が良い。
そんな考えの俺は言葉通りにホコリを払い始めた。
この方法だと多少顔にホコリが舞うことになるが、掃除は我慢も大切だ。
そう自分に言い聞かせ、ホコリをバッバッと払っていく。
そうして全てをクローゼットから出し、床にまとめられたことで俺は左手にも道具を持つ。
ちりとりだ。
そいつを床の、ホコリのすぐ手前くらいの位置に少し取手の方を持ち上げてゆるやかな坂道を作るようにする。
サッサっとホコリをはたきでそんなちりとりの中に入れていく。
「こんなもんか」
ようやくクローゼットの中のホコリが全てちりとりに積もるように入れられたので、俺はそれをこぼさぬようにちりとりを持ち上げ、ごみ袋の上に持っていき、そして中のホコリを雪崩のようにそれに放り込んだ。
「ふう……ホコリ掃除はこの大量のホコリを一気に捨てるのが最高に気持ちがいい。自分はこれだけの量を掃除したんだっていう達成感を感じられる」
サッとしぶとくちりとりに残るホコリをはたきでゴミ袋に落とし、ちりとりにホコリがなくなったことを確認すると、俺は一度ちりとりを床に置いた。
「さあて、一番手強いクローゼットは終わったことだし、あとは床と、窓枠とかそこらへんのゴミとホコリを片付けちまおう」
そうしてそれを行動に移す俺は、先ほどと同じようにホコリやゴミを掃除していく。
「よし、なかなか綺麗になったな。残りは仕上げか」
ようやく全てのそれらがゴミ袋に放り込まれると、俺は水を入れたバケツを取ってきた。
そこに雑巾をつけ、ぎゅぎゅうっと捻って水を絞る。しっかりと、雑巾の水を絞り切るように。
「さあ、雑巾掛けをしよう。水は完璧に絞り切った。こう、しっかり絞っておかないと後で床の乾拭きが必要になるからな。……いや、やっぱり乾拭きもしておこう。ここは人が使う部屋になるんだ。乾拭きをしなければどうしても多少の水っぽさを感じてしまうだろう。使う人を嫌な気持ちにしてはいけない」
俺はシルフィーアへの気遣いからか、乾拭きも行うことを決めた。
「さあ、やるぞ。俺の手で、床の隅まで輝きを持たせてやろうッ」
宣言した俺はその雑巾を両手で地面に押さえ、四つん這いで駆け出すのだった。




