第五話 帝国軍侵入
「君たちに話がある。共和国領内に帝国軍が侵入した。君たちも知っているように、魔術師は軍人でもある。それゆえ、戦場に行かねばならない。そういうことで、明日、前線に出陣する。各自、出陣の準備をしておくように」とクラス担任が真っ青な顔で言い放った。
学校中がざわめいる。魔術師学校の生徒が戦場に招集されるのは戦争時において最後の最後のはずだったから。
「俺、十五歳で死ぬのか。彼女もできずに……」
「どうして、帝国軍が侵入したんだよ」
「そりゃあ、皇帝と国王陛下が親戚だからでしょう。帝国には多くの貴族が亡命したしさあ」
「やっぱり王族を処刑するなんてやり過ぎだよ。その結果がこれだ」
「俺たちは共和国軍の兵士として戦場に行くわけだから、国王陛下っていうのはまずいんじゃないの」
「帝国軍には、今世紀最大の魔術師がいるんだぜ。俺たちが行ったところでどうにもならないだろう……」
「やっぱり俺は十五歳で死ぬんだ。全然良いことのない人生だった」
まあ、阿鼻叫喚というかパニックになっている。これは先生方も同じだった。教頭先生が私に土下座して反射の魔法を教えてほしいと言い出した。
みんな冷静になってほしい。レイモンドはじっと空を眺めて「明日は雨だ」と言う。うん平常運転だった。
◇
私は魔術師ではなく魔女なので慣例通り前線には出ないはずだったが、ガブリエル校長からの手紙を伝書フクロウが届けにきた。その内容は「前線のグラント大佐の指揮下に入るように」
なぜ、私が前線に行かないと行けないのか? この一年の間について、魔法契約により魔女学校長からの命令は絶対だったりする。逆らえない。マジですかあ。
それもこれも全部、いつも通りお母さんのおかげだ。最低で最悪だよ。
◇
私だけが最前線のグラント大佐の指揮下に入っている。他のみんなは前線は前線でも後方支援を担当している。私だけが、硝煙と血の臭いのする最前線にいる。
「エルザ君、君は飛べるそうだね」
「まあ、それなりには飛べますけど」
「では、命令だ。敵情を見てきてくれたまえ。攻撃する必要はない。ただ偵察してくれるだけで良い。距離は往復で二時間ほど君が飛べる距離で構わないから」
「往復二時間飛んで、偵察だけですね」
「それだけで良い。戦うのは我々だから」
「了解しました。では偵察に行ってきます」
「大佐、あの子速いですね。もう見えなくなりましたよ」
「往復二時間だと国境を超えてしまうかもだな。ところで帝国の大魔術師フランメル少将が出張っていると言う情報は本当かね。少尉」
「情報局によればほぼ確実とのことです」
「あの子、生きて戻ってこれないかもだな」
◇
あれが。エデンの丘かなあ。共和国の守備隊はいないなあ。丘の上に敵の大砲がいくつも見える。丘の上から砲撃されると大佐の部隊は動けないだろうなあ。
ここが今回最大の激戦地になるだろうなあ。さてメモしておかないとだ。
あれ、丘の上の帝国軍の見張りさんは、目が良いんだね。こんな小さな私に気付いたみたい。大砲がこちらに向けられた。少し高度を取らないと、砲弾が炸裂弾だと硝煙を吸ってしまう。とりあえず、高度一万メートルまで上昇しようっと。
炸裂弾ではないみたい。三千メートルくらいまでしか届かない。私たちの大砲って射程は何メートルなんだろう。三千メートル以上飛ばないと勝負にならないよね。
まだ、十五分か。往復三十分で戻るわけには行かないか。
三十分経過、あれが敵の本隊ぽいな。魔術師の部隊もいるみたいだ。何人かが上がって来たけど。ここまでは来られないみたい。
私ってもしかしたら凄い子なのかも!
任務完了。敵の本隊を見つけたから戻っても良いよね。まだ時間は残っているけど。
なんか、お母さんがサバトで上手く男をハントできなくて、荒れて帰ってきた時と同じ感じが、背筋がゾワってした。ウヒョーこれはこれは、これまで見たことのない大火球が、私、目がけて飛んできている。
大火球の周囲、百メートルに入ると魔法風が吹き荒れている。魔法風の中に入ったら大火球に押し込められそうだ。
ええ、安全マージンをとって迂回してと移動したら大火球も、それに合わせて移動って、追尾型の大火球なの。凄いわ。どうやって始末をつければ良いのやら。
ここで大火球を地上に衝突させたら、帝国の兵隊さんがたくさん亡くなってしまうし……。困った。
◇
「先生、火球に追われて困っているようですね。早く火球にのまれて楽になれば良いのに」
「先生、敵がこちらに向けて高速で飛んで来ます。我々も巻き込んでの自爆攻撃だと思われます。すぐに退避してください」
「私は心配ない。お前たち、ともかく地面の中に体を入れろ。絶対に地面より上に体を出してはならん! 兵士にも伝えろ地面に伏せろ。頭を手でかばえと」
私はこの火球を放った魔術師目掛けて飛んだ。魔術師様は仁王立ち。衝突寸前一気に急上昇をする。大火球は魔術師さんを直撃した。衝撃波が周囲三千メートルほど広がったかなあ。大砲は吹き飛び、馬、荷車が吹き飛んでいた。前線司令部も綺麗さっぱりなくなった。
私は悪くない。絶対悪くないと思いたい。
任務完了。早く大佐のところに戻らないと遅刻してしまう。
◇
「フランメル先生、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「自分の魔術で怪我をすることはない。衝撃で肋骨が数本折れたくらいだ。それもすぐに魔術で治療したので問題ない」
「我が軍の被害状況は、今のところ、重症者多数ですが、死者はいない模様です。ただ、総司令官と副官が意識不明で、現在この軍団の指揮権は階級的に少将のフランメル先生にあります」
「私は、魔術師であって本職の軍人ではない。ああ、しかし、この惨状では戦闘は難しいかも。国境線まで後退するしかないだろね」
「速やかに国境線まで後退。エデンの丘を確保している部隊も後退するように伝令を走らせてくれたまえ」
「フランメル閣下了解しました」
◇
「大佐、敵に動きがありました。国境線まで撤退を開始しています。攻撃命令をお願いします」
「却下だ。ともかく情報収集を急げ!」
「ギリギリ、セーフ。大佐戻りました」
「エデンの丘に砲撃部隊が配置されていて、本隊は歩兵に騎兵に魔術師部隊がいてその数およそ三万人くらいでした」
「今、その部隊は撤退中と言う知らせが入った」
「それは良かったですね。丘の上から砲撃されなくて」
「その他に報告は……」
「ええとですね。司令部にはすごい魔術師がいます。通常の百倍の火球が放てる魔術師でした」
「それでだが、なぜ、君、エルザ君は生きているのかね。大魔術師フランメル少将が手心を加えるとは思えないのだが」
「ええ、まったく手加減なしでした。私はいたいけな少女なのに。もっと加減してくれればあんな大きな衝撃波は出来なかったはずです。フランメルさんですか? その方のミスです」
「私には君の言っていることが理解できないのだが。ともかく、エデンの丘を再確保できた。敵司令部があったところまで案内を頼む」
「大佐、了解です」
◇
大佐は大きなクレーターがあいた大地、敵の司令部があったであろう跡を見てしばらく呆然としていた。
「しばらくは、休戦状態になるだろうな」とポツリと大佐がつぶやいていたのが聞こえた。