第十話 不思議な少女
「エルザ」
「何でしょうか? お婆さま」
「緊張しなくて良いわよ。あなたはこの穴を降りて、ノーライフキングを釣り上げてほしいだけだから」
何で私がそんな怖い仕事をしないといけないの。私は大魔女でもなく大魔術師でもない、ただの魔女見習いなんですけど。おばあちゃん。
「私でないとダメ何ですか?」
「魔力が豊富で若い女の子じゃないとノーライフキングは食いつかないの」
「私は餌ですか?」
「そうよ。極上の餌ね。でも食べられてはダメよ。この世界が滅びるから。ちゃんとここまでノーライフキングを誘き寄せてね。後は、アンが決めるから。あなたは逃げ回るだけ」
「私は戦わずにひたすら逃げ回ってここまでノーライフキングを連れてくるのですか?」
絶望しかない。おばあちゃんの研究バカはよく知っていたけど、孫の命をなんだと思っているのだろうか? 私って嫌われていたのかしら。
「心配ないわ。あなたはできる子だから」
「ノーライフキングってどんなアンデット何ですか?」
「正体不明、ただ迷宮の管理者すらしのぐ力を持っているのは確かなの。ノーライフキングが色々やってくれるお陰で、瘴気が地上にどんどん噴き上がっているの。本当に時間がないの。このままだと地上に生きものがいない世界になるわ。それが生を憎む者、ノーライフキングの目的だと思うのよね」
「……」
「おばあちゃん、私たちってこっちの世界の人間ではないし、元の世界に戻る選択はないのかしら」
「エルザはここの人たちを見捨てるわけなの。だったら帰還方法を教えてあげるから一人で帰れば」
「おばあちゃんも一緒でないと……」
「では、ただちに出発して時間がないの!」
「はい、おばあちゃん」
◇
フランメルさんが、張った結界の上に立つように言われた。お母さんはタバコをふかして寛いでいる。娘がこれから危険なところに向かうと言うのに、一言もないのか!
「お母さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい。お土産は珍しいもので良いわよ」
「ノーライフキングにします」
「それは良いわね、血がたぎるわ。待ってるね」
「エルマの孫、用意はできたか? 落とすぞ」
「えっ」
結界に穴が空いて、私は落ちた。真横には白い骨の梯子を眺めながら、どこまでも落ちている。
「ここって底があるのかしら。このまま私、地獄に行っちゃうんじゃ……」
何となく薄明かりが見えたので、浮遊魔法をかけて無事着地した。
そこには松明らしきものを持った少女が立っていた。
「すごいですよ。人間風情がここに来るなんて」
この少女は何者。人間ではないことははっきりしている。
「私はエルザです。魔女見習いをしています。ところで、あなたは?」
「私はカミラ。吸血鬼をしています。上にも上がれないし、家にも帰れないとても気の毒な少女です。年齢は四百歳で、合法ロリです」
合法ロリって意味がわからないのだけど。四百歳の吸血鬼と私は戦うわけ? どうやって。ここは迷宮の中だし、日の光は入らない。ニンニクは持ってきてないよ。さっそく終わったかも。
「緊張しなくても良いですよ。私は異端ですから。血は吸わないです。汗を舐めるだけです。外に出て赤ワインを飲みながら、ステーキが食べたいだけなので」
「カミラさん、悪いのだけどノーライフキングが滅せられるまで結界は解呪されないの」
「ノーライフキング? うちの国王陛下に何かご用なの?」
「えっ……、ノーライフキングって吸血鬼なの」
「そうだよ。通常はもっとも力のあるアンデットが吸血鬼だったのよ」
「だったのよって過去形なんですけど?」
「うちの国王陛下、今死にかけているし」
「死にかけているってどう言うこと、ノーライフキングって死なないのでは?」
「そうなんだけど、力の大半を養子にあげたからもう間も無く、と言ってもあと消えるまで十年はかかるかな」
「じゃあ、その養子が新しいノーライフキングってこと?」
「自称ノーライフキングはそうね、十人くらいはいるわ。でも、たぶん次のノーライフキングは三十階層の国王のゴールだと思うの。あれは化け物だもの」
「三十階層の国王ゴール」
「ドラゴンをゾンビにするってあり得ないもの。完全にイカれているわ。ドラゴンを刺激して得るものなんてないのに」
「ゴールが迷宮内に過剰に瘴気をまくもんだから、迷宮の秩序がめちゃくちゃなのよ」
「カミラさん、地上にも瘴気が噴き出して、生きものが魔物化しているの。このままだと地上はアンデットの世界になってしまう」
「あらまあ、赤ワインとステーキが消えてしまうのは困るよ。私の楽しみがなくなる!」
吸血鬼にとっては他人ごと。私にとっても本当は他人ごとだけど。
「私、そのゴールを上の階に誘き寄せないといけないの」
「それは無理だわ。あれ、三十階層から動かないもの。理由はわからないけれど、一度も移動したことはないの」
「嘘!」
「吸血鬼は騙すことはあっても嘘は言わないのよ」
三十階層から動かないとお母さんが退治できない。お母さんはなぜか十九階層から下に降りられない。
「どうしたら良いのかしら」
「たぶん、ここで困っている可愛い少女を助けたら良いことがあるかもしれないです!」
「あなたを助けたら、手伝ってくれるの」
「さあね。未来のことはわからないし、上にも前後左右どちらへも進めない、か弱い少女が手伝ったところで、何も起こらないかもですね」
「エルザはどのみち三十階層に行くしかないんだし、私は、三十階層に着けば一気に三十五階層まで降りる抜け道で家に帰れるわけ。エルザを三十階層までの道案内はしてあげる。どうかしら」
「その条件で契約します」
「はい、契約完了です。エルザ、三十階層までだけの旅だけどよろしくね」
「さて、では、向こうで待っているドラゴンをどうにかして。アイツら無警告でアンデットに対してブレスを吐くのよ。本当に困っているのよ」
「カミラさん、なぜここにドラゴンがいるのですか? ここってアンデットの世界ではないの?」
「迷宮の管理者がドラゴンに頼ったのかもね。まさかの、まさかですよ」
「管理者がドラゴンに頼ったのはなぜですか?」
「アンデットが増えすぎたのでその駆除をドラゴンに依頼したんじゃないかなあ。でもアンデットに反撃されて土塁の中にこもってしまったのよ。ドラゴンの誇りはどこにいったのかしら?」
「誇り高いドラゴンが守るだけなんて」
「数の暴力かな。アンデットの数は減ってはいるけど、ウンザリするくらい今もしつこく攻撃してるわよ」
「カミラさん、棒か何かありませんか?」
「棒ですか?」
ボキ、カミラが自分の右腕を折った。
「はい、腕の骨です。棒の代わりに使ってくださいませ」
綺麗に布で拭いた腕の骨を、カミラさんは私に渡してくれた。右腕はすでに再生している。恐るべし吸血鬼の再生能力。
私はカミラの右腕の骨に白いハンカチーフを結んで掲げながら歩いた。
「エルザ、何をしているの?」
「使者の標です」
「ドラゴンにはそう言う人間の知識はないと思うけど。多分そのハンカチーフを目印にブレスを吐いてくるわよ」
「別に構いません。人間としての様式美ですから」
「はあーー、自己満足ですか」




