『孵化〜その掌で〜』【Daddy~圭亮~】⑦
家族団欒。
圭亮が子どものときにも、この家に確かにあったもの。
しかし、メンバーのうち三人は同じなのにも拘らず、全員の立ち位置が、……属性が変わるとここまで別物になるのか。
父と母と息子だったものが、祖父母と父と、娘になった。それに伴ってすべてが変わった。
そもそも、冷たい家庭だと感じたことこそなかったが、ここまで笑顔に満ちていただろうか。圭亮が覚えていないだけなのか?
今までも、圭亮は真理愛を我が子として受け入れているつもりだった。可愛いと思い、慈しんでいた。
大切だったと自信を持って言い切れる。
それでも、親子の愛よりなにより『義務感』が先立っていたのは否定のしようもなかった。
無論、父親として子どもに責任を感じることが悪いとは思わない。そんなものは当然の前提だ。
しかし、本当に何にも優先するほどの愛情を持っていたかと訊かれると、正直迷いがあったのもまた、事実だったのだ。
けれど、今日。ついさっき。
真理愛に「パパ」と呼ばれた瞬間。圭亮はこの小さな命を心の底から愛おしいと思った。
頭の中で捏ね回した理屈ではなく、自然に身の内から湧き上がってきた温かい感情に身体中が満たされた。
なんともいえないあの感覚を、圭亮はきっと忘れることはない。
「ああ、圭亮。そろそろ真理愛ちゃんをお風呂に入れるから。出たら寝かしつけてあげて」
良枝の言葉に、圭亮はふと思いついて提案する。
「風呂、俺が入れようかな。……パパ、だしな」
「それは、真理愛ちゃんにはいいだろうけど。大丈夫なの? ちゃんと入れられる?」
良枝が心配するのに、圭亮は咄嗟に言い返した。
「いや、大丈夫だよ。できるよ! 風呂って、髪と身体洗ってやればいいんだろ?」
「確かに、そうなんだけどね。シャンプーのとき、耳にお水が入らないように気をつけて。髪が細いから丁寧にね。身体も擦り過ぎないように、お肌が凄く柔らかいんだから。あと、湯船に浸かってる間は絶対に目を離さないで、というか一緒に浸かって支えてあげなさいよ」
圭亮が考えていたほど簡単なことではなさそうだが、ここで引くわけにはいかない。
親なのだ。この娘の父親なのだ。最低限のことは、自分ひとりでもできるようにしておかないと。
「よし、真理愛。パパとお風呂入ろう。……パパとでいいか?」
だんだん声が小さくなってしまったが、真理愛が目を見てしっかり頷く姿に気合を入れる。
「圭亮。あなたが洗い終わったら真理愛ちゃん連れて行くから、呼んで頂戴」
良枝の言葉の意味が、圭亮は最初理解できなかった。きょとんとする息子に、良枝は呆れず一から説明してくれる。
「一緒に湯船に浸かるためには、二人とも体洗い終えてなきゃいけないでしょ。真理愛ちゃんを先に洗うにしても後回しでも、圭亮が自分を洗ってる間真理愛ちゃんはどうするの?」
聞かされてみれば、単純なことだった。
確かに、その間は真理愛を待たせておくしかない。立ったままで? いや、椅子に座らせるにしても裸で放っておくのか? この、真冬の夜に?
──そこまで、考えてみたことすらなかった。