第十四話 勇者召喚
変な格好をした男の子、年齢は私より一つか二つ上かしら。
「ここはどこだ」と繰り返し言っている。どうも国王陛下たちには理解できない言葉みたいだ。
「勇者は召喚できたが、言葉が通じない」と国王陛下。
フランメルさんがこっそりと翻訳の魔法をかけた。
「ここはどこだ」
「ここはリスタルダ王国、お前を勇者として召喚した。リスタルダ国王としてお前に魔王を討伐することを命じる」
「ふざけるな。ボケ。俺を家に帰せ」
「魔王を討伐すれば帰してやる」
男の子が気を失った。係の人が別室に運んで行った。
◇
私たちはギルドの酒場で食事を取っている。お母さんはギルド長からもらった飲み放題特権を利用してエールを飲みまくってご機嫌だ。
「エルマ、勇者をどう思う」
「お気の毒ね。死なないと元の世界には戻れないと思うわ」
「確かに素人が強引に異世界から召喚したように感じた。成功したのは私たちの魔力が影響したのだろうね」
「さて、エルザ、あの勇者たちでゴールを討伐できると思うか?」
「勇者は何とも言えないけれど、神官たちは戦力外だと思います。フランメルさん」
「私も同意見だ。既に十九階層に置いた結界石の効力はなくなっているから、下からアンデットが上がってきているはず。迷宮に入ればすぐに全滅だろうね」
「お気の毒に」
「さて、本題だが、私とエルマで瘴気対策を考えた。で、瘴気を中和できる魔法を開発したのだが、問題は私とエルマの魔力量だと不足すること。エルザの参加も必須なのだが、アンをここに残すことは不可能だと悟った。さて、どうしたものだろう」
「お母さんが大魔王になってこの世界を滅ぼすか、地上に残して地上を滅ぼすかの違いしかありません」
「エルマ、君の孫も私と同意見だ」
「私が地上に残ればあの子も我慢するんでしょうけど、私も行くとなれば一緒についてくるでしょうね」
「寂しがりやですから」
「フランメルさんとおばあちゃんが一緒でないとダメな魔法なの」
「一人が術をかけている間、もう一人は休まないとダメな魔法だ。エルザには魔力の供給を頼みたい。アンはこういうチームワークが必要な役は無理だろう」
「お母さんならそれを一人でやりそうね」
「アンにも中和魔法について教えておくわ。フランメル」
「ああ、頼むよ」
「では、勇者たちより早く迷宮に入るとしようか」
「えっ、道案内するように言われたけれど。国王陛下に。良いのですか? フランメルさん」
「私たちが先発すればその分勇者たちも多少長生きができるはず。迷宮に入ってしまえば国王は私たちに何もできない」
「ギルド長が罪に問われるわよ。フランメル」
「それでも死罪はないだろう。尊い犠牲だと思うしかない」
「エルマの孫、浄化の魔法は上達したかね」
「はい、頑張りました」
「やはり、一番の心配はアンか。ゴール以上の脅威だ。味方が一番心配なのは皮肉だね。エルマ」
おばあちゃんがうなづいた。
お母さんは盛り上がっている。私たちはまたお通夜モードに入った。
◇
お母さんのテンションが異常だ。
「うひょー、アンデット狩り放題。でも雑魚ばっか」
迷宮に入った途端、私以外の三人にアンデットが群がっている。しかし、私はアンデットたちに守られている。主がプロポーズした相手だからそりゃあ守るよね。
お母さんはすでに魔王化したかのように、「雑魚、雑魚」と言いながら嬉々としてアンデットを狩っている。フランメルさんとおばあちゃんは瘴気の中和作業に集中している。私はアンデットを引き連れながら魔力の供給をしている。
瘴気の濃度が減るとコケが生えて、植物も育ち始めた。小さな動物たちもどこからか現れた。小さな動物とは言っても勇者一行には脅威だと思う。肉食だから。
迷宮を修復、前回、お母さんが壊した壁を修復しながら十九階層まで到着した。
「エルマの娘、言っておくことがある。お前がこの先も私たちについてくるのなら、もし、お前が魔王化すれば、私がお前を殺す」
「良いよ、でもねジジイには無理だ。お母さんにも無理だ。エルザならできる。ほいよ。持っておけ」
お母さんは愛用の短剣を私に放り投げた。
「エルザ、あたしが魔王化し始めたら即、その短剣であたしの胸を突け。わかったね」
「私、できないよ」
「できなければ、この世界は滅びるし、あたしはジジイも含めて誰も元の世界に帰さない自信がある」と言ってその豊かな胸を張った。
「まあ、予想通りですね。フランメル」
「仕方ないね。エルマ」
◇
二十五階層到着、虫がまったくいない。変だ。でも、瘴気が減ると普通の虫が飛んでいる。ごく普通のゴキブリも地面を集団で進んでいる。お母さんが楽しそうにそのゴキブリたちを叩き潰しては、「快感」って言っている。もう短剣でお母さんの胸を刺した方が良いのだろうか?
◇
三十階層に到着した。誰もいない。
「お久しぶり、エルザ元気だった」と声をかけられた。
振り向くとカミラが笑顔で私に手を振っていた。
お母さんが飛び出した。強いアンデットを求めていたお母さんはカミラに襲いかかった。
「お母さん!」
「つまんない」とお母さんがつぶやく。見るとカミラがお母さんに平伏していた。
「カミラ、どうしたの?」
「わからない。気がついたら平伏していた。四百年このかた国王陛下にすら平伏したことがなかったのに……」
カミラは本当に困惑している。
「カミラ、三十階層の住人はどこにいったの?」
「全員、城にこもっているよ」
「城に討ち入り。虐殺が始まる。アンは確実に魔王化する。エルザ、覚悟を決めよ」とフランメルさん。
「アン、あなただけ死なせないから、私も一緒よ。安心して」とおばあちゃん。
「……」お母さんが黙った
「ええとですね。ゴールの城をに攻めこむ前にですね。うちに攻めこんでこんできた。ゾンビ化したドラゴンを率いるゴールの軍団をせん滅させてほしいのですが……、ここにゾンビ化したドラゴンが到着するまでアイツら絶対出てこないですから」
「ゾンビ化したドラゴンがいるのか? 嘘をついたら殺すよ」
「吸血鬼は人を騙すことはあっても嘘はつきません」
「エルザ、行くよ!」
「はい」大丈夫かな。三十五階層でお母さんが大魔王化しそうなんだけど。




