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5話 ボク達ってクマ同士




 鋭く天を突く、この世界屈指の名峰の遥か高みにある秘密の王国。

 王国ソラ。


 超高山地域の過酷な環境で暮らす者たちは訳アリの変わり者ばかりだ。様々な理由で、様々な地から、様々な種族のあぶれ者どもが集まっていた。

 そんなややこしい国を治める国王はどのような者が相応しいのか……


 ケンカである。


 一番ケンカが強いヤツが一番偉いことにするのが手っ取り早い。ヤンキー高校の漫画を見てもらえばその理屈もご納得いただけるだろう。そういうことなのだ。


 そして今由緒正しき正統で公平なケンカによって、新たな国王が誕生した。黒いローブに黒いトンガリ帽子にいつも寝不足な顔をした人間種の男である。

 彼はいったいどのような国造りを為し歴史に名を刻むのであろうか……




「国王陛下! いかがでしょうか!」


 黒服の者が玉座に腰を掛けるジェイド国王に敬礼をする。

 ジェイドはこれから自分が生活をする部屋の内装を一通り眺めていた。

 国王の住居と言っても、普通の民家の二倍くらいの大きさである。土地や資源の乏しいこの国では贅沢をする余地はほとんど無いのだ。


 国王には、何かを命じれば喜んですぐに取り掛かる働き者が付いていた。その〝トリマキ〟たちにまず命じたのが住居を自分好みに改装する事だった。とりあえず前国王の趣味の悪い家具や筋トレグッズを廃棄させ、壁と床を全面黒一色で統一させた。


 ジェイドはトリマキの仕事に満足した。また、トリマキは命じずとも黒服に着替えていた。その事も褒めてやった。やはり黒が一番落ち着くのだ。



「国王陛下! 王妃様が来られました!」


 はて、自分に妃などいただろうか? と不思議に思うジェイド。トリマキに案内されて部屋に入ってきたのは良く知った顔、クマ耳のウェイミーではないか。堅苦しい話し方しかしないトリマキとのやり取りに疲れてきていたので、少し安心した。


「ウェイミーじゃん。なんかさ、このトリマキが〝王妃様〟って言ってるんだけど?」


「ああ、肩書きだけね。別に良いでしょ? 私は命の恩人なわけだし、あなたを頼ってちょっと贅沢させてもらうだけよ」


 ジェイドはふむと、彼女のしたたかさに感心した。


「なるほど、ボクの妃という肩書きにしておけば、君に恩返しができるというわけだな。それイイネ!」


 ウェイミーは「へへえ」とニヤけて鼻の下をすりすりする。


「じゃあさっそく王族の権力を使って……お茶会でもしよっか?」

「ははっ、そうだな。いろいろあって、なんか疲れたし、一か月くらいまともに食べてないからね。まったり食事でもしよう」


 ジェイドはトリマキに黒い机と黒い椅子と黒いカップの紅茶を準備するよう命じた。

 それにしても本当に出来たトリマキたちである。間もなく命令通りにお茶会の準備をすませると、さらにお茶のお供にどうぞと言って何やら珍しい箱を持ってきた。中身はジェイドにピッタリのスイーツだと言う。


「ジェイド国王、これは大変珍しい漆黒のお菓子でございます」


 トリマキが差し出したのは金箔で装飾された黒い漆器の箱だ。ジェイドは珍しそうに眺める。

 

「ふーん、そんなのあるんだ」

「はい、遠く東の果てにある〝和の国〟でしか作られない幻のお菓子〝あんこ〟にございます」

「おお! 〝黒い〟お菓子ってのは最高だね。黒ければ黒いほど良いからね。黒ければ黒いほどだよ」


 向かいに座るウェイミーも、初めて聞くあんことやらに興味津々だった。


「すごーい、見てみたーい。私も黒いの大好きよ」


 黒いお菓子と聞いて、二人とも上機嫌だ。


「そう言えば君も黒いモフモフに黒いメイド服だね。ボクたちって気が合いそうだね」


 ウェイミーは恥ずかしそうにヘラヘラして、服を触ったり尻尾を触ったり。


「わたしはクマ獣人種だからね、生まれた時から黒いからね……。そう言えば、ジェイドも目の下にクマが出来てるよ? ふふっ」

「はっ、クマ同士だな」

「黒クマ同士だ~。もうこうなったら、この王国を黒に染め上げちゃおうよ?」

「いいねえ、やっちゃおうか。黒に囲まれているとボクの魔力も高まるかもしれないな」

「そうしよぉ、そうしよーお」


 黒い計画を話し合う二人の会話のタイミングを見計らって、トリマキの者が〝あんこ〟が入っているという箱のふたをゆっくりと開ける。

 二人は首を突き出して中身をのぞいた。さて、あんことやら如何なる物ぞ……


「あれ? 黄色いよ?」


 とウェイミー。


「そうだな、完全に黄色だぞ? 何だこれは」


 とジェイドも表情を曇らせる。

 そのお菓子は上品な甘い香りこそ漂わせてはいるが、黒とはほど遠い黄金色だった。ふんわりとスポンジケーキのような長方形の見た目で、上下の表面にはこげ茶色の焼き色がついている。

 トリマキがひどく焦っていた。どうやら聞いていた話とは違ったようだ。


「申し訳ございません! 陛下! あんこは黒いお菓子と教えられていたのですが、間違いがあったようです。今すぐ責任者を探して末代まで責任取らせますので、どうかご容赦をっ」


 ジェイドはがガッカリこそしたが、そんなに謝られるとやりづらい。


「そこまでしなくてもいいけどさ。黒いお菓子はないの?」

「今、ワカメサラダをこしらえておりますので、少しお待ちくだされ」

「ワカメサラダか……、サラダじゃん? まいいけど早くしてよね」


 確かにワカメは黒いっちゃ黒い。しかしお茶のお供にふさわしいのかという疑問と海産物がこの超高山地帯にあるのかという疑念が同時に湧いたが、トリマキが必至なのでスルーすることにしよう。などと考えていると、

 別のトリマキが慌てて外からこの部屋へと入ってきた。


「優雅なひと時をお楽しみのところ失礼します! Sランク剣士と名乗る不審者が入国して来まして、ジェイド様に会わせろと言って暴れております!」


 Sランク剣士という聞き覚えの有るような無いようなワードに首をかしげていると、また別のトリマキがもっと慌てて入ってきた。


「小粋なトークをお楽しみのところ失礼します! Sランク剣士と名乗る乱暴者にワカメサラダ用のレタスが汚されてしまいました!」


ジェイドにはいろいろツッコミたい所があったが、やはりSランク剣士とやらが気になる。


「何がどうなってんだよ! それにしてもSランク剣士ってもしかして……」


 ドスドスと荒い足音が聞こえてくる。

 遮るトリマキたちを振り払って一人の男が騒がしくジェイドの居る部屋へと入ってきた。そいつはジェイドがよく見知った顔、かつて所属していた冒険隊グループ『カラフルサンシャイン』リーダーのアラムだった。


「ジェ~イド~、探したぜえ。久しぶりだなあ」


 かつての友との突然の再開に理解が追い付かないジェイドをよそに、アラムは一方的に話しかける。


「ジェイド、お前に良い儲け話があって来たんだよ。まー聞きな。俺たちSランク冒険者でバトルSHOWの興行をやるんだ。俺がヒーロー役のトップでお前がヒール役のトップを担う。どうだ、絶対儲かるぞ?」


「アラム、お前……」


 ジェイドは何かを悟り、かつての友をあわれんでいるようだ。


「冒険者なんてもうダメだ。あんなの俺たちには向いてねえよ。これからはSHOWビジネスの時代さ。世界中の国を回って稼ぐ――」

「ダンジョンでドジったんだな?」


 アラムはジェイドが向けるあわれむような眼差しに気づき、それまでの陽気さを失って力無く肩を落とした。


「分かるか……。そうさ、俺はあの後に挑戦したダンジョンで失敗し生死をさまよった。ジェイド、お前がいなきゃ俺たちは高難度ダンジョンでは通用しなかったのさ」


 ジェイドは黙って彼に話の先をうながした。


「俺はもう戦えないんだよ。情けねえけどよ、敵を前にすると震えて体が動かなくなっちまったんだよ」

「そんなことだろうと思ってたよ」

「すまない。もう俺はあの国にはいられないんだ。だから国を出て、放浪していたらお前の噂を聞いて探しに来たんだ。だから……、俺とお前の付き合いじゃないか」


 ジェイドの抱くアラムへの思いは複雑だった。


「確かに、冒険隊では世話になったし楽しい思いをさせてもらった……、感謝もしてるよ。ただな……」

「だろ? お前だって一人じゃ困るだろう?」

「ただなあ、お前さ……」


 アラムにどうしても確かめなければならない事が一つあった。


「お前、ボクが今から食べるレタスさー、ダメにしたらしいじゃーん?」

「へ? あ、さっきの話か?」

「まいいや。とりあえず今お茶会やってるとこだから、お菓子食べながら考えよう。おーいトリマキぃ! なんでもいいからお菓子持ってきてよ」


 急にふられてトリマキの一人がビクッとなって、焦りながら前に出て言う。


「えとその……、ワカメもそこの剣士さんにダメにされてしまいまして」


 ジェイドは不服そうにトリマキとアラムをにらんだ。


「なんだよ。そもそもワカメサラダってお菓子じゃないのに、そのワカメもダメなわけ?」


「はい。ワカメとレタスを急いで運んでいたところを暴れていた剣士さんにぶつかってレタスを落とした上に蹴られてしまい、その蹴ったレタスがワカメを運んでいる者に当たって、その者が勢い余って油の溜め井戸に落っこちてしまったのですよ。ですので、ワカメが油まみれで臭くなってしまったのでもう使い物にならないのです」


 トリマキは早口でまくしたてて状況を説明し終えると、上手に最後まで言えた事に満足だとばかりにガッツポーズをした。別のトリマキが親指を立てて彼をたたえている。


 なんともややこしくて理不尽な話だとジェイドは思う。要はアラムがレタスを蹴ってワカメもろとも運び人を井戸に落としてしまったという話だ。

 トリマキの連中も情けない話だが、追及して切腹するなどと言い出されても困るので、アラムが全面的に悪いということにする。


「そういうことらしいぞアラム? せっかくのボクのお茶会を台無しにしてくれたようだな」

「ジェイドよ、お前はそんなにワカメサラダが食べたかったのか?」

「いや、そういうわけでもないが。もはや黒ければなんでもいいと思ってるし」


 それを聞いてアラムはニタリと笑った。


「なら、キャビアはどうだ? お前に分けてやろうかと思って持って来てるんだが……」

「何! キャビアだって!?」

「そうだ。お前がいつか食べたい食べたいと皆が寝静まって話し相手がいなくなると毎度つぶやいていたキャビアだ。食べたいか? なら俺の話に乗れ」

「ぬ……。ブツを見てからだ。まずキャビアを見せてみろ」


 アラムは腰に掛けた革袋からタッパーを取り出して机の上に置いた。急に得意げになり、もったいぶりながら蓋をゆっくり開けていく。


「へへっ。これが幻の食材、食べるダイヤだったか真珠だったか知らねえが、キャビアというものだぜ」


 一同は固唾を飲んでそのキャビアとやらの入ったタッパーの中をのぞいた。


「赤くね?」


 とジェイドが一言。ウェイミーも続く。


「赤いね、キャビアって赤いものなの?」


 ジェイドが首をかしげながら答える。


「キャビアっていうのは超レアな黒い魚卵で宝石のような粒だって聞いてたんだけど」


 どうやらここにいる者で実際にキャビアを見た者はいなかったらしい。

 タッパーの中にあるのは、確かに粒々の魚卵のかたまりではあるものの、色は淡い赤色だ。粒はペン先ほどに細かく、ウインナーのようなかたまりになって薄い膜に包まれていた。


 それをキャビアだと言い張るアラムは不満げだ。


「高かったんだぜ? 間違いなくこれがキャビアさ。俺を信じられねえっていうのか?」


 皆一様に「信じられない」と言いたげだった。


「なんだよ、俺はSランク剣士だぞ?」


 皆一様に「だから何だよ?」と言いたげだった。

 そんな不穏な空気を変えようとウェイミーが声のトーンを一段上げて話をきり出した。


「まーいーじゃんっ! せっかく持って来てくれたんだし、みんなで仲良く食べようよ」


「黒がいいなぁ……」


 ジェイドの表情は浮かない。

 それを見てアラムは方針を変えざるをえなくなる。


「なら、商売の話はまた後でいいから。友が持って来た土産なんだ、ゆっくり食ってくれよ」


 ウェイミーがニコリと笑ってうなずく。


「そうだよ。早くみんなで食べましょー! トリマキさんたちもこっち来て座ってー」



 こうして、てんやわんやあったお茶会の準備がようやく整った。

 アラムにトリマキも加えて賑やかにお茶会は続くのである。冒険者時代の思い出話やら、この国の生活の話やら、月に行くやらなんやら。


 赤くて塩辛い魚卵の加工食品をつまみに紅茶をすすりながら、楽しい時間をすごしたのであった。




 ・・・



神話の暗黒魔導士なのになぜか捨てられ、助けられたメイドに追いかけられたら国王となりました


 ↓ ↓ ↓


しんわの あんこくまどうし なのに なぜか すてられ たすけられた めいどに おいかけられたら こくおうと なりました


 ↓ ↓ ↓


しん わのあんこ くまどうし なのになぜ かすてら れたすけられ ためいど においかけられ たらこ くおう となりました


 ↓ ↓ ↓


真・和のあんこ、クマ同士なのになぜカステラ? レタス蹴られ貯め井戸、臭い掛けられ、たらこ食おうとなりました



 ・・・



(エピローグへ つづく)



※ここで作者コメント


 どうもこんにちは。作者です。


 お分かりいただけたでしょうか。この作品の長文タイトルはただの長文タイトルではありません。

 ひらがなにして区切り位置を変えると別の意味になりました。あんことかレタスとか。


 これがやりたかったわけです(笑)。ご納得いただけるでしょうか。はたまた、ばかばかしいとお怒りになられるのでしょうか。

 楽しんでいただけると良いなと願ってやみません。いずれにしましても、ここまで読んでいただいて嬉しい気持ちで一杯です。本当にありがとう。


 まだ最後にエピローグがありますので、どうか最後までお付き合いくださいませ。


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