ep.8『尋問』
この匂いはスリプグラスを睡眠薬に精製する時に出る香りだ。それが店全体から漂っている。
普通の人間には分からない。分かるのは毎日薬草に囲まれて過ごす熟練の薬師か、息子に睡眠薬を盛るような母と過ごした日々のある俺くらいだろう。
「何言ってんだ。そんな事より急いで探さねぇと」
店主は特に取り乱す様子も無く話を受け流す。
「連れに睡眠薬を使ったのかと聞いている」
勘違いなら睡眠薬の使い道の弁明が始まるはずだ。
「何を言って……」
店主がこちらへ近づいてくる。
「口を割らないなら警備隊を呼ぶ」
今店にいるのは俺だけ。捜索の手配などしている様子もないではないか。
「おいおい兄ちゃん、変な言いがかりやめてくれ」
店主は俺が実力行使ではなく警備隊に助けを求める選択を選んだ事にホッとした様子で更に間合いを詰めた。
俺の身長は決して低い方ではないが、店主はそれを十センチは上回る大男だった。小さな料理屋を経営していてどうしたらこんな筋肉が付くんだと言いたくなるような体格でもある。
そんな体格差があってか店主は俺が剣を抜かなければ問題ないと思っているらしい。
「わかった」
踵を返そうとしたところで視界の端の店主の口がニヤリとつり上がったのを俺は見逃さなかった。
飛んできた拳を左に躱し、その手を掴んで勢いのまま投げた。
「うおっ!」
大男の体は回転して床にたたきつけられた。
そこから背中に腕を締め上げ動きを封じる。
「ぐあっ!」
「言え、レイをどこへやった」
口が聞けるように少しだけ緩める。
「も、もうここにはいねぇよ!」
「!?」
締め上げる手につい力が入る。
「いででででで!り、リコリィが連れでっだ!」
「リコリィ?」
「お、お、女だよ。ここにいた!」
女店員は娘ではなかったらしい。
「行き先は」
「レーブ商会! 奴隷商だッ」
ゴキッ
「ぐああああああ!」
解放した時に暴れられないように腕の関節を外してから立ち上がる。
行き先は『レーブ商会』