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1話 目覚め

目が覚めたら、森の中に居た。


 ここはどこだ?


 なぜ森の中にいる?


 何が何やら分からないまま1本の木にもたれかかっていた体を起こし立ち上がる。


 思考がうまく働かない頭で辺りを見回しても木、木、木。


 聞こえてくるのは木々のさざめきと鳥たちの歌声。


 そもそも目が覚める前は何をしていたのか。


 記憶の糸を辿ろうとするが靄がかかったように何一つ思い出せない。


 甲高い何かの音が森の中を駆け抜けたのはそんな時だった。


 何かが起きている、そう思い音がする方向へと、異様なまでに気怠い体に鞭を打ち歩み始めた。


 断続的にキン!キン!と鳴り続ける音。


 その音のする方へと近付き、茂みからそっと顔だけを出す。そうしてたどり着いた音の元凶――森の中に開けた空間はさながら自然に出来たコロシアムが広がっていた。


 そこでは少女が腰まで伸びた金髪を振り乱しながら、頑丈そうな金属の甲冑に身を包んだ約2メートルはあろう大男と切り結んでいた。


 体躯の差を活かし優勢に立ち回る少女だったが、その優勢は一瞬にして覆された。


「――――――!?」


 少女の澄み渡る空色の瞳と目が合った――動揺したのか彼女の動きに隙が生じ、大男はその好機を見逃さなかった。


 巨躯が捻れ、その勢いを利用した必殺の一振りが少女へと襲いかかる。


「っ――――!?」


 せめてもの抵抗として彼女が手にしていた剣を構え威力を殺そうとする。


 それでも威力を殺しきることが出来なかったのか、彼女は茂みや枝葉を巻き込みながら森の奥へと吹き飛ばされていった。


 そんな彼女をただ見ていることしか出来なかった。


 呆然としていると先程の隙を不審に思ったのか、こちらへと視線を向けた大男と目が合ってしまった。


 こちらへカタカタと早歩きで近付いてくるそれは目の前でしゃがみ込むと声をかけてきた。


「……あー、あー、聞こえるかい?」


 頷く事で返答をすると男は続けた。


「よう兄ちゃん、俺たちと共に神帝国へ来ないか?」


 鎧からは気さくに、かつ鮮明な声で語りかけてきた。


「……神帝国?」


「そうだ。ここよりも遥かに進んだ文明と生活水準を約束する」


 そう言って彼はこちらへと手を差し伸べる。


 胡散臭さと先ほど戦っていた少女のことが気になる。


「さっき戦っていた子とはどういう関係なんですか?」


 疑問を投げかけながら己の頭を回す――最悪の結末にならないように、と。


「そうだなあ……細かいことは言えないが――敵であることに間違いはない」


 互いに敵対していた……?何のために?


「どうして敵対していたんですか?」


 時間を稼ぎながら少しでも多く情報を得ようとしてみる。


「どうしてってそりゃあ……任務中に向こうが突然襲ってきた、だから身を守るために戦った。それだけのことさ」


 顎に手を当て困惑した様子で答える鎧。


 会話の主導権はこちらにある、そう思っていた矢先に向こうから言葉が発した。


「もういいだろう?早く神帝国に行こうぜ――残りは行く途中に答えてやるよ」


 そう言って手を取るように急かしてくる彼に最後の質問をする。


「…………もし断った場合は?」


「力ずくで連れていくだけだな――幸いなことに生きてさえいればいいらしいから足の1本や2本折っても問題ない」


 その言葉に背筋が凍り付く――このままではまずい。


 そう思ったからどうにかして気を逸らさないと。


「あ!後ろにさっきの少女が!」


 何もないところを指さす――それにつられて振り返る鎧の大男。


「なにっ!?」


 こちらへの視線が外れた瞬間に顔を引っ込め――居場所がバレないように少女の方へと向かう。


 その最中後ろから茂みに何かが入り込む音がした。 


 大男の気配を感じつつも、振り向かずに向かった。


     □


 最悪だわ。アタシとしたことがあんなミスをするなんて……。


 朦朧とする意識のなか、そんな恨み節を口にしたくても出来ない。それほどまでに吹き飛ばされたダメージが甚大だった。


 立ち上がろうと足に力を入れようとする。が、思うようにいかない。自分の下半身へと視線を落とす。そうして視界に入ったのは、有り得ない方向へと曲げられてしまった足が二つ。


 ああ……これじゃあの少年を守ることも村へと連れて行くことも出来そうにないか――まだ自分のこともちゃんとわかっていないのに……。


「…………」


 それでも――まだここで斃れる訳にはいかない……自分が誰なのか、それを解き明かすまでは。


 己の全てを懸け立ち上がろうとしたその瞬間、右前方の茂みから音がした。


     □


 そして辿り着いた先に居た彼女は、岩へもたれかかるようにして佇んでいた。怪我の具合は誰が見ても重傷だった。


 しかし。彼女の傷が少しずつではあるが塞がり始めているではないか。


 そんな現実と乖離した光景に言葉を奪われていると、彼女の鋭い非難の視線がこちらを射抜いていることに気付く。


 言葉に詰まる。


「ご、ごめん……?」


 とりあえず……申し訳なさそうに謝ったが彼女の表情は依然厳しい。


「――――――――!」


 険しい表情でこちらに何かを発しているが、何を言っているのか全く分からない。さっきの大男との会話は成り立っていたというのに。


「――――――――?」


 やっぱり何を言っているのかがわからない。


 すると彼女が何かに気付いたような表情をし、左手をこちらへと向けた。


 その手から淡い光が生じ、そして霧散した。


「翻訳魔法をかけたわ――これで伝わるかしら?」


「う、うん」


 会話が成り立ったことに彼女は安堵したようで一息ついた。


「そう、よかった」


 何を話せばいいか分からないからとりあえずその様子を見守っていたけれど……ここはどこだろうか?


「ねえ、ここはどこ? 気が付いたら全く見覚えのない森で目が覚めたんだけど……」


「ここはウトパイアの近くの森よ」


「ウ、ウトパイア……?」


 聞いたことのない地名だ……。


 さっきから冷淡な態度で受け答えする少女が静かに呟く。


「――よし」


 そう短く呟くと彼女は右手に握りしめていた剣を地面に突き刺し、覚束ない足取りながらもなんとか立ち上がる。


「アタシはあいつを食い止める。多分()()することは叶わないでしょうけど──せめて刺し違えてやるわ」


「わ、わかった。けど、君は……?」


 あいつとは恐らくさっきの――――、


「おーそこにいたか兄ちゃん……それにさっきの小娘まで――まさか生きていたとは」


 彼女は自身の左手側を指差しながら――――冷たく言い放った。


「アタシが合図したらひたすら走りなさい、そうすれば道に出るわ。その後、左に曲がってとにかく進むこと。そうすると村があるの、そこで『マリアがガイラスに助けを求めていた』と言って保護してもらいなさい。いいわね?」


 こちらへと悠然たる足取りで向かってくる鎧の男。


「……行きなさい!」


 言われるがまま指示された方向へと訳も分からぬまま少年は一目散に走り出す。


 それに意表を突かれた鎧の男も少年を捕らえるためにその方向へ向かおうとする。


 瞬間、少女から放たれた弾丸の様な物が男に確かな殺意をもって放たれた。


 鎧を纏っているとは思えないほどの軽やかな身のこなしで躱した男へ言葉が降りかかる。


「あんたの相手はアタシよ。 この操り人形(マリオネット)が」


 こちらを見た鎧が口を開く。


「……なあ嬢ちゃん。もしかして<混血>か?」

 

 混血……?聞いたことのない言葉だ。


「初めて聞くわね……よければ教えてくれないかしら?」


 腕を組み考え込む鎧。


 少しでも時間を稼ぎつつも自分に関わる情報を得るために下手に出てみる。


「我ら人類と他の種族との間に産まれた存在のことさ。滅多に見かけないし短命らしい」


「そう……どうして私がそれだと思ったのかしら?」


「人間にあるまじき耐久力と治癒力を持ち合わせているようだからな――もしや、と思っただけさ。…………本当に知らないのか? 教和国の人間はみんな知ってるはずなんだがな……」


「残念ながら違うと思うわ。そもそもアタシ自身あんまりアタシの事を分かってないもの」


 それよりも、と少女は続ける。


「ここで退いてくれないかしら?――そうすればあんた達は貴重な鎧を三体も失わずに済むのだけど」


 鎧が黙り込む、そして逡巡ののち口を開く。


「悪いがそれは出来ない。こちらも任務でここに居るんだ――それより立っているのが精一杯の状態で倒せないから退いてほしいんだろう?」


 なら。


「嬢ちゃんだけでも帝国に来ないか?――もしかしたら<混血>かどうかも分かるかもしれないぞ?こんな旧文明的な暮らしをしている愚か者とは違って我々は……」


 精一杯の挑発を込めて嘲るように吐き捨てる。


「行くわけないじゃない……その中身みたいに頭も空っぽなのね」


 まんまと挑発に乗った鎧が剣を引き抜いた。


「そうか――なら仕方ない」


 男は目の前の少女の息の根を止めるべく剣を振り上げた。


     □


 彼女に指示された方角へただひたすらに森を駆け抜ける。


 このまま走ればきっと安全に村へと辿り着くことができるだろう。


 だから、とにかく走ればいい……ふと脳裏をよぎる一つの懸念。


 彼女はどうなる?


 彼女は刺し違えると言っていた。だけど、きっとあの少女ならなんとか切り抜けるだろう……あんなにも優位に立ち回れていたのだから。


 もし…………もし、仮に本当に刺し違えるのであれば、彼女を見殺しにして自分だけ逃げおおせてしまっていいのか?


 ――そんなことを見過ごすな。


 脳内に響く声に従うように足が止まり、気が付けば踵を返し走り出していた。


 近付くにつれ状況が明らかになってきた――男が少女に止めを刺そうとその手に持った剣を振り上げている瞬間だった。


 まずい!そう思った頃には大男へ向けて走り出していた。先のことなんて考えていなかった。今はこの状況をなんとかして変えたかった、ただそれだけだった。


 そうして大きく剣を振り上げた右の脇腹へと――飛び込んでいた。


 横っ腹に衝撃を受けて倒れこむ大男。


 少年のタックルによってもたらされたこの好機を少女は決して見逃さなかった。


 自分の背中を強く押すように念じ――発生した風によって弾かれるように体が動く。


 その勢いのまま剣を男の兜と鎧を断ち切る様に振り下ろした。


 キンと甲高い金属音が響き男の首と体は永遠の別れになるはずだった。


 しかしそうはならなかった。


 断面から流れ出るはずの赤い命は流れ出ず、その鎧の中には本来存在しなければならない肉体は――――なかった。


 そこにあったのはただの()()の無い鎧だったのである。


「どういうことなんだ……これ」


 困惑し、思わず声を漏らしていた。


「神帝国の技術よ。厳密には旧時代の遺物らしいのだけれど――胸元に神帝国の国章があるでしょう?」


 彼女は大の字に体を投げながら告げる。


「旧時代?遺物?」


 質問を投げかけながら肩を貸し、支える様な体勢で立ち上がらせる。


 自分より少し低い背丈のおかげか肩を貸して歩きだしてもそこまで負担に感じないまま、2人で森を進んでいく。


「ありがとう。<神の子>なんて呼ばれているからどんな奴かと思ったけれど優しいのね。今は村へ行きましょう。道すがら話をしてあげるわ」


「<神の子>……?」


「ええ。あんたは神託の巫女の託宣によると神の子らしいわよ?」


 彼女は余りにも素っ気なく言い放った。


「そんな他人事みたいな言い方しなくても……」


「実際他人じゃない。何か問題でも?」


 ぶっきらぼうに彼女が言う。


「特にはないんだけど……そういえば名前を聞いてなかったね。よかったら教えてくれないかな」


「アタシはマリアよ。あんたは?」


「……」


 返事がない事を不審に思ったマリアがこちらを見る。


 自分の名前は――――何だ?


 必死に記憶を探ろうとした矢先、鋭い痛みが走り思わず足が止まる。


「ねえちょっと!?どうしたのよ!?」


 呆然とした僕に彼女は呼びかける。


 それでも思い出そうと思考を巡らし……いつしか歩みが止まる。


「ごめん……思い出せそうにない」


 思い出せない。


 その言葉にマリアは怪訝そうな顔を見せたが、何か追及をすることはしなかった。


「何か思い出せることは? あんたに関することならなんでもいいわ」


「分からない……分からないんだ……どうして自分がここに居るのかさえも」


「……なら、生活面での色んなことは覚えてるかしら?例えばだけどフォークの使い方とか」


「完全に、とはいかないと思うけど多分」


「それでいいわ。そうだ、後で名前を考えてあげるわ。ずっと名無し君のままじゃ嫌でしょ?」


 その善意に対し、とりあえず頷くことしか出来なかった。


「さっきも言ったように色々教えてあげるわ……何から聞きたい?」


「――ここはどこ?」


「ここは教和国の北東の果てにあるウトパイアの近くよ」


 またしても知らない単語が出てきた。教和国?


「他には?」 


 わからないことが多すぎる。これ以上何かを知っても混乱するだけかもしれない。

 

「とりあえず今はいいかな。ありがとう」


「礼を言われる様なことなんてしてないわ」


「命の恩人に礼を言わないなんてあり得ないよ……更に今こうして色々教えてくれようとしている、これに感謝しない訳にはいかないよ」


 そう言いながら森を抜け畦道へと出る。


「さっきも言ったようにここを左よ」


 それと。


「もうアタシ一人で歩けるわ。ありがとう」


 そういうとスタスタと彼女は一人で歩き出した……さっきまでとても一人で立ち上がることが出来なかったとは思えない程しっかりとした足取りで。


「見えてきたわ。あれがウトパイアよ」


 二人で歩いて十分と経たずに村の外壁だろうか、木の壁が見えてきた。


 森の中に3~4m程の先端を尖らせた丸太で円を作るように囲まれていたその<壁>の中に幾つもの家が立ち並んでいた。


「ようこそウトパイアへ、アイン」


 マリアが振り向いて言う。


「アイン?」


「ええ、あんたの名前。さっき考えてあげる、って言ったじゃない?だから考えたのよ」


「あんたが記憶を取り戻すまではアインとして生活してちょうだい。そっちの方が名無しとして過ごすよりずっとマシでしょ?」


「そうだね、記憶が戻るまではそうさせてもらうよ……もっとも、記憶が戻るか分からないけどね……」


「なーに弱気になってんのよ!」


 そう言ってアインと名付けられた少年の肩を叩き、少女は花が咲いたように笑った。


 叩かれると同時に緊張の糸がプツリと切れたのだろうか、僕は意識を手放していた。

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