神と悪魔のエナジードリンク
空高く、雲よりも高い遥か彼方。
雲で出来た島に、一人の白髪の老爺が住んでいた。
老爺は人間たちが住む下界を眺めながら、日々を過ごしていた。
ある日、老爺は下界の人間たちのある様子に気がついた。
「これ。誰か、ここへ来てくれないか。」
すると、誰もいなかった宙空に、翼を生やした子供の姿が現れた。
翼を生やした子供は、恭しく頭を下げた。
「神様、お呼びでしょうか。天使が一人、参りました。」
「うむ。あれは何だ?」
神と呼ばれた老爺は、下界の人間を見下ろした。
そこでは若い男が、缶のエナジードリンクを盛んに飲みながら仕事をしていた。
天使と名乗った子供は、それを見て答えた。
「あの人間が飲んでいるのは、エナジードリンクです。」
「エナジードリンク?それは何だ?」
「えっと、エナジードリンクとはですね、栄養などを配合した飲み物です。
気分が高揚したり、力が出る成分が入っています。
それを人間が飲むことで、勉強や仕事のやる気が出て順調に進む、
というわけです。」
エナジードリンクの説明を聞いて、神は驚いた様子だった。
何故ならエナジードリンクは人間が作ったもので、神は知らなかったから。
「なんと、人間はそんな便利な飲み物を作っていたのか。」
しかし天使は、やや困り顔で答えた。
「でも神様、エナジードリンクは良いことばかりではありませんよ。
体に良くない成分も入っていますし、
いずれにせよ飲み過ぎれば体に毒です。」
「体に毒なのに、どうして人間はエナジードリンクを飲むのだ?」
「それは、勉強や仕事をたくさんするためです。
人間が生きていくには、毎日たくさんのことをしなければいけないので、
そのためには、エナジードリンクで無理にでも動かないといけないのです。」
「それは気の毒に。
生きていくために、自ら毒を飲んでいるとは。
・・・そうだ。
そんな哀れな人間たちに、私がエナジードリンクを与えてやろう。」
そうして神と呼ばれた老爺は、杖を一振り、下界を光で満たした。
人間が住む下界に、ある日、天から光が降ってきた。
光はやさしくあたたかく、下界を余さず照らした。
その後、各地で湧き水がいくつも溢れ出ているのが発見された。
湧き水の成分を分析し、人々は驚いた。
見つかった湧き水は、どれもいくらかの栄養などを含んだ、
完全に無害なエナジードリンクと呼べるものだったから。
湧き水は地上の至る所で止めどなく溢れ出てくる。
こうして人間たちは、完全に無害なエナジードリンクを、
いつでも無料で手に入れることができるようになった。
完全に無害な、神のエナジードリンク。
それをいつでも飲めるようになって、
人々の生活には小さくない変化が出ていた。
体への害などを気にせず、誰もがエナジードリンクを飲めるようになって、
勉強や仕事、果ては遊びまで、その効率は良くなった。
かといって、大幅な効果ではないので、飲まないという選択もできる。
人間は神の恵みに心から感謝していた。
神のエナジードリンクとは言っても、
今までにあった市販のエナジードリンクほどの効果はないので、
エナジードリンクの会社も潰れずには済んでいた。
だが、そこに目を付けたものがいた。
地下深く、マグマが沸き立つ地底。
岩でできた城に、見るも恐ろしい化け物が住んでいた。
その化け物は悪魔で、神とは真逆の存在だった。
悪魔は人間を唆し惑わす。
そんな悪魔が、地上を見上げながら言った。
「人間がいつも飲んでいるあれは、エナジードリンクと言うのか。
便利そうなものじゃないか。
神もいいところに目を付けたものだな。」
そこで悪魔は、ニィと笑って言った。
「でも、俺だったら、エナジードリンクはこう使うね。」
悪魔は地上へ向けて、禍々しい怨念を送り込んだ。
人間が住む下界に、ある日、地底から怨念が送り込まれてきた。
怨念は禍々しく邪悪で、下界を余さず呪った。
その後、各地でまたしても湧き水が溢れ出ているのが見つかった。
湧き水はどす黒く、見るからに危険であり、実際に危険だった。
成分を分析してみると、それは、強力なエナジードリンクと呼べるものだった。
どす黒い湧き水は、栄養剤や興奮剤、その他数々の成分を含んでいた。
ただしその成分は安全な範囲を大きく超えていて、
エナジードリンクとしての効果は大きいが、毒性もまた強いものだった。
成分を分析した人々は、この黒い湧き水を、
悪魔のエナジードリンクと名付け、飲まないようにと呼びかけた。
禁止するには世界各地で湧き出していて難しかった。
「悪魔のエナジードリンクは効果が強すぎるので飲まないように。」
だがその呼びかけは、返って逆効果になった側面もあった。
無害だが効果が薄い神のエナジードリンク、既存のエナジードリンク、
それらの効果に物足りなさを感じていた人は少なくなかった。
もっと効果が欲しい。体に悪くてもいい。背に腹は代えられない。
効率を求める人々は、悪魔のエナジードリンクに口を付けた。
すると、勉強や仕事の効率はみるみる上がり、
悪魔のエナジードリンクを飲んだ人は、何事でもリードする存在となった。
すると困るのは、神のエナジードリンクを飲む人々。
体への害はないが、効果もまた多くはない。
その人々は、二つの選択を迫られた。
一つは、自分も悪魔のエナジードリンクを飲み、
体への害の代わりに大きな効果を得ること。
もう一つは、悪魔のエナジードリンクは飲まない代わりに、
悪魔のエナジードリンクを飲む人々に屈すること。
こうして世界は、悪魔のエナジードリンクを飲んで世界を統べる者と、
神のエナジードリンクを飲んで支配される者とに二分されていった。
神のエナジードリンクと悪魔のエナジードリンク。
人間が住む下界に、二つのエナジードリンクがもたらされてから、
今や世界は一変してしまった。
世界を指導する人々は全て悪魔のエナジードリンクを飲む人々であり、
それ以外の人々は何をするにも敵わず、屈して従うしかなかった。
それを見て、真逆の反応をしているものたち。
空高くにいる神と呼ばれた老爺は、下界の惨状を見て嘆いていた。
「まさか、悪魔もエナジードリンクを作ってしまうとは。
いや、それよりも予想外だったのは、
害があると知りながら、悪魔のエナジードリンクを選ぶ人間がいたことだな。
全く、人間はなんと愚かなことか。
体を害してまでエナジードリンクの効果を得て、何になるというのか。」
悪魔のエナジードリンクを飲む人々は、
その効果を得て社会的地位を向上させている。
その代わりに、健康を害して、顔色は青白くげっそりとしている。
その姿を見て笑っていたのは、地底深くに住む悪魔だった。
「くっくっく。
人間どもはなんと操りやすいことか。
欲深い人間にとって、健康なんて目に見えないものは無価値も同然。
勉強や仕事とやらの効率が上がるなら、喜んで差し出すだろうさ。
人間を支配するのは、この俺が作った悪魔のエナジードリンクだ。」
地底深くで悪魔は愉快そうに笑う。
しかしそれすらも、空高くから見下ろす神と呼ばれた老爺の知るところにあり、
悲しそうに眉尻を下げているのだった。
悪魔のエナジードリンクの効果は凄まじく、
今や悪魔のエナジードリンクを飲まない人々は、
奴隷に等しい扱いを受けていた。
「自らの体ばかりを考えて社会に貢献しない者。」
そんなレッテルを貼られ、また実際に成果も上がらないので、無理もない。
しかし変化は少しずつ訪れていた。
悪魔のエナジードリンクは、いわば命と引換えに活力を得るもの。
それを口にした者は、目に見えず命を消耗していく。
それが限界に達した者は倒れ、命を落とすか、
あるいは元には戻らぬ体になっていった。
一人、二人、次々にそんな人々が増えていく。
壊れた体では、いくら悪魔のエナジードリンクを飲んでも動けない。
その穴を埋めたのは、神のエナジードリンクを飲む人々だった。
神のエナジードリンクは、効果は薄いが体への害は無い。
適切に休憩を取れば、長く活動し続けることができる。
勉強にしろ仕事にしろ、長く活動できることは大きな利点になる。
減ってゆく一方の、悪魔のエナジードリンクを飲む人々。
それを、神のエナジードリンクを飲む人々が埋めていく。
それがある割合に達した時が、主従が入れ替わる時だった。
人間たちが暮らす下界では、今や生活はまたも様変わりしていた。
悪魔のエナジードリンクを飲み効果を得ていた人たちは、
その害により次々に倒れ、今やその人数を大きく減少させていた。
代わりに世界を牛耳るのは、神のエナジードリンクを飲む人々。
神のエナジードリンクは、体への害無く効果をもたらしてくれる。
そのいくらかの効果の積み重ねと数で、権力を得ていた。
もう悪魔のエナジードリンクを飲む理由はない。
皆が神のエナジードリンクを飲んで健康に過ごせばいいかというと、
しかし人間の社会はそうはならなかった。
例え悪魔のエナジードリンクを飲んで無理をしていたとしても、
一度出した結果は自分の能力としてついて回る。
かつて自分の出した結果を下回れば、怠け者と罵られる。
「お前はもっとできるだろう!全力を尽くせ!」
神のエナジードリンクを飲む人々はそう叱咤する。
主従関係は消えず、入れ替わっただけ。
今や、悪魔のエナジードリンクを飲む人々は、
その効果による結果を維持するため、
害があると知りながら悪魔のエナジードリンクにすがるしかなかった。
今は奴隷として屈していても、
いつか、悪魔のエナジードリンクを飲む人々が、
再び世界を手にすることを信じて。
終わり。
エナジードリンクは多種多様にありますが、
どれも体への害が無いとは限らないものばかり。
みんながエナジードリンクを飲んで生活をするなら、
みんながエナジードリンクを飲まずに生活をしても良いはず。
エナジードリンクの存在が人々を分けているのかもしれない。
しかし、一度、エナジードリンクによって分割された世界は、
簡単には戻らないことでしょう。
お読み頂きありがとうございました。