第十二話 三十階層到着
「多いわあ、いくら滅しても減らない」
「ここ、元は昆虫の楽園だったから、アンデットにする素材が多いからね」
現在、二十五階層。かつて昆虫の楽園だった場所は今はアンデット化した昆虫の楽園になっていた。私はファイアボルトで虫を焼き、フリーズで凍らして二十六階層の降り口に向かっている。
「カミラも少しは手伝ってくれても良いでしょう。けっこう咬まれていると思うのだけど」
「私の血を吸った虫は消滅してるし、あなたにとってこんな虫、雑魚でしょう」
「降り口にいるアンデットはかなり強いと思いますよ」
「ゴールの部下のインセクターだと思うわ。あなたもゴールに完璧に目をつけられたわね。インセクターに勝てばゴールはあなたをリクルートするはずよ。あなたならすぐに幹部だわ」
「何それ、入団試験を私って受けているわけなの?」
「ゴールとしてはそのつもりかな。どこからかゴールは私たちを見ているはず。この変態、ストーカー野郎。ぶっ殺すぞ!」
「王女様、はしたないですわよ」
「これが私の地よ。元々下賎の出身だもの」
◇
降り口の前に立っていたのはおよそ身長百八十センチのゴキブリだった。
「エルザ、ゴキブリも油で揚げるとそこそこ美味しいの知ってたあ」
「知りたくありません。そんなもの絶対食べません」
「でもね、これから食糧不足になるのは決定だから昆虫食にも慣れておいた方が良いと思うよ」
「セミはピーナッツ味らしいわよ」
「いえ、けっこうです。遠慮します」
無駄話をしながら、インセクターに近寄った。インセクターは私の視界から消えた。早い。
「エルザ、後ろだよ」
インセクターが私に抱きつこうとした。
「この痴漢野郎。離れろ!」
インセクターの腹部に肘鉄を入れた。グチャという感触が伝わってきた。うわー気持ち悪い。
インセクターが逃げた。岩の割れ目に逃げこんだ。このあたりの動きはゴキブリらしい。
「エルザ、どうする?」
「ここに一秒でもいるのは嫌。下に降りる」
「はい、了解です」と言いつつインセクターが逃げこんだ岩を粉々に、インセクターごとカミラは破壊した。
◇
「ねえ、エルダーリッチの三体同時攻撃されてから、まったく襲ってこないし、アンデットたちが左右に分かれ私たちにて敬礼してるし。エルザ、あなた幹部になったみたいね」
二十六階層でエルダーリッチに襲われて以降、私たちが、アンデットに遭遇してもカミラが言うように、アンデットたちは私たちに道を譲るし、次の階層への降り口の案内を勝手にするし、私がゴールの仲間になったみたいで、極めて不本意な気分だったりする。
◇
「ここが三十階層よ。肉屋ばかりでしょう!」
ちゃんとした服を着たアンデットが多い。道の両脇にはずらっと露天商が店をだしている。看板にはオーガの肉、トロールの肉、人間の肉、ゴブリンの肉と書いてあると言うか、絵が描かれている。
「ゴールのお言葉、強くなりたければ肉を食え、なのよ。その結果、肉屋ばかりが繁盛しているの」
「とりあえず、とっても気持ちが悪いです」
「ゴールのお言葉その二、酒は体に悪い。それでゴールの支配地域は禁酒なの。違反するとどこかに連れて行かれて二度と戻ってこない」
「ゴールって骸骨だからお酒を飲んでも口からこぼれるし、アンデットが健康に気遣うって意味不明よね」
「エルザ、どうするの? ゴールの城はアレ。吸血鬼の城をそのまま再現したの。吸血鬼は完全に舐められているのよ。私はあの城を見るたび壊したくなるのよね。今の私には無理だけど」
「おかしいなあ。私の予想ではお城からあなたに迎えがきても良いのだけど。ずっと見張られていたのだから」
「私が自分からお城にくるって思われているのかもね。今もすべてのアンデットが私たちを避けているし……」
「私の仕事はゴールを十九階層に連れてくること」
「そしてあなたの母親のアンがゴールを始末するのよね?」
「えっ!」
「あなたが寝ている間にあなたの頭の中を見たの。私が吸血鬼だってことを忘れてはいけないわよ」
「油断大敵。私、何度かあなたの汗を舐めようとしたけど。全部失敗しちゃった。それにこんなに早く三十階層に着くと思ってなかったしね。まいちゃったわ」
「それと、あなたって本当に人間なの?」
「……」
「ここにいる連中って露天商も含めて全員がゴールの兵隊なの。吸血鬼が十人で襲っても、その吸血鬼全員を返り討ちにする連中と同じ瘴気をエルザは吸って平気なの。コイツら一級の化け物だよ」
「私が化け物……」
「私は魔女だから、瘴気がある方が元気になるし……」
「ふーーん、インセクターがここにくれば、アレは瘴気の多さに耐えきれず消滅するけど。アンデットにも瘴気に耐えられる限度があるの? あなたって人間なの」
「……」
「まあ良いわ。あなたはゴールを釣る餌なんでしょう?」
「そうね。私はゴールを釣る餌だわ」
「ゴールは釣れなかった。だったら十九階層に戻ったら。私としては吸血鬼の裏切り者を血祭りにするのを手伝ってほしいのだけど」
「私はあなたを手伝えない」
「了解です。ここでお別れね。まあ、また近いうちに会うとは思うけれど。その間に吸血鬼の社会を大掃除して、あなたに協力できるようにしておくわね。それじゃあまた」
そう言うとカミラの姿が消えた。
◇
カミラが消えると一人の紳士が私に声を掛けてきた
「私はゴール国王陛下にお仕えしております、セバスチャンと申します。お迎えに参りました。エルザ様。ゴール国王陛下がお城にてお待ちでございます」
「私はまだお城に行くつもりはございません」
「それは残念です。ではこれを。これはエルザ様専用のお城に入る通行証でございます。いつでもお好きな時にお越しください。国王陛下はいつまでも待つと仰せでございます」
「ありがとうございます。セバスチャン様」
「エルザ様は私より上位ですのでセバスチャンとどうかお呼びください」
ええーー、周囲のアンデットの全員が私の前に跪いた。




