第十六話 迷宮の管理者ミカエル
「迷宮の管理者様の仕事場ですか? どうして母親はまだ人間なんでしょうか?」
「天使の贈り物をお二人に注入したのです。私が、お母様とあなたの魔王化を止めました。あなたたちが一生かかっても返せない恩を私はあなたたちに与えたのですよ。まあ、ゴールの消えるタイミングがあと一秒でも遅れたら、三十階層を制御する権限が私の手に戻らず、お二人とも完全な魔王になっていたのですがね」
「一生かかっても返せない恩ですかあ……」
「お母様は危険なので地上に転送します。お連れの方たちはすでに地上に転送したので、安心してください」
「おばあちゃんとフランメルさんは無事なんですね」
「もちろん無事です」
「それで、母はまだ危険なのですか?」
「とても危険です。ここにはエールを置いていないので、地上で存分にエールを飲めば安全になるはずです」
「ご迷惑をおかけします」
お母さんは地上に転送された。管理者の壁に迷宮の外の映像が映し出されていた。
おばあちゃんがお母さんに抱きついている。お母さんはなんか嬉しそうだ。初めて見るお母さんの笑顔かもしれない。
◇
「エルザさん、こちらの映像を見てください」
「ああ、勇者一行ですね。へえ、あの気弱な女神官さん、頑張ってヒールをかけてますね。勇者さんは聖剣と武具に守られてなんとかなってますね。良かった」
「良くないですよ。ここはまだ迷宮の十階層です。ウサギに噛みつかれて撤退する勇者一行って、どうなのかですよ。迷宮の規則としては魔王のところまで行ってくれないと困るのです。この最弱勇者、本当に迷惑です。第一今、魔王は迷宮にはいません。どうしたら良いのですか?」
「どうすればと言われても、私も困ります。私がやはり魔王になる?」
「お断りします。迷宮専属の魔王がいるので」
「その方に出てきてもらえば?」
「三十階層で、ゴールによって封印されて、五百年は迷宮に出られないのです」
「どなたか良い方はご存知ないですか? 当然ゴールの部下は論外です」
「カミラさんでしょうか?」
「吸血鬼にお願いするにはそれ相応のお礼が必要です。私はあなたにとって大恩人ですよね……」
「はい、できる限りの協力はしますけど、カミラさんの配下になれはお断りします。私たちは元の世界に帰りますから」
「本音を言えば可及的速やかに帰ってほしいのです。最弱勇者さえいなければすぐに帰ってほしいのですよ!」
「はあーー」とミカエルさんは大きなため息をついた。
「それではカミラ王女をここに呼びますね」
◇
「わあ、ここはどこなの? お前は天使か!」
「ここは管理者の仕事場です。私が迷宮の管理者のミカエルです」
「エルザ、どうしてここにいるの? 大魔王様はどこなの?」
「大魔王様は今はギルドの酒場で大宴会中ですよ」
「どういうこと? エルザ」
「ミカエルさんが私たちの魔王化を止めたの!」
「えええええーーーーー、世界を、私たちアンデットの世界に変えられたのにーー」
「アンデットのユートピアが実現するはずだったのに」
「それは残念でした。カミラ王女、では、あなたに通告します。吸血鬼の支配領域を三十階層にします。今、ゴールの部下がいる三十階層は三十五階層に組み替えます」
「ええ、そんな勝手な!」
「吸血鬼一族がゴールが三十階層に現れた時点で討伐していたらこんなことにはならなかったのですよ。おいこら、私の素晴らしい上司様がですよ、お前たちに知恵を授けてやったのに無視しやがって、このバカがです」
「私の教育係が管理者さんの上司って」
「私が不甲斐ないばかりにもう本当に迷惑ばかりかけてしまって、どうお詫びして良いやらですよ」
「これは管理者権限で行うので、カミラ王女に拒否権はありません。現在の三十階層を三十五階層に移し、三十五階層を三十階層に移動させます」
「そしてです。カミラ王女には三十五階層に押し込めたゴールの部下の統治をお願いしますよ。カミラ王女は三十階層から三十九階層を担当してもらいます」
「そんな無茶なまだ、未だに吸血鬼の社会は大揉めしているのに」
「私は知りません。ともかく頑張ってください。国王陛下の許可はもらっていますから」
「それと、茶番劇に付き合ってください。壁の映像を見てください」
「聖剣と盾と武具が泣いてのが聞こえるわ」
「あれは当代の勇者です。現在魔王がいないのに勇者がいます。どうしましょう?」
「勇者が魔王城で死なないと聖剣などが元のところに戻らないのです。問題は吸血鬼の城、本来の用途は魔王城ですが、その中で勇者が死なないと聖剣も武具も外れないという縛りがあるのです」
「あの連中を城に入れて殺せば良いのね」
「その通りです」
「了解です」
「それでゴールをただちに討伐すべしという命令を無視したことは不問にします」
「管理者さん、でもあの連中、城までこれないと思いますよ?」
「なので、エルザさんがあのポンコツたちのサポートに入ってもらいます」
「ミカエルさん、勇者を殺さずに武具を元の場所に戻すことはできないのですか?」
「それはカミラさん次第ですね。吸血鬼は勇者を仮死化させることができます。私がそれを死亡と判定すれば、聖剣も武具も元の場所に戻り、でもって勇者は生き返りますけど……」
「私は勇者さんに死んでほしくはありません。カミラ王女に勇者を仮死化させることをお願いします」
「エルザ、その対価は? 私ね、学校ってとこに行ったことがないんだよね。行きたいなあ」
私の頭の中を覗いた時に学校のことを知ったのね。
「わかったわ。カミラが私たちの世界にきてくれたら入学の手続きをするわ」
「契約成立ね」
「ええ、それは困りますよ。カミラ王女、吸血鬼をまとめてもらわないとです」
「国王陛下はまだ消滅しないので、どうにかなります」
「どいつもこいつも勝手なことを、上司が戻ってきたらどう説明しようか。仕方ない……、僕がポンコツだからだ」
「それでは、エルザ、勇者の一行のところに転送します。その前に魔法使いの衣装に着替えてください」
「ミカエルさん、この衣装ですけど肌の露出が多いんですけど」
「ビキニアーマってやつですね。すみません。これはこっちの世界の民族衣装ですから」
「ミカエルさん、フード付きロングローブを着ても良いですよね」
「ええ、ローブの着用は禁止されていません」
「でもどうやって勇者一行に潜り込めば?」
「はい、地上の国王陛下からの命令書です。これで迷宮の伝統が守られました」
「自己満足ですかーー」
「魔女の家系が絶えたから仕方ないのですよ。もし今も残っていれば、エルザさんには影ながらのサポートをお願いしました」
◇
「あなた方は勇者様ご一行でしょうか?」
「怪しい奴、この第十階層で一人でいるとは、お前はアンデットに違いない。ホーリーライト!」
ショボいわ。これでは雑魚スケルトンも退治できないよ。
「神官様、国王陛下より命令書を預かっております。ご覧ください」
「いにしえには、勇者、神官、戦士、弓使い、女神官、剣士の他に魔女もいたのだが、その家は絶えてしまった。余は完璧をきすため遠縁の家を探し出したので勇者一行に加える。速やかに魔王を退治して、余に報告するように」
「魔女、お前の役割は戦士の支援だ。命にかえても戦士を守れ」と神官が命令してきた。
「承知しました」
練習がてら弱い魔物を勇者一行に襲わせたが一番使えないのが神官だった。無意味な指示ばかりで剣士も戦士も弓使いも無視していた。小声でそれぞれが連携できるように私が指示を出した。勇者君は指示が聞こえないようで闇雲に剣を振るっている。
練習を重ねる内に神官と勇者以外のメンバーとはアイコンタクトで意思が通るようにまでなった。何とか形にはできた。疲れたよ。




