セーブ&リセット
とある男子高校生。彼は昔からよく『あんな力があったらいいな』と空想にふけることがあった。透明になれる能力、時間停止、ワープ、変身など、つまり、彼は超能力者になって楽して暮らしたいと思っていた。
それくらいは誰もが一度は寝る前に妄想したことがあるかもしれない。中には習慣化している人もいるかも。しかし、彼は他人よりも、そういった妄想をする回数が多かった。またそれを自覚し、それは自分が凡人だからだろうと卑屈にも思っていた。
だから彼は驚き、喜んだ。まさかそんな自分にこんな能力があるとは、いや、目覚めるとは。
ある日のことだった。起きたばかりのようなボーッとした顔と頭で道を歩いていた彼は、車に轢かれそうになり、目を閉じた。避けるという選択肢は頭に浮かばず、その時間もなかった。迫る痛みに覚悟すらも固まってはいない、ただの反射だった。
しかし、おかしい。いつまで経っても体を襲うはずの衝撃が来ない。それに体の感覚が変だ。背中に柔らかな感触があった。これはまるで……と、彼が恐る恐る目を開けると、自分がベッドの上にいることに気づいた。しかし、そこは病院ではない。自分の部屋だったのだ。
飛び起きた彼は自分の体を触り、太陽の光に手をかざして、その温もりを感じると、ここは夢の中じゃないと認識した。つまり……
「時間が……巻き戻った……?」
そう理解した彼は歓喜の雄叫びを上げた。母親がなんだどうしたと部屋に様子を見に来たが、彼には説明できるものでもなかった。それに、彼自身まだどういう状況か把握できていなかったのだ。照れ笑いを浮かべていると、寝惚けているのだと解釈したのか母親は呆れた顔をして戻っていった。
それから彼は朝食を食べ、少し時間が経つと冷静になって考え始めた。
あれは一回きりのことだったのだろうか。かなりリアルだったが、それゆえに予知夢という可能性も捨てきれない。もう一度行うにはどうすればいいのだろうか。あの時は確か、目を閉じて……それから……。
「戻った……もど、戻った! はははは!」
彼は再び叫んだ。試しに心の中でリセットと念じたら、時間が戻ったのだ。そしてその後、確証を得るために試していくうちに、彼は自分のその能力を『セーブ&リセット』と名付けた。
その名の通り、自分でセーブ地点を設定し、そしてリセットすることでセーブ地点まで戻ることができるのだ。まさにゲーム。彼はこの人生をゲームで遊ぶように楽しめると確信したのだった。
できることややりたいことはいくらでもあった。例えば、学校のテスト。テスト前の休み時間をセーブ地点に設定し、テスト開始後、その問題をよく覚えておき、終了後に教科書と見比べて答えを暗記する。そして、リセットし、テストを受ければ問題をスラスラと解くことができる。なんていうことをする必要もなく、テスト終了間際にクラスで一番頭が良いとされる女子のところへ行き、解答用紙を奪って答えを丸暗記する。ついでに胸でも揉んでやればいい。取り押さえられ罵声を浴びせられても、リセットすれば記憶そのままで、すべてが元通りになるのだから。
しかし、彼は小心者であり、自分の能力にも懐疑的だったため、犯罪行為には躊躇した。性を襲おうものなら手痛い反撃を受け、うっかり死んでしまえばそれまでだろう。そんなレアケースはないにしても、もし警察に捕まった後にリセットができなかったら……。
そう、この能力が何回でも使えるという保証はないのだ。回数制限があるのではないか。実はこの力は神が与えたもので、悪事を働けば取り上げられてしまうのでは。あるいは悪魔が陥れようと……。
お調子者がバカを見るのは古今東西どの物語も同じ。だから彼は危ない橋を渡らず、人生が豊かになるようにこの能力を使うことにした。
とは言え、ささやかに過ごそうというわけでもない。競馬と言えば、説明は不要だろう。
彼はまだ未成年のため、馬券を買うことはできなかったが、焦る必要はない。数年後には金の心配がなくなるのだ。もはや人生の成功は約束されたようなもの。
だから彼は能力を失う可能性を考慮に入れ、安定した職業を目指した。
そうして、成長した彼はコツコツと能力を使い、「ちょっとくらい悪いことも……」「おやおや、大丈夫そうだぞ……」と思い、結局犯罪に手を染め、むろんすぐにリセットし、その手は綺麗なまま人生を優雅に過ごした。
彼は自身の能力を誰にも、家族にさえも明かすことはなかった。しかし、彼を知る人々は皆、彼を羨み、また尊んだ。能力のおかげで金は豊富にあり、頻繁に寄付を行っていたので清廉潔白な人物として知られていたのだ。
そして、彼は病院のベッドの上で愛する家族に看取られ、その生涯の幕を下ろしたのだった。
これで、ゲームオーバー……。
それが彼が胸に秘め、あたためてきた最期の言葉だった。もっとも、体が弱っていたため、口に出すことはできなかったが。
…………えっ。
彼が目を開けると、そこはベッドの上だった。
あの日の朝、というわけではない。高齢のため入院中の彼にとっては、もはや馴染み深い病室のベッドだった。
そのことに気づいた彼はわなわなと震えた。
ああ、そうだ、最後に設定したセーブポイントは……。
そして、リセットとは……。