第八話 冒険者ギルド
私たちは瘴気に満ちた森を三日ほどかけて抜けた。その間、絶え間なく魔物化した獣とか魔物化した人間に襲われ続けた。
「この世界で生きるのは難しいかもしれん」とフランメルさんがため息を付いた。
「魔物化したおばあちゃん……」
「エルザ、縁起の悪いことは言わない。ひっぱたくよ」
「ごめんなさい。お母さん」
たぶん、お母さんも同じことを思っていたに違いないと思う。
この森で得られた情報、襲って来るのはすべて魔物化した動物、人間も含めて。空を飛んでいるのも魔物化した鳥だ。この森にずっといれば私でも魔物化すると思う。
◇
瘴気の森を抜けるとそこは砂漠だった。砂しかない。フランメルさんと、お母さんが、エルマはあっちだと指差した。なぜ二人にはおばあちゃんの気配が感じ取れるのだろう。
私にはまったく感じ取れない。一緒に過ごしたのが五年ほどだから? あるいはおばあちゃんにとって私は可愛い孫ではなく、魔力の供給装置だったからだろうか?
砂漠を歩いていると、アリ地獄とか、巨大ミミズがに注意しないと、飲み込まれる。飲み込まれても別に問題はないのだけど、髪の毛に酸っぱい臭いがつくので、マジで困る。全身にクリーンの魔法をかけてもどうしても臭いが取れない。
それ以上に迷惑なのが砂まみれになったお母さんの癇癪だ。しょっちゅうサンダーボルト、雷撃を落としている。私たちでなかれば、とうに死んでいる。でも雷撃は落ちるけれど、まったく雨が降らない。変だ。
「エルマの孫、飛ぶか?」
「はい、飛びます。何が起こっても対応できる自信はあります」と薄い胸をドンと叩いた。
「ジジイ、私は?」
「エルマの娘は好きにすれば良い。私の言うことなど聞くとは思っていない」
「……」
私たちは空を飛んだ、砂漠が果てしなく続くだけ。
「お母さん、こんなところにおばあちゃんが本当にいるの?」
「いたはず。でも近づけば近づくとほど遠くなっていく」
「エルマの娘もそう思うのか? 私も距離は縮まった。しかしとても遠いところにいる感じがしてならない」
「お母さん、フランメルさん、街らしきものが見えました。道も確認できました」
道は砂漠のところで途切れていた。
私たちは、道の途切れたところに降りた。
「結界石か。置かれて一年というところだろうか? その割には崩れ始めている」
「そりゃあおかしいよ。結界石の粗悪品でも崩れるには三年はかかるよ。ジジイ」
「それだけ、ここの空気に含まれている瘴気が濃い。結界石は瘴気にさらされ続けると脆くなる」
「エルマの娘、この結界石の刻印に見覚えはないか?」
「お母さんの魔法刻印」
「エルマの性格から考えて定期的にメンテナンスをするはず。メンテナンスを怠れば、ここも砂漠になってしまう。なのに、保守した痕跡がない。どういうことだ。エルマの娘」
フランメルさんが、最悪の想定をした感じ。私もそう思う。おばあちゃんが手を抜くはずがないもの。
「お母さんはあの街にいます。直接尋ねるのが良いですよ。もう禄ジジイ様」
◇
兵士の詰所の前を通った。中には兵士がいたけれども、誰も出てこないので、私が旅の者ですって自己紹介を始めたら、何も言わずに手であっちに行けと追い払われた。あなたたちって門番じゃないの! 仕事放棄だと思う。私たちにとってはありがたいけれど、釈然としない。
この街には一片の気力すら感じられない。みんな、ただ死を待っているみたい。ともかく空気がひどい。瘴気とは別の諦めの空気というべきか?
「気持ちが悪い。この街は死にかけているよ。お母さん……」
「良いんじゃない、私たちには関係ないしさ」
「エルマはあの中にいる」とフランメルさんが指差した所に迷宮の門があった。
「おばあちゃんが迷宮にいるのですか?」
「ああ、いる。間違いない」
◇
迷宮の門前に兵士が二人立っていた。
「冒険者IDの提示をお願いする」
「私たちは冒険者ではないので、冒険者IDは持っていません」
「ここは危険なので、一般の人は入れないんだよ。お嬢さん」
「あのう、冒険者IDはどうしたら貰えるのですか?」
「あそこに見える建物が冒険者ギルドだ。そこの可愛い受付のお姉さんに一人、六十リンギを支払えば、今日から晴れて冒険者だ。とは言え今は中には入らない方が良い。アンデットの群れがうろついているから」
「教えてくださってありがとうございます」
「ねえ、お嬢さん、君の後ろにいるとっても美人な女性は誰なのかな。できれば紹介してもらえると嬉しいのだけど」
「お母……、ではなく私の姉です」
お母さんが私を睨んだ。お母さんはイケメンが好き。その兵士さんはお母さん好みイケメン男性だった。お母さんは気に入った男性の前では独身という設定になっている。
◇
六十リンギってエンだといくらくらいだろうか? 露天のお茶が一杯三リンギってことはお茶一杯は三百エンくらいか。とすると六十リンギって六千エンくらいかなあ。
「バッタもんのルビーだ」
「フランメルさん、バッタもんってどういう意味ですか?」
「偽物のルビーということだ」
声が大きいですよ。バッタもんのルビーを売っていた人たち、一人は椅子にどっかと座っていて両隣に絶対カタギではないお兄さんたち二人が、威圧しながら、やってきた。
「ジイさん、営業妨害だ一万リンギだしな」
「……」
フランメルさんはガン無視。
「お兄さんたち、これが本物のルビーなんだけど、見たことないのかしら?」とお母さんが自分の指輪を見せた。
「これで、勘弁してやると」ってチンピラその一がお母さんの指輪をはめた指に触った途端に
「痛えーーーーーー」
大丈夫かなあ、即死性の毒ではなかったみたいだけど。解毒剤あげた方が良いかしらってお母さんの方を見たら首を横に振った。
チンピラその二がナイフでお母さんを切りつけた。が、ナイフの刃はお母さんの人差し指と中指で抑えられて、ボキって折れた。
椅子に座っていたボスらしき人は店じまいをしてそっと逃げて行く。それを見たチンピラその二は「親方待ってください」と言いながら、折られたナイフを捨てて、親方さんを追いかけた。
残されたチンピラその一は「兄貴、親方助けてーーーー」と叫んでいる。元気そうだ。でも往来の真ん中に立たれたままだと、迷惑なので、魔法で持ち上げて道の傍に移動させた。
周囲がざわつく。あんな小さな子どもなのに軽々と大の大人を持ち上げて運ぶなんてって声が聞こえた。これは魔法だから。私はか弱い十五歳の少女なんですって、抗議したかったけど、さらに面倒なことになるので、諦めて冒険者ギルドの建物に向かった。