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孵化  作者: りん
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『孵化〜その掌で〜』【Prologue】

 「住所、名前。……鍵」

 白い封筒を手に、ぶつぶつと何やら呟きながら、床にぺたんと座る少女の目の前を何度も横切る。

 命を(つかさど)る存在。


「切手……?」

 返る言葉を求めない声が、その口から零れた。

 女は唐突に立ち止まり、のろのろと床のバッグを拾って、手に持ったままだった封筒を無造作に突っ込む。

 ドアが開き、通り抜けた女の背中でまた閉まる。

 ──静寂。

 少女は、この四角い部屋に一人残された。いつものように。


 女はすぐに戻って来た。


「まま」

 しかし、己を呼ぶ声も意に介さず、視線は少女を素通りする。まるで空気のように、透明な何かのように。

 少女の姿は、いまの()の目には映ってさえいないようだ。

 窓の外が暗くなったころから、母は床に横たわる少女を気にすることもなくローテーブルの前に座って作業を続けている。

 緩慢に動き続ける白い手には、銀色の長方形──。

 ローテーブルの天板を埋め尽くすような、小さな白い粒。無造作に両掌で(すく)うようにしてざらざらと口に放り込み、グラスの中身で流し込む、母。


 ──錠剤が押し出され、空になった銀色のシートの山。



    ◇  ◇  ◇

 ぴんぽーん、ぴんぽー、ん……


 さきほどから、四角い檻に電子音が空虚に鳴り響いている。耳障りな、割れた音。


「ま、ま……」

 乾いた喉に張り付いて、ほとんど声にならない呼び掛けが宙に消えた。横になった姿勢のまま辛うじて伸ばした手が、ぱたりと床に落ちる。もう、上がることはない。


 かちゃん。

 鍵が回る。部屋にひとりでいる時以外は、決して聞こえない筈の、その音。

 そして、がちゃりとドアが開く。──少女の支配者が、出て行くとき、帰って来るときに聞こえる、慣れた音。


「……今日子(きょうこ)? 手紙、見たんだけど──」

 この部屋で初めて聞く、少女の知らない、男の声。


「……りあ、?」


 ──これが、出逢い。



本編『孵化〜その掌で〜』は全20話です。その後サイドストーリーもあります。

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