『孵化〜その掌で〜』【Daddyー圭亮ー】①
「今日子! 今日子っ……!」
低いテーブルに突っ伏した、確かに知っている、──けれども、面変わりしたよく知らない、女。既に息をしていないのは、素人目にも明白だった。揺り起こそうと、肩口に伸ばした手がぴたりと止まる。
死を選ぶつもりだというのは、彼女からの手紙を目にしたときから予感していた。だからこそ、無視し切れずにここにやって来たのだ。
そして、その傍らに倒れて動かないのは……。
施錠された狭いマンションの一室。
命を絶った女性と、ぐったりして目も虚ろな幼い少女を発見した天城 圭亮は、思考停止状態のままスマートフォンで警察と救急車を呼んだ。
女性、──倉吉 今日子は死後丸一日は経っていたそうだ。
その娘である真理愛はかなり衰弱してはいたが、とりあえず命に別状はないらしかった。
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圭亮さんへ
あなたの娘がいます。別れたあとで生まれました。名前は真理愛です。
最後に会ってあげてください。おねがいします。
さようなら。
今日子
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「この手紙に、部屋の鍵が入って届いたんです。悪戯とか冗談、ってまったく疑わなかったわけじゃないんですけど。メールならともかく、わざわざ手紙だったから。だって手紙なんて使わないでしょ、いまどき。……なんか不安になってしまって、行かなきゃいけないんじゃないかって思って」
圭亮は、封筒の裏に書かれた住所を訪ねて発見者になった経緯をありのままに説明する。
「以前に今日子、あ、倉吉さんと付き合っていたのは事実です。別れてもう、──五年以上にはなると思いますが。それから一度も会っていません、本当に」
「そうですか。お子さん、……真理愛ちゃんのことはご存じなかった?」
初めて会う刑事という人種は、案外と普通で特別威圧感があるわけでもなかった。愛想もよくはないが悪くもない。ドラマと同じく二人組だが、若い方は無表情で一言も口を利かなかった。
話すのは年嵩の方だけだ。
「はい、この手紙を見るまでは全然」
「今日子さんの死因は、向精神薬の過剰摂取が疑われるということです。この手紙を投函したのは一昨日の木曜日午後二時頃。近くのコンビニエンスストアで切手を買って、その場で店内のポストに入れたことは確認が取れています。その後の足取りははっきりしませんが、夜には在宅していて薬と酒を飲んだ」
「……自殺、ってこと、ですよね?」
圭亮の問いに、刑事は淡々と答える。
「断定はできませんが、現場の状況からはおそらく」
「あ、あの子、は? 大丈夫だったんですか?」
少女に質問が及んだ時、若い方の刑事が初めて感情を表した。ほんの一瞬、歪んだ表情。
……刑事も人間だ。もしかしたら、人の親なのかもしれない。
「ええ。栄養状態が悪いのと、他にも少しあってしばらく入院は必要だそうです。あの部屋に、すぐ食べられるようなものは皆無でした。真理愛ちゃんが口にできたのは、その間水道の水だけで。……空腹で力尽きたと思われます。医師の話では、数日間は固形物は何も食べていなかったのではないか、と」
圭亮は今回初めて知ったのだが、今日子には係累がまったくいないらしかった。まさしく天涯孤独。
だからこそ、圭亮以外に頼る当てもなかったのだろう。