ep.2『二人旅』
子供の頃に両親と家を失ってから十三年。
最初は両親を殺した犯人から逃げるために放浪し、その後は生きるために雑用の依頼を受けて薬草を採ったり、害獣を狩ったり、時には商人の真似事をしてみたりしてなんとか旅をしていた。
見知らぬ土地で素性の知れない孤児を引き取る者はなかったが、幸い父から剣術を、母から薬草の知識を授かっていたのてわ乞食のように暮らすことだけは避けられた。何より、父親から譲り受けたこの剣がなければもっとひどい暮らしをしていただろう。
俺【ルーク】は数日ぶりに人々の住まう町を歩きながら、腰に携えた形見の剣を撫でて生まれてからの二十五年間を何となく振り返っていた。
ドンッ
「おっと」
後ろから走ってきた子供が剣とは反対側、右腰にぶつかってきた。子供は転びそうになりながらも立て直し、そのまま真っすぐ走る。
ドンッ
そしてまた前を歩いている金髪の少年とぶつかった。すると前を歩いていた少年はズザッと前に転んで手をついた。子供は尚も立ち止まらず走ってゆく。
「おいレイ、大丈夫か?」
その細さで転んだら折れてしまうのではないかと心配したくなる体躯はパッと見少女かと思うが、こいつは男だ。
「はぁ」
これだけ筋肉が無くて整った顔立ちをしているのだ。もう少し髪が長ければ正面から見ても少女と見紛うだろう。
「ルーク」
駆け寄ろうとしたところでレイの不機嫌な声に少し嫌な予感がした。
「な、なんだよ」
「なぜそんなに無防備なんです」
は? 小さな子供に弾き飛ばされるほどボーっとしていたヤツに言われたくない。そんな言葉が出かけたところで畳み掛けられる。
「まだ分からないんですか?」
ジャラッ
レイはその場であぐらをかいて目の高さに布袋を持ち上げて見せた。
「え」
レイが俺の財布を持っているのは何故だ?
二人の距離は一メートルほど、俺はまだ指一本触れていない。レイも俺に指一本触れていないはずだ。
まさか俺はあの子供に財布をスられて──
「はい。今日の夕食はステーキで決まり!」
レイはパッと立ち上がりニッコリと笑った。
「なっ!」
あの一瞬でスリ返したとでも言うのか?
「ほーら。みんなの迷惑ですよ」
気づけば周囲の人たちが邪魔そうに二人を避けて歩いているではないか。
レイと出会ってから一年。たまにこういう謎の芸当と運の良さを見せられるが、何度目の当たりにしても驚いてしまう自分がいる。
こいつは一体何者なのだろうか。そんな疑問が浮かんでは消える毎日。それを問い詰めたところでいつものらりくらりとはぐらかされていつの間にかなあなあになってる。
そのやり取りすら不思議なのだ。
俺はこいつには口では勝てない。
かといって力尽くでも武器も持たないたった十三歳のガキに勝てる気がしないのは何故なのだろうか。
とにかく、もう少し。もう少し様子を見よう。特に敵対しているわけでもないのだ。楽しく旅をしているだけだ。楽しく。楽しく?
こいつと出会ってからどれだけ厄介事に巻き込まれたろうか。
「ほら行きますよ!」
楽しそうに手を引くレイの笑顔で悶々としていた考えが霧に隠れるように消えていく。
「あ、ああ」
まあいいか。とにかく様子見だ。
俺達は長旅の疲れを癒すための宿を探し始めた。