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元スラム街、今スライム街。

作者: 五日北道


「な、なんなのよ、ここは……」


 ファンシーな色合いの家屋が続く街並み。

 整然として清潔な石畳の上をぺったんぺったんと動き回る、あるいは、ぷるぷるとゼリーのように揺れる色とりどりの可愛らしいスライムたち。

 想像していたのとあまりの落差に、聖女は開いた口が塞がらない。


「ねぇ、わたしスラム街で炊き出ししたかったんだけど」

「聖女様、ここがスラム街ですよ。正確には、元スラム街ですが」

「なんか思ってたのと違うんだけど」

「まあ、今はスライム街でございますからね」

「スライム街……」


 従者に教えてもらって、聖女は改めて見渡した。


 ここは王都の一画。野生と違って天敵もおらず、スライムたちは幸せそうに右往左往していた。

 そこかしこには、そんなスライムたちを微笑ましく眺める観光客もいる。


「わたし、スラム街で炊き出しして、教会のためにも、聖女の名声を高めたかったんだけど」


 ついでに、その名声が王子の耳にも届いて、乙女ゲーのシナリオが始まってくれたらなーとか思ってたんだけど。

 という本音は、従者には聞かせられないので、聖女は途中で口をつぐんだ。


「聖女様がこちらの世界にいらして、まだ三カ月ですから、ご存知ないのも当然でしょう。じつは、こちらの元スラム街はですね……」


 従者は、この国では有名な話を披露した。




 十年前、幼くして王子の婚約者に選ばれた令嬢は、この国でも上位に位置する魔力を持っていた。


 王子の婚約者となった彼女は、王都の視察をしたときに、初めてスラム街の惨状を目の当たりにする。

 当時、ここはまさしくスラム街というにふさわしく、荒れ果てた家屋に汚泥まみれの石畳、陰鬱な路地に生死不明で横たわる人体、犯罪者たちが法も秩序もなく蔓延(はびこ)り、あらゆることがまかりとおる無法地帯だった。


 スラム街の様子に胸を痛めた彼女は、王子とも相談し、スラム街の人々へある提案をした。


「わたくしは、今からこのスラム街を作り変えようと思います。もしこの場所に残りたい者がいれば、その者には、日々、飢えることなく、怪我や病に悩むことなく、心無い人々から脅かされることのない、幸せな生活を約束いたしましょう」


 令嬢を見上げるスラム街の人々の目は半信半疑。


「もちろん、この場所を出たい者は止めません。今はこの場所に残ると決めた者でも、あとから去りたいと思えば、それでかまいません。そのときは街を出られるようにいたしましょう」


 令嬢の言葉に、そこにいた四割ほどの人がそのまま残ったという。

 令嬢はその場にとどまった人々に変化の魔法をかけ、そして、その人々はスライムに――




「ということがあったのですよ。ほら、この観光案内書にも書かれています」

「……そんな」

「でもご令嬢は、一つも嘘は言わなかったんですよ」


 残った人々はスライムになったとはいえ、飢えることはなくなりました――スライムは魔力しか吸収しませんし、ここは魔力結界で覆われてますからね。いつでも満腹です。人間のように排泄もしませんから、街もとてもきれいなまま維持できます。

 怪我や病もありませんし――王都の中なので敵もいませんからね。まれに、王都に違法に持ち込まれた愛玩魔獣が脱走して被害に遭うスライムもいますが、スライムはなにしろ最弱なもので、怪我する前に即死しちゃうんですよ。

 あとは、心無い人々から脅かされることもありません――ここは観光地区ですからね。観光ガイドさんたちが常に目を光らせてますから。


 王都の治安が悪化する原因もなくなり、スラム街とその対策にかかっていた費用もなくなり、さらに新しい観光名所まで。王都ではスライム街をそれなりに評価する声も多いんですよ。


 そんな従者の説明を、聖女は一刀両断した。


「詭弁だわ」

「でも、聖女様。そもそもこの場所は、出たいと思えば出られるんですよ。あそこに見える木札。あれをスライム街入口の門衛所に持っていけば、スライム街から出たいという意思表示になるそうです。そうすれば、人間に戻って、街を出られる。って観光案内書に書いてあります」

「じゃあ、ここの人たちは自分の意思でスライムを続けてるのね……」


 聖女はちょっと信じがたい気持ちでいっぱいだった。でも可愛らしく幸せそうなスライムたちを見ると、否定もできない気がした。


 ちなみに、スライムになると複雑な思考をしなくなり、木札を門衛所に持っていくなどという高度な行動はとらなくなる。でも、そんなことは観光案内書に書いていなかったし、従者もわざわざ言わなかった。


「幸せなスライムたち……」

「聖女様、この観光案内書によると、スライム街のスライムは、年々微増してるそうですよ。なんでも、毎年スライムになりたいと希望する人が数名はいるようで――」


 聖女は、従者の説明を聞き流し、自分の思考を追った。


 王子の婚約者とは、乙女ゲーの悪役令嬢だ。彼女にはきっと前世の記憶か何かがあって、フラグとなるスラム街を無くそうとしたんじゃないだろうか。

 そして、そのためにスラム街の虐げられた人々を可愛らしいスライムに変え、スラム街そのものを消滅させた。


 ……なんか、悪役令嬢というには巨悪すぎないか?でもスライムたちが幸せなら、それで良いのかな?


 聖女は、自分の中の価値観がちょっと揺らいだ気がした。

 そして、ぷるぷる震えるスライムを見て、しばし癒された。




2024年、節分の日。

ヒューマンドラマのジャンルにしているけど、はたしてヒューマンで良いのかと思いつつ。


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] ジワジワ来るホラーですねコレ。知能低下レベルから考えると実質死刑みたいなもんだし まあ、スライムになること理解してなる人は純粋に幸せかなと思うけど
[一言] 猫になって一日中ゴロゴロしていたいと思う人はいるし スライムになって一日中プルプルしているのも同じだと思えば十分ありな気がする
[良い点] うん、凄い詭弁でしたね(笑)
2024/02/03 17:23 退会済み
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