ep.9『レーブ商会』
商館は町の外れのあまり目立たない場所にあった。
日が沈んでからかなり経つ。こんな時刻に商館を訪ねるなど非常識この上ないだろう。だがなりふり構ってる場合ではない。
意外にも門は閉ざされていなかった。正確には門は閉じているが門番が二人しっかりといて、普通に話が出来そうな雰囲気だった。
高い塀に鉄製の門。一度入ったらタダで出ることは困難だろうと想像すると背筋が寒くなる。
「あ、あの、すみません。まだやってますか?」
奴隷商館など訪ねたのも初めてでなんと切り出したらいいのか分からず間抜けな質問をしてしまった。まるで近所の商店を訪ねるかのようなセリフになった。
「ん、客だな。買いか、売りか?」
俺の問いかけに対して右の門番が返答をしてくれた。
どちらでもないと言ったら門前払いされそうだ。とりあえず買いとでも言っておくべきか。
「えっと、買い……ですかね」
こういう場で嘘をつくのは得意ではない。
言葉に迷いが出てしまった。
「ふん」
門番は俺の姿を下から上に眺めるとあまり歓迎していない雰囲気を出し始めた。
「見た所、この町のもんじゃなさそうだが、旅人か?」
門番の癖に偉そうだ。などと思ってはいけない。こういう所にいる人間が実はそこそこの地位にいるなんて事もあるかも知れない。
「はい。何分一人旅は寂しいので、護衛代わりにそこそこ腕の立つ連れを探していまして」
完全な嘘でもない。それが知り合いというだけである。
「失礼だが人を買うだけの金があるようには見えんな」
「……」
失礼な。確かに今着ているコートは長旅で少し汚れてはいるが、元々は結構値の張った一級品だ。
南の帝国で開かれた武道大会の優勝賞金で購入したもの。
「それに腕の立つ奴隷なんか買ったら一瞬で逃げられるぞ」
おっしゃる通り。
「大丈夫です。金はありますし俺自身腕に自信があります」
携えた剣をポンポンと優しく撫でる。
だが金があるというのは嘘だ。人一人の命を買えるほどの財力など俺には無い。
「ふん、そうかい。まあ話は通す。待っていろ」
客に対してなんて無作法なのだろうか。身なりが良ければ対応も違ったのだろうと思うと少し凹む。
暫く待つと先程の門番が戻ってきた。
「入れ」
今更だがあの店主が嘘を吐いていたらどうしようか。全く考えていなかった。
こういう所をレイによく叱られたっけな。
人を信用しすぎる、優しすぎる、と。でもそのお人好しのお陰で出会えたから感謝している、とも。
出会いと言えば荒野で野垂れ死にしかけていたレイを助けたのがきっかけだったが、今は思い出を語っている場合ではない。
門を潜るとそこには庭があり、建物の入り口まで石畳が敷かれていた。
入り口にはドアマンがおり、自ら扉を開けることなく入る事ができた。
「ようこそレーブ商会へ。私ご案内をさせていただきます、レルダム、と申します」
出迎えたのは若い男だった。俺と同い年くらいだろうか。
「この度は奴隷購入のご検討誠にありがとうございます」
笑顔を貼り付けた顔は商人特有のソレだ。
「さっそくですがお客様のご希望に沿った奴隷をいくつか紹介させていただきたいと考えておりますがよろしいでしょうか」
「その前に聞きたいことが」
もう少し待ったほうが良かったかもしれないが、レイが酷い目に遭わされているのではと思うと居ても立ってもいられなかった。
「少し前に女性につれられて十三歳くらいの子供が来ませんでしたか?」
レルダムの表情が急に曇る。曇るどころか疫病神を招き入れてしまったかのような顔だ。
「たまにいるんですよねぇ、そうやって人探しに来る輩が。おい、警備員。仕事だ。つまみ出せ」
やはり失敗だった……。
レルダムは入り口付近にいる屈強な男二人に声を掛けた。二人は棍棒を持っている。
「ま、待ってくれ、話を!」
二対一でもやれないことはないがここは町も認めている商会。暴れてタダで済む場所ではない。
「待ってください」
「えっ」
聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。
「レイ!」
良かった。無事──
「え?」
吹き抜け状になったエントランスから上階を見上げるとそこにはレイと、レイの手から紐で繋がれた四つん這いの男が目に入った。紐は男の首に括り付けられている。
どういう状況?
「おーよしよし。いいこいいこ」
レイは紐で繋がれた男の顎を撫でた。短いヒゲがジョリジョリと言っている。そして男は甘えた犬の鳴きマネをする。
「くぅーんくぅーん」
横を見るとレルダムもぽかーんと口を開けている。屈強な警備員二人も状況を把握出来ずに呆然としているではないか。
よく見れば繋がれた男はそれなりに地位のありそうな身なりをしている。
「ルークじゃないですか。どうしたんですか、こんなところで」
それはこっちのセリフだ。