ep.7『耐性』
母との思い出で心に残っているのは山菜や薬草の採取に野山に入る時だ。
「これはナムクサ。根を食べると身体が痺れるわ。触っただけでも接触部に効果があるから扱いには気を付けて」
母は薬草の知識を教えながら屡々その薬を俺に盛った。
「これはスリプグラス。食べると眠くなるわ。煎じて飲むと効果的ね」
幸い死ぬ恐れのある毒草までは手を出さなかったが睡眠薬や麻痺毒は特に耐性をつけた方が良いと、事あるごとに食事に仕込まれた。
「なあ、死にゃしないからってちょっとやり過ぎじゃねーのか? 今日剣術の指導中に居眠りしかけてたぜ」
耐性がついているお陰で多少盛られても寝たフリが出来るようになっていた頃、こんな会話を聞いた。
「いつ命を狙われるか分からないのよ。本当なら毒草でも同じ事をしたいくらい」
「おいおいやめとけやめとけ」
流石の父も引いている。
「それくらい心配って話よ」
今思えば大分おかしな母親だったが今となっては感謝しか無い。何故なら旅をする間に何度も盛られたからだ。普通なら一服盛られたら身ぐるみ剥がされてその先はお察しの暮らしが待っているところ。
今の俺は五人頭眠らせられるくらいの量がないと眠くはならない。もちろん夜は快眠なのでそこは心配無く。
それにしても、二人は元からこうなると分かっていたかのような育て方をしてくれた。
いくら息子の夢が冒険者だったとしてもここまでしてくれるには何か理由があったのだろうか。
「これはディジデイジー。これの花の花粉を吸うと目眩がするわ。昔故郷でこれを使ったイタズラが流行ったけど多用は危険ね」
母の故郷はどこだったのだろうか。聞いたことはあるがよく覚えていない。そんな簡単な事すら知らないまま死別するとは思ってもみなかった。
そして母の知識がこんな小さな飯屋で役に立つとも思わなかった。