第三十一話 エルザ暗殺
修道院に戻っていつも通りの生活をしている。修道院の周辺道路は許可を受けた人以外の通行が禁じられて、近くの三階建てのアパートの屋上から信者さんが、修道院で掃除をする私に祈りを捧げているのが見える。
この生活も後一月我慢すれば、私は魔女学校に編入し、寮に入ってしまえば終わりだ。あと少し。カミラはずっと病気のままで、学校にはきていない。どうしたことだろう?
◇
「エルザ、こんばんは。お母さんよ。今日はあなたを殺しにきたわよ」
「魔女協会に依頼がきたのね」
「そうよ、依頼主は大司祭様だって、エクソシストを地の底に落とした魔女を成敗してほしいってさ」
「そうなんだ。仕方ないよね。それがお母さんのお仕事だから。家族とか親戚とか友人とか関係ないものね」
「まあ、そうなんだけどさ、これを見て」
「これはお母さんと魔女協会とで交わした契約の証のブレスレットだよね、ひび割れしてるけれど」
「正確には魔女協会の幹部の皆さんとの個別契約ね。契約者が亡くなる、ヒビがブレスレットに入るのよね」
「そうなんだ。幹部の人、亡くなっているわけね。でも、お母さん、幹部の人も大魔女の称号を持ったほぼ化け物って、前に言ってなかったけ。お母さん以外に幹部を殺れる人っていないと思うけど」
ブレスレットがお母さんの手首から砕け落ちた。契約が完全に終了した。
◇
「ご主人様、すべて終わりました」
「クリーン。お疲れ様、カミラちゃん」
「お母さん、カミラが変なのだけど、元々変だったけど、なんか今はとっても変よ」
「カミラちゃんね、私の頭の中を覗いたのよ。で、こんな風になっちゃった」
「カミラ、大丈夫!」
「エルザ様、お久しぶりです。相変わらずお美しい」
「これ、カミラじゃないよ」
「絶対に私を美しいなんて言わないもの。あっ、お母さん、私を暗殺するのはどうなったの」
「依頼主、不在で契約解除。エルザの暗殺は取り消されたけどさ、私の娘に変なことをした大司祭は許せないのよね」
カミラが消えた。
「お母さん、カミラに始末を依頼したの」
「いいえ、私は依頼してなかったわよね。大司祭が許せないって言っただけだもの。母親として当然の発言でしょう」
「……」
お母さんがカミラを操っている。頭の中を覗かせただけで、あそこまで、従わせることはできないのだけど。
しばらくするとカミラが戻ってきた。血まみれだった。
「クリーン。お疲れ様カミラちゃん」
「ご主人様の意を汲むのが下僕の役目でございます」
「エルザ、自由って良いわね。これでサバトに毎回行けるし、もう禁酒しなくても良いのよ」
娘としてはお母さんに禁酒してほしい。家に帰ったら、あちこち壊れていて修理が大変だから。
◇
「私ね、吸血鬼の王、名前はねアルシェードって言うのだけど、ちょっと絞めてこようかと思っているわけよ」
「そうなの」
「あなたも一緒にこないこと、そのさ、自分の娘が光っているのって、なんというか格好悪いわけよね。気持ち悪いのもあるけれど。おそらく、吸血鬼の王はあなたの放つ光を封じるはず。これは私の希望だけどさ」
「お母さん、異世界への入り口、鏡はおばあちゃんのとこだけど」
「もう一つあるのよね。カミラのお部屋にさ」
私とお母さんはカミラの部屋に移動した。カミラもお母さんの後ろに従っている。
「この鏡を出ると旧魔王城に出るので、そのつもりでね」
魔王城の控えの間に出た。誰もいない。魔王城には今誰もいないのがわかる。
「魔王城の人たち、みんな外出中みたいね」
「アルシェードにみんな吸収されたみたいね。けっこうな数の吸血鬼を吸収したようね」
◇
国王のプライベートルームに入る。カミラが先頭だ。
「アルシェード、きてあげたわよ。隠れてないで出てきたら」
「魔王城にようこそ、魔王陛下」
吸血鬼の王が若返っている。
「しかし、私の名前を軽々しく呼ぶな。半端者の悪魔が」
「ほう、悪魔公爵ファロスの娘を半端ものと呼ぶのかアルシェード。お前を作ったのは悪魔公爵ファロスなのに」
「アルシェード、創造主の娘の前だ。跪いたらどうか?
「エルザ、聖句を唱えて。コイツをこの空間に閉じ込める。絶対に逃がさない」
私は聖句を唱え出した。何度も繰り返す。私の体から発する光がどんどん強くなっている。なぜかカミラには影響がない。お母さんの支配下にあるからだろうか?
アルシェードはかなり苦しそうだ。霧になって部屋から出ようとしたが、お母さんが張った結界から出られず、また元の、いや、老人の姿になっていた。
「アン、お前が生まれるように頼んだのは私だ。私がいなければお前は生まれなかった!」
「だから何かしら? アルシェード、あなたの手駒を増やしたことに、私が感謝するとでも、私が心から感謝しているのは、アルシェード、お前でも悪魔公爵でもない。私の母だ。勘違いするな」
「なぜ、親子そろって私に逆らう。私は吸血鬼の真祖だぞ。人間風情が」
「私たち一族を迷宮から解き放つだけで良い。それで、私はお前たちには二度と手を出さない」
「私は不死だ。天使の光であっても私は消えない。いつの日か復活するぞ」
「アルシェード、あなた、悪魔公爵との契約を忘れたの?」
「……、契約? なんだ契約とは」
「ゴールが迷宮の秩序を破壊した影響かしらね……」
「アルシェード、あなたは迷宮内で吸血鬼の勢力を拡大させて、ハルマゲドン《最終戦争》に悪魔公爵の下で戦うことになっているはず。百年ごとに魔王が復活して、あなたは地上で息抜きできるって契約だけど」
「……、モヤがかかって思い出せない」
「迷宮の管理者さん、悪魔との契約はそうだよね」
「これは秘密協定だ。他言無用に」とミカエルさんの不機嫌そうな声が聞こえた。
「ねえ、アルシェード、息抜きに地上に出たら、今のあなたなら雑魚アンデット並みだから、簡単に出られるよ。管理者様の許可なくね」
「……」
「カミラ、私は国王を正式に引退する。お前は女王だ」
「お断りします。私はアン様の忠実な下僕です。女王にはなれません」
「それは、お前の意思か?」
「私が操られているように見えますか?」
「お前も悪魔と人間のミックスだ。操られるはずがない。まあ、お前の父には爵位がなかったから、公爵にはそもそも逆らえないが……」
「吸血鬼の一族はどうするつもりだ」
「丘に立てこもっている連中を吸収すれば、また若返りますよ。養父様」
「また、一からやり直しか……」
「養父様、手抜きは良くありませんよ」
「主人の性格が歪んでいると下僕の性格も歪むのか……」
ビシ、
「イテエ、何をする、アン」
「ムカついたから、アルシェード、お前を鞭でしばいた」
その後、お母さんの気のすむまでアルシェードさんは鞭で打たれ続けた。本当にお気の毒だ。
「エルザ、お母さんは地上に寄ってエールを飲んでから帰るよ。お前はどうする」
「先に帰ります。その前に、ミカエルさん、私の体から出る光を止めたいのですが、どうにかなりませんか?」
「私はビタミンCのサプリメントを毎食後飲んでますけど」
「ありがとうございます。試してみます」
私は完全にのびている。しかしなぜか恍惚の表情を浮かべている変態国王を眺めつつ、カミラの部屋に戻った。




