第六話 フランメルさん担当
朝、起きてテントから出たら魔術師校の学生が一人もいない。忘れ物がないか見回っていた先生がいたので、駆け寄った。
「先生、みんなはどこに?」
「学校に戻ったよ。それがどうしたのかなあ?」
それがどうしたのかってそんなに不思議そうな顔をされると質問がしにくい。
「私は残っているのですけど、私は魔女学校の生徒ですが、今は魔術師学校の生徒だと思っています」
「あれ、エルザ君、聞いていないのかい。君は居残りだって。これはうちの校長とガブリエル校長のお二人が承認されたことです。ともかく、公休扱いで出席日数に影響はないし、試験期間中は、軍から要請がなければ定期試験も受けられる。君なら授業に出ていなくても高得点が取れるでしょう」
「先生、おっしゃっている意味がまったく分かりませんけど」
「軍務大臣からの要請で君はしばらくここの軍団と一緒に行動することになったらしいよ。僕も詳しいことは聞いていないので、大佐さんに説明してもらうと良いと思うよ」
そう言うと逃げるように、というか実際に先生は私から走って逃げ去った。
◇
「グラント大佐、いますか? 大佐!」
「おお、叙勲予定のエルザ君」
「何ですか? 叙勲って?」
「敵を国境線まで押し戻した功績を讃えて金鵄勲章が授与されることが決まった」
「勲章なんてほしくありませんか。どうして私だけここに居残り何ですか? 私は生徒であって兵士ではありません」
「君の身分は軍属、階級的には中尉並みになった」
「あのうですね。私はまだ十五歳でしかないただの少女ですよ」
「年齢については、しばらくおいておこう。なかなかややこしい話しになるので、ともかくだ。君はあのフランメルと戦って生きて戻って来られた。これは凄いことなのだよ」
「戦ってません。逃げ回っただけです」
「君はフランメルに目をつけられた。フランメルが君を見れば必ず食いつく。君は遠くに逃げる。フランメルは追う。その間に我が軍は敵を攻撃する。まあ、そう言うことなので、頑張って逃げてほしい」
「大佐、フランメルさんは手加減しませんよ。私死にますよ」
「金鵄勲章には遺族年金が付いている。安心したまえ」
お母さんの酒代に消えるだけだよ。
◇
ああ、私は捨て駒にされた。
「大丈夫よ、フランメルはあなたを殺したりしないから」
「えっ、お母さんどうしてここにいるの?」
「お馬鹿のガブリエルから、エルザだけ戦場に残したって連絡があったから様子を見に来たの」
「どうして、フランメルさんが私を殺さないと思うわけ。あの大火球にははっきり殺意がこもってたよ」
「エルザ、あなた火球をフランメルに当てるために、フランメルに接近したよね」
「ええ、顔がはっきり見えるくらい近寄ったけど……」
「フランメルはあなたがエルマ、あなたのおばあちゃんね、行方知れずになっているエルマの孫だって、絶対に気づいたと思うわけよ……、保証はしないけどね」
「お母さん、保証はしないって、かなり心配なんですけど……」
「フランメルも歳だし絶対ってことは言えないのよね。まあ、あれは大魔術師でかつ賢者さんだからほぼほぼ大丈夫なはずよ」
「私の場合、元カレのことは綺麗さっぱり忘れるから、たいてい男は振られた女のことをかなり引きずってるものよね。純愛それともプライドが傷ついたから? さてどっちでしょう?」
「……」
「ああ、フランメルって自称フェミだから、表立っての嫌がらせはしないはず。でもおばあちゃんの孫だとわかっていたら、ここぞって感じでするかな。頭の良い人の気持ちはわからないなあ。おばあちゃん、浮気して子どもができて、それってあたしだけど、それでフランメルと別れたから」
エルマおばあちゃん、何をしているのよ!
「でも、エルマおばあちゃんが浮気したお陰でお母さんが生まれて、エルザが生まれたわけだから、良いじゃないの。結果オーライね」
「それで、お母さん、私どうしたら良いのこのまま戦場に残されたら、一年後に魔女学校に戻れないかもしれないわ」
「大丈夫、そうなったら、魔女学校を主席として卒業できるようにするってガブリエルに約束させたから、魔女が前線に立つなんて魔女の歴史上初の快挙だから、当然よね」
「魔女は魔術師と違って、人を殺めたりするのはダメなんじゃないの」
「建前の上ではね。実際は毒殺とかは魔女の専売特許だったりするしさ、表面上は大人しくして裏でするのはありなの。でなきゃ、毒薬作りをせっせとしている理由がわからないでしょう。作った以上は使うわけ」
「人様に売るだけじゃなかったの!」
「たまには汚れ仕事もこなさないと、一流の魔女にはなれないわけ。大魔女の称号は恐怖の称号でもあるわけよ」
「エルマおばあちゃんは、汚れ仕事をせずに大魔女の称号を得た稀有な魔女なの。お母さんはけっこう汚れてる……。エルザには大魔女にはなってほしくはないわね」
「軍人さんも魔女が戦場で活躍するのは望んでないから、たぶん、裏仕事をあなたにさせたいのかもね。私の娘だから」
「断れる?」
「軍からの依頼は断れない。エルザが断ったらきっと魔女協会に依頼が出される。で、依頼されたらお母さんが受けるかしかない。フランメルを暗殺するのってゾクゾクするわね」
お母さんが本職の顔になっている。フランメルさんとお母さんでは格が違うと思う。フランメルさんて無敵にしか見えなかったもの。
「わかった。ともかく生きて家に帰るよ……」
◇
「魔術師のエルザさん、大佐がお呼びです。前線司令部までお越しください」と兵士がそう言うと走り去って行った。
私は魔女だよ!
「大佐、どう言うご用でしょうか?」
フランメルさんの暗殺依頼だったら、お母さんに頼めるか? 無理だ。お母さんが死ぬ。
「君への命令は、フランメルを受け持ってほしい。これは軍からの正式命令だ。君に拒否権はない」
無理だよ。大魔術師フランメルの暗殺なんて!
「あのう、大佐、具体的にはどうすれば良いのでしょうか?」
「以前にも話したように、フランメルをこの前線からできるだけ離れた所で引き留めてほしい。フランメルが一人いるだけで、帝国軍は鉄壁の守りなってしまう。どのようにするかは君に任せる。以上だ」
フランメルさんを前線から引き離せって、それって私に囮になれってことでは……。フランメルさんと私とで鬼ごっこでもすれば良いのかしら。フランメルさんがずっとそれに付き合ってくれるとはとても思えないのだけど……。
「了解しました。最善を尽くします」
「よろしく頼む」
「はい、大佐」